アーロニーロでBLEACH   作:カナリヤ

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喰らいて

 破面と大虚の間には、大きな越えられない壁が存在する。尤も、それは藍染が破面化させた場合と限定させる必要がある。

 藍染が兵士として破面化するのは大虚以上と限定されており、ギリアンでもなければその実力はヴァストローデに比肩しうる。

 

 そして、大虚と大別されるギリアン、アジューカス、ヴァストローデは位が一つ違うだけでその実力は何倍の差というくらいに離れている。

 つまりは、アジューカスが三体同時に襲いかかってこようと、アーロニーロにはなんら問題がないのだ。

 

「気分はどうだ、アジューカスども?」

 

 虚閃を使うまでもなく、あっさりと膝から崩れ落ちた三体の内の鹿に似た虚を踏みつけながらアーロニーロは嗤う。

 

「ッテ、メェ」

 

 悔しそうに睨みつけられたが、アーロニーロはそれを受け流してヴァストローデの方を見る。破面は、アーロニーロと同じようにヴァストローデを圧倒していた。

 元がアジューカスなのにこの実力差。破面化によってヴァストローデにも苦戦しなくなるのは、破面化がどれ程のメリットがあるのかを端的に解らせるのには十分。

 

 そして同時に、そうなった連中を纏め上げる藍染の凄さまでも判る。

 

「ット、流石ニアレハヤリ過ギダネ」

 

 踏み付けていた鹿の虚を他の二体の近くまで蹴り飛ばす。本来ならどれか一体は胃袋に収めたいところであるが、先に用事を済ませようと考える理性はまだ残っている。

 本当に飢えきる前に(・・・・・・・・・)用事を済まさなければ、色々と危ないという自覚があるのだ。

 

「その辺にしておけ。逃げれないように片足を折るくらいは必要だろうが、それ以上は問題だ」

 

 因縁があるとか聞いていたが、腹の足しにもならないそんな事はアーロニーロには心底どうでもいい。

 問題は生け捕りでヴァストローデを連れ帰れるか否かの話だ。

 

 圧倒的なまでの実力の差を思い知らされても、ヴァストローデの意志は屈服していない。力の差だけで手折れるような信念ではないのだろう。

 しかし、ヴァストローデの瞳がまだ諦めていないそれであっても関係は無い。

 

「ッチ…」

 

 あからさまな舌打ちをして、破面は『剣装霊圧』をしまう。確かに圧倒していたが、四肢を落としたりと致命的な傷はまだ負わせていない。もう少し、不満をぶつけたいところであった。

 

 アーロニーロと破面の意識が互いに向いた瞬間、ヴァストローデは仲間のアジューカスに目配せをした。実力差は痛いほどに判っている。なのに、まだ殺されていないのだから生かしておく理由が何かしらあるのは明白。

 それを利用するから、自分達だけでも逃げろと想いを込めて目配せをした。

 

 その想いを受け取った三体は、それぞれを見て考えが同じだと頷く。

 

「「「虚閃!!!」」」

 

 フラフラの体で立ち上がった三体は、残りの霊力を振り絞って虚閃を撃った。そんな事をすれば、逃げる力など残る筈も無い。再び地に伏せる。

 決死の覚悟の三体の虚閃。流石に、それは無視できる威力ではない。弾き飛ばそうと、そちらにアーロニーロは向く。

 

 その瞬間を待っていた奴がいた。アーロニーロが間合いを詰める必要も無い距離で、自分から意識を逸らして無防備に背中を見せる瞬間を……

 

(くたばりやがれ!!)

 

 『剣装霊圧』を出し、斜めに肩から腰を切り離すように振る。身体が真っ二つになれば、即死はしなくとも治療しなければ死ぬのは必至。この間の借りを返すべく、破面は殺す気でアーロニーロを斬った。

 

――――――

 

 霊力を用いた戦いとは、結局のところは霊圧同士のぶつかり合いに終始する。しかし、必ずしも霊圧の大きい方が勝つ訳ではない。

 戦いにおいて霊圧がかなり大きな割合を占めるのが事実ではあるが、そこに膂力(りょりょく)や―――大別すれば霊圧の範囲だが、必ずしも比例するわけではない―――霊圧硬度といった幾つもの要因が絡んでくる。

 

「ソノ剣ガ効カナイ事ハ、コノ前解ラセタツモリダッタケド…?」

 

 背中からの攻撃を、本来なら曲がらない方向に曲がった右腕で受け止め、左手は虚閃を弾き飛ばしたアーロニーロの声音は嘲笑うソレであった。

 

「っな、なんで今のを受けて無傷なんだ……」

 

