昼頃……
2年生の授業は午前中で終わった。
なので、僕は下校の準備をしていた。
他の2年生も次々と下校し、その教室は静寂に包まれている。
しかし、その静寂はある1人の少女の声によって破られた……
「ライくーん!!」
大声で僕の名前を呼ぶその少女の正体は……
「おーい! ライくーん!!」
穂乃果だった。
ここまで大声で自分の名前を叫ばれると流石に恥ずかしい……
これ以上叫ばれては堪らないので、僕は少し急いで穂乃果の元に向かった。
「穂乃果、どうしたんだ? そんな大声を出して」
「今日は暇かな? もし暇ならちょっと手伝って欲しいことがあるんだけど……」
先日、僕は穂乃果の手伝いをすると約束したばかりで特に用事もないので、その申し出を受けた。
「ああ、構わないよ。それで、今日はどんな手伝いをすればいいんだい?」
「その話をする前にちょっと来て欲しいの。2人にも会わせたいし」
おそらくその2人と言うのは、穂乃果の所属するグループ『μ's』の園田さんと南さんのことだろう。
穂乃果を手伝うと言うことは、μ'sの活動を手伝うことに直結する。
だから、僕も彼女たちと顔を会わせておく必要があるのだろう。
そして、校門前で2人の生徒がこちらを待っていた。
その生徒の1人が穂乃果に向かって話しかけた。
「穂乃果、遅いですよ。一体どこにいたのですか?」
「海未ちゃんごめんね。私たちの活動を手伝ってくれる人を見つけたの。前に話したでしょ?」
穂乃果がそう言うと、2人の生徒は僕の方を見て一瞬驚いた様に見えたが、僕は気にせず自己紹介をした。
「皇ライだ。これからよろしく」
「南ことりです。よろしくね」
「園田海未と申します。以後、お見知り置きを」
その後、穂乃果達が今日の活動について話をしていると、後ろから何人かの女生徒に話しかけられた。
「ねぇねぇ、あなた達って確かスクールアイドルでしょ?」
「あ、はい。μ'sって言うグループです」
「μ'sって確か石鹸の……」
「違います」
また石鹸か……
文芸の女神を意味するμ'sが石鹸とどう繋がるのか、本当に分からなかった。
それはさておき……
穂乃果達μ'sの噂は学園中に広まっていた。
日々の地道な活動や、活動内容をネットに載せていたこともあり、μ'sの支持率は一定の層を確保していた。
学院を救う存在として、彼女達の活動を期待している生徒や教師も数人いるそうだ。
最も、副会長はともかく、会長は今のところμ'sの活動を快く思ってはいないみたいだが……
「今度、ライブやるんでしょ?」
「どんなふうに踊るの? ちょっとだけ見せてくれない?」
僕たちの目の前にいる女生徒もμ'sに興味があるようだ。
何やら、ここでそのダンスを見てみたいようだが……
「ふっふっふ……良いでしょう! お客さんにだけ、特別にお見せしましょう!」
「お友達を連れてきてくれたら、さらにもう少しだけ見せちゃいます♪」
どうやら穂乃果と南さんはやる気のようだ。
一方、園田さんの方は怯えている様子だった。
おそらく彼女は人前で踊ることに慣れていないのだろう。
穂乃果達が女生徒と会話をしている中で、園田さんはこっそりとその場から退散していた。
僕は園田さんの様子が気になったので彼女の後を追ってみた。
・・・・・・
園田さんは屋上で膝を抱えて座っていた。
「やっぱり無理です……」
以前、ヒデコ達から聞いた話によれば、どうやら園田さんは人前に立つことに慣れていないらしい。
しかし、スクールアイドルとして活動する以上、それに慣れてしまわないとこの先、厳しいだろう。
とはいえ、穂むらの接客などで店の手伝いをしている穂乃果はともかく……
大抵の人は、何か人前に立つことをしていないと、よほどの人でない限りは誰でも緊張することだろう。
僕の出来る範囲で何か手伝えないだろうか……
僕は園田さんに声をかけてみた。
「やはり、いきなりは難しいかな?」
「はい。せめて人前でなければ出来るのですが……」
やはり、いきなりは難しいか。
どんな言葉を掛けたら良いか迷っていた時、僕の頭の中に何かのイメージが流れてきた……
・・・・・・
「ライ、どうしたんだよ。そろそろ新入団員の訓練の時間だぜ」
「ああ。それは分かっているのだが、やはり大勢の団員と顔を合わせるとなると、流石に緊張するな……と思って」
「大丈夫だって! 気にしすぎなんだよお前は。そんなの『野菜』だと思えば良いって! まっ、そんなにやりにくいってんなら、今回は俺が指導役をやってやるよ」
・・・・・・
何だろう? 今のイメージは……
僕の失くした記憶、なのか?
