世にも奇妙なマスク・ド・オウガ   作:erif tellab

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第一部、完


エリックと呼ばれるマスク・ド・オウガ

 綺麗に澄み渡る大きな川が廃墟郡の中を横断する、黎明の亡都にて。今回の第一部隊の任務は、本来ならヴァジュラ、ヤクシャ・ラージャそれぞれ一体ずつの討伐だった。

  事前の偵察班からの報告により、他の敵影はなし、地下にオラクル反応なしと、二体を同時に相手取るには好都合な環境が完成されていた。それでも慎重に慎重を重ねて、ヤクシャ・ラージャから最初に各個撃破していく事になった。

  そして、無事にヤクシャ・ラージャを倒したところまでは良かった。突如として作戦エリア外より、別のヤクシャの群れが乱入して来たのである。作戦エリア侵入時点での数は、群れの中心核と思われるヤクシャ・ラージャも含めて十体。その上、第一部隊を広く薄く包囲するようにして登場してきた。

  しかし、近年進歩した通信技術のおかげで、コウタたちからでもアラガミの位置が把握できている。達成難易度は上がってしまったが、包囲を一度突破すれば任務遂行に支障はきたさない。それから、再び各個撃破に持ち込めば良いだけの話なのだから。

 

 ――真のゴッドイーターは、乱入してきた討伐対象外のアラガミもついでに全て倒す。その勢いで、追い掛けてくる鬼ハンニバルすら返り討ちにする――

 

「エリナ、エミール、一度後退! いいか、退却と後退は違うからな!! 特にエミール!」

 

「それは存じて上げているさ、コウタ隊長!」

 

「了解!」

 

  神機を構えたコウタは引き撃ちしながら、二体のヤクシャと相対するエリナとエミールに指示を飛ばす。そうして三人は、廃ビル群が織り成す狭い路地裏をどんどん駆け抜けて行った。どんどん合流して来るヤクシャを置き去りにして。

  ヤクシャと聴覚が非常に優れているため、堅実な各個撃破を成し遂げるには速攻を決めなければならない。僅かな戦闘音でも聞き付けられれば、続々と現場にやって来てしまう。ヤクシャ・ラージャも王の名を冠するだけあって、聴覚はヤクシャと同等以上である。

  だが、相手が極東出身特有の強固なアラガミでは、どんなに頑張ってもコウタたち三人だけでは撃破速度に限界がある。エミールの神機は破砕一筋のブーストハンマーに、エリナの神機は貫通オンリーのチャージスピアだ。斬撃を与えた方が手っ取り早く倒せるアラガミには、とてもではないが相性が良くない。

  一方、コウタは旧型神機のアサルト使いだ。攻撃力、弾幕、射撃精度は共に安定度が申し分ない。しかし、ほんの少しの銃撃だけでアラガミが倒せるなら、人類はとっくに自然の支配層の頂点に帰り咲いている。いくらオラクルの自動回復が搭載されているとは言え、部隊全体の火力を主に担うのは無理があった。

  また、増援のヤクシャの過半数を撃破したところで、各個撃破戦法は瓦解した。戦闘中に敵の包囲網が狭まり、結果的に纏めて相手せざるを得なくなったのだ。ヒバリの必死のオペレートも空しく、とことん後退を繰り返した彼らは建物のない開けた場所で、遂にヴァジュラとヤクシャ・ラージャの二体に遭遇してしまう。

 

「俺とエミールが前に出る。エリナはバックアップ!」

 

「いや、私も戦えます!!」

 

「無茶はすんな! あと少し待てば援軍が来る!」

 

  コウタの厳しい言いつけに、エリナは密かに唇を噛み締める。

  確かに、ヤクシャをひたすら静かに狩る途中で救援要請は出した。入隊したてのエリナに大型アラガミとの連続戦闘は荷が重く、エミールも実力はあくまで及第点レベルだからだ。そこまでして生存率を上げようとするのは何ら不思議な事ではない。

  ところが、バックアップと指示された事で、ただでさえ今は繊細になりすぎているエリナの心を、激しく刺激してしまった。

 

「コウタ隊長こそ、無茶しないでください!」

 

「おい!?」

 

  エリナはコウタの制止を聞かずに、ヴァジュラとヤクシャ・ラージャに向けて突っ走る。神機は最初から近接形態で、本人に大人しくするつもりなど毛頭なかった。

  まさかの命令違反。第一部隊隊長就任以降初めての出来事に、コウタは大きな衝撃を受けた。

 

「エリナは僕に任せてくれ。コウタ隊長は援護を!」

 

「わかった!!」

 

  すかさずやって来たエミールの言葉のおかげで、コウタはいち早く気持ちを取り直す。そして、ヴァジュラとヤクシャ・ラージャの間で上手に立ち回るエリナを見ながら、照準を正面のアラガミたちに向けた。

 

「エリナが命令無視……どうなってるんだ?」

 

