気がついたらマスク・ド・オウガになって鉄塔の森の中を突っ立っていた。どうしてこうなったのかは見当もついていない。
ベッドから起きたと思ったらこれなのだ。昨日のゴッドイーターでのエリックなりきりプレイが祟ってしまったのか。とにかく、俺がマスク・ド・オウガになってしまった心当たりはそれぐらいだ。
オウガテイルのマスクと胸の開いた赤い服。そして、よくわからない模様の刺繍と新型神機(オウガテイル一式)。腕輪は勿論ある。
俺は周囲の様子――特に空からオウガテイル――に気を付けながら、今後の事を考えた。
神機を持った状態でマスク・ド・オウガになった以上、この世界はゲームのゴッドイーターが舞台だと判断できよう。試しに頬をつねったが痛かったので、れっきとした現実である事も間違いない。出来れば、たまたま痛覚を感じる夢を見ているだけであってほしいけど。
こうして不覚にも神機使いとなってしまった訳だが、その際に問題が自然と浮上してくる。
問題その一、腕輪について。
うろ覚えなのだが、神機の制御云々で偏食因子を腕輪を介して定期的に投与しなければならない。それを怠ると……何だっけ? アラガミ化? してしまう。下手をすると「こんなアラガミ動物園にいられるか! 元の世界へ帰らせてもらう!」の前に人生を終えてしまう可能性があるのだ。
このエンディングは当然、生きる事を望む俺からしたらマズイ。今の自分は他人からしたら平然としているように見えるのかもしれないが、内心では物凄い不安と焦りと緊張で一杯になっている。心臓の拍動も上がってきていて、それでも必死に堪えているくらいだ。敵も味方もスピードハンティングされる世界だと承知しているから尚更である。冷静に努めないと死んじゃう。
そして腕輪に関連して、問題その二。神機使いの管理について。
これもゲームプレイしていればわかる事だが、腕輪には発信器が備えられているらしい。それが神機使いの行方を判断する一つの物差しとなり、実際にリンドウの腕輪を食べたディアウス・ピターの位置を把握できた例もある。アラガミの胃に消化されない腕輪って凄い。
ならば、俺の場合は? 神機使いに野良がいる訳ないし、フリーランスと自称しても通用する筈がない。
「バイトの神機使いぃ?」
「フリーランスの神機使いです」
……一瞬だけ会話を想像してみたが、やはり通用しなさそう。今頃はアナグラでヒバリさん辺りが発信をキャッチして疑問に思っているだろう。発信器は神機使い個人の特定も可能である。
つまり……。
一、フェンリルが知らない神機使いがそこにいる?
二、死んだ筈の神機使いがそこにいる?
これら二つの選択肢をアナグラの皆さんが思い付くのは自然の道理。機械の故障とかでやっぱりいませんでした、とかなら楽観的だが、万が一にでも捜索の手が入ったら色々と大変な事になるのは間違いない。
一の場合なら最悪、神機に関する情報漏洩とか、いる筈もない架空の組織が勝手に神機使いを産み出したとか、なんかとんでもない事情に飛躍しそうだ。受け入れはされても、まずはキツい尋問をされるのは明白だろう。
また、二の場合もかなりの癖者だ。
死んだ人間は甦らない。それが当たり前。況してやその人がアラガミ――特にオウガテイル――に食われる様子を見れば、もうその人は死んだのだと疑いようはない。ないんだよ……。
「ゴホン……さぁ、華麗なる伝説の幕開けだ」
試しに喋ってみれば……まんまエリックの声だよ、チクショウ!
