帰刃したゾマリは、合わせていた右手を花太郎に向けた。白哉は咄嗟に、花太郎を左腕で抱えて瞬歩で来るであろう攻撃を避ける。しかし、避けたその場所には何も変化が無かった。
「…どうしました?
攻撃を放つと直感したのに、何も起こっていない。それが解せないと言いた気だ。
残念、起こってますよ。既に」
ニタリと、粘着質な笑みを浮べるゾマリ。
「朽木…隊…長…」
その視線の先で、太陽を彷彿とさせる模様がいつの間にか付けられた左手が、花太郎の首を絞めていた。躊躇無く、身勝手な左手を斬る。左手が使えなくなり、花太郎を抱えているのが難しくなったが、ルキアの治療をすぐにできる者がいなくなるよりは安い代償であった。
『
「忘れていませんか?貴方達の敵は、私だけではありませんよ」
その言葉に合わせるように、回り込んでいたアーロニーロが捩花を真正面から振り下ろす。白哉なら槍撃を受け流し、破道で波濤を散らすことも出来たであろう。だが、今はルキアの生命線である花太郎を抱えている。ルキアの為にも出来るだけ傷つける訳にはいかずに、回避を選択する。
「縛道の四、這縄!」
それを見てアーロニーロは嗤うと、低級の縛道を放つ。拘束力の弱いそんな縛道では、僅かな時間稼ぎが関の山だ。だが、本来であれば上半身を拘束する這縄が目指す先は、白哉の足であった。
少しでも触れればすぐに拘束し、瞬歩が鈍るであろう。そうなれば白哉の命は無い。
「縛道の六十二、
続いて放たれるのは、対象を地形に縫い付ける光の棒たる百歩欄干。基本的に対象の輪郭に沿う事で、衣服を縫い付けて動きを阻害する変わったタイプだ。ある程度は追尾し、下手に動いて避ければ光の棒が突き刺さるのもあって、下手をすれば動かないほうが良い結果を招くこともある。
それでも白哉は動き続けるしかない。なぜなら、ゾマリが『愛』を当てられる隙を窺っている。止まった途端に、白哉はその能力の脅威に曝される事になる。
「散れ、千本桜」
ゾマリが近接戦闘を放棄したのならばと、再び始解をする。這縄と百歩欄干は切り刻まれて、その用を成さなくなる。
「破道の三十三、蒼火墜」
アーロニーロに千本桜を差し向け、ゾマリには破道でもって牽制をする。このまま続けてはジリ貧でしかないのは見えてる。なればこそ、使える札を切るしかない。
「卍解、千本桜景厳」
白哉が斬魄刀を手放せば、そのまま床に没する。代わりに、巨人が使いそうな巨大な刀身が幾つも白哉の後方から現れる。その全てが形を崩し、桜の花びらのようになって飛散する。そのまま桜色の濁流となり、アーロニーロとゾマリに襲い掛かる。
「虚閃!」
アーロニーロは咄嗟に虚閃で迎撃するが、濁流を押し返すには力不足であった。そのまま閃光は散り散りにされ、アーロニーロは飲み込まれた。ゾマリは濁流からなんとか逃げるが、徐々に追い詰められていく。いくら十刃最速の響転を誇ろうとも、室内で億の刃から逃れるのは不可能であった。
「くぅ……!!」
『愛』は1つの目によって支配できるのは1つだけであり、数で攻められてしまうと途端に不利となってしまう。そうならないようにと、白哉が相手となったら卍解をする前に片付ける必要があると、アーロニーロにゾマリは言われていた。
「我が全霊の『愛』で支配してくれる!!」
この状況を覆すには、白哉を『愛』で支配下に置くことだけ。可能な限りの目で白哉の頭部を見つめるしかなかった。
「無駄だ。貴様のその能力は軌道こそ見えぬが、放てば最初に触れた物を支配するのであろう。
ならば、こうして遮ればその能力は届きはしない」
千本桜景厳がゾマリから白哉を隠してしまえば、ゾマリの希望は潰えてしまう。
「卍解―――」
「ッ!!」
有り得ない言葉を聞き、白哉は思わず振り返る。アーロニーロがいるであろうその場所から、灰色の霊圧が湧き出している。
「―――
その名を口にした瞬間に、湧き出していた霊圧は波濤となって付近の桜を押し流す。
「…山田花太郎、ルキアを治療して退がれ」
「っは、はい!」
ようやく解放された花太郎は、急いでルキアの元に急ぐ。そうしているうちにも波濤はその総量を増やしていく。その溢れ出る波濤の中から、悠々とアーロニーロが歩いて姿を現す。
