アーロニーロでBLEACH   作:カナリヤ

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『甘さ』

 勝てない。その挑戦者を見て、ドルドーニにはそう確信した。

 角の生えている後頭部左側を護るようにある仮面の名残。病的なほどに白い肌に反発するような黒髪。両目から泣いているかのように伸びている直線の仮面紋。その仮面紋に反して表情は徹頭徹尾何も感じさせない無表情。

 女性であればクールビューティーだったに違いないと、結局女破面を従属官にできなかったドルドーニは思う。

 

(判っていた筈なのだがな…)

 

 現実逃避の思考を打ち切って、ドルドーニにはこれからに思いを馳せる。おそらく、自分の命は今日ここまでであろうと…

 

(崩玉が完成すれば、私ですら十刃落ちになり得ると…)

 

 不完全な崩玉で破面化した時から、覚悟していた事であった。そうでなくとも、第4十刃という上から数えた方が早い数字である為に、ヴァストローデが恭順すればすぐに危なくなる地位でもあった。

 事実、第1から第3までというドルドーニの1つ上まで、既に破面の元となった虚はヴァストローデであった。

 ハリベルの破面化を先延ばしにしていたように、秘蔵っ子のような存在がいきなり現れる可能性すらもあった。

 

 だから、自身の交代劇など予定調和もいいとこであろう。

 そうだとしても、ドルドーニに大人しく第4十刃の座を明け渡すつもりはなかった。この戦いが、己が人生の最後の舞台になるのだ。それを舞台に上がることもせず、おめおめと逃げ延びてどうするというのか。

 残るのは、後悔に尻尾を巻いて逃げ出した臆病者との不名誉な事実。ならばその舞台に上がるしかドルドーニにはない。その舞台を彩るのが、己の血であろうとも……

 

 

 斬魄刀を抜き、打ち合う。ソレだけでもドルドーニは格差を思い知る。

 別に一方的に押し負ける訳ではない。だが、斬魄刀を通して伝わる力と霊圧は、地力の差を遺憾なく訴えてくる。勝っているのは破面としての戦闘経験だけ。その僅かな優位で小細工を弄し、勝利の為の道を抉じ開けようとドルドーニは奮戦した。

 だが、その奮闘など塵芥同然だと思い知らされる。刀剣開放によって、相手が悪魔じみた翼と尻尾を生やしたかと思えば、展開していた双鳥脚と根本たる2つの竜巻が切り伏せられていた。

 

 圧倒的であった。僅かな優位などまったくないと、断言するようにあっさりと押し潰す。

 

 霹靂の鐘を打ち鳴らし、ウルキオラ・シファーは第4十刃の席に座った。

 

 第1十刃  『孤独』  コヨーテ・スターク

 第2十刃  『老い』  バラガン・ルイゼンバーン

 第3十刃  『犠牲』  ティア・ハリベル

 第4十刃  『虚無』  ウルキオラ・シファー

 第5十刃  『絶望』  ノイトラ・ジルガ

 第6十刃  『破壊』  グリムジョー・ジャガージャック

 第7十刃  『陶酔』  ゾマリ・ルルー

 第8十刃  『狂気』  ザエルアポロ・グランツ

 第9十刃  『強欲』  アーロニーロ・アルルエリ

 第10十刃 『憤怒』  ヤミー・リヤルゴ

 

 かくして10の凶刃はそろい踏み、来るべき戦争の役者が配置に付いたのだった。

 

――――――

 

 完成した崩玉は、ある実験によってその能力の検証が十刃に使われる前に行われていた。その内容は、巨大虚への破面化によってどれだけの能力を得るかであった。

 その実験の被験体は、言ってしまえば捨て駒であった。幾百の虚が折り重なって生まれるとされる大虚を従え、破面化している藍染が、今更単一で無駄に肥大化した巨大虚に見向きする筈も無い。

 建前では、どれだけの能力を得るかが注視されているが、実際には崩玉が正しくその力を発揮できるのか見る為であった。だから、成功すれば―――今更必要でもないが―――データが手に入る。失敗すれば、手駒を無意味に弱体化させる失敗をせずに済む。どちらに転ぼうと、巨大虚1体の損失など在って無い物。気軽に藍染はこの実験が出来た。

 

(ん~、感度良好といったところか)

 