エリック・デア=フォーゲルヴァイデ。鉄塔の森でプレイヤー全員にその死に様を見せた忘れられない人物。その人と服装と声が、マスク・ド・オウガとなった俺と全て共通しているのだ。鏡代わりにした水溜まりで仮面の下の顔顔も覗いて見たが、案の定だった。ヤバいね、これ。
問題その三。ほとんどエリックっぽい不審な神機使い、マスク・ド・オウガについて。
失われた生命は還ってこないが、ここまでエリックっぽさがあれば話は別になる。本人だと疑われる可能性があるのだ。まぁ、エリックなりきりプレイしていた人間がこうなっている時点で別人だけど。
そして、本人ではないとわかってしまえばどうなるか? レンのような神機の妖精的ポジションになるか、単なる不審な神機使いか、新種のアラガミ扱いされるかのだいたい三つだろう。
エリックとそっくりなのを利用して神機の妖精ポジションに入るのは不可能ではないかと思われる。リッカ曰く、エリックが遺した神機は回収されたそうだから、下手に同一人物アピールするよりは幾らかマシだ。
ただし、ネックなのはレンがプレイヤー以外の人に認識されなかった(?)存在だという点だ。この法則に則るのなら、まずは他人が俺の姿を認識できるかを確認しなければならない。その是非次第では色々と前提条件がひっくり返る。
不審な神機使い扱いされる件は、俺自身の存在の裏付けが取れない可能性があるから、それなりの覚悟を決めなければならない。特に背後の組織とか一切存在していないのに、捕まって監視されるパターンとか嫌すぎるし。
マスク・ド・オウガが新種のアラガミ判定を受けるのは……どうだろう? 例え俺がアラガミだとしても、自分以外にもマスク・ド・オウガが湧いて本能のままに暴れる姿は個人的にあまり見たくない。酷すぎる。
さて、ここまで考えてみたが、判断材料と情報が少なすぎて苦しい。時代もわからないと、本当に俺自身が未知の存在だと断じられてもおかしくなくなる。海沿いからエイジス島を望めば時系列は今よりはっきりとなるが、この鉄塔の森からではそれも見えない。
やはり、多くの情報を得るには人との接触は必要不可欠だ。人と会うなら……アナグラを目指せば良いのか? 場所は知らんけど。
こうして亀もびっくりな速さで歩いていると、ゲームで言う鉄塔の森の出発地点へと辿り着いた。ここまでアラガミとの遭遇がなかったのは唯一の救いだろう。あとは上に気を付けるだけだ。伊達にここはエリックの死亡現場付近ではない。
だってほら。見上げた側から飛び降りにちょうど良さそうな高い建造物があるし……、ん?
「Grururu……」
見上げてみると、横向きに走っている太いパイプの上で、オウガテイルがこちらをじっと見つめている様子が視界に入った。その虎視眈々としている様は、実に獲物を狩る直前のライオンのようであった。
あ、こっちに向かって飛び降りてきた。
「うおおおあああ!?」
瞬間、俺はオウガテイルの下敷きにならないよう、咄嗟に後ろへと飛び退いた。両手で持った神機は重荷にはなっておらず、素早くその場から下がる事ができた。
それから間髪入れず、前からドサリという音が鳴る。改めて視線を正面に向ければ、俺に対して威嚇ポーズを決めるオウガテイルの姿を捉えた。ゲーム的グラフィックではなくなっているだけあって、その悪鬼のような顔は本当に恐ろしくて生々しい。こんな事になるなら、怒り狂った像とタイマンする方がよっぽど楽とさえ思える。
「Gaoooooo!!」
「ゲームの世界に帰れぇぇ!!」
この後、(逃げながら)滅茶苦茶時間をかけてオウガテイルを倒した。オウガテイルを安定して倒せるようになれば一人前だと言われる理由に、しみじみ納得した瞬間だった。
それと同時に、ヴァジュラをソロで倒せば一人前と言われる極東のイカレ具合に戦慄した瞬間でもあった。
※