 無傷のアーロニーロを前にして、破面はたじろぐ。例え殺せなくとも、アーロニーロを手負いにできる算段だった。

 だが、現実はどうだ? アーロニーロは攻撃を受けはしたが、その体に傷一つ付けずに受け切ったのだ。

 

「相手の攻撃の霊圧よりも、デカい霊圧を身に纏って防御する。そんな事も判らん愚図だったか」

 

 破面の手に握られていた『剣装霊圧』は、集束が解けて崩れていく。まるで、破面の意志のように。

 

「ソモソモ、コンナ状況デ気ヲ抜クト思ッテイタノカイ?」

 

 左手の手袋を取り、アーロニーロはその下に隠されていた触手と口の様な器官を露出させる。

 

「だとしたら心外だ。誘われた時点で、お前を喰らう腹積もりだったからな」

 

 言い終るや否や、アーロニーロは破面に跳びかかる。

 破面はそれを退けようとしたが、遅かった。右手で喉元を掴まれ、そのまま押し倒される。ガッチリと喉元を押さえられているのと、倒れた姿勢から破面は動くに動けない。

 その破面の頭を、アーロニーロは左手で殴りつける。霊圧も霊圧硬度も上のアーロニーロの攻撃が防がれる理由など何処にもなく、残っていた仮面と頭蓋を砕いて破面を絶命させる。

 

 ヴァストローデとアジューカスに見られているのを気にせずに、アーロニーロは食事を始めた。

 左手の口の様な器官は見てくれだけではなく、実際の役割も同じである。そこから、アーロニーロは破面の肉の一片も残さずに飲み込んでいく。

 

「そうだ、この感じだ……」

 

 霊圧(ちから)の増幅と新しく手に入った能力に魂が漲るのを感じたアーロニーロは笑う。

 魂が穴開きになり、その頃から在りし幸福が年月と回数を重ねるごとに洗練された喜び。相手の全てを無駄なく己に内包する。それが『喰虚(グロトネリア)』にしてアーロニーロという存在。

 闘争という種の根底よりも原初に刻まれし、アーロニーロの本能。

 

「アァ、マダ喰得(くえ)ル物ガアルジャナイカ……」

 

 改めて、アーロニーロはヴァストローデを見た。喰らった破面と比べれば、破面と言われても違和感の無いまでに人型であり、転がっているアジューカスよりもずっと力はある。餌としては、十分旨そうであった。

 

 目の前で起きた仲間割れに茫然自失となっていたヴァストローデが、さっきまでとは違うアーロニーロの様子にたじろぐ。

 

 

「止すんだ、アーロニーロ」

 

 たった一言。突如として姿を現した藍染の一言でアーロニーロは恐怖によって本能を抑え込まれて暴走状態から一気に冷静になる。

 服が汚れるのも気にせずに、アーロニーロは片膝をついて頭を垂れて服従の意を表す。

 

「済まなかったね、私の部下が迷惑を掛けたようだ」

 

「なんだ、貴様……?」

 

 突如現れた事といいアーロニーロを従えている事といい、疑問しか湧いてこない相手にヴァストローデは問う。

 

「犠牲を生みたくないのであれば力を持つ事だ。君が追い求める力が君の理想であるならば、私はそれを与える事が出来る」

 

 問いに答えるより先に、藍染はヴァストローデに説く。

 

「私の理想?」

 

「もっと強い力欲しいだろう?君の仲間達の為に。力を得れば、犠牲を作る事は無くなる。

 それが君の理想の筈だよ」

 

 力こそ理。藍染の言う事は何一つ間違っていない。

 破面化によって得る力は既に目の当たりにしている。

 なにより、下手をしたら仲間が殺されていたかもしれないのだ。

 

「理想の姿を目にしたいとは思わないか?

 我々と共に来ると良い、君を理想の下へと導こう。君達に、今の様な犠牲を強いたりはしない」

 

 昨日までは見ず知らずの相手へに傾きかけるのには十分であった。その意を現すべく、ヴァストローデもアーロニーロのように片膝をついて頭を垂れた。

 

「フッ…」

 

 その姿に藍染は満足そうに笑うと、今度はアーロニーロに向き直る。

 

「アーロニーロ、今回の処罰は追って通達する。

 しかし、君の飢えはどうにも抑えがたいモノのようだ。その飢えを二、三日で癒して来るといい」

 

「はい」

 

 許可を受けたアーロニーロは、意気揚々と虚圏の闇へと呑み込まれるのであった。

 

――――――

 

 虚圏食べ歩きの三日間はアーロニーロにとって至福の時であった。

 『喰虚』で破面化した事によって失った『超速再生』を保管し、新たに手に入った『剣装霊圧』もついでに多少の訓練をした。

 尤も、アジューカスすら歯牙にも掛けなかった実力からして、動く的程度であったが。

 

