――ここは鎮守府の隅っこに位置するとあるBAR。
夕雲型駆逐艦17番艦早霜が店主を務めるBARにやってくる客には各々、抱え込む悩みを持っているようだ。
おっと、今日もお客さんがお出ましになるようだ。 はてさて、どんな悩みを抱え――
「よう早霜ぉ! お客さん全く来てなさそうだから来てやったぜ!」
抱え――てないですね。
「長波サマ参上! 早霜が暇そうだから話し相手に来てやったぜ!」
抱え――てたら驚きですね。
……って
「何しに来たんですか姉さん達」
「おっと、バーテンダーたるものそんなカッカしちゃダメでしょうに……」
「しかも私達は曲がりなりにもお客さんなんだぞ! お客さんの前で怒る店主がいるか? いないだろ?」
確かにカッカしたのは反省だけれど、姉さん方がごく普通のお客さんとも思えないのだけれど。
「確かに姉さん達は"お客さん"ですが"普通の"お客さんではないです。 妹を弄る為だけに来たようなものじゃないですか」
「あのな早霜、よーく聞いとけ」
……珍しく長波姉さんが真面目な顔になってますね。
「お客さんのニーズってのは日々変化するんだ。 昨日までラーメンが好きだったのが、今日からうどんが好きになることだってあるんだ。 そういった客のニーズに対応してくってのが本来あるべき"店"なんじゃないか?」
「残念ながら店主を弄るというニーズにはお応えできません。 というかそんなこと普通やりませんよ長波姉さん」
「保守的な人間はいつか滅ぶ! 今こそ革命の時じゃないか早霜!」
「凄くいいこと言ってますが店主を自由に弄るBARは天才でも作りません」
「むぅ。 ほんと早霜はいつも内向的だな」
「それとこれとは違いますからね」
「んじゃ、そういうことにいといてあげるか!」
ふう、ようやく姉さん達の無駄な弄り時間も終わりましたか。
お二人が正直何をしでかすか不明瞭なのがすこぶる恐い。 いつか私のことを滅ぼしてしまうのではないかと正直凄く心配してます。
「……私コーラほしい」
朝霜が注文したのは、毎回恒例のコーラ。
「私メロンソーダ!」
「……お酒頼まないんですね二人とも」
「そりゃ頼むわけないじゃんだって――」
目を合わせもせずに、声だけ合わせて私に言う。
「ここ酒扱ってないじゃん!」
「……私未成年ですからね」
「そもそもこの鎮守府に成人がいるのかどうかというところだけど……」
「あら、司令官は既に成人してらっしゃるのでは?」
「それが違うらしいんだって。 まあ前の司令が歳いったおじいちゃんだったし、私達の感覚が狂ってるかもしれないけどな」
意外ですね。 あのそれなりにガッチリした体型から見て、大人の領域に踏み込んでると思ったのに。
「それならさ朝霜。 直接本人に聞いてみたらいいんじゃないか?」
「確かに。 じゃあその任を受けることになるのは……」
二人が私の顔をまじまじと見つめて――ってまさか。
「私がやるのですか」
「そう! だって提督に仲良くさせてもらってるらしいし、秘書艦さんとも仲良いらしいし」
「全部推測じゃないですか……それに当たってないです」
「え、そうなの?」
「はい。 まず司令官に仲良くさせてもらってるというのは多分事実ですが、他にも仲良くさせてもらってる娘も沢山いますし、私よりも仲が良い娘なんて沢山います」
「それはさ……ほら?」
「ほらってなんですか……」
こういう話になってしまった以上、結局は私に押し付けられる運命にはあるのだろうが――いやもう受け入れよう。
「分かりました。 私が聞いてきます」
「おお! さすが我が妹よ!」
「これからも頼りにするよ~!」
「……」
あぁ、また便利な奴だと思われるのか……
――さて、部屋の前には来たが……
「うーん……」
正直、司令官のことは少し苦手だ。 男の方、というのもあるけど、なにか話しかけづらさというのもあるからだろうか。
業務を行う上では問題ないのだけれど、私情を挟むこととなると少し――でも言ってしまったからにはやるしかない。
「でもどうしようかしら……」
不知火さんに取り次いで――忙しい合間を縫っていただくなんておこがましい。 なら堂々と――いやそれはそれで恥ずかしい。 出待ち――それは変に思われるかもしれないわね。
「どうしよう……」
たかが一つだけ質問を聞くだけなのに、なんでこんなうずくまってるのかしら私……これならどうにかして押し付ければ良かった……
「あら、早霜じゃない。 こんなとこでうずくまってどうしたの?」
「その声は霞さん!?」
慌てて後ろを振り向くと――そこにはちょこんと立っている霞さんが。
「あのクズに用? それとも不知火?」
「あ、えーと……」
「その様子ならクズかしらね。 それで、少し気まずくて入れないと」
「いや……はい、そんなところです……」
ここでひた隠しにしてもすぐバレるだろうし……ここは正直に伝えよう。
にしても、どうしてすぐ分かったのでしょうか?