鉄塔の森から抜け出した先。人の気配を全く感じない廃墟群の中を、俺は不眠不休で歩いている。ビルによく見られるかじり跡や、土砂に引っ付いた鍾乳石のようなもの。どこもかしこも贖罪の街で見た事がある景色だ。
最初はオウガテイルとの鬼ごっこに始まり、途中からヴァジュラやコンゴウも混ざってきて己の死を予感した地獄道。それをようやく切り抜けた俺は意外にも全身筋肉痛にも睡魔にも襲われず、元気に大地を踏みしめていた。
こうしてマスク・ド・オウガになって早二日目。その日、とんでもない事実が判明した。
四次元ポケットよろしく、神機を自由に出し入れできるようになったのだ。その際には謎の空間が浮かび上がり、それはテスカトリポカのワープミサイルを彷彿させるものだった。
勿論、極東支部の猛者たちでもこんな人外染みた真似はできないだろう。しかし、リンドウやシオという例外がいるため、この神機収納は然程おかしくないと思われる。
テスカトリポカのワープミサイル。神機収納。アラガミ化。……あれ? もしかして俺って……。
「……いや、それはない。絶対ない、多分。妙に腹が空いたり、素人なのにかなり戦闘がこなせてたり、マスク・ド・オウガだったりするけどそれはない。……だったら、いいな……」
否定しきれないのが辛いところ。暗くなる気分を誤魔化すようにそう呟いたが、視線が遠くなるのを感じた。
仮に俺がアラガミだとして。ならば俺以外にもマスク・ド・オウガが複数湧いていなければおかしな話だ。(湧くとか悪夢すぎて考えたくない)
そもそも、一種類のアラガミにつき数は一体だけというのはほとんどあり得ない。黒ハンニバルやアルダ・ノーヴァでさえ、ストーリー以外のミッションに登場しているのだから。例外としては特異点のシオと、終末捕食のノヴァぐらいだ。
また、人としての理性と人格を持つほどの高尚なアラガミに、エリックなりきりプレイをしていただけの俺がなってしまう理由がない。それだと、よりにもよって何故マスク・ド・オウガになっているんだ、という話にもなるけど。
だが、レンという存在がいる以上、自身をアラガミと断ずるのは尚早だ。プレイヤーとリンドウ、アラガミ以外には最後まで認識されていなかったが、そうである以上はレンも自分の神機は文字通り自前な筈。リッカがレンの神機のメンテナンスをしていた事実でもあれば引っくり返る仮定だが、個人的には大いに信じたい。
アラガミとして極東支部の皆さんと対峙したくないです。対話が破綻したら、軽く十回は死ねる。
そうして希望と絶望を抱きながら道を進むと、気づけば巨大な河川の前に出た。河川はコンクリートでしっかり整備されていて、底もかなりの深そうだ。渡るなら橋が欲しいレベルである。
……橋?
「もしかして……愚者の空母?」
その瞬間、俺は川に沿って西へと走り出した。
愚者の空母。半壊した空母が橋の横から突っ込んでいる場所だ。そこから見えるエイジス島は実に絶景で、ゲーム中で訪れる時は常に夕方時であった。
夕陽の位置を覚えていた俺に隙はなく、迷わず走り続ける。その時の太陽の位置こそ、エイジス島が太平洋上にある事を明確に示す証拠だ。なまじ、日本が舞台となっている訳ではない。
そこまで行って海上の様子を確認すれば、少なくとも現在の時間帯が判明するというもの。シオが月に旅立った後であれば、俺も断然と行動しやすくなる。不審な野良の神機使いという理由で見敵必殺される確率もぐんと下がるだろう。主人公率いる第一部隊と接触できればの話だけど。
「おお……」
やがて、ボロボロの空母が橋の中央を貫いている光景が見えてきた。分割された橋は空母の両舷上部に重なる形になっていて、ミッションのスタート地点とは反対側からでも空母へと行ける。
ここまで来れば、後はエイジス島がどうなっているか確認するだけの簡単な作業だ。空母を近くで見たいのも兼ねて、俺はそのまま橋を直進した。
だがその時、盛り上がって出来た段差の向こうから、ノシノシという足音が聞こえた。それは昨日に随分お世話になった音であり、オウガテイルのものだと察した。
