この鎮守府、駆逐艦しかいねえ!   作:ジャスSS

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独占密着(神風 漣)

――春風香る呉第七鎮守府。

 

ここに所属する艦娘は全員女の子であるが、勿論それぞれ理想とする女性がいる。

 

ある人はレディを目指し、ある人は戦艦を目指し、ある人は最速を――いや彼女はもう既になってるか。

 

っと、ここまで話してきたが、所詮彼女らの殆どは単なる"理想"だ。

 

なれるという保証もなく、ただただ漠然とした"理想"。

 

勿論この鎮守府にその目標となる人は少ない――が、一人だけいるにはいる。

 

「神風さん! その……サインください!」

 

完全に歳上である女子高生にサインをせがまれるその人物こそ、多くの女子から目標とされる少女――

 

「あー、えーと……ごめんなさい。 鎮守府の方針で……」

 

そう、神風型駆逐艦のネームシップ、神風である。

 

その姿は日本男児が求め続けた大和撫子。

 

立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿は百合の花。

 

360度どこから見ても完璧な少女。

 

その御姿に、全国の男よりも先に女子が魅了されてしまうという謎っぷりで、今人気急上昇中の艦娘だ。

 

「うちの鎮守府はいつからアイドルみたいになってしまったのだろうか……」

 

――コホンコホン。

 

とにかく、彼女――神風は今、女の子に人気の艦娘なのである。

 

今日はそんな神風の一日を、できる範囲で追尾しようと思う。

 

「……ねえ漣。 さっきから何ぶつぶつ独り言呟いてんの」

 

「うっさいぼのたん。 こちとら真剣なんだ」

 

「ぼのたんは止めろってさっきなぁ……」

 

 

 

 

 

――女子人気NO.1の朝はそれなりに早い。

 

朝起きた彼女がまず向かう先は洗面台だ。

 

「……ってか漣なんでいるの?」

 

「え? いや昨日の夜言ってた――」

 

いやいやなんで覚えてないんだし。

 

「神風姉。 ほら、昨日の夕飯の……」

 

お、朝風ナイスフォロー!

 

わざわざ説明する手間が省けて良かっ――

 

「え? なんかあったっけ?」

 

――やはりか神風。

 

「はぁ……ごめんね漣ちゃん。 こんなに朝早く起こしたのに神風姉がこんな調子で……神風姉、ちゃんと聞いてね。 漣ちゃんがいるのは――」

 

朝早くとは言うが――いつも6時起きの私からすれば6時半起きは正直キツくもなんともない。

 

まあ朝風の気遣いだろうけど――

 

「とりあえず私着替えてくるね」

 

少し距離を離して朝風に言う。

 

反応が遅れたのか、ちょっと間を置いてから返事が帰ってきた。

 

「さて。 まずは恒例のランニング……は神風型の皆とやるからまだ時間ある……」

 

となればやる事は一つ――神風のことを聞いて回らないと!

 

 

 

 

 

――「神風お姉様、ですか……?」

 

「うん。 春風ってよく神風と一緒にいるからさ、なんか知ってるかなあって……」

 

本音は近くにいたのが春風しかいなかったからなんだけど――ってか松風と旗風はどこよ。

 

「そうですね……お姉様は普段、肌色率が高い服は着ないのですが、部屋で一人っきりだと鏡の前でノリノリとそういう服を着ている、とかですかね……」

 

「ほう、それは可愛い裏面をお持ちで……でもなんで?」

 

「単なる好奇心……と言いますか。 いつもこのような厚めの服を着てらっしゃるので、少しぐらい羽を伸ばしたい、と思ってるのではないでしょうか」

 

「それなら私達の前に現れてもいいのに」

 

「恐らく……それらを他人に見せることは、あまり好ましく思ってないのでしょう。 破廉恥、と思ってるかは分かりませんが、お姉様自身性的な事柄にはガードが固いですし……」

 

そういえば、少し過剰なスキンシップをされた時、嫌な顔をしていたような――まあきっと、そういうのが苦手なんだろうな。

 

「ふーん……なんとかそのガードを剥がしてみたいものだが……」

 

「骨が折れる作業だと思います。 お姉様のガードはほんとに固いですから……」

 

――なんか引っかかるな。

 

「……固い固いって、やったことあんの? 神風のガード剥がすの」

 

「え? あ、あぁ!?」

 

と、顔紅くしてしまったか――

 

「ふーん……春風も可愛いとこあるじゃん」

 

「か、可愛いなんて、漣さん……!」

 

と、さすがに止めておくか――

 

「さて、と。 それじゃ私は外でアップしてくるわ。 ってわけでありがとね春風!」

 