僕の名前を呼んでいた、あの短気そうな見た目の馴れ馴れしい男は一体誰なんだ?
……それについては後で考えることにしよう。
とにかく今は園田さんを何とかしなくては。
確か『野菜だと思え』とか言っていたな。
僕はそのことを園田さんに伝えた。
「野菜……」
園田さんはそう呟くとしばらく考え込み、そして……
「私に1人で歌えと言うのですか!?」
園田さんはそう言うと壁に手をついて怯えていた。
一体、何を想像したのだろう?
それからしばらくして、屋上に穂乃果と南さんがやって来た。
「やっと見つけたー。もぅ、2人とも何やってたの?」
「実は園田さんが……」
僕は園田さんの悩みを穂乃果達に話した。
「うーん。困ったなぁ……」
「でも、海未ちゃんが辛いなら……」
「ああ。せめて、人前でなければ問題は無いみたいだが」
無理強いするのも良くは無いとは思うが、出来ればここは少しづつ慣れてもらいたいところ。
そんな中、穂乃果が園田さんの手を取り、そして話した。
「色々考えるよりも慣れちゃった方が早いよ。だから、行こ?」
そして穂乃果に連れられる形で僕たちは街へ向かった。
・・・・・・
「よろしくお願いしまーす!」
現在、僕たちは街中でチラシ配りをしていた。
穂乃果が提案した内容とは……
街中で人の多い場所で配ればライブの宣伝になる。
さらに、大きな声を出すことで本番に慣れてしまおうというものだった。
穂乃果と南さんは順調にチラシを配っていたが、その中で園田さんだけはチラシを全く配れていなかった。
「やはり、難しいかな?」
「はい。克服したいと思ってはいるのですが……」
街に出て見知らぬ人に声をかける……
人見知りの園田さんが、いきなり出来る行為では無いだろう。
ここは少し、難易度を下げるべきだろうか?
「確か、『野菜だと思え』……でしたよね?」
先ほど僕が言った言葉を覚えていたらしい。
しかし、僕も咄嗟の思いつきであんな事を言ったため、あまりお薦めはしない方が良いのかもしれない。
「お客さんは野菜。お客さんは野菜。野菜、野菜、野菜……」
園田さんは、先ほどの言葉を復唱し始めた。
そして……
「行きます!!」
園田さんはついに動き始めた。
しかし……
「うっ……」
何を想像したのか、彼女の顔に絶望の表情が浮かぶ。
そして、その場でよろけて蹲み込んでしまった……
・・・・・・
「これならどうかな?」
「私は平気よ。けど、海未ちゃんが……」
見たところ穂乃果と南さんは問題無さそうだが、園田さんには少し厳しいようだった。
僕は先ほど考えていた事を穂乃果に提案した。
「穂乃果。ここは少し難易度を下げてみないか?」
「どうするの?」
「チラシ配りを、もう少し人数が限定されている場所でやってみてはどうかな?」
「確かに、海未ちゃんの事を考えたら、その方がいいかも」
南さんが僕の提案に賛同してくれた。
とはいえ問題は、そのチラシ配りの場所なのだが……
「それならとっておきの場所があるよ!」
どうやら穂乃果が何か思いついたようだ。
・・・・・・
あの後、僕たちは学院の校門まで来ていた。
なるほど。放課後の校門であれば、そこには下校中の学生ぐらいしかいないため、チラシを渡す客層をある程度は絞ることが出来る。
他人とは言えど、相手は同じ学生。
この条件で、内容をチラシ配りに限定すれば、園田さんほどの人見知りでもある程度は問題無いだろう。