足音で相手がわかるほどまでアラガミ動物園に染まっている自分が嫌になってくるが、もはや悪態を付く場合ではない。どうしても邪魔になるのなら、神機を握って戦わなければならないのだ。スタングレネードなどは持ち合わせていないので、多少の直接戦闘は避けようがない。
また、昨日の時点で倒したオウガテイルの数は二桁を超えたのだ。戦うのは本当に今更である。
四次元空間から神機を取り出し、いつ敵に襲われてもいいように待ち構える。チキンプレイとは言わないでくれ。
息を殺し、相手が現れるのをじっと待つ。
ノシ……ノシ……ノシ……ノシッ。
小気味よいリズムの足音を立てながら、ついにアラガミが段差の上に登場してきた。
二足で立ち尽くすそのアラガミは、体毛のほとんどが水色で占められていた。毛先はオレンジに染まっており、二つの色を映えさせている。また、目らしきものは水色の毛で完全に覆い隠されていた。
筋肉質な黒い脚部は力強く、険しい道を楽々走破できそうな見た目だ。尻尾の裏から覗ける紫色は、多少の不気味さを醸し出している。
そのアラガミは、俺の知らない水色のオウガテイルであった――
「Gyao!?」
水色オウガテイル登場から間髪入れず、俺は急いで相手との間合いを詰めた。やけに強そうな雰囲気がするため、すぐに倒そうと思い至ったのだ。
反撃する暇も与えず、尾刀クロヅカを思いっきり横に振り抜く。ここまでが、昨日の内に培った実力の集大成だ。
たった一刀で斬り捨てられた水色オウガテイルは、肉片一つ残す事もなく瞬く間に霧散していった。足元に暗黒空間が広がり、死体はそこに溶けるようにして消滅する。
(……え? 死体消えるの早くない?)
水色オウガテイルのコア摘出すら許さない徹底ぶりに俺は困惑していると、不意に動かした視線の先にまたもや不思議なアラガミを目にした。
空母の滑走路に佇む一体のアラガミ。姿からして、それは明らかにシユウ属だ。ただし、俺の知っているシユウとは違ってソイツに武骨さはなく、さながら優雅な巨乳美女だった。カラーリングは水色オウガテイルとほとんど一緒である。
また、水色シユウの周囲には複数の水色オウガテイルが取り巻いている。その姿はまるで、主人を守る手下のようだ。
次の瞬間、俺は水色シユウと目があったような気がした。相手の顔の半分が毛で隠れているにも関わらずだ。こちらに顔をじっと向けている水色シユウに対し、俺は思わず視線を海の方へと泳がす。
それからドームが骨組みだけになっているエイジス島を見つけると、俺はすぐさまその場を反転した。熱い視線を送り続けてくる水色シユウは無視だ。アスファルトを全力で踏みつけて、一気に街中へ駆け出す。
「Syaooooo!!」
「イヤァァァ!! 知らないアラガミィィィ!!」
この後、結局逃げ切れなかったので水色シユウと滅茶苦茶戦った。まさか、二日目にしてダンシング・オウガの亜種を経験する羽目になるとは……。
※
ここは、フェンリル極東支部の支部長室。ふかふかの椅子に腰を降ろし、支部長としての仕事を全うしているペイラー・榊は、木製のテーブルを挟んで目の前に立つ女性から報告を受けていた。
その女性は、日々のアラガミ討伐の御膳立てをおこなう偵察班のリーダーである。名を高比良カンナという。背中に狼の模様が描かれた緑の制服を身に纏っていて、ホットパンツとニーソックスの間に覗ける健康的な太ももが眩しい。
「――報告は以上です。その直後に赤乱雲を確認したため、その神機使いとは接触せず即座に撤収しました」
カンナが一通りの報告を終えると、榊は神妙深い表情で何度も報告内容を反芻していた。テーブルの上に散らばる書類の整理もせず、ただ思考するばかりだ。
そして、カンナの報告が終わって数秒後に、榊は改めて彼女に質問を投げる。
「そうか……。ちなみに顔までは本当にわからなかったんだね?」