「………おい、どうなっている」

 

 三日間も虚夜宮を開けていたアーロニーロは、思わず誰もいないのにツッコミを入れた。

 アーロニーロの記憶が確かなら、三日前は高層ビルのようなものが離れて五本建っているのが虚夜宮であった。しかし、今はその見る影もなく、一つの途方も無く巨大な宮殿に変貌していた。

 

「完成シタンジャナイノカイ?」

 

 半身の言った可能性も考えられたが、建築工程はまだまだあった筈である。それが三日で完成するなど、どれでだけの突貫工事をしたというのだ。

 

《問おう、ぬしは何者だ?》

 

「そう言うお前は誰だ」

 

 おそらく虚夜宮付近に配置された大虚だろうとあたりをつけて、アーロニーロは声のした方を睨みつける。そこは、砂が寄り集まって山を形造り上げたかと思えば、巨人へと変貌した。

 

《わしは藍染様よりこの辺り一帯の守りを任されし、白砂の番人ルヌガンガ。

 ヌゥ…? その姿、おぬしはもしやアーロニーロ・アルルエリか?》

 

「ソウ、僕ラガアーロニーロ・アルルエリダヨ」

 

 話が通っているようなので、アーロニーロは仮面を外す。まだこの顔を知っている者は極少数。番人なら顔の特徴くらいは伝えられているだろうと、通行証代わりの気持ちで仕方なく曝したのだ。

 

《聞いた通りの顔! では、正面入り口まで案内しますゆえ、ついて来てくだされ》

 

――――――

 

「戻りました藍染様」

 

 玉座にて、アーロニーロは藍染と対面していた。帰還の挨拶といったところである。

 

「よく戻って来たねアーロニーロ。報告は、しっかりと届いていたよ(・・・・・・・・・・・)

 『認識同期』に『喰虚』、どちらも非常に有用な能力だよ」

 

 事前に『認識同期』によって情報の通達は済ませてあった。アーロニーロがこの場にいるのは、帰還の挨拶と下されるであろう処罰を聞くためだ。

 

「さて、アーロニーロ。君が受ける処罰は、ティア・ハリベルとその仲間の護衛だ。

 なに、護衛といっても、彼女らはバラガンと過去に軋轢があってね、もしもの際の保険として動いてもらいたいだけだよ」

 

 内容自体には不満が無い。既に藍染の配下では派閥という枠組みが出来上がっている。その中で、派閥同士争う懸念も尤もである。だが、アーロニーロは腑に落ちない点が一つだけあった。

 

「失礼デスガ、ティア・ハリベルトハ……?」

 

「ああ、君は彼女らの名は知らなかったね。判り易く言うなら、君が襲った大虚達だよ」

 

「(よりにもよってあいつ等か)…了解しました」

 

 一礼をして、アーロニーロは玉座の間より出て行くのであった。

 

(さて、どうしたものか…)

 

 考えるのは護衛対象の事だ。ヴァストローデ一体にアジューカス三体。直接危害を加えたのはアジューカスだけであるが、ヴァストローデも悪感情を持っていないはずがない。

 正直な話、これから護衛とは気まずいものがあった。それでも、命令である以上は完遂するしかない。期限は言われなかったが、おそらく全員かヴァストローデが破面化するまでであろう。

 他人と打ち解けるのに良い手段など知らないアーロニーロは、悩むしかなかった。

 

「おいミラ・ローズ、てめぇ図体がデカくて邪魔なんだよ!ちっとは考えて動きやがれ!!」

 

「アパッチ、人の事を言える立場かい!角をあっちこっち引っ掻けてんじゃないか!!」

 

「おやめなさいな二人とも。片づける前より散らかしてどうするんです」

 

「「てめぇ、スンスン!体が長くて面積一番とってるのはお前だろうが!!」」

 

 自分の部屋から聞き覚えのある声が騒がしく聞こえる。それだけでアーロニーロは頭痛がしそうであったが、更に悪い事に、イスなどが倒れるような音まで聞こえる。

 自分の部屋で遠慮などする必要も無いだろうと、ノックもせずにアーロニーロは部屋の扉を開ける。

 

 幸いにも、部屋には服以外の私物など一切置いていない。だから、目の前で三匹の獣がテーブルにイスを倒していても、被害は部屋と家具が傷つくだけであった。

 それでも、部屋を荒らされたのは気分の良い物ではない。

 

「随分と、楽しそうだな……」

 

 恨みがましいアーロニーロの声を聞き、関節の固くなった人形のような動きで振り返った。当然そこには、アーロニーロがいる。

 

「オ仕置キガ必要ソウダネ…」

 

 「自分の部屋で何をやっているのか」そう問う前に、アーロニーロは仕置きをするのであった。


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