無言で白哉は卍解でゾマリを殺そうと動かす。だが、波濤が桜を押し流して道を作り、アーロニーロの意図を読み取ったゾマリはその道を辿ってアーロニーロの元へと行く。
「助かりました、アーロニーロ」
「気にするな。お前じゃ相性が悪すぎる」
仕切り直しだと、アーロニーロは嗤う。
「だから死んどけ」
『剣装霊圧』が無防備なゾマリの首を刎ねる。ゾマリと白哉が相性が悪いなど、アーロニーロは最初から知っていたから、白哉が卍解したのならこうすることも最初から決めていた事であった。
「……」
突然の裏切りを見ても白哉の表情は変わらない。今一番重要なのは、後ろに庇っているルキアを守りきれるかであり、敵の数が減るのは望むところであった。
それでも、共食いを見て思わず言葉が漏れた。
「醜悪な事だ……」
「…まあ、そう思うだろうな」
同族にすらそう思われてるだろうと、アーロニーロは苦笑する。故に、獣でなければならないのだ。人にそんな行為ができるはずも無く、許される訳もないのだから……
「だが、醜悪と言うのは少し早かったな」
そう嗤い、アーロニーロは顎から指を食い込ませる。ブチブチと無理矢理に繊維を引き千切るような音を立てて、血の滴る海燕の面の皮が引き剥がされていく。
「改めて自己紹介をしよう」
久しぶりに曝す素顔でアーロニーロは嗤う。
「僕等ハ第9十刃、アーロニーロ・アルルエリ」
此処からが本当の戦いだと、アーロニーロは笑っていた。
――――――
陰捩花と千本桜景厳は似た卍解である。陰捩花は波濤がドーム状に広がるといった特徴があるが、攻撃は結局は千本桜景厳と同じでその量で相手を押し潰すといったものである。故に、ぶつかり合えば互いが消耗する千日手。
(流石に距離を詰めさせて貰えないか…)
中・遠距離攻撃では決め手に欠け、更に流れ弾で宮を破壊しかねない為にアーロニーロは近接戦闘に持ち込みたかった。白哉は逆に、後ろにルキアがいるのもあって対処可能な中・遠距離戦を維持したかった。
(余所が片付く前に決めに行くか)
虚夜宮で戦っているのは5以下の下位十刃とあって、決着までそう時間が無いのが見えていた。長々と戦っていれば、四番隊隊長
「掻っ切れ、『車輪鉄燕』」
嗤いながら、アーロニーロは白哉の天敵であろう帰刃をする。一瞬だけ波濤がアーロニーロを隠したと思えば、5枚の鉄の刃を束ねた翼と尻尾が生えていた。
「コレハ抑エラレルカイ?」
片翼分だけ射出された羽は白哉を切り刻まんと飛翔する。そんな判りやすい攻撃を見逃す白哉ではないが、この攻撃を完全に防ぐのは千本桜では不可能であった。
千本桜は無数の刃で切り裂く斬魄刀だ。卍解である千本桜景厳では、攻防一体の万能さを持つまでに昇華される。その数の暴力が苦手とするのは、突出した個だ。
嘗て天鎖斬月に対して遅れを取ったのは、数の有利を覆す速さを天鎖斬月が持っていたからだ。やろうと思えば、アーロニーロは天鎖斬月の速さを再現できるたであろうが、今回はあえてソレは見送った。なぜなら、一度突かれた弱点を、白哉がそのままにしているとは考えにくかったからだ。
だから『車輪鉄燕』なのだ。高速振動によって切れ味を増させると同時に、攻撃を弾き易くしている羽は千本桜が苦手とする突出した個に相応しかった。
「
更に雷吼炮を追加する。両手より放たれるは雷を帯びた霊圧の塊。威力も範囲も虚閃に劣るが、陰捩花で流れ弾となっても簡単に処理できるからの選択だ。
陰捩花で千本桜景厳を押さえ込み、『車輪鉄燕』と雷吼炮で直接白哉を攻撃する。
「縛道の八十一、
八十九番以下の破道を完全に防げる断空ならば、雷吼炮は防げる。だが羽の方はそうもいかない。断空の防御壁など無いかのように切り裂いて、そのまま白哉と後ろの2人に襲い掛かるであろう。
「済まぬ、ルキア」
謝り、無造作に転がされていた抜き身のルキアの袖白雪を拾い上げる。迫る羽をそのままの勢いに任せて斬りつける。
(やはり、ルキアの袖白雪では逸らすのが限界か……)
元より席官クラスの霊圧なのだから、扱う斬魄刀もそれに見合う強さしかない。ましてや、本来の使い手でない白哉が始解すらしていない状態では、ルキアが普通に使うよりも弱いと見るべきであろう。
「
袖白雪にあまり頼る訳にはいかないと、普段はしない完全詠唱による縛道を発動しようとする。
(二重詠唱か…!)
