宮から脱出したアーロニーロは、密かに宮の下層に戻っていた。
(卯ノ花烈と目が合った気がしたが、気のせいだよな……?)
アーロニーロが窓から飛び降りた際、卯ノ花と目が合った気がしていた。そのまま探査回路を全開にしながら砂中を泳ぎ、宮の窓から見えない位置に出てから宮に入った。わざわざそんな事をしたのは、卯ノ花から逃げる為と着替える為である。
空座町への侵攻に汚い格好かつ、消耗した状態で行くなどアーロニーロはしたくなかったのだ。なので、適当なとこで戦いを抜け出し、替えの服が仕舞ってある宮の下層に赴いているのだ。
霊圧と姿を消してこそいるが、相手は百戦錬磨の獣である。勘と理不尽な第六感でこちらを察知しかねない嫌な相手である。
(まあ、流石に治療が終わり次第移動するだろ)
まだぶつかり合っている十刃と隊長がいるのだから、こんなところで無意味にゆっくりとしている理由などない筈だ。安心するのはそれまで出来ないであろうが、アーロニーロは呼ばれるその時まで休むのだった。
――――――
「スターク、バラガン、ハリベル、アーロニーロ、来るんだ」
届いた藍染の呼び声に応え、アーロニーロは単身で黒腔をくぐり抜けて馳せ参じる。
とりわけヤバイ隊長達は虚圏に幽閉できたが、往々にして扱い難い者達でもあった。隊長である時点で、主力と据えることの出来る実力者であり、単独行動も問題無いとの判断がされている。それが祟って、独断先行などもやらかしやすい連中であった。
そんな護廷十三隊が残している隊長は、組織立って行動できる者ばかりである。そういった意味では、虚圏に幽閉した隊長達よりも厄介と言えるだろう。
それでもアーロニーロには負けるつもりは無い。自らが命を賭す戦場などないのだから。
―――ナラ、逃ゲレバ良イノニ…
怯える声を封殺する。
「アーロニーロ、葬討部隊を出せ」
色々とアーロニーロが聞き流している間に、藍染等死神は元柳斎の『
「…まあ、最初に雑兵をぶつけるのは定石か」
特に反論する理由もなく、アーロニーロは後ろの空間を指で軽く叩く。そうすれば、そこを基点として黒腔が口を大きく開ける。そこには、ズラリと葬討部隊が横一列に綺麗に並び、斬魄刀に手を掛けて待機していた。
「行け」
短い言葉での命令に忠実に葬討部隊は動き出す。眼前の敵を皆殺しにせんと。
「うおおおい!ヤベェよ、なんて数だよ!!」
二番隊副隊長、
あまりの数に、隊長と副隊長だけで構成された護廷十三隊の防御網を突破する者が幾人も出る。
「抜かれちまった!このままじゃ柱が壊されて、本物の空座町が戦場になっちまう!」
本物の空座町は尸魂界にあり、転界結柱によって入れ替えられた状態。もしも、柱を壊されれば戻ってきてしまう。それを危惧した大前田は慌てるが、他の面々は特に焦った様子が見受けられなかった。
「莫迦者めが」
四方の柱を壊さんとした葬討部隊が足止めをくらう。
「そんな大事な場所に、誰も配備せん訳があると思うか。
ちゃんと、腕利き共を置いてあるわい」
十一番隊三席、斑目一角。十一番隊五席、綾瀬川弓親。三番隊副隊長、
「なるほどのォ、これでは虚を送っても時間の無駄じゃな。
ポウ、クールホーン、アビラマ、フィンドール、潰せ」
自らの従属官に命令を下し、バラガンはどっしりと構えるのだった。
――――――
バラガンが送った従属官は、4人とも死神に負けてしまった。ポウは柱を壊しこそしたが、すぐに応急処置をされてさして意味など無かったようである。
(十刃が4人いるのだから、それぞれ柱の位置まで行って戦えば、それで破壊できそうなもんだが……)
戦闘が始まり次第、まだ残している葬討部隊を使えば破壊は容易いであろう。そこまで考え、アーロニーロはその案を却下した。
(山本元柳斎重國が動き出しかねないか)
上から数えたほうが早い実力者と相対などまだしたくはないのだ。その為に、わざわざ一番弱そうな者と戦えるような位置取りをしているのだから。
残り2人となったバラガンの従属官が行動を開始するのを牽制する為に、二番隊隊長