  エリナの予想外な行動に訝しみつつも、目標にオラクル弾を次々と撃っていく。自身の顔に飛んできた弾丸に二体が僅かに怯んでいる隙に、エミールがエリナの背中を守りに入った。

  今までは反発こそあれど、そんな時でも自分の命令は渋々了承してくれた。そのエリナが命令無視をするのは、余程の事がない限りは起き得ないと断言できる。

  ならば、自分の指示の手落ちが原因か? 第二世代の神機使いが二人もいるのに、旧型のアサルト使いである自分が前衛を張ろうとしたのだからあり得なくはない。だが、それは全員の積んでいる経験値を考慮してのものだ。特にヴァジュラの討伐は、数えるのも面倒くさいほどの回数をこなしている。今回のような逆境は日常茶飯事だ。

  一体、エリナに何があった? そんな疑問を解決するために思考を数瞬だけ巡らせた後、コウタは改めて目の前の事に集中した。マスク・ド・オウガの姿が脳裏をよぎったが、答えは結局わからず終いだった。

 

 ※

 

  マスク・ド・オウガに「エリックは死んだ」と言われた時、エリナは訳がわからなくなった。それこそ、涙を一気に溢してしまうほどに。

  エリックはあなたではないのか。仮面の下の顔は、自分の名前を呼んでくれた時の言葉の調子は一体何だったのか。あれで兄ではないと言うのなら誰なんだ。

  エリックが生き返った、なんて事は十分に信じられるものではないと承知していたが、それでも彼が兄ではないと信じたくなかった。その上、所詮はただの自分勝手でしかない事を自覚し、更に自己嫌悪に落ちていく。

  いい加減、現実を見なければ。前に進まなければ。マスク・ド・オウガの言う通り、エリックは三年前に命を落とした。自分が見た彼の素顔は、きっと外見が同じなだけだ。マスク・ド・オウガと別れた後は、とにかくそう思い込んだ。

  そして、訓練とアラガミとの戦いに打ち込む度に、マスク・ド・オウガの存在を頭の中から消す事ができた。むしろ、何かに集中していなければ、マスク・ド・オウガを思い出して否応なしに苦しんでしまう。

  チャージスピアを一生懸命振り回し、ヴァジュラとヤクシャ・ラージャにヒット&アウェイを繰り返していく。エミールが自身の近くにやって来た事、コウタが援護射撃を飛ばしてきた事など把握できる程度に冷静さは残されていたが、連携を半ば無視してアラガミに果敢に攻めていくのは、最早八つ当たりに等しかった。

  元を辿れば、エリックが死んだのはアラガミのせい。すると、途端に恨みと憎しみが絶えず生まれてくる。エリックの命を奪ったアラガミを許せなくなる。この瞬間は、もうマスク・ド・オウガの事は綺麗さっぱり忘れていた。

 

「このっ……!?」

 

  チャージスピアの突きを繰り出す途中、目の前のヤクシャ・ラージャが鉤爪を高く上げる仕草を見たので、エリナは素早くその場から離れた。

  直後、握りしめられた鉤爪を地面に思い切り叩きつけたヤクシャ・ラージャは、間髪入れずに右腕の銃口から光弾を天へと放った。連射された光弾は合計三つで、ある程度飛んだところで瞬時に光柱に変貌していく。

  光柱はヤクシャ・ラージャを閉じ込めるようにして降臨した。それは敵へ攻撃すると同時に、敵接近を阻止するバリアフィールドも兼ねる。だが、当のエリナは既にヤクシャ・ラージャの攻撃範囲内から離脱していた。

  乱戦のために一体一体に固執せず、流動的に戦う相手を変えていく。エリナの次の狙いはヴァジュラだ。

  ヴァジュラの方はエミールが必死にふんばり、ようやく食い止めている。コウタの射線も気にしながら、ヴァジュラの側面を突く。

 

「今だ!」

 

  相手の右フック後の隙を狙って、チャージグライドを使う。装甲で防御し、大きく後ずさるエミールの姿を視界の端で納めながら、勢い良く滑空を始めた。

 

「Gau!!」

 

「あっ!?」

 

  しかし、展開されたチャージスピアの先端が脇腹に刺さる寸で、ヴァジュラに後ろへと跳躍された。渾身の一撃が空振り、大きく宙返りをしながら綺麗に着地を果たすヴァジュラをエリナは睨みつける。

 

「エリナ、後ろだ!!」

 

  その時、コウタの叫び声が上がった。エリナは思わず振り向いてみると、右の鉤爪を地面に立てながら自分に突進してくるヤクシャ・ラージャを見つけた。

  防御、回避――否、反撃しなければ。

  そうして、ヤクシャ・ラージャとすれ違い様に攻撃を加えようかと画策したところ、ふとエミールの勇ましい掛け声を耳にした。

 

「チェストォォォ!!」

 

