この鎮守府、駆逐艦しかいねえ!   作:ジャスSS

2 / 11
四月の君は嘘②(海城 不知火)

「これから……よろしくお願いいたしますね、司令」

 

その子は煌びやかな笑顔で言った――ん?

 

よく見たら笑顔じゃない?

 

いや、本人的には笑顔……?

 

にしても目付きが……凄い蔑むような目を……

 

「無理してないか? なんか」

 

「はい? 私、ちゃんと笑顔してると思うのですが……」

 

いや、それは笑顔じゃなくてドSスマイル。

 

「ちゃんと目はお淑やかですし、口は微笑んでますし……」

 

目は人を見下してるし、口は微笑んでるんじゃなくて嘲笑してるぞ。

 

――まさかの天然S?

 

「よし、鏡を見よう。 絶対何が起きてるか分かるぞ」

 

「仕方ないですね……」

 

よし、了承したぞ。

 

これでドSスマイルが直れば良いのだが――

 

「ふむ……普通ですが?」

 

「どこが普通だよ!」

 

 

 

 

 

――とにかく、笑顔はもう止めていいよと伝えたことであのスマイルは消えることになった。

 

一部の方からすればゾクゾクするとかで寧ろご褒美なんだろうけど、生憎私にその趣味はないのでね。

 

そうだ、まだ彼女の名前を聞いていないのではないか。

 

「ここが執務室です。 これから、二人で業務に当たることになりますね」

 

「あのさ……」

 

「はい?」

 

鋭い目で――こちらを向いた。

 

早く質問しろと言わんばかりの圧――ヤバすぎないか。

 

「いや、そういや自己紹介してないなーって思ってさ。 この機会だからしようぜえと思ったんだよ」

 

「なるほど……確かにそうですね。 執務室には着きましたし、自己紹介でもしましょうか」

 

「じゃあ、まず俺から……コホン。 横須賀海軍幹部候補生学校卒の海城だ。 趣味はゲームだ、よろしく」

 

「次は私ですね。 秘書艦を務めさせていただく、陽炎型駆逐艦二番艦不知火です。 落ち度などありません」

 

落ち度などありませんって……そんなこといきなり言う奴がいるか。

 

 

 

――さっきまでかなりボロクソに言った気がするけど、正直に言って真面目だし、敬語使うから秘書艦としてはかなり優秀ではないか。

 

ただ笑顔と言葉の取捨選択がズレまくってるだけで。

 

というかそうであると信じたいんだ、俺は。

 

「うん……よろしく、不知火。 "不知火"って呼べばいいかな?」

 

「そうですね。 間違えてもぬいぬいみたいなふざけた名前で呼ばないでください」

 

あぁ、かつて呼ばれたんだな……

 

よし、一回そう呼んでみよう。

 

「分かったよ、"ぬいぬい"」

 

「は?」

 

うわっ! ただでさえ悪い目付きが更に悪くなった!

 

多分頭にきてると思う――にしても怖くないか?

 

「じょ、冗談だよ冗談! 冗談だって!」

 

「本当……ですか?」

 

うわ怖い怖い! 人を見下すような目で言わないで!

 

「本当だって本当! だからそんな顔しないで怖いから!」

 

「……司令は意地悪な方ですね」

 

ようやく顔が穏やかになった。

 

いや、目付きは相変わらず悪いままだけど。

 

「今度、笑顔の練習でもしてみるか? 笑顔、気味悪いってよく言われない?」

 

「うーん、まず笑顔を作ったことがないのですが……自然とならまずまずあるのですが」

 

なるほど、無理にやることができないのか。

 

それは秘書艦として少し不利だと思うが――まあ直せばいいか。

 

直せるとは限らないけど。

 

「さて……長旅の疲れも残ってるでしょう。 今日はしばらく休んでいってください。 夜からは鎮守府総出の歓迎会を開きますので、そちらでは楽しんでいってください」

 

「歓迎会……?」

 

「はい。 皆が精一杯考えて作り上げた会なので、温かい目で、親のみたいに見守ってくださればと思います」

 

なんか小学校を思い出すような文言だな。

 

駆逐艦が多いのか? そう考えるとこの言葉にも合点がゆくが。

 

それならそれでいいけど――

 

「では自由に休んでってください。 私は会の準備をしますのでしばらく離れますが……午後6時頃に呼びますので、その頃にはここにいてくださいね」

 

今の時刻は――午後4時か。

 

