「……ことり?」
「ら、ライ君!?」
ある日の休日……
とある店で、ことりと僕はその場で鉢合わせ、硬直していた。
何故そうなったのか、時は少しばかり遡る……
◇
その日、僕は気分転換に街を散歩していた。
ここ最近、穂乃果たちμ'sの手伝いや生徒会補佐としての活動などもあり、僕の学校生活は以前よりも忙しくなっていた。
最初の頃……僕がまだ、音ノ木坂に入る前は、記憶探しが目的でこの街を散歩していた。
しかし音ノ木坂で様々な人々と関わってきた影響か、若干気持ちの余裕ができたため、最近では記憶探しよりも散歩すること自体が目的になっていた。
散歩の途中で『メイドカフェ』と看板に表記してある、不思議な店を見つけた。
メイドカフェ?
その単語には聞き覚えが無いが、メイドという存在の知識はある。
メイドというのは確か……清掃や洗濯、炊事など家事労働を行う女性使用人のことだ。
そして僕が知っている限りでは、彼女たちは貴族などの上流階級に仕えている存在の筈だ。
ということはつまり、使用人が主人に内密で店を営業しているという事なのだろうか?
或いは、どこかの貴族が店を経営しているという可能性も……
多少の興味はあるが、別にそこまで気にするほどでもないか。
それよりせっかくの休日なのだから、もう少し街を見て回ろう。
そう思い、僕はその場を離れようとしたのだが……
「あのー……」
不意にメイドの格好をした、その店の従業員と思しき女性に声を掛けられてしまった。
僕はその店に入るわけでもなくその場で店を眺めたまま、ただ立っている。
この状況では流石に怪しまれただろうか?
「宜しければ、いかがでしょうか?」
するとその女性は、突然そんなことを言い出す。
僕にこの店を勧めているのだろうか?
ここで断って変に怪しまれると面倒だ。ここは勧められるままに、この店に入るべきだろう。
そうして僕は、謎の店『メイドカフェ』に入ることになったのだが……
「お帰りなさいませ、ご主人様!」
「……ことり?」
「ら、ライ君!?」
そこで案内に来たメイド……ことりと出会った。
◇
知り合いとはいえ一応客ということもあり、ことりにテーブル席まで案内された。
店内にはことりの他にも、数人のメイドの格好をした女の子たちが働いている。
年齢は僕と同じくらいで随分と若いが、ことりや彼女たちはどこかの貴族に仕えているのだろうか?
しばらくすると、店員が注文を聞きに来たので僕は取り敢えず紅茶を注文した。
そして、注文した紅茶を運んで来たのは先ほどの店員ではなく、ことりだった。
「お、お待たせしました……」
ことりは動揺していた。
おそらく、働いている姿を知り合いに見られるのが恥ずかしいということだろう。
その気持ちは分からなくもないが……
「ら、ライ君……こ、このことは、えっと、その……」
何を言いたいかは大体分かったので、彼女が言い切る前に答えた。
「誰にも言わないから安心して」
「あ、ありがとう……!」
僕がそう答えると、ことりは安心したようにいつもの笑顔に戻った。
そういえば、前にもこんなことがあった気がする。
あれは確か……
海未がみんなに内緒でライブの特訓をしているのを、僕が偶然発見した時だったか……
「えっと、ライ君。この後暇かな?」
僕がその時のことを思い出していると、ことりが小声で話し掛けてきた。
「特に用事は無いよ」
「そ、それじゃあ、もうすぐ私のシフト終わるから、ちょっとだけ待ってもらっても良いかな?」
「分かった。それなら此処で待ってるよ」
「ありがとう。それじゃあごゆっくりどうぞ、ご主人様♪」
それだけ言って、ことりは立ち去ってしまった。
今は一応客だから、ことりも店員として対応したのだろうけど……少し恥ずかしい。
僕はそんな気持ちを誤魔化すように、とても良い香りのする紅茶を口へ運んだ。
「美味しい……」
僕は紅茶の香りと味を堪能しつつ、ことりを待った……
◇
ことりの仕事が終了した後、僕たち二人は街を歩いていた。
「それにしても……ちょっと意外かも」
「意外?」
「うん。ライ君がメイドさんに興味あったこと」
「別にそういう訳では無いが……」
興味といえば、メイドの件で一つだけことりに確認したいことがあった。
「無理にとは言わないけど、その事で少しだけ質問しても良いかな?」
「え、えっと、何かな?」
戸惑っている様子ではあったが、僕はどうしても気になっていることをことりに質問した。
「ことりって実は……どこかの貴族に仕えているのか?」
「えっ?」
僕の質問を聞いた後、ことりは一瞬立ち止まる。
そして……
「え、えーっと……ライ君? メイドカフェっていうのは、その……」
◇
結局、この件は僕の誤解だった。
メイドカフェの従業員は本物のメイドという訳ではなく、メイドの格好をして働いているというだけのことだった。
別に、ことりやあの女の子たちが貴族に仕えていた訳では無い。
何というか、ここまで自分の推測が外れると、少し……いや、かなり恥ずかしい。
「それにしても、ふふっ……」
そして僕の勘違いがあまりに可笑しかったのか、ことりは先程から笑っていた。
「そ、そんなに笑うことは無いだろう?」
「ご、ごめんね。だけどライ君ったら、突然変なこと聞いてくるんだもん」
僕の無知が招いた結果なのだから仕方ないとは思うのだが、そろそろ笑うのを止めてもらいたい。
僕は誤魔化しも兼ねて、もう一つことりに尋ねた。
「それで、僕はこれからどうすれば良い?」
「え?」
「ことりは僕に用があったから、呼んだのではないのか?」
「あ、そうだった……えっとね? ライ君、私がアルバイトしてること内緒にしてくれたでしょ? だから、何かお礼出来ないかなぁって」
「礼には及ばないよ」
「でも……」
「それをいうなら、ことりや皆には学院ではいつも良くしてもらってるし、むしろ僕がその分を返したい……今回はそういう事で納得してくれないか?」
「うん。分かった……優しいんだね、ライ君って」
「そうかな?」
「もう……そこで首を傾げちゃダメ」
「……すまない」
『優しい人間だ』などと言われると、つい条件反射で否定してしまう。
僕自身、こういう姿勢は少し異常だとは思ってはいるけど……
そういうところも、これから自分を知っていくうちに直していけるのだろうか?
ついでということで、ことりにメイドカフェで働いていた理由についても質問してみた。
彼女は衣装作りが好きで、今回の件もメイド服が可愛いからというのが、理由の一つだそうだ。
そして気が付けば、彼女は伝説のメイド『ミナリンスキー』と呼ばれる存在にまでなっていたらしい。
実際、ことりの接客は見事なものだった。
彼女の接客は手馴れていて、常に笑顔を絶やさない。
あの店に訪れた客は皆、彼女に癒されている様子だった。
おそらく、彼女目当てに訪れた客も何人かいたのだろう。
そういえば以前、ことりがアイドル研究部の部室に飾ってあったサイン入り色紙に注目していたことがあった。
あの色紙のサインには確か『ミナリンスキー』と書いてあったような……
つまりあれは、ことりのサインということだろう。
こうして今日はことりの新たな一面、そしてメイドカフェという謎の店について知ることができた、少し変わった一日となった……
突如メイドカフェに現れた謎の銀髪の美形!
周りの従業員や女性客……そして一部の男性客は彼を見て何を思ったのだろうか?