「そうか・・・・・・みんなは修学旅行に行っていて、学園にはいないんだったな」
「今からでも追いかける? 兄さん」
「いや、誰もいない学園の方が今の俺には丁度いい・・・・・・」
日も沈んだ頃・・・・・・
誰もいない学園の入り口で、俺と『偽りの弟』は立ち尽くしていた。
俺は、今まで『妹の幸せ』のために行動してきた。
妹の幸せは全てにおいて優先される・・・・・・
そのためなら、どんなに非情な存在にでもなれた。
使える『駒』は全て使って・・・・・・
そんな中、俺はある男に出会った。
その男は・・・・・・記憶を失っているというのに、考え方には揺るぎがない。
それに、自身の現状に対しても取り乱さず、自らを強固に律していた。
その男は、妹とも仲が良かった・・・・・・
『あいつ』のお蔭で、妹はよく笑うようになった。
妹を笑顔にしたその男に、最初こそは嫉妬した。
だが、それと同時に感謝もしていた。
ある日屋上で、その男は俺と妹の決して知られてはいけない『秘密』を知ってしまった。
俺は『ある力』を使い、その男が聞いた秘密を忘れさせようとした・・・・・・
だが、それを妹が止めた。
『この方なら大丈夫だ』と・・・・・・
そしてその男は、自分の記憶が戻りその正体が俺たちに危害を加えるような存在だったのなら、その時は『自分を殺せ』と、何の躊躇いもなく俺にそう言ってきた。
そしてあいつは、俺にこうも言ってきた。
『僕は元々ここにはいてはいけない人間だ。だから消えても問題ない』と・・・・・・
妹が信用する相手だから・・・・・・
そして、他人のために自分を蔑ろにするそいつにどこか悲しみを感じたから・・・・・・
俺もそいつを信じてみたいと思った。
そしてその男の記憶が戻り、俺たちの前からいなくなる時、あいつは長くは生きられないという事情を俺に話した。
俺は考え、そして探した。
あいつが長く生きられる方法を・・・・・・
不治の病を治す技術を・・・・・・
俺の『組織』にもそれを探させ、あいつがこの世界で生きられる方法を探した。
そしてその男の存在は、俺たちの『記憶』から消滅した・・・・・・
「今ここに『あいつ』は・・・・・・居るはずもないよな?」
「え?」
「いや、何でもない。こっちの話だ・・・・・・」
「そう、なんだ・・・・・・?」
『偽りの弟』が不思議そうに首を傾げる。
もしも今、俺の隣に『あいつ』が居てくれたなら・・・・・・俺は・・・・・・
なあ・・・・・・
お前は今、何処にいるんだ?
――『ライ』――
心の中で呟いたその言葉と共に、屋上から花火が上がっていた・・・・・・
・・・・・・
僕は現在、アルパカに睨まれている・・・・・・
何故、こうなったのか・・・・・・
それは、どういう訳かこの飼育小屋に忘れ物をした生徒がいるらしい。
僕はその忘れ物の回収を頼まれていた。
「・・・・・・」
「グゥゥ・・・・・・」
この学院ではアルパカという珍しい生き物を2匹、飼育している。
1匹目のオスのアルパカは毛の色が白くつぶらな瞳が特徴な、人懐っこい性格をしている。
一方メスの方は、茶色い毛皮で目元まで覆われていて、
気性が荒く、よく人を威嚇する。
僕が今、対面しているメスのアルパカは、こちらを威嚇していた。
入学した時、この学院の生徒に警戒されることは予測済みだったが、
アルパカに警戒されることについては・・・・・・流石に予想外だった。
「・・・・・・!!」
次の瞬間、アルパカがこちらに向かって唾を飛ばしてきた。
僕は咄嗟にそれを躱す。
危なかった・・・・・・
もう少し反応が遅れていたら、顔面に唾が直撃するところだった。
僕は一度、アルパカと距離を取る。
さて、どうするか・・・・・・
ここは一度撤退し、落ち着いた頃に出直すか?