「そうだな、せっかくだから休ませてもらうけど、布団はどこにある?」

 

「お布団、ですか……」

 

せっかくだから眠らせてもらおうと思ったのだが――

 

「あそこの押入れに入ってます。 敷くのならば……他の子に踏まれないようにしておいてください」

 

「おう、思わぬ所踏まれると人生の危機に陥るからな」

 

「その時は私も危機に突っ込む所存です」

 

「……すまん、俺の言い方が悪かったな。 このことは忘れろ。 俺は純粋無垢な人が好きなんだ」

 

「は、はあ」

 

危ない危ない。

 

こんな真面目な子だし、できることなら純粋に生きてほしいのだ。

 

結局いつかは知ることになったとしても――1秒でも長く純粋であってほしい。

 

にしても、まさか純粋とは思わなかったな……

 

まあ、中にはまだよく分からないという人がいるかもしれない――どういうことかと言うと、男性にとって大事な"アレ"が踏まれたらまずいからなということを話していたのだ。

 

「あ、そろそろ私、準備の方に行きますので」

 

「おおそうか。 頑張ってこいよー」

 

「了解しました。 それではおやすみなさい、司令」

 

敬礼をした後、不知火は執務室から出ていった。

 

さて、と……布団敷かなきゃな。

 

 

 

 

 

――「お………さい……! おき………い……れい! おきてくださ」

 

「起きてください司令だろ? 不知火。 おはよう」

 

「何故分かったのですか。 というか思考読まないでください」

 

「単語のキーポイントは出てるからな。 確率としては半々だったのだが……まあよく当たったな」

 

「そんなこと考えてる暇あったら早く起きてください。 さっきまでで10回ぐらい言った気がするのですが」

 

「は!?」

 

嘘だろ、そんなに呼び起こされていたのか……そういや今の時刻は?

 

「今は午後6時10分です。 私がここに戻ったのが6時5分なので、5分間待ってたわけです」

 

「テレパシーかよ! よく思考読めたな!」

 

「いや、なんとなくそう思ってるだろうなあって考えただけですが」

 

「えぇ……ってか、5分も起きなかったのか俺」

 

「長く感じるかもしれませんけど、5分間ってのは持久走で走る時間なので案外短いですよ」

 

「物差しとして持久走を置くのは間違いだと思うのだが」

 

「別に問題ないと思います。 他にどういう物差しを用意すれば?」

 

「カップ麺とか……とか……あんじゃん」

 

「え、カップ麺って5分で出来るんですか」

 

え、まさかのお嬢様系なのか?

 

いや、単に食べたことがないだけだろうが――それでも出来上がる時間ぐらいは分かるだろ普通。

 

「う、うん。 早い物だと3分で出来るぞ」

 

「本当ですか。 今度作ってみてもいいですか」

 

「いいけど……なんでそんなことぐらい知らないの?」

 

「知る機会が無かったというか……わざわざ知りたいとも思わなかったですから……」

 

なるほどねぇ、カップ麺に触れる機会がなかったと。

 

言葉も丁寧だし、きっと良家の出なんだな。

 

「……そろそろ無駄口叩くの止めませんか?」

 

やっぱりおかしいわこの子。

 

良家の出だったらこんな言葉出ないぞ。

 

というかこの場面でこんな言葉出すとか本物の天然Sじゃねえか。

 

「そうだな……行こうか」

 

「では私に付いてきてください。 もしはぐれたら……なんかしますね」

 

「はいはい。 じゃあ先導よろしく」

 

 

 

 

 

――不知火に連れられやってきたのは鎮守府の宴会等で使われる、宴会場”海波”。

 

どうにも旅館感溢れる名前だが、まあそれはそれで良い。

 

到着するやいなや、まずは裏手? と思しき所に連れ込まれた。

 

「まずは挨拶からです。 ここを真っ直ぐに進めばステージに着きますので、まずはそこで挨拶してください。 なるべく元気で、ハツラツとしていただければ」

 

「分かったが……具体的に何を話せばいいんだ?」

 

「名前とかの最低限の事は話しましょうね。 後はそうですね……変に思われる事さえ話さなければ何でもいいですよ」

 

うーむ、俺プレゼン能力ないんだよなぁ。

 

ま、不知火がフォロー入れてくれるかな。

 

「あ、私は積極的にフォロー入れませんから、そこの所は注意してくださいね」

 

何故分かるんだよ。

 