「まあしょうがないわね。 あのクズ近寄り難いところあるし」
「霞さんもそうなのですか?」
「私は……そこまでだけどさ、でもそういう娘が多いのはよく耳にするわよ」
「意外ですね。 私だけだと思ってたのですが……」
「まあそんなもんよ……それで、あのクズに対する用って?」
「それは……」
霞さんと言えど、さすがにこれだけは教えることはできない……というより教えたらバカにされるに違いない。 いや絶対にそうだ。
「教えてくれない、か……分かった、私から不知火に話通しとくからちょっと待ってて」
「え、ちょっと……」
そんな、わざわざこんなことの為に時間を無駄にさせたくないのに……
「……大丈夫よ。 あいつわりと暇してるから」
「いやそういうことじゃな……行ってしまった……」
そうこうしてるうちにも、霞さんは次から次へとやることをやっていく――不知火さんに取り次ぐことも含めて。
こうなってしまっては仕方ない、ただじっとして、時の流れに任せば――
「失礼しました」
ってもう帰ってきてる!?
「ど、どうしたのよそんな顔して」
「あ、戻ってくるのやけに早いなぁと……」
「そう……あ、不知火に言ってきたから別に入ってきても問題ないわよ」
「あ、はい分かりました……」
「まあ大丈夫よ。 ちゃんと不知火がフォローしてくれるだろうし……って、そっちからすれば不知火のことが心配か。 まあそんな気にしなくて大丈夫よ」
「は、はあ」
気にしなくてもって、そんなこと言われたらより気にするじゃないですか――
「そんじゃ、勇気を出して行ってこーい!」
強く叩かれる背中。 霞さんの張り手は、想像以上に痛く――やりすぎだと思った。
それでも、背中を押してくれたのは事実。 今ここで踏み出さなくてはいけない。
そうだ、時の流れに任せるんだった。 ならばなるようになるよう、ただ心を無にして何も感じずに――
――まるで悟りに入ってるように、体を伸ばし、真っ直ぐに視線を突き刺して、笑う事もなく立つ早霜。
それを疑念の目で見るのは秘書艦である不知火と提督の海城。
(凄くかしこまってるけど……大丈夫かしら)
彼女が何のためにそれをやっているのかは分からないが、とにかく、この状況を変えなくてはいけないことは明白だ。
「は、早霜、用件をとりあえず……」
不知火が声をかけた途端、カラッポだった心が起動し始めた。
「……あ、はい。 本日の用件は……」
言いかけようとしたその時、早霜はある事に気づいた。
(よくよく考えれば年齢を聞くなんてどうでもよい行為なのでは……?)
「おーい。 どうしたー突然止まってー」
海城の気の抜けた声など耳に入らず、ただ一人考える早霜。
(そもそも年齢など本人に聞く必要なんてなく、自分で調べればよいのだ。 ならば何故それを思いつかなかったんだ……?)
「早霜?」
(何故……司令官に会いたかっ――いやそれはない。 ならば……)
「早霜!」
「はい!」
自分の世界から、突然現実の感覚が蘇る。
「大丈夫かー? さっきからぼーっとしてたけど」
「あ……大丈夫、です……」
「そうか。 なんか一人の世界に入ってたから、めっちゃ心配したぞ」
「心配してくださって、ありがとうございます。 司令官。 そうだ、用件ですが……」
「年齢!? わざわざ聞きに来たのか!?」
「あ、はい……」
やっぱり呆れられたかしら……そりゃそうだわ、だってそんなもの調べれば一発で――
「そっか、確か誰にも言ってなかったんだっけ、年齢」
「そうなのですか? 私は業務上知っていますが……」
……え?