「はい。オウガテイルを模した仮面を被っていて、感応種の偏食場に巻き込まれない遠距離からでは口元しか見えませんでした」
「ふむ……」
感応種のアラガミの近くでは、通常の神機は無力化される。できればその人物と接触してほしかったと榊は思ったが、その時の状況からして明らかに無理があった。核心へと至るまでの情報が足りない事にモヤモヤしつつも、思考を纏めるために黙り込む。
その時、テーブルの端にある端末機器のディスプレイに映された“ある人物”は、カンナから告げられた謎の神機使いと特徴の半分以上が合致していた。胸を大きく開いた赤い服に、露出した上半身に見られる独特な刺繍。使用神機こそ違えど、それとマスク以外はほとんど“ある人物”と同じだ。
ちなみに、偵察班が愚者の空母付近で謎の神機使いを発見したのは偶然である。
昨日にも、数年以上前に戦死した筈の神機使いのビーコンがキャッチされたが、その後すぐに反応が消失してしまったので一度は機器の故障だと処理された。しかし、昨日と立て続けに同一の反応がキャッチされ、近くにいたカンナたち偵察班に白羽の矢が立った訳だ。
そして、結果は全て報告された通りだった。現場付近に立ち寄った神機使いは全員、シユウ属感応種のイェン・ツィーと戦う仮面の男の姿を目にした。
本来なら現行の神機使いが感応種に太刀打ちできる術はなく、感応種が発する強力な偏食場に対抗できる第三世代型神機使い――ブラッドのメンバーのみが現状、感応種と対峙する事を許されている。だが、仮面の男が使っていた神機は第二世代で、腕輪のカラーリングも黒ではなく赤だった。
そうなると辻褄が色々と合わなくなる。現時点で感応種の相手はブラッドでなければならないのに、どうして仮面の男は対抗できたのだろうか。第三世代の神機使いは少数のブラッドに留まり、彼らは移動拠点であるフライアを中心に活動している。現在、極東支部とは完璧に別行動なのだ。
感応種と戦える人間が、フライアから遠く離れて一人でノコノコと愚者の空母までやって来る理由がない。あまりにも不自然すぎるため、榊は仮面の男がブラッド所属という線を切り捨てた。
だが、それでは仮面の男が感応種と戦える所以がわからない。それで榊が次に目につけるのは、参考となる“前例”だ。
「カンナ君。死んだ筈の人間が自分の目の前に現れてきたら、君はどう思うかね? 特に、死んだ瞬間をしっかり目撃している場合」
「え?」
意図が不明な質問にカンナは即答する事なく、僅かに首を傾げた。眉も少しだけひそめて、目の前に座る博士にとっての正答を導き出そうとする。
それを見かねた榊は、すぐさま訂正を入れた。
「ああ、難しく考えなくていいよ。私もおかしな質問をしている自覚はある。今回のケースはリンドウくんの時とも違うようだしね」
笑いながらそう告げた榊に、カンナは思わずきょとんとした。そして、しばらく間を置いてから榊の質問にようやく答える。
「……普通、死んだ人間は生き返りません。アラガミもそれは同じです」
「うん。狭義の意味では、アラガミもコアを抜かれればそのまま死んでしまう。人間の場合は尚更だ。本来なら、その死んだ瞬間を目撃された――遺体すら残らなかった神機使いが、数年の時を経て復活だなんてありはしない。だけどね、私は過去に何度も奇跡を目の当たりにした事もあって、そんな荒唐無稽な出来事を簡単に否定できないんだ」
ここで榊の言う奇跡とは、全て極東支部第一部隊の周辺で起きた出来事だ。当然、そのほとんどが偵察班であるカンナの預かり知らぬところである。
しかし、雨宮リンドウの復帰についてはカンナも知っている。腕輪を無くしたにも関わらず、奇跡的にもアラガミ化の進行が右腕だけに収まった人物だ。ただし、どうしてアラガミ化が途中で止まっているかに関して、それ以上の事は何も知らない。
それでも何となく理解しようとカンナが努めている傍ら、榊は再び自分の世界に戻ってしまった。彼からしてみれば、今回のケースは実に興味深いものなのだ。