「ここなら平気でしょ?」
「まあ、ここなら……」
園田さんはそう言いつつも、どこか不安がっている様子だった。
「それじゃあいくよ! μ'sファーストライブやりまーす!よろしくお願いしまーす!!」
「ありがとうございます! よろしくお願いします!」
既に穂乃果と南さんはチラシを配り始めていた。
しかし園田さんは、未だ躊躇っていた。
穂乃果と南さんはライブの宣伝で手が離せないため、ここは僕がフォローに入るべきだろうか。
「園田さん。僕も一緒に配るから2人で終わらせてしまおう」
「は、はい。ありがとうございます……」
僕は園田さんからチラシを何枚か受け取り、穂乃果達の動作を見様見真似して配り始める。
「よろしくお願いします」
「……いらない」
断られてしまった……
やはり彼女達の真似事だけでは、上手くはいかないか。
分かってはいたことだが、少しだけ、ほんの少しだけではあるが虚しさを感じる。
それにしても、先ほどのツインテールの少女は何処かで見かけたような気がするのだが……
「皇さん。大丈夫ですか? 酷く落ち込んでいるように見えるのですが……」
僕はふとそんな事を考えていると、園田さんが声をかけてきた。
別にそこまで落ち込んでなど……いない……筈だ。
だから、何の問題も無いのだ。
とはいえ、彼女の気遣いは純粋に嬉しかった。
「僕は大丈夫だから、取り敢えずチラシを配ってしまおう」
「分かりました」
園田さんは先ほどの僕の様子を見て何か思うところがあったのか、その後はスムーズにチラシを配れていた。
結果、穂乃果達は無事にチラシを全て配り終えていたが、僕の分だけはチラシが何枚か残っていた……
その原因を穂乃果達に聞いてみると……
「ライ君、動きは良かったんだけど……」
「配っている間、ずっと無表情だったから。それで怖く思っちゃった子もいるのかも」
穂乃果と南さんがそう評価した。
なるほど。
神楽耶さんにもよく、僕には『笑顔が足りない。笑った顔は素敵なのに』とか言われていたな……
「で、ですが……何枚か残ったとはいえ、きちんと配っていましたよ。受け取っている方も何人かいましたし」
園田さんの気遣いが身にしみる。
結局、チラシ配りに一番適さない人材は、僕だったのかもしれない。
ただでさえ、僕は特殊な事例でこの学院に入学して良くも悪くも目立っている。
その僕がここの生徒を怖がらせているようでは、入学を推薦してくれた神楽耶さんや、それを許可してくれた理事長にも申し訳が立たない。
……今度、こっそり笑顔の練習でもしてみるべきか?
「あの……」
僕がそんな事を考えていると、後ろから誰かに話しかけられた。
僕はその声の方角へと振り向いた。
すると、そこには眼鏡を掛けた少女がいた。
「あなたは確か、小泉花陽ちゃん?」
穂乃果がその少女に反応する。
どうやら穂乃果は、その少女と面識があるようだ。
「ライブ……観に行きます」
「来てくれるの? ありがとう!」
穂乃果がそう言って、嬉しそうに微笑んだ。
僕は、残っているチラシの1枚を小泉さんに渡した。
暫くして4人が楽しそうに話している中、僕はふと、遠くを見た。
その視線の先には絢瀬会長がいたような気がした……
書きながら、各キャラクターの性格や台詞にブレが無いか、つい気になってしまいます。