伏魔殿
ある晴れた日。その日は誰にとっても普通の日となる筈であった。たがありふれた日常を無造作に踏み躙る、3つの刃が天より振り下ろされ、どうしようもない非日常へと変質したのだった。
「ぶはァ~~~~!
面付いていた頃に何度か来たが、相変わらず
「文句を垂れるな。来たがったのはお前だぞ、ヤミー」
「藍染様より指令を出されたのは、俺とウルキオラ・シファーだけだったろうに…」
ヤミー・リヤルゴ、ウルキオラ・シファー、アーロニーロ・アルルエリ。その3名が何に憚られる事もなく現世に降り立った。これだけで、観測機器によって成体の破面と断定した護廷十三隊は警戒態勢となった。それだけ藍染惣介が率いるであろう破面を警戒しているという事である。
だがそんな事などお構い無しに、ヤミーは本能のままに動きだす。見えていないと判っておきながら、自分らが降り立った場所を興味深げに見つめる人間と、たまたま範囲内にいた人間の魂魄を『
「生キテイルノガイルネ」
無差別攻撃によって外傷無しの死屍累々となっている惨状より、アーロニーロは目敏く生き残りを見つける。尤も、死んでいないだけで既に死に体といった有様であった。
「オレの『魂吸』で魂が抜けねえってことは、出るにしろ隠れるにしろ、ちったあ魂魄の力が有るってこった!
なァ!?」
そんな様子に目もくれずに傍による。ヤミーとしてはしっかり確認しようとしての行為であったが、虚が見える程度の力しか持たない者にとってはそれだけで致命的であった。
「ウルキオラ!!こいつか!?」
「よく見ろバカ。お前が近付いただけで魂が潰れかけているだろう。
ゴミの方だ。それと、次からはアーロニーロに聞け」
勝手に判断役にされたアーロニーロが何か言いたげにウルキオラを方を見るが、本人は素知らぬ顔である。
「…っち、んじゃ『魂吸』で生き残ったのはたまたまかよ。くだらねえ」
なら殺しても良いだろうと、無造作に蹴ろうとする。だが、3人が今いる
「…あァ!?何だお前ら?」
よもや止められると思っていなかったヤミーは驚きと疑問の声を出す。
「アーロニーロ!!こいつかー!?」
自分の蹴りを止められたので探している人物かとアーロニーロに聞くが、アーロニーロは溜め息を付きながら事実を言う。
「ザコだ」
蹴りこそ止められたが、
「そうかい!」
だから、殺すとの悪意の元で手を出されれば、あっけなく倒されて当然であった。だが希望は潰えない。
真っ先に現場に駆けつけた2人には失礼になるだろうが、空座町にいる面々の中では弱い部類になる。そして、その2人が最も信頼する仲間が寸でのところで間に合うのだった。
――――――
「手が早いな」
「ソウデモナイヨ」
手が早いと言われた原因の保全をしながら、ぞんざいにアーロニーロは答えた。大事そうに扱っているのは、先程切り落とされたばかりのヤミーの右腕である。
戦いは一方的で、最初から卍解をして全力の一護がヤミーの右腕を切り落とし、その後は持ち前の速さでもって翻弄しながらヤミーに切り傷を負わせている。
「…浦原喜助と
他にすることもないアーロニーロは、
「そうか…もう目的は果たしている。好きに遊んで来い」
「片方シカ止メレナイケド?」
「構わん」
ならばとアーロニーロはヤミーの右腕を預けて、響転で迎撃に向かうのだった。
――――――
「喜助!なにをモタモタしておる!!」
「いやいや夜一さん、アタシじゃこれ以上の速さじゃバテちゃうッスよ」
アーロニーロに感知された2人は、疲れないギリギリの速度で遅ればせながらも、現場に急行していた。本当ならば全速力で駆けつけたいところであるのだが、これから相手にする連中が何であるか考えれば、ほんの少しの疲労でもなるべく無い状態で対峙したかったのだ。
「喜助」
「ええ、お願いします」
短く、それだけで近付いてくる敵への対応は決まった。互いにできる事などとっくに知り尽くし、どうすれば最善かなども判りきっている。正に阿吽の呼吸。
敵が視界に入ると同時に夜一は挑みかかり、浦原はその脇を悠々と抜けて一護の加勢へと向かう。
「初めましてになるな、四楓院夜一」
人間であれば顎があるであろう場所を狙った一撃。それを手で捕まえたアーロニーロは嗤う。
「邪魔をするな。と、言っても聞かぬであろうな」
「マア、ソウダネ」
先程とは違う甲高い奇妙な声に夜一は顔を顰めるが、意識をすぐに切り替える。敵が現れた時点でここは戦場。一瞬の油断が命取りとなる。
「手合わせ願おうか」
有言実行と、アーロニーロは捕まえている手を握り潰さんと力を込めながら引っ張る。後は剣装霊圧で無数の刃を生やして抱擁すればたちどころに夜一を絶命させられる。
しかし、そう易々と事を運ばせる夜一ではない。引っ張られるのに逆らわずに流れにのり、手を掴んで離さないアーロニーロの右腕に組み付こうする。
