アーロニーロでBLEACH   作:カナリヤ

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『恐怖』

 十刃の入れ替え。既に何度か行われているソレに新たなる転換期が訪れた。

 崩玉の完成。浦原(うらはら)喜助(きすけ)の作った崩玉を藍染の作った崩玉が喰らう事によって成されたソレは、十刃達に更なる力を与えた。

 だが、それは今の十刃に安息を約束するモノではなかった。完成した崩玉による強化は、十刃への挑戦者にもされる事となったからだ。

 ある意味、この処置は当然であった。崩玉が完成こそしたが、常にその力を発揮出来る訳ではない。藍染との融合状態でしか最大の力を発揮できないのは前と同じであるが、発揮出来る時間が一瞬となってしまった。これでは流石の藍染であっても、1人の破面にしか力を行使できなくなってしまったのだ。

 

 破面の数が100人に届かなくとも、崩玉で全員を強化すれば時間も掛かる。かといって、自身と崩玉を酷使してまでも短期間に強化する価値が破面には無い。

 藍染にとって破面は、護廷十三隊の隊長格を殺せればいいだけの存在でしかない。どの破面でも、その後に控える零番隊との戦いに着いて行けるなど思ってすらいない。

 そんな破面の十刃で無かったり、挑戦しようとすらしないような輩に、完成した崩玉の力を使うなどまったくの無駄でしかない。

 

 挑戦すると意気込みを持つ者は、新たなる力によって新たな風を虚夜宮に呼び込むのだった。

 

――――――

 

「…両方死ねばいいのにな」

 

「物騒な事を言うのはよせ…」

 

 こういった場で隣に座るのが定位置になったハリベルは、物騒でしかないアーロニーロの一言にすかさず釘を刺す。

 

「育テテタ肉ガ逃ゲ出シタ気分ダヨ」

 

 これから第6十刃を賭けて戦わんとしているのはグリムジョーである。従属官(グリムジョー)を肉と言い表すあたりに、どういった目で見ていたのかが如実に判るというものである。

 

「まったく、お前という奴は……」

 

 口に出さなければ良いような事を言うものだから、シャウロン達は明らかに引いている。それに比べれば、最初期組の面々は平然としている。その差は信用の差で、最初期組は死ななければ食われる事は無いと信じている。

 

「しかし、意外だな。その言い方だと、グリムジョーが勝つと信じて疑っていないようだぞ?」

 

「……公平な判断だ」

 

 腕を組んで顔を横に逸らすその仕草は、ハリベルには恥ずかしがっているようにしか見えず、思わず朗らかに笑ってしまうのだった。

 

――――――

 

 局地的にほんわかとした空気が流れる一方で、これから戦うグリムジョーは当然ピリピリとした空気を纏っていた。

 対峙するは『恐怖』の死の形を司る第6十刃チルッチ・サンダーウィッチ。その能力は高速振動。それによって切れ味を増させた斬撃は、鋼皮を豆腐のように切る。近距離戦はやや苦手で、もっぱら中距離戦を好む女である。

 それが、グリムジョーがこれまで見て知り得た情報であった。

 

「あんた、アーロニーロの従属官で、こっちの手の内を知ってんでしょ?」

 

「それがどうした」

 

 チャクラムを肉厚にして巨大化。穴の部分に抜け落ちないようにする棒と、操作を柔軟にさせる縄で一般的な斬魄刀の柄へと繋がっている。剣とはとても言えない特異な斬魄刀を弄りながら、チルッチは溜め息を付いた。

 別に手の内を知られているからと言って、負けるなど危機感は無い。ただ、面倒が増すだけだ。

 

「だったら、丁度良いわね! あたしがどれだけ強くなったか、ソレを知らしめるのにねぇ!!!」

 

 尤も、面倒が増すのすらも好都合だとチルッチは笑う。開始の合図で斬魄刀を走らせる。自転するその刃は、通常よりも切れ味があり、素手で触れようなものなら切り裂かれるのが必須となる。