まだ春風は紅くしたままだけど――ここらで止めとかないと何が起こるか分かったもんじゃないからな――

 

そろそろ説教も終わってる頃合だろうし、ちょっと体動かしてきますか。

 

 

 

 

 

――「旗風いる?」

 

いつもの朝ランニングを終え、各々がそれぞれの持ち場についた。

 

が、駆逐艦しかいないこの鎮守府、やる事と言えば輸送船団の護衛ぐらいで、敵泊地への強襲や敵艦隊との壮絶な艦隊決戦のような派手な仕事は一切回ってこない。

 

時折、大規模作戦行動の人手が足りないということで呉第一鎮守府さんからの招集がかかる時はあるが――最近は全くと言っていいほどお呼びがかかってない。

 

別に、私は戦場に出たいとはそんなに思ってないのだが――何しろ、そういうのを望む艦娘というのが一定数いる。

 

――と、少し話が脱線したが、つまるところ私が言いたいのはこの鎮守府は意外と休暇が多いということだ。

 

今日はなんと神風型の全員が休みということで。

 

「はい神姉さん。 旗風はこちらにいますが」

 

「良かった。 今日はね、街のカフェーに行こうかなって思ってて……」

 

カフェーなんて大正モダンだなぁ――

 

「あぁ、前に仰ってた所ですか。 行きましょう、私も気になっていましたので」

 

「もちろん漣も……」

 

「当たり前。 今日一日は神風に付いていくって言ったからね」

 

この二人が興味を持つカフェねぇ――センスありまくりの二人だし、期待せずにはいられねぇ。

 

「よし、それじゃ行きましょう。 善は急げと言うものです」

 

 

 

 

神風は女子からの人気が高い――と先述したが、実はと言うと神風型自体が人気のあるグループなのだ。

 

勿論一番人気は神風なのだが、二番艦の朝風、三番艦の春風、四番艦の松風、五番艦の旗風、とそれぞれに特徴のある人達だらけなのだが、皆何故か人気が高い。

 

恐らくはその大正モダン的身なりが人気の秘訣だろう、また皆が皆お淑やかというのもあるか。

 

ともかく、他の艦娘に持ち合わせていない特長を持つ彼女らはひとたび街に出ると――

 

「ねえ、あの人達神風型じゃない!?」

 

「うん、きっとそうだよ! だって雰囲気が違うもん!」

 

――とまあ、黄色い声がめっちゃ聞こえる。

 

羨ましいが――私があのJKの立場だったらそう思うんだろうな――口には出さないだろうが。

 

「神姉さん、今日も大人気ですね」

 

「あら、旗風だって負けず劣らずだと思うけど?」

 

「そんな褒めないでください……」

 

こっちはこっちで褒めあいっこですか――なんか私だけ仲間外れにされてんじゃねえか!

 

「どうしたの漣? なんか顔強ばってるけど」

 

「なんでもないよ……」

 

 

 

 

 

――「ここが……カフェ・ブリーズ……」

 

まあそんなこんなで例のカフェに着いた私達一行。

 

その道中でなんど好奇の目に晒されたか――多分対象は私じゃないし。

 

まあそんなのは予測できたことだ。

 

何も悲しむことではない、私達には百を優に越える仲間がいるんだから。

 

「中は……わあ、結構お客さんいますね」

 

「全席埋まってるようにも見えるけど……どうする神風?」

 

「どうするも何も、今日はここに来たくて歩いてきたのよ。 何時間でも待つわ」

 

「ま、そうなるよね……」

 

 

 

 

 

「二時間待ちって……」

 

十数年の人生、二時間待ちとかいう言葉は某千葉のテーマパークでぐらいしか聞いたことないぞ。

 

「まあまあ。 この前行ったとこは四時間待ちとかだったし、実際二時間なんてすぐ潰れるわよ」

 

「それはまた凄い……ちなみにその時は誰と行ったの?」

 

「松風だったかしら。 でもその時は劇場近くの劇場行ったからそこまで長く感じなかったわね」

 

「まあそういうもんだよね……んで、今日はどこで暇潰すの?」

 

「そうね……旗風、どこか行きたい所ってある?」

 

「そうですね……そういえば最近、新しいお洋服屋さんが出来たと聞きました。 旗風、そこに行きたいです」

 

「分かった。 漣もそれでいい?」

 

「もちろん」

 

実はこの前七駆の面子でそこ行ったんだけどね。

 

まあそれも一週間前の話だし、少しぐらい品揃え変わってるでしょ。

 

 

 

 

 

――「神姉さん、この服可愛くないですか!」

 

バタバタと走ってやってくる旗風――こういう一つ一つの仕草が可愛いと言われる所以なのだろう。

 

そんな旗風が持ってきたのは白のワンピース――いやいや凄いチョイスだなおい。

 

「うん……ちょっと試着してみようか……」

 

 

 

 

 

「どうでしょうか!」

 

「……すっごく可愛いよ旗風」

 

うん、確かに旗風は可愛い。

 

白の持つ元々の清楚さが、旗風と上手く調合されて化学反応を起こしていて、その美しさと可愛さを倍増させている。

 

こんなのうちのご主人様が見てしまったら顔紅くして硬直しそうだな。

 

「可愛いけど、お金は大丈夫? まだ最近使いすぎじゃないかしら?」

 

「あ、確かに……可愛いけどこれは諦めるしか――」

 

「待って旗風!」

 

――お?