例え腕を折ろうが千切ろうが、超速再生を持つアーロニーロにとっては大した痛手ではない。そこで夜一が止まるのならば。
(止まる訳がないか…)
夜一は死神の中でも素手での戦闘―――白打―――に秀でた人物。まだ様子見の段階であろうが、今後の為に殺せるのなら殺しに掛かるに決まっている。
下手に攻撃を受けるのは下策とし、アーロニーロは手を離す。迫る拘束から逃れながらも、左手から打ち上げるように霊圧を溜める。
「虚閃」
放たれた灰色の閃光は夜一を飲み込まんとしたが、ギリギリでかわされる。ならばとサマーソルトキックを繰り出すが、ソレは距離を離されて避けられる。
(強い)
その事実にアーロニーロは笑う。今の遣り取りは何とか自分が押し勝って仕切り直しにまで持って行ったが、下手をすれば完全に抑え込まれていた。
そんな緊張感は虚夜宮では得がたい経験だ。なぜなら、そうなる同格たる十刃との私闘は禁じられており、座を奪わんとする挑戦者は大体が格下であったからだ。
だからついつい楽しく感じてしまうのだ。一方的に終わればなんでもつまらなく、ある程度のやり応えが無ければ楽しめない。
(コイツは不味いのう…)
どう戦おうかとアーロニーロが思案するのを余所に、夜一は危機感を懐いていた。詳細は不明だが、空座町に現れた3人の破面の内1人は万全の一護に翻弄される程度。その程度で終わるならば、なんとでもなる相手だ。
しかし、残る2人はそうは行かないようであった。少なくとも、目の前にいる相手はただ力を振り回すだけでなく、きちんとある程度の修練を積んだ者の動きである。
(反応も動きも悪くは無い。喜助が言っていた通りに、隊長格に匹敵する連中を藍染は揃えておる証拠じゃな…)
無策で事に及ぶ男ではないとは思い知らされている。だから今回の襲撃は、挑発や無言の降服勧告にすら感じられる。
「…ッチ、もう完了か」
「なんじゃと…?」
戦いはまだ軽く手合わせをした程度。アーロニーロとしては、純粋な身体能力のみでどこまで行けるか確かめたいところであった。それでも一応は今回の任務でのリーダーに当たるウルキオラが帰還するなら―――殿を務めろでも命令されなければ―――その後ろに従って帰還する義務がある。
「…逃げる気か?」
「コッチニモ上下関係ガアルンダヨ」
あくまで自分の意思ではないと前置きしつつも、アーロニーロは黒腔を開く。
「ああ、追って来たいのなら好きにするといい。ほんの少しだけ開けといてやる」
逃がす気がないなら追って来いと挑発を返された夜一は眉を顰めたが、そのままアーロニーロを見送る。見え透いた罠であるし、追ったところで勝てる保障もなければ帰るまで道が残っている保障もない。なにより、今開けられた道は敵の一存で閉じれるのだ。そこに飛び込んで閉じ込められたら、それだけで終わりである。
「敵は手強かった。では済まぬ戦いになりそうじゃの……」
藍染からすればまだ軽く刺した程度。ならば殺すとの悪意の元に振り下ろされれば、その凶刃は隊長の命すら切り落としかねない。そんな凄惨な戦いの気配は、然程遠くない場所から感じるのであった。
――――――
太陽の光は、アーロニーロにとって甚だ不愉快な代物だ。嘗てはソレを浴びて生を実感すらしてたが、今となっては能力を使えなくなる要因でしかない。明確な弱さを発露させるものなど、好きになれる筈がない。
弱ければ護りたいモノをあっさりと失う。ソレを体験して、強くあろうとしている……?
―――違ウ
傷入りの記憶媒体のように思考が乱れる。強さは確かに必要な物。だが、アーロニーロにとっての強さなど、生き残る為だけの物であった筈だ。そう、二の次であった筈だ。
なのに、どうしようもなく強い魂魄を求めている。喰らい取り込み、その力を内包したいと……
コレは虚としての本能的欲求だと、直ぐにアーロニーロは理解する。穴を埋めたいと、人間に戻りたいとさえ願うような欲求。永遠に己に付き纏う呪いも同然な代物。
虫唾が走り、憎悪を募らせる忌むべき欲求。
アーロニーロとて解っている。欲求など完全に抑えきれる訳がない。そして、幾多の憎悪と和らげる為に屍を積み重ねようとも、見出した意味は価値の無いものでしかない。
何より―――
―――怖イ
「違う」
―――怖イ
「
心を失くしたのだから、
取り戻せば破綻するとの警笛が頭の中で鳴り、その存在を否定するより他はない。
だがしかし、アーロニーロ自身がよく知っている。自分は心を失っていない事など……
恐怖したから藍染に従っている。失くしたくないから生きようとしている。感情の葛藤があるから
解っていながら見ない振りをし、そうまでしながら護りたいモノの記憶は薄れつつある。捨てるのを恐れ、手放すのを良しとしなかった強欲の末路。
澱み穢れて腐っていく。どうなっていくかなど、当に知っている。それでもアーロニーロは続ける他に道を選べない。
さあ、始めよう。戦争を