アーロニーロでBLEACH   作:カナリヤ

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偽攻

 ア-ロニーロ宮の地下。そこに隠された一室には、死体置き場があった。当然、普通の死体置き場ではない。

 そこに置かれているのは、『反膜の糸』に繋がれた肉袋だ。この肉袋は、斬魄刀などの攻撃によって分解される筈の者の受け皿である。通常はそのまま尸魂界に送られる魂魄を、破面の死体として保管しようというものだ。

 無論、そう簡単にできるものではない。まず分解されるのを防ぎ、尚且つ肉袋にその者を詰め込む必要がある。分解は『反膜の糸』で再結合ができるので問題は無かった。だが、肉袋に詰め込むのは別の能力が必要であった。

 その為のグランドフィッシャーである。疑似餌に潜り込む『移胴(ミグレイション)』の応用で、肉袋に詰め込んでしまうのだ。予め肉袋を用意して『反膜の糸』で繋げておく必要こそあるが、これによってアーロニーロはほとんどの破面を回収できる。

 そして、5つの肉袋には既に破面が詰め込まれていた。

 

――――――

 

 偽りの侵攻。戦争の準備自体は既に整っており、この戦いは状況を有利にする為の前準備に過ぎない。

 そう藍染に直々に説明をなされたアーロニーロの心境は複雑だ。なにせ侵攻するメンバーはアーロニーロを除き、作戦完了までに尸魂界から派遣されている死神を殺せないと言われたも同然だからだ。

 なぜなら、井上織姫を攫い、芋づる式に隊長を虚圏に誘い出すとなると、護廷十三隊に警戒をさせる必要がある。しかし、現状において派遣されているメンバーが殺されたら警戒させすぎてしまう。その結果によって王鍵を作れても、その後に尸魂界で待ち構える護廷十三隊と決戦は御免こうむる。

 戦場に最も有利になるのは虚圏であり、次点で空座町、最悪は尸魂界である。なぜそうなるかと言えば、単に敵の増援の来易さである。最悪の尸魂界なら、いきなり目の前に零番隊の5人が降って来る可能性すらある。

 そうならない様に、元第6十刃―――独断侵攻して従属官5名を死亡させた為に降ろされた―――グリムジョー。第6十刃後任のルピ・アンテノール。藍染の命令で仕方なく、腕を繋げてやった第10十刃のヤミー。十刃と同等の霊圧を持つ改造破面ワンダーワイス・マルジェラ。

 その4名と共に、空座町に滞在する―――十番隊隊長日番谷(ひつがや)冬獅郎(とうしろう)。十番隊副隊長松本(まつもと)乱菊(らんぎく)。十一番隊三席斑目(まだらめ)一角(いっかく)。十一番隊五席綾瀬川(あやせがわ)弓親(ゆみちか)―――4名の死神との戦闘に突入している。

 

(だからと言って、副隊長程度に接待とは……)

 

 人数的にはこちらが1名空く筈だったが、グリムジョーは来て早々に一護を探してこの場を離脱。これで人数に釣り合いがとれ、一対一が尋常に開始されるかと思えば、一定以上の霊圧を持つ相手以外には反応しないのかワンダーワイスが戦おうとしない。

 5名で侵攻したのに、あっという間にこの場で戦うのが3名になり、数的には死神が1名休憩と可笑しな事になっていた。

 

 色々と考えていたアーロニーロだが、松本乱菊が瞬歩をしたので意識をそちらに向ける。

 だが、思わず溜め息が出る。瞬歩が遅いからだ。

 副隊長の中で別段遅いと言う訳ではないだろうが、―――最速の座をゾマリに譲りこそしたが―――響転が速い部類であるアーロニーロにとっては遅すぎる。

 

「そんなので、勝てると思っているのか……?」

 

 

「ッ…」

 

 乱菊とて、かつて二番隊隊長を勤めた夜一と互角に戦った相手に、マトモに遣り合えるとは思っていない。負けることすら重々承知である。それでも逃げる訳にはいかないのだ。護るために今この場に立っているのだ。

 こういった不測の事態など、前線であればあって当たり前とも知っている。それで逃げるような人物が副隊長にいる筈が無い。だからと言って、何だと言うのがアーロニーロなのだが…

 

(いっそ両手をもいで、斬魄刀を使えなくしてやるか?)