 グリムジョーはその凶刃を避け、チルッチに近付く事だけに専念する。ソレを見てチルッチは同じだけ下がる。

 斬魄刀の名の通りに形状が刀であるグリムジョーと、縄付き巨大チャクラムのようなチルッチでは戦う間合いがまるで違う。

 近付いて斬るしかないグリムジョー。柄と繋がってこそいるが、直接持って斬りかかると切れ味が激減する縄付きチャクラム。両者が戦うのなら、間合いの取り合いが発生する。

 

「無理無理!そんな速さじゃ、あたしを捕まえられないっての!」

 

「抜かせ!」

 

 側面に虚弾を撃ち込んで逸らしてから、響転で跳ぶ。グリムジョーとて判っている。()()()()の速さでは間合いを詰めきれない事など。だから、過去の強さなど置き去りにした速さで跳ぶのだ。

 崩玉の力、は周囲にいる者の心を崩玉の意思によって具現化する。崩玉の意思が不確定要素になるが、望んだ強さに見合う素質があるなら崩玉はソレを具現化できる。

 そして、グリムジョーは強さを渇望し、素質も十分あった。

 

 より強く踏み込んだ響転は、これまでの速さを凌駕するものだった。その速さに「十刃は次元が違う」そう言わしめていた実力を、グリムジョーは自分自身から感じた。

 

「ッチ!」

 

 十刃に届く速さを目にしても、チルッチは軽く舌打をして下がるだけ。別にこれまで速いだけの挑戦者がいなかった訳ではない。そういった場合の対処法など何度か実践している。

 もう少しでグリムジョーの間合いに入るというとこで、チャクラム部分を引き寄せる。それと同時に、左手より虚閃を撃つ。

 後ろの斬魄刀に前の虚閃。虚閃だけならまだ受けるとの選択肢も取れるが、斬魄刀の方は鋼皮を切り裂くのだからそうもいかない。唯一残っている逃げ道たる横へとグリムジョーは跳ぶ。

 

「避けたって、ムーーーダムダァ!!!」

 

 チルッチの斬魄刀の最大の武器は切れ味だが、最高の武器は自在に動き回るチャクラム部分だ。攻撃圏内に入っていれば、猟犬の如くその牙を剥く。手綱代わりの柄と縄を操り、牙を突き立てんと進路をグリムジョーに合わせて調整する。

 尚も後ろを追ってくる斬魄刀をもう放置はできないと、グリムジョーはようやく自身の斬魄刀を抜き放つ。

 

「てめぇの斬魄刀だ、しっかり受け止めろよ」

 

 一旦間合いを詰めるのを中断し、斬魄刀の側面に響転で回りこんで空洞の中心に自身の斬魄刀を差し込む。甲高い金属同士の摩擦音こそするが、刃のない内側は斬魄刀が触れるのには問題は無いようであった。

 そのまま力任せにチルッチへと飛ばす。ほんの短い間になるだろうが、これでグリムジョーは斬魄刀とチルッチの挟撃に悩まされなくなった。

 

 しかし、チルッチは焦りなど無かった。挑戦者が斬魄刀を飛ばすなど何度もあった出来事であり、その程度で操作を誤るなどあり得ない。

 笑いながら斬魄刀を急旋回させ、再びグリムジョーを襲う焼き直しとなった。

 それでも、グリムジョーには余裕があった。つい先程、刃が無い部分になら斬魄刀をぶつけても問題無いと判ったのだから。既にチルッチの斬魄刀による攻撃は、絶対に避けなければならないモノではなく、斬魄刀で防げるモノとなっている。

 横合いから襲ってくる斬魄刀を、グリムジョーは寝かした斬魄刀によって逸らす。

 

「甘えんだよ!」

 

 空いている左手で虚閃を撃ち、その影に隠れて響転をする。

 

「ムダだって言ってるでしょーが!!」

 

 またもや急旋回させ、今度は自身に迫る虚閃を裂く。笑いながら響転で移動しているグリムジョーを虚弾で牽制し、立て続けに斬魄刀による追撃を行う。

 自分は猟犬をけしかける狩人で、相手は逃げ惑う獲物でしかない。その現実に高笑いをし、実力がここまで上がったと他に見せ付ける。

 それはチルッチにとって、酷く興奮するものであった。

 