 

「時には、さ……お姉ちゃんに甘えてもいいんだよ、旗風」

 

「え、でも神姉さんだって……」

 

「いいっていいって。 いつもお姉ちゃんらしいことさせてあげられてないし、今日くらいはね、いいでしょ?」

 

お姉ちゃんらしいこと、ねえ。

 

ずっとしてるような気がするけど――本人にとってはあんまりできてないと思ってるのかな。

 

「……じゃ、じゃあお言葉に甘えて……」

 

「うん! じゃあこれをレジに――そうだ、漣はどうすんの?」

 

「え? あ、私は別に、良いの無かったから……」

 

「えー、せっかく来たのに勿体無い……そうだ、私が漣に合う服を探すよ! じゃあ付いてきて!」

 

「え、いや別にいいって――」

 

この前とたいして品揃え変わってないし、別段欲しいものもないんだけど!

 

「気にしないで、私こう見えて結構持ってきたから! お金!」

 

「そういうとこじゃなくって……」

 

あぁもう、こうなったら止まらなさそうだな神風――

 

 

 

――結局、前買った服を勧められて、一応断ったには断ったけど真実を言えないまま店を出てしまった。

 

凄く気まずかったし、正直地獄だったわ――

 

そして気がついたら、もう二時間近く経ってるではないか。

 

「時が経つのってほんと早いよね……」

 

「うん。 楽しい時間ってほんと早く過ぎるよね」

 

私は楽しくなかったけどね。

 

「でもこれからがメーンディッシュなのよね……心が震えるわ!」

 

「……なんか今日の神風絶好調だね」

 

「え、そうかしら? いつも通りだと思うのだけれど」

 

いつもはもっとふんわりしてるんだけどな――

 

(多分、いつもよりお姉ちゃんらしいことできてるからだと思いますよ、漣さん)

 

旗風が小声で私に話しかけてくれた。

 

(ふーん、お姉ちゃん然としたいんだねぇ神風は)

 

(ふふっ、でもそんな神姉さん、いつも可愛いです)

 

確かに、いつもと違う感じだからか、ギャップと言うのか、少し可愛く見える。

 

なるほどねぇ――

 

「ん? 二人ともどうしたの、笑ってて」

 

「え、いや?」

 

「何でもないですよ、神姉さん」

 

「む、なんか怪しいぞ二人とも! さあ、正々堂々と白状しなさい!」

 

「ふふっ、教えませんよ、言えるわけないじゃないですか!」

 

「むぅ……」

 

 

 

 

 

――帰宅時間午後五時。

 

神風曰く今日のメーンディッシュであるカフェは、その人気通りの素晴らしい店であった。

 

気品ある室内、来る客を落ち着いてくれるインテリアの数々。

 

流されている曲の一つ一つにハイカラさがあり、それら全てが店の雰囲気を創り出している。

 

神風が気になったのも納得だ。

 

――とは言え、そういう店にいるとちょっと疲れやすくなるのが人間。

 

色々周りを気にしてたら、いつもより疲れたよ――

 

「漣さん、今日は貴重な体験ができましたね」

 

「そうだね……凄く疲れたけど」

 

「あら、それは何故」

 

「こっちの事情だから気にしなくてもいいよ。 そういや、神風は?」

 

お出かけに同行したことで得たものは測り知れないほどなのだが、やはり自らのホームグラウンド(呉第七鎮守府)に、それも夜時ではどう過ごしているのか、調べなくてはならないのだ。

 

「神姉さんですか? 今は松姉さんのところにいると思いますが……」

 

「松風のとこね……分かった、ありがとね!」

 

「いえこちらこそ。 今日は一日楽しかったです」

 

「くっ、そんなこと言われると照れるじゃないか……」

 

「ふふっ、漣さんが照れてる姿はなかなか見られませんね」

 

「見せもんじゃないんだけどね。 そんじゃ!」

 

後ろを向くと、旗風が手を振って見送ってくれている――なんて気立ての良い子だろう。

 