アーロニーロが相対するは冬獅郎と乱菊。
「いけるか、松本」
「大丈夫です、隊長」
アーロニーロからすれば軽い事であるが、乱菊は一度アーロニーロに一方的に嬲られている。だから冬獅郎は乱菊を気遣ったが、乱菊は気丈に振舞った。
(…まぁ、問題は無いか。相手は解放まで判明している分、どいつよりも与し易い)
1から3の上位陣に第9十刃の身で行動を共にしていることが疑問であったが、話し合う時間などもない。
「霜天に坐せ、氷輪丸!!!」
「唸れ、灰猫!!!」
手の内が判っていようとも、決して油断の出来る相手ではないと早々に始解を出す。それに対してアーロニーロは剣装霊圧を出す。
いきなりの新たな能力に冬獅郎は眉を顰めるが、やることは変わらない。ただ斬りかかるのみ。
右の剣装霊圧で受け、左の剣装霊圧が日番谷の眉間を狙う。それを日番谷は横に跳んで避けた。その隙を埋めるように、今度は灰猫がアーロニーロに襲い掛かる。
「虚弾」
灰猫は刀身を灰とし、残った柄を振ることで灰に触れた物を切る能力を持っている。つまり、柄さえ振らせなければ灰は無害。アーロニーロは虚弾で乱菊の手元を狙い撃った。それで振るのが遅れ、アーロニーロは灰から距離を置く。
そこへ、今度は水と氷の竜が喰らい付かんと襲ってくる。左右の剣装霊圧を1つに纏めて大太刀サイズにし、両断する。
「貰ったぁ!」
竜を両断した隙を突き、日番谷は再びアーロニーロに肉薄する。
「嘗メナイデヨネ」
高々一動作の硬直など、アーロニーロにとっては無いようなもの。何より、既にアーロニーロの鋼皮は、冬獅郎と乱菊の始解では傷付かない硬度になっている。攻撃を避けるのは、服が破れないようにしているからだ。
大太刀となっていた剣装霊圧の刀身がひん曲がり、迫る氷輪丸を受け止める。
「ッ!?」
よもや形状を変えて受け止められるとまでは予想していなかったようで、冬獅郎の表情が強張る。だが、それでも冬獅郎は己の作戦通りに事を進める。
「卍解、大紅蓮氷輪丸!!!」
至近距離での卍解に、アーロニーロは冷気の奔流に曝される。そのまま凍らされる訳にもいかず、一旦距離を置こうと下がる。
「…?」
いつまでも常温に戻らぬ右腕を見てみれば、氷で作られた手枷がガッチリと填められ、鎖は冬獅郎の左腕へと伸びている。
「悪いな、コイツで速さは封じさせてもらう」
「封じただと?」
手枷1つで封じられる程にやすくはないと、アーロニーロは手枷を内側から破壊するべく剣装霊圧を腕から出す。
「その剣みたいな霊圧、どうやら手以外でも出せるみたいだな。
だが、言った筈だぜ。封じさせてもらうってな」
手枷は切った端から再生して、一撃で砕かなければ攻撃するだけ無駄なようであった。
「俺の氷輪丸は氷雪系最強の斬魄刀だ。空気中に水分があって、こうして直接繋がっている氷なら再生は容易だ。
流石に腕を消し飛ばす攻撃をされれば、完全に砕かれちまうが……そんな隙も時間も与えねえぞ!」
蒼い氷の翼を羽ばたかせ、アーロニーロが開けた距離を冬獅郎は一息で詰める。
「何度モ言ワセナイデヨネ、嘗メルナッテ」
左の剣装霊圧で一撃を受け止めながら、うんざりしたようにアーロニーロは口にする。
「跳ねろ―――
「なん…だと…!?」
アーロニーロ自身から放出された霧状の霊圧が晴れるよりも先に、冬獅郎は飛び退きながら驚愕の声を零した。
『乱夢兎』は前回の侵攻で既に判明していた帰刃。それをされるのは予想の範疇で、夜一に迫るであろう速さを出させない為の手枷であった。
だが、『五鋏蟲』はそれより以前から冬獅郎は知っていた。そして、もう対策も必要が無いはずの帰刃であった。
霧が晴れたアーロニーロは、前回と同じような白いマントに身を包んでいた。チラリと見えた手は、冬獅郎が知る虫のような鋭利さのある爪へと変貌していた。
「どうして、てめえがその解放を使える!?そいつの使い手は―――」
「俺が殺した、か?」
「……ッ!」