「ッチ…」

 

 チルッチにとって興奮する現実など、グリムジョーにとっては怒りを溜め込むしかないものだ。

 間合いが根本的に違う相手が、ここまでやり辛いとの事。それだけで、まるで自分が苦戦しているかのような事。グリムジョーが、そのどちらも良しとする筈も無い。

 だが、奇策といった類を良しとしないグリムジョーが取れる手段は、非常に少ない。特殊能力を持たないのが更に選択を狭める。一気に流れを変えれる手段は実質1つだけであった。

 

「軋れ―――」

 

 ならばその1つを使うのに躊躇いなど無い。斬魄刀の刃に引っ掻いて、その名を口にする。

 

「―――『豹王(パンテラ)』!」

 

 開放された霊圧は旋風となり、グリムジョーの姿を本来のモノへとする。一言で言えば獣人となったグリムジョーは、より速く、より遠くまで駆ける響転をする為に踏み込む。

 

「ッナ…!」

 

 グリムジョーの最高速度の響転に何とか反応し、ギリギリで斬魄刀の致命的な一撃をチルッチは免れた。だが、無傷といかずに、頬にグリムジョーの爪による傷が刻み込まれてしまった。

 

「掻っ斬れ『車輪鉄燕(ゴロンドリーナ)』!!!!」

 

 その傷がチルッチをキレさせた。燃費が悪いと自分ですら思う帰刃を出し惜しみ無しに、全力でもって開放したのだ。

 巨大な翼に、勇猛さを現すかのような羽飾りのようなもの。腕は鳥の足に近くなっており、四肢と翼を持つことから、伝説の生物であるグリフォンをどことなく彷彿させる。それが、チルッチ・サンダーウィッチの帰刃であった。

 

「潰す!あたしの顔に傷付けて、無事に終わるなんて思わないことね!!」

 

 狩るべき獲物の反逆を許したことは、間違い無くチルッチの汚点であった。その汚点を消すには、目の前の獲物の血で彩る他には有りはしない。

 その為に切り刻まなければ話にならないと、翼の一部となっている刃を片翼分だけ射出する。

 帰刃前の斬魄刀のと微妙に違い、自転ではなく振動によって切れ味を増している(ハネ)。5枚の羽根より翼を形成するソレは、それぞれが違う軌道によってグリムジョーに迫る。

 数こそ増した攻撃であったが、そんなのに当たるグリムジョーではない。難無く避けると肘をチルッチに向ける。

 

(のれ)ェ!」

 

 豹鉤(ガラ・デ・ラ・パンテラ)。肘の装甲の隙間から棘状の弾を打ち出すソレは、並の破面なら簡単に絶命させるだけの威力はある。

 その三発打たれた死の弾丸を、残しておいた片翼で難無く切り裂いてチルッチは笑みを浮べる。

 グリムジョーの速力や破壊力が帰刃によって上がっているように、チルッチもまた能力が軒並み上がっている。

 だがしかし、チルッチには悠長に構えている余裕は無い。燃費が悪いということは、戦闘可能時間が短いということ。帰刃を使えば短期決戦以外は自殺も同然。

 

(あんなに速いんじゃ、とっ捕まえでもしなきゃスライスといかなそうね)

 

(遠距離攻撃は羽がある限り無駄か…)

 

 ここにきて、初めてグリムジョーとチルッチの考えが噛み合った。

 帰刃しても、しなくとも近接戦闘が主体になるグリムジョー。帰刃して近接戦闘もこなせるようになったチルッチ。

 近付かなければ当たらないとなれば、噛み合うべくして噛み合ったのだ。

 距離を取るどころか詰めてきたチルッチに、グリムジョーは後ろに回り込んで答える。翼を振り上げて直接斬りかかろうとしているその背後は、隙だらけで簡単に殺せそうであった。

 

(取ったァ!)

