異世界って聞いたら、普通、ファンタジーだって思うじゃん。 作:たけぽん
人生で初めて見た生の打ち上げ花火in夏祭り。それは大きく、美しく、そして俺の心に訴えかける何かがあった。その何かとはなんだろうか。はっきりとは言えないが、今の俺の脳をフル回転させて答えを出すのなら、世界の広さ、自分の小ささ、だろうか。これでも国語の成績は学年でもそこそこ高いはずなのだが、初体験の物事に対していきなり考えを述べよと言われても困ってしまう。まあ、それが普通とも言えなくもない。
なんて長々とそんなことを考えているのは、背中に感じる温かくやわらかい感触から意識をそらすためだ。
「ごめんね、望月君……重くない?」
夏祭りの帰り道、俺はひなをおぶって歩いている。花火が終わった後、隣を歩くひなの表情に違和感を感じ、問いかけてみると、下駄の鼻緒が合わず足を痛めた挙句、鼻緒が切れかかっていた。これ以上歩かせるのは無理だと判断した俺はひなをおぶって歩くことを決め、今こうして地下鉄駅に向かっている。
「別に……むしろ軽いほうだろ」
「そ、そう?」
実際ひなはそこまで重くない。むしろ平均より軽いんじゃないだろうか。ちゃんと栄養のあるご飯を食べているのか不安になるくらいだ。だから、全体的な重量に関しては非力な俺でも問題ない。
問題なのは、さっきから背中に感じるこの感触。むしろ栄養全部こっちにいってるんじゃないの?
俺は基本何かに対して大きく動揺することは無い。それは人の心を乱す大抵の事は体験してきたからだ。だが、俺だって前世でも20年程度しか生きていない若僧だ。全ての事象を体験している訳じゃない。そもそも女子をおんぶして夜道を歩くなんて体験を一体どれくらいの数の男子がしているというのだ。
仕方ない、何か会話でもして気を紛らわそう。
「明日の集合時間は何時だった?」
「え?んと、今日と同じ時間に現地に集合だったかな」
ということは今日より早く家を出ないといけないのか。面倒だな。
「じゃあ、明日は着付けで遅れないようにな」
今日は俺一人と、家での待ち合わせだったからいいが、明日は瑠璃たちも一緒だ。遅れるのはあまり好ましくない。そう思っての発言だった。
「ううん。明日は浴衣着ないから大丈夫」
だが、ひなから帰ってきた言葉はそんな心配をよそにするものだった。
「そうか?でもせっかく二回も祭りに行くのに浴衣は一回でいいのか?」
ひなから返事が返ってこない。何か変な問いかけだっただろうか。
しばらく無言で歩いていると、ひながつぶやくように喋った。
「浴衣……望月君だけに見せたかったから……」
ひなは聞こえるか聞こえないかくらいの小声で話しているつもりだろうが、この体勢だとものすごくはっきり聞こえる。バイノーラル音声並みだ。
「……そうか」
今まで、恋愛なんてものとは無縁の人生だった。むしろ普通の人間関係だってまともに出来てたかと言われると肯定はできない。敵意を向けられることはあっても、純粋に、本心からの好意を向けられることなんてのは本当に数えるほどしかなかった。そういった事が、いつしか俺から愛情という概念を失わせたのかもしれない。
だから、沢渡ひなという人物から向けられる好意は俺にとって未知の領域でもある。
「ねえ、望月君」
「なんだ?」
「あたし、あたしはね、望月君の事が……」
だが、俺自身の気持ちはなんら変わらないままだった。ひなの事が好きか嫌いかと言われれば、当然嫌いじゃない、好きに属するだろう。
だが、それは恋愛における好きじゃない。亜季斗や瑠璃、しおりやミサへの気持ちと同じ、友達としての好きだ。
そもそも、最初に出会って、一緒に話したり遊んだりしていた時、俺はひなたちに対して友達としての好きという気持ちもなかった。誰かを好きになることは、自分を傷つけることと表裏一体。何かを得るということは、それを失うリスクを常に持ち続けることでもある。
『失うくらいなら、何も要らない』
そんな他人から見るとバカげた思想を、『あの時』から俺はずっと引きずったままだった。だからこそ、俺の人間関係は上辺でしかなかった。浅い関係なら、失っても痛くは無いから。それが一番合理的だと、俺は信じて疑わなかった。
そんな考えを体育祭の時の出来事が少し変えたのかもしれない。ミサや泉の葛藤、そして何よりひなの頑張り、それは昔の俺を見ているようだったから。
誰かに追いつきたくて。必死に自分のできることを頑張って。でもそれじゃ駄目で。誰も助けてくれなくて。
だから、俺はひなを助けた。本当の意味で、上辺じゃない友達になりたくて。
けして褒められたやり方では無かったが、それでも俺は動いた。
もちろんひなはそんなこと考えもしなかっただろう。ひなにとっては、俺は最初から友達だったのだから。だから、俺はそれに応えたかった。
そういった意味ではひなの言うとおり俺は『変わった』のかもしれない。
でも、それでも俺がなりたかったのは『友達』だ。恋人じゃない。
確かに、ひなは可愛くて優しいくて頭のいい、男子からすれば理想的な女子だ。それでいて、バカみたいに純粋で運動音痴で少し照れ屋で、ちょっと抜けたとこがある。それが4月から俺が見てきた沢渡ひなだ。
たったそれだけだが、それでも、
ひなは、俺にとって最も親しい友になっていた。
俺が感じていたもやもやは、これ以上踏み込めばそれが無くなってしまうのではないかという不安に他ならなかった。
だから、今ひなが言おうとしている事に応えることはできない。どう応えようと、その後友達でいれる保証はないから。
「明日も晴れだといいな」
俺はひなの言葉を遮ってそう言った。
「そう……だね。明日もきれいな花火が見れるといいね」
ひなはそれ以上、なにも喋らなかった。