破面の現世侵攻は今回で4度目になる。その中で、アーロニーロが唯一参加していない2度目の侵攻で、『五鋏蟲』の使い手たる破面―――シャウロン・クーファン―――は冬獅郎によって討たれていた。
「知ッテルヨ、ダッテ見テタカラ」
「見てた、だと…?」
「俺は幾つも能力を持っていてな」
「…能力の模倣か、能力を取り込む能力がてめえ本来の能力か」
アーロニーロの言葉から、その能力を読み当てた冬獅郎の顔は曇るばかりであった。あるかどうか判らない能力にも警戒しなければ、すぐにでも足元を掬われるだろう。神経をすり減らさなければならない事が増え、溜め息をつきたいとこであったが、冬獅郎は備えをする。
「マア、ソンナトコダネ」
無駄に喋り過ぎたかと思い、アーロニーロは軽く手を振った。
「なッ……!?」
それだけで、少し離れた位置にいた冬獅郎と鎖が切り刻まれる。特に名前も付いていない能力だが、『五鋏蟲』は直接触れずとも斬る事ができる。射程がそこまである訳ではないが、燃費が良くて連発がし易いとあって、アーロニーロが使えば強力と言って差し支えない能力となる。
「外したか」
切り刻まれた場所から亀裂が走り、すぐに氷が砕け散る。本物の冬獅郎は、もう少し離れた位置からアーロニーロを観察していた。
「松本!今すぐ此処から出来る限り離れろ!」
声を張り上げての命令に、乱菊は事態がそこまで深刻なのだと理解してすぐに行動に移す。
「副官ノ心配ナンテ、随分ト悠長ダネ」
響転で距離を詰めれば、少し離れた距離などないも同然。刹那の移動を可能とする『乱夢兎』と、触れずの切断をする『五鋏蟲』が合わされば、カマイタチが通り過ぎたかの様な惨状となる。ただし、妖怪や怪異のカマイタチと違って、出血もすれば痛みも伴う代物だが。
バラバラに切り刻まれるのを防ごうと、冬獅郎は下がりながら氷の障壁を幾つも展開するが、防ぎきれずに浅くとも切り傷を作っていく。
「…もう、十分だ」
「なに?」
ハッタリや虚勢と思えぬ言葉の力強さに、アーロニーロは思わず疑問符を浮べる。
「"
その瞬間、世界が凍り始めた。
「何…だと…!」
無秩序に空気中の水分が集まって氷を作って落ちてきたかと思えば、アスファルトやコンクリートが冷気に悲鳴を上げて罅割れる。冬獅郎を中心に、計り知れない冷気が伝播して何もかも凍らせていく。
上空から見れば、円形に世界が白く変えられていき、まるで月面のようであった。
「氷輪世界。見ての通り、大紅蓮氷輪丸の力を全開にして範囲内の全てを凍らせる力技だ。
普通なら、冷気を喰らってそのまま死ぬんだがな……」
無差別攻撃な上に、未熟な腕のせいで範囲を制御できないとあって冬獅郎はこの技を使いたくはなかった。基本能力にして最も強大な天相従臨を、制御を考えずに全力で使うとあって、技と言うのもおこがましいが、使うより他にアーロニーロを倒す手段を思いつかなかった。
そして、そのアーロニーロは、至近距離で冷気を直接浴びたというのに、動きが鈍くなっただけであった。
「まあ、好都合だ」
冬獅郎が背中に浮かぶ氷華を見れば、まだ数がある。
「このままじゃ、誰かを巻き込んで殺さねえ自信はねえ」
今もなお影響範囲の限界を目指して氷輪世界は広がりつつあった。
「念には念を入れて、全力をキッチリ叩き込んでやるよ。
千年氷牢!」
氷輪世界で作られた氷が寄り集まって柱となり、アーロニーロを取り囲む。冬獅郎が合図を出せば、アーロニーロを押し潰さんと寄り集まって巨大な氷塊となる。
「
続けて、余波で発生していた雨雲に手を加えて大量の雪を作り出す。無論、ただの雪ではない。触れたものを瞬時に華のように凍りつかせる雪であり、本来なら相手に直接当てるべきものだ。だが、最早アーロニーロは氷漬けであり、最後のダメ押しに過ぎない。
雪を降らしきり、卍解が強制解除されれば、後に残るは氷の華を大量に咲かせた氷塊が静かに佇むだけであった。
空はまだ、晴れない……
原作だと一角だけ柱の防衛としての登場シーンで始解してるんだよな……