――眠い。
「うーん……今何時?」
「そおねだいったいっね~」
「……今何時?」
「まあだはっやっい~」
「……しばくよ漣」
「うへえ! 朧司令、お許しください!」
「もっとキツくいくけど」
「ちょっ! それはマジでキツいから止めて!」
ほんとダメだなこの子。
元気というのはうちの隊に必要だけど、寝起きからこんなに元気だったら付いてゆけないから困る。
しかも大声出して――部屋に防音性があるとは言え、周りの子の迷惑にもなる。
正直止めてほしいが――中々止めてくれないんだよねこれが。
「朝からどうしたの? そんなに昨日楽しかった?」
「う、うん確かに楽しかったよ。 でもなんでそんなこと聞いてくるの?」
「昨日の余韻を持ち込んでるんじゃないかなって思っただけ」
なるほど、というような顔になる漣。
この子の特徴として、感情がよく顔に出てしまうことが挙げられる。
これはこれで良いのかもしれないが、本人的にはどう思ってるんだろう――私的には相手に支配された気分になって嫌な感じになるんだけども。
「えーとね、漣。 この時間は……」
そうだ時間。
えーと、今の時間は……朝の6時半、ごく普通だ。
「うん、この時間で騒ぐの止めよう。 周りに対して迷惑だよ」
「そうだけど……」
「分かってるんなら実践する。 はい、今すぐ静かにしてね」
「ちぇ~」
そう言いながら漣は部屋を出ていった。
できればここで寝たフリでもしてと思ったけど、そこまで厳しすぎてはあの子が不貞腐れちゃう。
制御できる範囲で、アメとムチを与えないとね――
「ん……あ、おはよう朧」
「おはようぼの。 漣という脅威は去っていったよ」
「脅威じゃないでしょ……んと時間は……6時半か。 まだ時間ではないわね」
あれ? ぼのっていつもこの時間に起きて朝ランニングしてるはずなのに……
「走んないの? いつも通りに起きたのに」
「宴会の翌朝に走るとか何考えてるのよ……いや、あれは宴会じゃなくて顔合わせ会だけどさ」
「ふーん。 昨日大してなんにもしてないのに……あ、提督に対してちょっかいかけたんだっけ」
「かけたのは漣で、私はそれに巻き込まれただけでしょ……あなたにまで弄られてしまうとさすがに心折れるんだけど」
「ふふっ、ごめんごめん。 でもあの時のぼの、少し楽しそうにしてたよ?」
「なっ……」
ぼのの特徴の一つは、この赤面だ。
そして彼女最大の特徴、それは――ツンデレであるということだ。
この赤面も、提督のことを意識してのことであろう。
「バレンタインまで後10ヵ月だけど……今年は誰にあげる予定なの?」
「ちょっ……いきなり何言ってんのよ!」
あ、大声出してしまった。
ぼのは漣に比べて真面目でちゃんとしてるが、焦るとこのように自我が効かなくなる。
まあそれが普通だと思うけどね。
「ごめんごめん。 ちょっと意地悪すぎた」
「……分かってくれたら良いのよ」
まだ赤面状態だ――うん、可愛い。
今日もぼのの調子は良いようだな。
「……私、顔洗ってくる」
「行ってらっしゃい」
漣の次にぼのが部屋を出ていった。
ということはつまり、次に起きるのは潮……?
「……こんにゃにたべれにゃいでしゅ大潮ちゃん……」
――まだまだ夢の中のよう。
起こす必要もないし、私も部屋から出ようかな、顔洗いたいし。
「7時には起きてね……潮」
どんな夢なんだろう、とはずっと思うんだけど、潮に聞くと覚えてないの一点張りで分からない。
あの子の性格なら本当に忘れてそうだけど、それはさすがにないと思うな――多分。
というか、こんな楽しそうな夢の中にいてはたして7時に起きるのかな。
起きなかったら容赦ないからね、潮。
――中々起きてくれない……もう6時半なのに。
「起きてください……大潮ちゃん……」
「ふにゃ……潮ちゃん、しょれはわたしのけーき……」
何言ってるんですか。
「もういいんじゃない朝潮? 昨日の疲れが溜まってるんでしょ」
「いえ、今日からは本格的に司令官のもとで働くのですよ。 初日から寝坊なんて許されざることです……」
「いや、全く寝坊じゃないんだけど」
「他の皆さんはいつもこの時間に起きてます。 実質6時半起床です」
「この子はいつも7時でしょ……」
「そんなこと知りません。 昨日言ったじゃないですか、明日は必ず6時半起床だって。 しかも大潮ちゃんは絶対起きるって約束しました」
「そう……だったわね確かに……」
大潮ちゃんはやる時はやってくれる子だって、私は信頼している。
なのに――今朝は全く起きてくれない。 さっきから意外とデカい声だしてるのに。
「……そういえば荒潮ちゃんは? いないけど」
「あー、出てったよ荒潮。 朝風に当たるんだって」
「荒潮にも協力してほしいのに……仕方ない、最終手段に打ってでるしか……」
「またやるの? 私の喉壊す気?」
「私達、第八駆逐隊の名誉の為です。 仕方ないんです!」
「はいはい……」
嫌そうな目をしながら、満潮ちゃんは喉の調子をチェックする。
どうやら調子は良い――二日連続になるけど、仕方のない犠牲、ごめんなさい満潮ちゃん!