 

 妙案に思えたが、いくら現物が残っていても捻じ切られた間接を繋げるのは至難の業であろうと思い直す。筋肉、血管、神経なら『反膜の糸』で繋げてアーロニーロでも治療は可能。だが、骨が変形でもしていれば、アーロニーロの回道と『反膜の糸』では完全な修復は不可能となる。なお、アーロニーロ自身の損傷は超速再生でなんとでもなるで、割とどうでもよかったりする。

 

「イクヨ」

 

 宣言との同時の響転。三角跳びの要領で『灰猫』を避けて右肩に手刀による突きを入れる。そのまま乱菊の横を通り抜け、反転して今度は左肩を突く。

 

(……)

 

 何度か繰り返せば、出血こそないが乱菊は打撲でボロボロであった。それに反して、アーロニーロのやる気はだだ下がりであった。

 

「ヤミー!アーロニーロ!ボクにそいつらもゆずってよ!」

 

 喰らいもせずにただただ弱い物イジメになっていたので、アーロニーロはルピの提案に頷く。

 

「こいつら、ウダウダめんどくさいからさ、一気に4対1でやろーよ。

 ボクが解放して、まとめて相手してあげるからさ」

 

 見下しながら、脇に挟むように保持している斬魄刀を抜こうとする。

 

「させるか!!!

 卍解、『大紅蓮氷輪丸』」

 

 それを瀬戸際で止めようと、未完成であるが故に制限時間が相手にも見えてしまう卍解を選択させる。未完成と言えども斬魄刀における奥義であり、冬獅郎の斬魄刀は氷雪系最強たる氷輪丸。

 蒼く見える氷で成形された翼で空を打ち、ルピの元へ飛翔する。

 

「縊れ、『蔦嬢(トレパドーラ)』」

 

 だが、遠すぎた。互いの戦いの邪魔にならないようにと開けていた距離を詰められずに、冬獅郎は解放の前に斬りつけられずに帰刃を許してしまう。

 噴出した霊圧が霧のように立ち込める中、油断無く冬獅郎は目を走らせる。霧状の霊圧で目と霊圧知覚を潰されている今は、相手にとって不意打ちをする絶好の条件。

 その予想通りに迫ってきた霧を突き抜けてくる白いナニカに即応し、翼を盾にして初撃を防ぎきる。

 

「…どうした。こんなもんか?

 解放状態のてめえの攻撃ってのは」

 

 6という十刃でも中間くらいの実力を持つと予想される割に軽い攻撃に、挑発を混ぜて冬獅郎は問いかけた。

 

「でもさ、もし、今の攻撃が―――

 

 その問いに口では残念がるが、見下した笑いを含む声音に変化は無い。まだまだ余裕とルピが嗤う間に霧は晴れ、帰刃した姿を現す。

 

 ―――8倍になったらどうかなァ?」

 

 冬獅郎を襲った白いナニカは、ルビの背中に付加された甲羅のような物から生える触手の1本であった。そして触手は、全部で8本生えていた。

 

「何……だと…」

 

 驚愕の隙を突くように、8本の触手は冬獅郎を打ち据えるのだった。

 

――――――

 

 鎧袖一触だと言わんばかりに、ルピは残った乱菊、一角、弓親で遊んでいた。

 ソレは慢心でしかない。その証拠に、本人は仕留めたと思っている冬獅郎は、霊圧を抑えて小細工をしている。部下を囮にした非情にも思える行動だが、真っ向から舞い戻って戦って勝っても、この場にはまだ3名の破面がいる。今は静観しているが、仲間がやられればそうも行かないのは明白。連戦は避けられる筈も無いので、消耗は可能な限り抑えるべき場面なのだ。

 

(とか、考えてるのか?)