 そしてアーロニーロは、その実験結果を人知れずに自室から観測していた。観測方法は『反膜の糸』を被験体たるグランドフィッシャーにくっ付け、それから絶えず流れてくる情報を読み取るという方法であった。隠密性と確実性の高い方法なのだが、リアルタイムで情報習得をしようとすると、日光に当たった瞬間に特性が消失してただの極細糸になるのが珠に傷であった。幸いにも現世は夜なので、グランドフィッシャーが朝まで粘りでもしなければ問題は無い。

 

(流石に改造魂魄に遅れを取ることはないか)

 

 嘗て傷を付けられた恨みを晴らすべく、黒埼一護の元にグランドフィッシャーは向かった。だが、巡り合わせ悪く、一護は肉体を改造魂魄のコンに預けていて、夜遊びをしようとしていたコンをグランドフィッシャーが見つけるといった具合になっていた。

 ちなみに、改造魂魄は戦闘用に作られた擬似魂魄である。現世に日常的に現れるようなただの虚なら戦えるが、流石に破面化した巨大虚には手も足も出ない様子であった。

 破面化しているのに、それなりの霊圧を持つであろう一護を目視で探したり、霊圧を探れば別人と判るコンを追い回したりと、見てられない事をしでかしていたがアーロニーロはただ成り行きを見続ける。

 

(早く死ね。…じゃなくて撤退しろ)

 

 思いっきり死ねと念じたアーロニーロだが、すぐに訂正した。グランドフィッシャーが死ぬとすれば斬魂刀による攻撃の可能性が高く、それが主原因だと虚としての存在は分解されてしまう。つまりはアーロニーロが喰らう死体が残らない。しかも、何かの間違いで残っても回収する手間がある。

 だから、撤退してくるのがアーロニーロにとって都合が良かった。

 

――――――

 

 グランドフィッシャーは驕り高ぶっていた。元々の実力は決して高くはなく、死神基準で言えば席官クラスに数えられるかくらい。それが今や霊圧だけなら副隊長はあろうかと言う程はある。

 霊圧の成長は潜在能力が無ければ、飛躍的に成長するなどない。だから、崩玉を使用しての急激な上昇にグランドフィッシャーは高ぶっていた。黒崎一護を確実に殺せると。

 

 そしてグランドフィッシャーは黒崎一護の身体を使っているコンと対峙し、何も苦労する事無く追い詰めた。そしてトドメを刺そうとしたが、思わぬ増援によって止められた。

 

「…何だ。…お前は…?」

 

 手のひらで磨り潰そうとした一撃を、巨大になった手の爪ほどしかないお守りで防がせた人物に問う。

 

「あァ、悪い悪い。自己紹介がまだだったか。

 …俺は黒崎―――」

 

 死神の死覇装を纏い、マントを片方の肩に巻き付けるようにしている独特なファッションをした男は決定的な言葉を口にした。

 

「黒崎一心(いっしん)だ」

 

「黒崎……そうか…。

 お前、黒崎一護の…」

 

「親父だよ」

 

 苗字から関係性を察し、引き継がれた言葉でもってようやくグランドフィッシャーは目の前の男が何かを理解した。身体的特徴に類似する点こそ少ないが、父親が死神であったのなら納得できる事があったからだ。

 だが、その事はさしたる意味は無かった。一心に興味などなく、黒崎一護を殺すとの目的に変更などないのだから。

 

「親ならば居所を知っておろう。黒崎一護を出せ」

 

 見逃してやるから、子を差し出せ。そういうつもりで言ったが、一心はにべもなくその提案を拒絶する。

 親であるなら怒り心頭になる提案であったが、一心には怒りなど湧いていない。仮に一護と目の前のウドの大木が戦ったとしても、簡単に返り討ちに出来ると判っていた。

 そして何より、ここで自分で討ち取るつもりであった。

 

 斬魄刀の大きさは霊圧の大きさとグランドフィッシャーは嗤う。自慢げにみせびらかすビルと見紛う斬魄刀の大きさは、グランドフィッシャーの霊圧と自信の現れ。

 ソレを見ても、一心の表情は変わらない。精々その巨躯相応の巨大な斬魄刀ぐらいにしか思わない。

 