連続で違う鬼道を発動できるその技法を、白哉が使えるとは知らなかったアーロニーロは慌てて羽を再装填する。羽は独自に飛行能力を持っているのだが、大きいだけあって小回りは利かない。なので、わざわざ翼に再装填してからでないと命中率が著しく低下してしまうとの弱点があった。
「光もて
白哉の詠唱が完了した時には、既に片翼の第二射が迫っていた。
「縛道の六十一、六杖光牢。縛道の七十五、
六杖光牢はアーロニーロを拘束しにかかる。迫る縛道をアーロニーロは両手の剣装霊圧で無力化する。残る五柱鉄貫はアーロニーロではなく、白哉に迫る羽に当てられる。拘束こそ出来なかったが、上から降ってきた柱が命中しては進路を維持出来ずに白哉から逸れる。
一瞬だけ、アーロニーロの注意が白哉から逸れた。その一瞬に、白哉は頑なに詰めさせなかった距離を縮める。
それに気付いたアーロニーロは嗤う。近接戦闘は望んでいたモノだ。どちらの間合いにも入る直前、白哉は中指と人差し指を真っ直ぐに伸ばす。
「破道の四、白雷」
一条の光線がアーロニーロを貫く。だが、貫かれたアーロニーロはすぐに掻き消える。
「双児響転・
1人目のアーロニーロが羽を射出していない翼を横に薙ぐ。
2人目のアーロニーロは跳んで逃げた白哉と剣装霊圧で切り結ぶ。
3人目のアーロニーロの虚弾が白哉の肩を打ち据えて体勢を崩させる。
4人目と5人目のアーロニーロが鎖条鎖縛で白哉を縛り上げる。
そして、5人が白哉を囲むように移動して虚閃を放つ。5方向からの虚閃を喰らって、流石の白哉も倒れ伏す。
「俺の勝ち、な訳がないか…」
未だに千本桜景厳が維持されており、少なくないダメージを負わせこそしたが死ぬほどでないと物語っていた。
「マア、ソレデモ後一歩カ…」
「縛道の六十一、六杖光牢!!!」
白哉のと比べれば弱弱しいとすら感じる縛道を引き千切り、声がした方を見れば上半身を起こしたルキアがいた。
「破道の七十三、双蓮蒼火墜!!!」
「縛道の八十一、断空」
二重詠唱でもしていたであろう破道を、断空が軽く遮る。
「…てめえ程度の70番台の破道を防げないとでも思ったのか?」
「まさか…」
満身創痍の体でありながら、その目と口はしてやったりと笑っていた。
「では、私の完全詠唱の破道ではどうだ?」
手を伸ばせば届く至近距離、そこに白哉が立っていた。
「シマッ…」
「破道の七十三、双蓮蒼火墜」
広がる蒼炎がアーロニーロを飲み込んで燃え滾る。あまりの勢いでルキアと花太郎をも飲み込みそうになるが、それは千本桜景厳が散らす。
荒れ狂っていた波濤は蒸発するように消えていき、使い手の状態を表しているようであった。
それを確認してから、ルキアに袖白雪を返して卍解を解除する。
「あら、来るのが少々遅かったようですね?」
「う、卯ノ花隊長~!」
一息付く丁度のタイミングでの卯ノ花の登場に、花太郎が歓喜の声を上げる。自分1人ではルキアを完全に回復させ、白哉は傷こそ完治させられても霊圧まではそうはいかなかった筈であった。
だが、卯の花であれば2人とも万全の状態にするのも短い時間で出来る。
「どうやら大変だったようですね、山田七席」
「そうなんですよ!なぜだか、破面が2人も此処にいたんですよ!」
「そうですか。だから、十刃を取り逃がしてしまったのですか」
「なに?」
そう言われて、白哉は黒焦げになっているはずのアーロニーロを探すが、その姿はどこにも無く、代わりに戦っている最中は空いていなかった窓を見つける。慌ててその窓から身を乗り出して下を見れば、そこには何かが落下したかのような真新しいクレーターがあるだけであった。
アーロニーロ「初代剣八の相手とかマジ勘弁」