 

 冬獅郎の思考を予想しながら、アーロニーロは探査回路と『反膜の糸』による警戒網を敷いている。その警戒網に冬獅郎がしっかりと引っ掛かっているが、ルピに教えてやるつもりは毛頭無い。

 今のアーロニーロの関心は、この場に夜一が来るかどうかだ。前回の戦いは不完全燃焼であり、今回は1つなら帰刃しても良いとの許可も取ってある。霊圧を研ぎ澄まし、アーロニーロは嗤う。

 探査回路による霊圧捕捉はかなわなかったが、『反膜の糸』による物理捕捉には成功した。元隠密機動と考えれば、当然とも思える結果。

 右足を軸に半回転し、左手による突きを放つ。霊圧を消しての踵落としを敢行した夜一は、上半身を捻って顔面を捉えていた突きをかすり傷で済ました。

 

「随分な挨拶だな」

 

 僅かにだが付着した血を見て、アーロニーロは嗤う。割と本気の攻撃であったが、ソレを夜一は回避して見せたのだ。食欲と闘争本能を刺激され、アーロニーロの精神は高ぶっていく。

 そんなアーロニーロに相反するように、夜一は冷静であった。

 

「…ジャア、コッチカラダ」

 

 来ないのなら行くしかないと、力強く踏み込む。力無き者であれば、それだけでアーロニーロを見失ったであろう。アーロニーロの響転はそれだけの速度があり、ソレを十全に使いこなせる技量をこれまでで培ってきたのだから。

 されども相対する夜一は、隠密機動総司令官及び同第一分隊『刑軍』総括軍団長であったと同時に、護廷十三隊二番隊隊長を兼任していた猛者だ。更には、瞬歩で追いつける者は無しと『瞬神』とさえ呼ばれていたのだ。

 そんな速さにおいて折り紙付きの者が、先手を譲る代わりに待ちの姿勢であって反応できない筈が無い。

 再び迫ったアーロニーロの手刀を、今度は倒れる様にして完全に避ける。伸ばされた右腕に足を絡めて捻ってやれば、頑丈かつ人型であるが故に体勢が崩れる。体全体を使って捻った為に、残っている勢いに更に速度を上乗せした蹴りを放つ。ソレを防ごうと、アーロニーロは自由な左手で咄嗟に頭を守る。だが、夜一の蹴りはそうすると先読みして脇腹を打ち据える。

 

(入った!)

 

 決定打には程遠くも、軽くはない一撃を入れた。これ以上欲張るの拙いと、また距離を取ろうとする。

 

「捕まえた」

 

 しかし、アーロニーロはソレを許さなかった。頭に攻撃が来ないと理解し、直ぐに左腕は夜一の足を脇腹の位置に固定しに掛かっていた。

 相手の放ってきた拳や蹴りに手足をかけてカウンター気味に放つ『吊柿』で、そうなる事はこれまでで一度たりとも無かった訳ではない。しかし、攻撃を入れられれば少なからず体は硬直し、その隙に追撃するなり距離を開けられた。そう出来る技量が夜一にはあったが、アーロニーロは夜一の予想より大分タフであった。

 

「虚閃」

 

 逆襲に使われるは破壊の閃光。胸の前で収束されたソレは逃げようの無い夜一を灰色で色を奪う。

 

「瞬閧!」

 

 回避は不可能。防御はしても貫かれる。だったら攻撃でこの窮地を脱する他は無い。咄嗟であったが為にやや制御の甘い高濃度に圧縮した鬼道が手に纏われる。一撃だけ打てればいいと、そのまま虚閃を抉ってアーロニーロまで殴りつける。

 胸を打ち据えられたアーロニーロは派手に吹き飛ばされて、地面に吸い込まれるように激突した。

 

(浅い…)

 

 しかし、夜一は大したダメージは無いと確信していた。いくら瞬閧状態での不意打ちに近い一撃であっても、アーロニーロが吹き飛んでいく速度は不自然な程に速かった。仕切り直しの為に、攻撃に合わせたと考えるのが自然だ。

 一撃で解けてしまった瞬閧を再度展開し、アーロニーロが落ちた場所を凝視する。

 