 退きもしなければ、恐怖で表情が強張らない一心を馬鹿呼ばわりして斬魄刀を振り上げる。

 勝負は一瞬。振り下ろされる巨大な斬魄刀を避け、一心は一撃でグランドフィッシャーを肩から股まで両断する。

 虚や破面でも致命傷の一撃。始解すらもしないでの一撃は、一心とグランドフィッシャーの実力の差を如実に表していた。()()()油断した。もうその存在は通常の魂魄へと分解され、尸魂界に送られるしかないと。

 だがしかし、グランドフィッシャーは切り離された左半身を引っ張り、右側に黒腔を開けて倒れ込むように逃げた。

 

「あ…」

 

「…って、あ、じゃねーよ!何ヤバそうの逃してんだよ!」

 

 一心と違ってグランドフィッシャーに気圧されていたコンは、緊急事態と言わんばかりに捲くし立てる。実際に追い詰められた身と考えれば当然だが、そうならないようにと一心は対策は既にしてある。

 

「オメーにはお守りがあんだろ。しっかし、俺も鈍ったもんだな。あの程度の奴を仕留め損ねるなんてな」

 

 グランドフィッシャーの一撃を防いだお守りを握り締めて震えるコンを余所に、一心は20年振りに握った斬魄刀を見つめる。特に霊圧が目減りしたとは感じこそしていなかったが、仕留め損ねたところから腕の衰えを感じずにはいられなかった。

 

「―――逃がしちゃいましたね、仇」

 

「来てたのか、浦原」

 

 旧知の仲と言えるか微妙な恩人に、一心は胡乱げに目を向ける。色々と恩こそあるが、共に尸魂界に追われる立場であった為に積極的な接触は無かった。

 

「別に逃がしても良かったさ。言うほどにあの虚を恨んでた訳じゃねえ」

 

「…そうっスか。なら、20年前のように戦えますか?」

 

「ちと錆びついちまったようだが、その錆びを落とす時間くらいはあんだろ?

 てか、えらくマトモなことを聞くじゃねぇか」

 

 軽く茶化されると思っていたのに、よく胡散臭いなどと言われる浦原らしくない質問に、一心は目を細める。

 

「あの虚は前は巨大虚でした。…その意味が判るでしょう…」

 

「…確かに、未完成で巨大虚であの霊圧なら、のんびりとしていられる理由はないな…」

 

 一心はグランドフィッシャーを一刀の元に切り捨てたが、ほぼ人型でマトモな戦闘経験をしていなかったからできた芸当だ。そして、それが敵の強さの最低ラインでもある事を指している。

 つまり、これからの戦いは最低でも副隊長レベルでなければ碌に戦えないと言うこと。敵の主力を倒すとなれば、隊長レベルでないと不可能であろう。

 来るであろう戦いを思う2人の表情は、自然と引き締まるのだった。

 

――――――

 

 黒腔の内部に逃げ込めたグランドフィッシャーは、痛みに呻いていた。身体が縦に真っ二つになっているから当然と言えば当然だが、グランドフィッシャーの考えはソコに至らない。

 あるのは新たな怒り。自分を斬った一心への怒りだけであった。親子共々殺してくれると、その孔の開いた胸に誓っていた。

 

―――お前の実力では、一生賭けても無理だろ

 

 冷徹な声が、グランドフィッシャーの脳を揺さぶった。

 

「誰だ!このわしを愚弄する奴は!」

 

 怒りのままに怒鳴り散らして見回せば、異様な一団はすぐに見つかった。人の頭蓋骨がそのまま頭となっている、姿が統一された異様な一団が。

 10人はいるその一団は、同時に抜刀して駆け出す。

 

「おのれ!」

 

 どう見ても敵であるそれらに斬魄刀を振るうが、余裕を持って避けていく。そこには一心より差こそ無いが、明確な実力差があった。

 やすやすとその凶刃はグランドフィッシャーに入り込む。既に動ける身体では無かったが、念入りな解体はグランドフィッシャーを食材としてしか見ていないのが明白であった。

 

(完了か)

 

 遠く離れた自宮から観察していたアーロニーロは、ようやく一息ついた。グランドフィッシャーの酷い体たらくには眩暈がしそうであったが、屍になればどうでも良い事だ。わざわざ『反膜の糸』で延命し、更に少し身体を動かして逃げさせたのだ。

 生死を分ける刻限は、もう見据えられる時間にまで差し迫っている。後は不備が無いようにと、詰めていくだけであった。


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