「起きなさい大潮……さもなければ今宵、貴女の懐に怨霊が取り憑くだろう……」
大潮ちゃんはうなされている、このまま頑張って満潮ちゃん!
「怨霊に取り憑かれたくなければ、今すぐ起きるのです……大潮!」
最後に名前を叫んだ途端、大潮ちゃんが跳ぶように起きた。
「うわぁぁぁ! 止めて怨霊さん! 取り憑かないでぇ!」
布団に包まる大潮ちゃん。
やっと起きたと思って徒労感が溢れるけど、この姿見ると意外とそうでもないかも。
「大丈夫だって大潮……私だよ、満潮だよ」
「……み、満潮ちゃん……?」
「はい、満潮ちゃんです。 なので早く布団から顔を出してください」
「あ、朝潮ちゃん……?」
「はいそうです。なので早く起きやがれです」
「は、はい……」
やっと布団から出てきた……長く感じる。
満潮ちゃんがさっきやったのは、大潮ちゃんがとても怖がったテレビ番組の幽霊の真似。
前にやった時に奇跡的に起こすことに成功したので、それ以降最終手段として用いている。
とは言っても、いつも最終手段まで行くんだけど――
でもこの方法には欠点があって、まずは満潮ちゃんがいないとできないこと。
私や荒潮ちゃんだと全く似てないからか、大潮ちゃんを起こすまでには至れない。
でも満潮ちゃんがやると、凄く似てるから大潮ちゃんを起こせられる。
もう一つの欠点は満潮ちゃんの喉を破壊すること。
女子では中々出せない音域な為か、これをやると喉をかなり痛め、その後の日常生活に影響を来してしまう。
だからこそ"最終手段"なんだけどね。
「約束しましたよね……6時半に起きてみせるって」
「えへへ……ごめんなさい、朝潮ちゃん」
「分かってくれたらいいんです。 私はそれで満足しますから」
うーん、なんで私まで残されて正座しなくちゃいけないのよ。
別に責められるというわけじゃないけど――なんか腑に落ちない。
あれかな、"満潮ちゃんの喉壊して――"って感じで大潮反省させる為に残してるのかな。
それなら大迷惑なんだけど――まあ仕方ないか。
「今度からはこんなことにならないように。 満潮ちゃんの喉を壊しかけるなんて、言語道断ですよ」
あ、もう言った。 もう出てっていいかしら。
「あ、朝潮、もう出てっても――」
「満潮ちゃんはもう少し待ってください…」
うげえ、もういる意味ないでしょ……
「うん、あの声が凄い辛いのは分かってる……」
「なら早い段階で起きてね。 私の喉は無限にあるわけじゃないんだから」
「はい……」
あ、少し言い過ぎたかな。 うーん、人との接し方ってやっぱり難しいな……
「とにかく、今度からは頑張ってください。 私的には6時半に起きてほしいのですが、最低限7時までには起きてくれたらいいです」
いつも7時には起きてるって朝潮。
「……あ、もう6時44分!? まずい、そろそろ顔洗ってこなくては……」
「あ、私もいくー!」
勢いよく、二人が部屋から出ていった。
――最終的に私が残ったのか……
――眠い。
ということ、何人ぐらい思ったんだろうか。
現在時刻――7時か。
予定通りに起きれて、少し嬉しいな。
「そうだ、まずは食堂だっけ」
三食は基本食堂だと昨日言われた。
希望するなら外食でも構わないらしいけど、艦娘が外食を望む場合は事前に司令からの許可が必要――ということも教えてもらった。
そして食堂の飯は特別美味しいということも――勿論教えてもらった。
食堂は寮や執務室などがある本館から切り離された場所にある。
一応敷地内ではあるが、少し離れた場所にあるのでやや不便だ。
また、さすがにまだ子供な駆逐艦娘に料理を任せるのは危険ということで、厨房には間宮さんや伊良湖さんといった軍属の料理人が入っている。
これは工廠にも同じことが言え、軍属の技術者である明石が工廠にはいる。
とは言え、彼女達は実質軍人ではないので"軍人"という括りでは駆逐艦しかいないのだが。 トホホ。
「今日のご飯はなんでっしゃろ」
駆逐艦しかいないという点と経費削減の為か、食堂から出される料理は給食のようなシステムとなっている。
これはこれで問題ない。 しっかり金曜にはカレー出すしな。
カレーの日はそれはもう、大変な騒ぎらしいが。
「なるほどね……美味しいそうではないか」
さすが専属料理人。 見た目だけで美味しそうと判断させる辺りプロだ。
「まあこれなら皆食えそうだな……」
こんな鎮守府だからか、よく食べ残しが多いのは――仕方ないと言えるのかな?