「それにしても、感応種の撃破か……。これも普通なら考えられないのだが……あ、話が長くなってしまったね。ありがとう、もう下がってくれていいよ」
「失礼しました」
こうして退室の許可を得ると、カンナはそそくさに礼儀よく支部長室から出ていった。
「今のところ一番有力なのは、神機の精神体……。後で彼の神機を確認してみるか」
端末のディスプレイを覗き込む榊の目には、次の名前が映っていた。
――エリック・デア=フォーゲルヴァイデ――
※
※
人々はまだ知らない。この世界に、仮面を着けた一人の戦士が舞い降りた事を。
頭を丸ごと覆う白い鬼の面に、黒のニッカポッカ。特徴的な赤い上着に惜しげもなく見せる胸と、そこに描かれた黒の刺繍。彼を一度でも見れば、誰もがそのインパクトを目に焼き写されるに違いない。
極東を訪れた戦士はやがて多くの人とふれあい、助け合い、遂には世界をも救うだろう。八百万の神の名を手にした怪物の中でも一番の個体数を誇る化け物、オウガテイルを模した神機を片手に。
「マスク・ド・オウガ、華麗に参上……(臆病な自分に勇気を与える呪文)」
「…お兄…ちゃん?」
悪逆非道のアラガミを狩るその後ろ姿は、ある少女に亡くなった自分の兄を彷彿させ――
「お前、何者だ?」
「僕は――あ、僕って言っちゃった。……俺はマスク・ド・オウガだ。それ以上でもそれ以下でもない」
時には、自分と親しくなろうとした者を救えなかった事を悔やむ青年に、ノコギリの如き刃を向けられる。
「君は、何故俺が仮面を被っているかわかるか?」
「ああ、わかるぞ。我が盟友、エリックよ。死して尚――」
「違うっ!! マスク・ド・オウガだ……!!」
さらには、ドイツから北極星の名を冠する相棒とともやって来た青年に、懇意にされたりもするだろう。
だが、戦士の身の回りに起きる出来事は、その程度は済まされない。
「見ろ! 遂に私たちの祈りがオウガテイルに届き、こうして人の姿を模して救いにやって来られたのだ!!」
「「神ぃぃー!!」」
「人違いです」
戦士の活躍は小さなものには留まらず、オウガテイルを崇めるカルト教団の人心すら救うだろう。
闇の眷族に世界を支配され、今まで信じてきた神にも見捨てられ、それでもまだ神を信じ続ける多くの人々。その中でも、フェンリルの保護を受けられなかった者たちの一部は、心の依り代をやがてアラガミへと移していった。
救いを望めずに狂ってしまった信者はアラガミを崇め、それを狩る神機使いたちを忌避する。しかし、戦士の存在が彼らを変える唯一のカギとなる――
「くそっ……! どいつもこいつも、どうして僕たちの素顔を見ようとするんだ! あ、また僕って言っちゃった」
「ーー」
「キグルミさん? 囮だなんて貴方、正気ですか!?」
「ーー!」
「でも、正体を知られたくないのは貴方だって同じな筈!」
「ーー。ーー!」
「キグルミさああぁぁぁん!!」
そして、自分の心を開ける唯一無二の存在とかけがえのない出会いを果たすだろう。友の犠牲に彼は涙を流し、その遺志を懸命に背負って前へ進もうとする。
「ま、不味い! エリックとしてでもマスク・ド・オウガとしてでも外堀を埋められつつある……! これじゃ、元の世界に帰るどころじゃない ……う、うわあああぁぁぁ!!」
戦士も人間の枠を超えない以上、時には苦悩に襲われる事もある。自分の知らない、もう一人の赤い戦士の記憶を持っていれば尚更だ。
悩み、落ち込み、塞ぎ込む。それでも最終的に、彼はその二本の足で堂々と立ち上がる。戦いの最中に得た新たな相棒と一緒に。
「フライアに突っ込むぞ、ライドテイル!! (もう元の世界に戻るには終末捕食に賭けるしかない……)」
「Gaoooo!!」
かくして、マスク・ド・オウガの華麗なる伝説は始まりを告げた。
偵察班、ゲームの方だと割とアバウトな感じだったのでオリジナルキャラクターです。仕方ないね。