彼女が火傷を気にせずに済む頃にはシックスはもうコーヒーを飲み切って、ケーキまで食べ終わってしまっていた。空になったカップを見てエリエルは今更恥ずかしがって小さく謝る。
「すいません……」
「ふふふ、気にするな。笑わせてやっているんだぐらいに思えばいいさ」
「そうそう。この人の言う通りよ」
「私は悪魔なんだが……」
「ふふ、気にするな」
店員はシックスを真似て気取ったような口調で言う。彼女は店員の頬を突いて咎めるが、表情は変わらず穏やかだ。
子どものようにじゃれる2人を、輪の外から眺めるような気持ちでエリエルは見ている。話に混ざろうかとも思ったが、諦めて残しておいたケーキに口を付けることにした。一口分しかないケーキは本来甘いはずだが、甘めのコーヒーを飲んだせいか、味がよく分からなかった。
複雑な表情をしているエリエルに、シックスはやはり愉快そうに微笑む。
空になった皿とカップを眺めながら店員が言う。
「おかわりはいかが?」
「いや、いい。今日はもう1人世話を焼かなければならない奴がいてな。もう少しここにいようとは思うんだが、もう1杯飲むほどではないんだ。おかわりはまた今度だな」
「そ。じゃあまた今度ね」
「ああ」
店員はシックスの頬に口付け、シックスは店員の頬に口付ける。食器を持って店の中に去る。シックスは後ろ姿を目で追いかけて扉の向こうを眺めている。
延々と眺めているものだからエリエルのほうからおずおずと声をかける。
「えっと、あの、まだここにいるんですか?」
「ん? ああ、そうだな」
「アゼットさんは……」
「誰かが面倒を見てくれているだろう。この街の人間は困りごとが『お楽しみ』にしか見えない連中だからな。消耗したぼろきれのような女、放っておかないはずだ。あいつはそれなりに長く生きてきたようだし、1人でこの異界を彷徨っても……まあ、大丈夫だろう。もう少しのんびりしてから拾いに行くさ」
「はぁ」
エリエルは曖昧に頷く。元々気になってはいたが、聞きたい話題ではなかった。故にたいした反応はできないし、後には気まずい沈黙が残る。
核心に触れなければきっとこの時間は終わらない。エリエルはそう思いずっと考えていたことを聞く。
「……わたしのほうが重症って、どういうことですか?」
絞り出すように発した言葉。息苦しさを覚えるほどに緊張しているエリエルとは対照的に、シックスは相変わらず愉快そうな微笑みを返す。
「……ここの人間が羨ましいか?」
「……それはまあ、そうです」
「疎ましくはないか?」
彼女の言葉はエリエルにはピンとこない。首を傾げて返答する。
「いえ、特に……」
「そうか。……アゼットは多分、嫌になると思う。変化を迫られるからだ。……あいつが今どういう気持ちなのかはあいつ自身に聞くとしよう。お前は、どうだ? ここの人間のようになる気はあるか?」
彼女の言葉がエリエルに突き刺さる。弱々しくも風を感じる。いつの間にか汗をかいていたらしい。目の前に座る幼女の双眸に引き込まれて、目が離せなくなる。
できるだけよく考えて答えようとするつもりが、ぼんやりと、言葉が漏れ出る。
「わたしには、なれませんから」