――とそこに。
「あの、朧さん!」
……ん? あれは……朝潮かな?
「大潮ちゃんにもっとガツンと言ってやってください! あの子、中々6時半に起きてくれないんです!」
「……別に寝坊じゃないんだからいいんじゃないの?」
「ダメです! 皆さんは6時半に起きてるのに、あの子だけ7時起き……これでは皆に差がついてしまうと思うんです!」
「だからと言って強要する必要はないよ。 だってあの子朝起きてからランニングして飯食うっていう皆のルーティンやってるんだよ?」
「でも時間はあればあるほど良いはず! 実際、あの子ご飯食う時かなり急いでてちゃんと食べきれてるかが……」
「いや、かなり猶予あるし、ちゃんと食べてるじゃん。
……私が早起きしてるのは飯食った後新聞読む為だし、皆も各々の趣味に奔走してるよ? 空き時間に訓練してるわけじゃないんだし、本人が良いと思ってるんだったらそれでいいんじゃないの?」
「うっ……それはそうですけど……」
ん、どうやら朝潮が言い負かされた感じかな。
「司令」
「うわぁ! いきなり出てくるなぁ!」
「何驚いてるんですか。 それよりも、あれです」
「そうだ。 あれ、一体どういうことなんだ?」
「うちの起床時間は7時だと、規定で決まっています。 まあ司令も知っている通り、多くの艦娘は自由時間を作る為に早起きしてるんですね」
「それで大潮だけはちゃんと7時起きと」
「そうです。 まあそれはそれなんですが、問題は言い争ってる二人です」
「二人……?」
「はい。 あの二人よく口論してるんですよ。 日常茶飯事的に。 ただ互いが互いを憎んでるかというわけでもなくてですね……」
「どんな感じなんだ?」
「朧は朝潮のことを何とも思ってません。 よく口論になっても、朝潮に対しても普通に接しますからね。 対して朝潮は朧との対立姿勢を明らかにしてます。 ただ全面憎んでるかというとそうでもなく、単にリーダーとして対立してるって感じですね。 艦娘としては純粋に認めてますし」
「……なあ、それって朝潮の一方通行じゃ……」
「そうです。 朝潮が一方的には突っかかって来て、それを朧が対処してる感じです」
おいおいそんなんで大丈夫かよ。
「二人が率いる駆逐隊、どっちも実力者が集まりますからね……そういう意味では派閥抗争みたいな感じにも見えますが」
「まずくねえかそれ」
「大丈夫です、二人しか争ってないですから。 ただ偶にちょっとした事件になるのがちょっと……って感じですね」
「なるほどねぇ……」
二人のリーダー観のぶつかり合いか。 中々燃える物があるじゃないか。
……っていかんいかん。 そんな不純なことを考えてはダメだ。
「どうにかできねえかな……」
「放置でも問題ないとは思いますが……あまり干渉しすぎるとヘイト集めますからね」
それもそうだ、干渉しすぎては逆にまずい。
「まあここは司令にお任せするとして……どうです? 鎮守府での生活は」
「うん、まだ1日も経ってないけどそれを聞くのかい?」
「あ、そういえばそうでしたね……まあ別にいいじゃないですか」
「いいのか……うーん、充実しそうだなって思ったかな」
「中々に微妙な言葉ですね。 まあいいですけど」
ええんかい!
「これから司令には長いことお世話になる……はずです」
「微妙に溜めたの不信感あるわ」
「そういうのはほっといてください。 いつ異動があるか分かりませんから」
まあ確かに――それもそうだ。
「私達は皆子供です。 そして私も子供です。 こんな鎮守府ではありますが司令……これからよろしくお願いしますね」
「……あぁ、よろしく」
キャラクター紹介
朧:第七駆逐隊の旗艦。 練習の虫で高い実力を持ち、大勢の艦娘から慕われている。 リーダーとしては適当な面も多く見られるが、意見は素直に言い、危険な事も進んで行い、いざとなったら庇って、よく他人を気遣うカッコイイリーダーである。 頻繁に朝潮と口論してるが朝潮のことはどうとも思ってない。 隙あらば読書な読者家でもある。
朝潮:第八駆逐隊の旗艦。 朧と並んで鎮守府の双璧と呼ばれる程の実力者。 人に厳しく自らにも厳しい性格で、朧とは違って適当ではない。 しかし厳しいリーダーとして一部では畏れられており、朧と比較される事も多い。 朧の事をリーダーとしての対抗意識を燃やしてるが、一艦娘としては認めている。 読書を始めたのも朧に対抗してかららしい。