「分かったよ……んでもう皆はいるのか?」

 

「はい。 今か今かと待ち望んでいます」

 

無駄にプレッシャー与えんなよなぁ……

 

「よし、ほいじゃ頑張ってくるわ」

 

「頑張ってください、司令」

 

 

 

 

 

(ああ緊張する……怖いなぁ。 でもここが初めての職場なんだ……気を引き締めないと)

 

ステージに近づくごとに鼓動が速くなるのが感じ取れる――だがここで逃げるわけにはいかない。

 

なんとしても打ち果たさなくてはいけない。

 

絶対に、だ。

 

 

 

 

 

そして、遂にステージに立ってしまった。

 

まずは目の前を見よう。 目を逸らさぬよう――!?

 

あれ? なんか皆小さい女の子だけだぞ? 大型艦はいないのか? 中型艦は?

 

私は絶句するしかなかった――絶句ということはつまり、この公衆の前で何も話せずにボーッと突っ立ってるということだ――それかなりまずいじゃん!

 

とにかくえーと……そうだ、名前とかの最低限を……

 

「えー、横須賀から来ました、海城星斗です。 提督として頑張っていきますので、どうぞよろしくお願いします」

 

うう、こんなので大丈夫なのかな……皆の反応はどうなんだ……?

 

【……パチパチパチ】

 

その拍手はどんどん大きくなっていき――やがては喝采へと繋がっていった。

 

(良かった……これでなんとか……)

 

恐る恐る目の前を見ると、そこには秘書艦がちょこんと座っていながら、右手親指を立てていた。

 

(なにがグッジョブだよ不知火!)

 

 

 

 

 

「あのさあ、なんで鎮守府には駆逐艦娘しかいないってこと最初に言ってくれないの?」

 

あの後、不知火を詰問してみた。

 

「すみません、伝え忘れました」

 

「かなり重大なミスだよそれ。 割とガチで」

 

「心のどこかで反応を楽しみにしていたのかもしれませんね。 ですが、本当に申し訳なく感じてますよ」

 

「それ、本当に申し訳なく感じてるのか……?」

 

「はい、恐らくは」

 

「確証持てよ!」

 

ここまで曖昧な返答するとか……かなりの強者だぞこの子。

 

「まあでもなんとかなったんですからいいんじゃないですか。 皆優しく迎えてくれましたし」

 

「まあそうだな……」

 

あの後ステージから降りると、沢山の艦娘から挨拶だったりで囲まれたのだ。

 

皆には優しく接してもらえた。 ある子は不知火の意地悪さに傷心した私を励ましてくれたりもしてくれた。

 

まあ、来る子は全員駆逐艦なわけだが。

 

「皆元気そうに見えるじゃないですか。 でも皆駆逐艦だけあって、その分警戒心も少し強くて」

 

「確かに、小さい子は見知らぬ大人に対する警戒心が強いって聞いたな」

 

「こんなにすぐ馴染むなんて凄いことですよ司令。 もっと誇ってください」

 

「そうか……そういえば疑問が一つあるのだが」

 

「はい、不知火に答えられる範囲であればなんなりと」

 

「俺が来る前……所謂、前提督だな、その方はどんな方だったんだ?」

 

「前司令は……私達を大切に扱ってくれる、優しい方でした。 でも悪い事した子には厳しく接していましたし、まるで父親みたいな方でしたよ。 お歳は……かなりいってましたけど」

 

「そうか、皆にとって父親みたいな存在だったのか……」

 

俺もそんな感じに――なりたい。

 

「司令はかなり若いですし……お兄ちゃんの方が合ってるかもしれませんね。 優しすぎるお兄ちゃんとか」

 

「また読んだのか俺の心。 才能あるんじゃないか? 超能力の」

 

「確かに……そうかもしれませんね」

 

こうして話している時、不知火の笑顔はとても眩しくて、輝いている。




キャラクター紹介

海城星斗:呉第七鎮守府に配属された新人提督。 元々はごく普通の一般人だったが、妖精が見えるただ一点だけで提督としての職を得た。 駆逐艦しかいない鎮守府に配属されたことから、自らの将来を危惧している。


不知火:長年呉第七鎮守府の秘書艦を務めている艦娘。 冷静沈着さから信頼はされてるものの、怒った時の怖さは全員から畏れられている。 全然Sではないが、無意識にS発言、S顔になる所謂"天然S"。 なお、本性はクーデレである。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。