「跳ねろ」

 

「しまっ…」

 

 かすかに、されども力強い声を聞き、夜一は追撃するべきであったと己の失敗を悟った。

 

「『乱夢兎』」

 

 その事実を認識した瞬間には、既にアーロニーロが眼前に立っていた。白い厚手のマントに身を包み、僅かに見える足元には堅そうな鎧の一部が顔を覗かせている。

 無言での回し蹴り。肉を抉り、骨を砕かんとするその蹴りは、これまでで一番鋭い蹴りであった。それでも、夜一には対応できる速さでもあった。

 

「縛道の三十、嘴突三閃(しとつさんせん)

 

 回し蹴りを避けるべく下がりながら、右の手は空に逆三角形を描いて縛道を発動させる。発動した縛道は、両手首と胴体を壁や地面といった地形に縛り付ける物だ。三十番台とあって隊長と同格と目される相手に使うには心もとないが、3箇所を同時に縛り付けるので対処するには手が限られるので選んだのだ。

 

霊縮爆破(エプジョン)

 

 両腕と胴体を縫い付ける筈だった3つの嘴は、足から放たれた爆発によって破砕される。

 

爆跳(エクスタール)

 

 響転を爆発の勢いで底上げし、嘗ては最速の響転とまで呼ばれた技。予備動作無しでの加速は変則的で読みにくく、更に速いとあってアーロニーロも苦戦した覚えがある。

 出鱈目な軌道で夜一へと迫り、上を取って踵落としを決行する。『霊縮爆破』と『瞬閧』がぶつかり合い、轟音と共に霊圧の残滓が風となって辺りに飛び散っていく。それに合わせて、アーロニーロは跳び退る。

 

(押し負けたか…)

 

 ぶつかり合った右足の鎧―――ほとんどの破面がそうであるが、鋼皮が変化した正真正銘の体の一部―――が罅割れていた。原因は『霊縮爆破』が単発の爆発で一瞬だけ押し遣りこそしたが、すぐに流動させて維持され続ける『瞬閧』に持続力の差で負けてしまったのだ。

 

(尤も、こんな傷は怪我ですらないがな)

 

 夜一に見られるよりも速くに、超速再生でもって傷を治して嗤う。四楓院夜一が強いのは間違いない。だがしかし、夜間に全身全霊で殺しに掛かれば殺せるのも間違いがなかった。

 

「デカイノ、行クヨ…」

 

 左手を前に突き出すその姿勢は虚閃の体勢。ただし、その手の平で収束、圧縮されていくのは黒く染まった霊圧だ。

 『黒虚閃(セロ・オスキュラス)』解放状態の十刃の霊圧によって打ち出されるその虚閃は、通常の虚閃より遥かに高い威力を誇る。ギリアンの虚閃でさえそのまま放たれれば、街の一画は吹き飛ばす威力はある。であれば、今アーロニーロが放とうとしている『黒虚閃』は未曾有の被害を出しかねない。

 故に、夜一の取れる行動は一つ。『黒虚閃』を相殺するだけだ。

 

「…ッチ。時間切れか」

 

 思っていたよりも時間が過ぎていたと、自分を包んだ『反膜』を見てアーロニーロは零す。閉鎖空間になってしまったので放つ訳にもいかずに、躊躇無く『黒虚閃』は握り潰される。

 

「おぬし、名と番号は?」

 

 もう如何する事もできないと、夜一は最低限の情報を手にしようと口を開く。

 

「ソウイエバ、自己紹介トカシテナカッタネ」

 

 前回も今回も問答無用で戦っていたので、そういった事はしてないとようやくアーロニーロは気付いた。

 

「俺は第9十刃、アーロニーロ・アルルエリ」

 

「なん…じゃと…!?」

 

 予想より遥かに下の数字に、夜一の目は大きく開かれる。少なくとも、今回の襲撃で一番小さな数字と思っていたのだ。それなのに、慢心から氷漬けにされた者より下だというから当然ではある。

 その様を見て嗤いながら、アーロニーロは空座町を去るのだった。


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