普通の女の子として生活したら、きっといいお嫁さんに――いや、そんなことを考えるのはよしておくか。

 

実現するか分からない未来なんだからさ――

 

 

 

 

 

「お、神風に松風」

 

「久しぶりだね漣。 一日ぶりかな」

 

一日ぶりに会ったぐらいで久しぶりなんて言うかよ普通。

 

「二人はそこで何やってたの?」

 

「ん、えーとね、今日のお出かけの感想を言いあってるの」

 

「え、松風もどっか行ったの?」

 

「まあ、そうなるね」

 

へー、だから朝から――待てよ、そういえば私が起きた時にはもういなかったような気がするんだけど――

 

「ちょっと待って、松風って朝からいなかったよね? 結構遠出したの?」

 

「遠出と言えば遠出かな……でも漣には教えないよ!」

 

いや教えろよ!

 

「兵庫県宝塚市。 でしょ、松風」

 

「あぁ! なんで言うんだい神風姉貴!」

 

「なるほどねぇ。 宝塚市……やっぱり好きなんだ」

 

「……うん。 僕がミュージカルに興味を持ち始めた原因はそれだからね」

 

「確かに身なりがそれにしか見えないよね。 カッコイイ」

 

「ふっ、感謝するよ漣」

 

道理で言動もそれっぽいんだな。

 

まあ鎮守府じゃまずいないタイプではあるけど。

 

「それで、楽しかったの? ミュージカル」

 

「うん、最高だったさ。 まず最初に僕が惹かれたのは――」

 

話じゃ長くなりそうだな――

 

「ちょストップ! またいつかその話聞くからさ、今日はちょっと、止めてもらってくれるかな……?」

 

「うーん、漣がそこまで言うなら仕方ないかな。 でも絶対聞いてよね!」

 

「分かってる分かってる」

 

「……と、ちょっとここで僕は退出させてもらうよ。 司令官に、僕が帰ったこと報告してないからね」

 

いやなんで先にしないんだ。

 

「松風、そういうのは先にやるべき事よ。 私達に話したいのは分かるけど、やるべき事を先にやってからにしなきゃ」

 

「分かってるさ神風の姉貴。 次からは先に司令官に報告するよ」

 

「うん、分かってるんだったらよし。 それじゃ、行ってらっしゃい」

 

私達を背に、つかつかと歩き出す松風――歩き方もなんかそれっぽいぞ。

 

「……あの子、今までも遅れて報告してたのよ。 だから、別段今日が珍しいわけじゃないんだよね」

 

「そうなの? じゃあもっと強く言わなきゃいけないんじゃ」

 

「うーん、でもうちの司令官って、今のも前のも凄く緩いじゃん? だからそんなに強く言う必要ないのかなって」

 

「だからってねぇ……」

 

「まあ、報告しなきゃいけない時はいの一番でやってるし、ちゃんとメリハリはつけてるから大丈夫よ」

 

「それなら気にしなくていいか」

 

ちゃんとメリハリをつけている人が多いこの鎮守府。

 

よくふざけているような人も、いざ海に立つとその姿を豹変させる。

 

今までのはなんだったのだろうかと、普通の人なら思うだろう。

 

かく言う私も、その一人である――と思うがね。

 

「……そうだ漣、今日一日私に付いて回って、どうだった?」

 

「うーん……神風の人気の秘訣がよーく分かったよ」

 

「またまた……お世辞言っても、何もあげないからね」

 

お世辞じゃなくて本気で言ってるんだがな。

 

「ネームシップとしての気配りだってできてたし、いつもとは違う一面が見れて良かったかな……と思うわ」

 

「あら、ならそれは是非継続しないと……なんたって、お姉ちゃん、だからね!」

 

本日何度目かの笑顔は、夕陽に晒されたせいかいつもより綺麗だった――たまにはこういうのも悪くない。

 

さて、今日は間宮さんのとこに――せっかくだからぼのたんに奢らせてもらおっと。




神風:第一駆逐隊所属。 勝気な性格をしているが、礼儀正しく、気配りが上手なことから多くの人から好かれており、特に地元の女性では彼女に憧れる声も少なくない。 本人的にはまだまだらしいが、そういった謙虚な姿勢も人気を後押ししているだろう。 しかし、水着などの露出度が高い服はNGらしく、姉妹からは残念がられることも。

漣:第七駆逐隊所属。 漫画、アニメ関係に強いインドア派だが、七駆で買い物に行くくらいは外にも出る。 曙をよく煽っており、その度に曙に追っかけられ、朧に叱られ、潮に心配してもらうという毎日を送っている。 海城のことを”ご主人様”と呼び、不知火との関係などをよく煽ったりしているが、本人的には、ちゃんとした会話をしたいらしい。

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