「まあわざわざ言うことでもないだろうけど、一応言っといた方が良いか……歳は23歳。 酒は飲めるけどすぐ酔うタイプではある」
「え、もう成人してらっしゃるのですか……?」
「もちろん。 たまにいるらしいけどね、未成年提督さん」
それならば、私のBAR――BARにも来れるのでは……
「あの、司令官……」
「ん、もう一つあるのか?」
「その、私鎮守府の地下でBARを営んでいて……」
「ふーんBARね……ってはあ!?」
「え、ど、どうか……」
「どうかって、そのこと私も知らないのだけれど」
「あれ、不知火さんには言ってませんでしたっけ?」
「言われてないですが……まず貴女は未成年でしょう? そんなもの運営できてるのですか?」
「それはですね……」
ぐ、こう言われては反論のしようがない……だがあれは私のアイデンティティとも言えるし……
「あくまで気持ち的な意味だろ? じゃないとそういうことやる意味が……な?」
「あ……そうですね。 そんな感じです」
「そうですか……ですがBARなんていう言葉は誤解を招きますし、今後は使わないようにしてください」
「了解しました……で、司令官には……」
「そこに来てくださいってことでしょ? うん。 今度行くわ」
――あぁ、良かった――なんか変な感じになってしまったけど、とりあえず良かった。
「では待ってます、司令官」
「おう」
「失礼しました!」
――「ねえ不知火」
「どうかされましたか?」
「さっき言えなかったんだけどさ」
彼の秘書艦、不知火は首を傾けてる聞く。
「この鎮守府に地下ってあったんだ」
「……」
信じられないという表情で、彼女は提督を見続けたのであった――
――「よう早霜ぉ! って司令じゃねえか!」
いつものように地下に向かう姉さん達。
そこにいつもは見ない顔がいることにはさすがに驚愕した。
「よ、朝霜、長波」
「なんで提督がここにいるんだ? ってまさか早霜……」
「姉さん達が聞いてこいと言ったので聞いてきましたよ。 司令官は、立派な成人男性でした」
「あれ? 私が聞いた噂と違うな……?」
「いやいや長波姉さん、そんな噂聞いたこともないですよ。 不知火さんにも調べれてもらいましたから」
「……」
「長波、嘘はやめような」
それから、少し涙目になった長波姉さん。 でも姉さん、自業自得です。
「でもなんでそんなことを?」
「そりゃまあ……早霜をからかいたいから?」
「なかなかに酷いことしますね長波姉さん。 もしや私が司令官のこと苦手だと思ったからですか?」
「あれ、バレちゃったか」
「ん、早霜俺の事苦手だったのか?」
「まあ……そうでしたね」
「ふーん、じゃあ今は? 今はどう思ってんの?」
それを言わせないでくださいよ朝霜姉さん……なんだかんだ恥ずかしいのですから。
「まあ……そうでもない、って感じですが……」
「お? ちょっと赤くなってるぞー?」
「……ちょっと黙ってくれませんか?」
「おお怖い怖い。 でも良かったじゃん、司令と仲良くなれてさ」
「それはあると思います。 ここ初めてのまともな客ですから」
「おいおいまるで私達がまともじゃねえっていう言い方じゃねえか!」
「えぇ。 実際そうですから」
「酷いぞ早霜!」
そうだそうだと長波姉さんの声。
このわちゃわちゃした感じがなんとも心地よい――ただ今はそう思う。
その輪に司令官が入ってこれるのか、少し心配だけれど。
「……ふふっ」
「む、可愛い笑顔して……それで騙せるとでも思ったか!」
「長波姉さんはそうやって人を弄り倒すから……」
「でも早霜の笑顔ってどこか不気味だよな。 なんかこう……女スパイみたいな」
「大人びた感じか? 確かに早霜にはそんな感じが漂うな」
「あら司令官、ありがとうございます」
「今度は提督を騙す気かー!」
私は大人びている――と思われている。 それは嬉しい限りだ。
逆に長波姉さんは――少し子供っぽい。
けれども、それが可愛い。
「……司令が嫁さん貰う時は――」
「嫁さん!?」
「ちょ、姉の言葉を聞きなさい早霜ー!」
姉さんさすがにここは黙って――
「嫁さん? ここにいる子たちはまだそういう歳に至ってないだろうが……」
「まあそうだけどよ……ってか鈍感だなほんと……」
「鈍感ってどういうことだよ……」
――朝霜姉さん? ってあらやだ、もうこんな時間じゃない……
「そろそろお開きにしましょうか。 もう11時ですし」
「あ、確かに。 子供達はもう寝なきゃいけない時間だからなぁ」
「あ! 長波を子供扱いしたなこのやろー!」
「はいはい、いい加減に寝ような。 明日も暇じゃないぞ?」
「それは司令官も同じかと思いますが……」
「ま、それはそうだな。 じゃあ俺も寝るとするかぁ……」
「あ、不知火さんによろしくお伝えください。 わざわざ調べてくださってありがとうございましたと」
「了解。 それじゃおやすみー」
「はい。 それでは司令官、姉さん、おやすみなさい」
早霜:第二十六駆逐隊所属。 夜になると自己満足としてBARを開いているが未成年の為酒は出せず、出す飲み物も鎮守府内の自販機なから出してる為、そのBARを利用する人は早霜に会うために来ていると言っても過言ではない。 酒は出せないのに海城を誘った理由は、やはり気持ちの面が強いとか。 普段は奥手な性格のせいで苦労が絶えない。