 

 一瞬の攻勢。先程は決め損ねたが、今度は確実に決めると勇む。

 

「バ~カ」

 

 そんな勇み足などお見通しだと、チルッチは嗤う。グリムジョーが嘲笑われたのに気付いたのは、斬られた後であった。

 翼をよく見てみれば、振り上げていたのは既に羽根を射出してあった方である。

 直接斬りつけられるの見せた後で、これ見よがしに振り上げて斬りかかるふりをする。そうすれば、相手が取る手段は前方以外からの攻撃がほとんど。移動する場所を目視で追い、突っ込んでくるならば残しておいた羽根を射出して切り刻む。

 

「ホンット、避けるのだけは上手いのね」

 

嗤うチルッチの目線の先、そこにいるグリムジョーはスパッリと綺麗な切り傷を負っていた。それでも出血自体は少なく、戦闘続行には支障はなさそうである。

 

「ッチ」

 

 自らの不甲斐無さにグリムジョーは舌打をした。先程の一連の動きはもう何度も見ていていた。だから、不意打ちに近くとも、致命傷には程遠い傷で済むように避けられた。

 だがしかし、今の自分なら完璧に避けれた筈だったのだ。攻撃よりも自分の方が速く、直接受けるのは初めてでも何度も見ていた。この2点さえあれば、避けるのには十分過ぎる条件であったのだ。

 

「…いくぜ」

 

 霊圧を刃のように研ぎ澄ませ、指先より実体を持たせて新たな爪として形成していく。

 

「なによ…それ…」

 

 顕著するは天に届けと言わんばかりに巨大な爪。グリムジョーの相手を殺すとの意思と力の具現たるその技の名は―――

 

「『豹王の爪(デスガロン)』」

 

 その壮大さにチルッチは思わず後ずさってしまう。

 

「俺の最強の技だ」

 

 振り上げられた手に連動して『豹王の爪』も起き上がる。振り上げられれば、その次はギロチンの如く降ろされるだけ。そこからは一方的な蹂躙であった。

 10の爪から逃げ切ることのできないチルッチは、その攻撃を受け流さすなりしなければならない。だが、グリムジョーの手と連動して動く『豹王の爪』は、巨体の割りに俊敏かつ緻密な動きができた。

 無論それだけで追い詰められるチルッチではない。チルッチが司る死である『恐怖』は、あらゆる防御を無造作に切り刻む攻撃に相手が懐く感情として存在する。実際に、グリムジョーの『豹王の爪』さえも切り刻んだ。

 しかし、それでは事態は好転しなかった。切断は多くの生物にとっては致命傷になりうる負傷になる。だが、無機物同然の『豹王の爪』にとっては、その形状をあまり損わせる攻撃ではない。ほんの少しの修復で元に戻せるのだから、打ち破ろうとするなら直せなくるほどに砕くのが最良になる。

 

「こんのッ!クソ猫がァ!!!」

 

 ギリギリで致命傷から逃れていたチルッチが、10枚全ての羽根を軌道もタイミングもバラバラに射出する。どれか1つでもグリムジョーを殺せる攻撃だ。全てが囮で本命。届かせる攻撃など、どれか1つでも問題は無い。

 

「ッハ…」

 

 そんな決死の覚悟をグリムジョーは鼻で笑った。チルッチの攻撃が脅威なのは変わりが無い。そうであっても、もう対応できてしまう場が整えられている。

 『豹王の爪』は無慈悲に羽根を払い落としていく。それだけで、どちらが上かなど明白であった。

 狩人はグリムジョーで、獲物はチルッチ。最早決まってしまったその事実に、チルッチは納得などする筈も無い。生きている限りは、負けなど許されないからだ。

 自分など戦争における1つの駒でしかない。破面は兵士で、十刃はその頭領。その事実を自覚し、受け入れているから諦めなどできよう筈が無い。

 

「こんちきしょうがァッ!!!」

 

 羽根では届かないと確信すらしていたチルッチの最後の手段(こうげき)は、捨て身の特攻であった。

 道は羽根で切り開いてある。後ろには何もなく、残っているの最後の隠し玉だけ。残る霊圧全てを尾に注ぎ込んで刃を形成する。

 正真正銘の最後の一撃。羽根による攻撃を1つに纏めたも同然のその攻撃は、グリムジョーに届く事無くチルッチは力尽きるのだった。


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