あるいは、損傷を覚悟してでも突っ込むべきか・・・・・・
僕はアルパカの様子を見ていると、後ろから人が近づいてきた。
「あ、あの・・・・・・」
その少女は即座に、アルパカの元に寄り、そのアルパカを一瞬にして落ち着かせていた。
僕はその隙に、飼育小屋に落ちている忘れ物を拾った。
「ありがとう。お陰で助かったよ」
「いえ・・・・・・私、飼育委員なので」
僕は改めてその飼育委員の顔を見る。
その少女は先日、講堂のライブに来ていたあの少女だった。
「君は、小泉花陽さん? この前ライブに来ていた・・・・・・」
「えっと貴方は確か、皇先輩ですよね? μ'sのお手伝いをしていた・・・・・・」
「ああ。と言っても、大したことはしていないけどね」
僕はそう言いつつ、これまでμ'sの手伝いをしてきたことを振り返る。
そういえば・・・・・・
まだチラシ配りくらいしか手伝っていない気がする。
まあ、海未の特訓を手伝う約束もしたのだが、まだ約束だけだ。
あの時、穂乃果たちを手伝うと言っておいてこれだけでは、さすがに問題だろうか?
「あ、あの。μ'sってその後、どうなったんですか?」
僕が今までについて振り返っていると、小泉さんがμ'sについて尋ねてきた。
μ'sのライブ映像は何者かに撮影され、それがネット上の動画サイトに投稿されていた。
そしてその動画が反響を呼び、今では人気もそこそこ上がってきているようだ。
しかし、新入部員は一向に増えないらしい。
μ'sが部として学院に認められるには、部員を最低でも5人は集めないといけないという・・・・・・
だから、穂乃果たちは今日も勧誘活動に励んでいる。
僕はそのことを小泉さんに伝えた。
「そうなんですか。それでこの前、私を誘ってきたんですね」
「この前?」
「はい。この前、言われたんです・・・・・・アイドルやりませんかって」
小泉さんが言うには他にも『君は光っている』とか『大丈夫! 悪いようにはしないから!!』などと穂乃果にそう言われたようだ。
まるで悪人か詐欺師のようなセリフである。
「誘われたことは嬉しかったんです・・・・・・だけど」
「自分に自信が持てない・・・・・・そういうことかな?」
「はい・・・・・・」
小泉さんが口にした言葉通り、彼女は自分に自信が持てないようだ。
僕は思わず小泉さんを見つめた。
客観的に見ても小泉さんは可愛いと思うし、素質はあるとおもうのだが・・・・・・
僕はそのことを伝えてみた。
「か、可愛い!? わ、私がですか?」
「ああ。僕はそう思う」
「そっ、そんな! 私なんかでは・・・・・・」
やはり、そう簡単には自信は持てないか。
もっとも、知り合って間もない僕の言葉が薄く感じるだけかもしれないが・・・・・・
僕は一度、話題を変えることにした。
「そう言えば、この前のライブのことだけど・・・・・・」
僕が先日の講堂ライブの話題を持ち出すと、小泉さんの様子が変わった。
「はい! 凄かったですよね!!」
「あ、ああ・・・・・・」
先ほどのおどおどしていた様子とは打って変わり、突然人が変わったように熱く語り始めた。
「私、あの時の先輩方の姿に感動して・・・・・・!」
それからしばらくの間、小泉さんは先日のライブの話について語っていた。
・・・・・・
あの後、小泉さんは先日のライブの話だけでなく、アイドルについても熱く語っていた。
小泉さんが語り始めてから、しばらく時間が経過した。
そして気は済んだのか、今は正気に戻っている。
彼女はアイドルのことになると、たちまち人が変わるようだ。
「す、すみません・・・・・・私、アイドルのことになると周りが見えなくなっちゃって」
「だが、それだけアイドルに本気だと言うことだろう?」
「引いちゃったり、してないですか? 変な子だって思っちゃったり・・・・・・」
「全然。むしろ羨ましいと思ったくらいだ」
「羨ましい・・・・・・ですか?」
「ああ。僕には記憶が無いから・・・・・・そうやって何かに熱中する姿が、僕には羨ましく見えたんだ」
「そう、だったんですか・・・・・・」
しまった・・・・・・
いつの間にか僕の記憶喪失の話をしてしまった。
少し暗い雰囲気にさせてしまったようだ。
僕はその雰囲気を変えるため、改めて言葉を発した。
「とにかく、アイドルについて真剣な小泉さんのことを、変な子だなんて思ってはいないよ」
「あ、ありがとうございます」
「良かったら今度、アイドルについてもっと詳しく聞いても良いかな?」
「は、はい。先輩さえ良ければ・・・・・・」
「ありがとう」
そろそろ授業が始まるので、僕と小泉さんはそれぞれの教室に戻った・・・・・・