  ジェット機の如く華麗に突進しながら、エミールはヤクシャ・ラージャの脚部を強く殴打する。エミールが扱うハンマーの裏側にあるノズルには、幾条の炎が揺らめいていた。

  ブーストハンマーの機構の一種、ブーストドライブ。一気に吹かしたノズルで地上を高速でスラスター移動し、ベーゴマのように回転しながら遠心力を活かして対象を横殴りにする技だ。使用と同時にブーストハンマーが急加速するじゃじゃ馬と化するため、使い勝手は悪い。だが、一度決まればアラガミに大きなダメージを与える事ができる。

  ブーストドライブの直撃を受けたヤクシャ・ラージャは、成す術もなく地面へおもむろにダウンした。突進していた勢いが余り、ズザザと音を立てながらうつ伏せの状態で滑り込む。

  これはトドメを決めるチャンスだ。エミールの活躍を目の辺りにしたエリナは、いつも以上に対抗心を燃やしながらチャージグライドを再度使おうとする。無防備な姿を晒すヤクシャ・ラージャに対して。

  だが、この事で満身創痍の敵に注意を向けすぎてしまった。

 

「っ! ヴァジュラが来るぞ!! 避け――ガード!!」

 

  コウタの注意喚起が飛び出し、エリナはヴァジュラがいた方向に顔を動かして目を見開く。ヴァジュラもヤクシャ・ラージャと同じようにして、形振り構わず自分に突進を仕掛けてきた。

  コウタの神機から放たれた大量のオラクル弾がヴァジュラに降り注ぐが、今度は全く怯みもせずに大地を駆ける。その屈強な獣の四肢のおかげで、エリナとの距離がぐんぐん縮まる。

  ステップして回避するのはダメだ、間に合わない。悠長にその場でチャージグライドの準備をしていたせいだ。ヴァジュラのスピードと突進の追尾性を考えれば、大人しくバックラーを開いて防御するのがベターだ。

  しかし、装甲展開前にチャージグライドの予備動作を入れているので、防御に成功するかもわからない。突進の備えを急いで利かさなければ、受ける衝撃を逸らせずモロに受けてしまう。インドゾウ顔負けの巨体を誇る獣神が、トラック並の速度と質量を以て襲い掛かってくるのだ。防御の有無を問わずに吹き飛ばされるのは必然である。

 

「エリナ!!」

 

  エミールの心配な声が木霊する。エリナの神機は装甲の展開最中であるが、肝心のヴァジュラは目前まで迫っていた。

  間に合え、間に合え……! 心と身体でとことん急ぎ、かと言って焦らず慎重に防御を整えていく。

  すると、エリナの耳に入ってくる周りの音が急に小さくなった。それは難聴と言ったものではなく、むしろ色々な音が簡単に判別できるぐらいにクリアだ。目の前に映るヴァジュラの挙動も、心無しか遅く感じる。

  そして、戦闘中には気にも留めなかったヘリコプターのプロペラ音を改めて確認した。プロペラ音はあっという間に上空を通過し、遠退いていく。

 

「Gua――!!」

 

  刹那、空から突然降ってきた赤い影が、両手に持った鬼の如き白い長刀でヴァジュラの脳天を貫いた。ヴァジュラは悲鳴を最後まで上げる暇もなく、一瞬にして息絶える。

  かくして、ヴァジュラの行動は彼の横槍によって見事に阻止された。ヴァジュラの上に立っていた彼は神機を引き抜きながらその場を飛び退き、ヴァジュラが崩れ落ちると共に地面へ華麗に舞い降りる。

  それを見たエリナは、彼が身につけているオウガテイルを模した白い仮面と肩掛けに注視する。

  せっかく忘れていたのに、必死に忘れようとしていたのに。のうのうと自分の前に現れてきた彼に、何だか怒りが込み上げてきた。

 

「マスク・ド・オウガ、華麗に参上……」

 

  だが、その呟きを聞いた次の瞬間には、どんどん自分の怒りが沈静化していく。その代わりに、助けを望んでもいないのに嬉しいという思いが生まれてきた。

  それも全て、マスク・ド・オウガが披露した華麗なスピードハンティングと、彼自身が発した声のせいだ。

 

「お兄……ちゃん……?」

 

  気がつけば、エリナはマスク・ド・オウガを兄と呼んでしまった。ヴァジュラを一撃で仕留めた姿はまさしく、エリックが昔の自分に語ってくれた「極東のナンバーワン神機使い」そのものだったからだ。

 

『キグルミさん、マスク・ド・オウガさんの位置情報を確認。第一部隊、確認できますか?』

 

「ああ! 二人とも、空からやって来た!」

 

  ヒバリからの通信にコウタが答える。エリナは辺りを見回せば、マスク・ド・オウガ以外にもキグルミが来ているのを見つけた。

  ヤクシャ・ラージャの方はエミールがブーストインパクトを叩き込み、追い撃ちとしてキグルミがショットガンを零距離で放つ。間を置かない二連撃を受けたヤクシャ・ラージャは、たちまち力尽きていった。

  戦闘が一段落つき、マスク・ド・オウガがエリナに声を掛けてくる。

 

「エリナ、大丈夫――」

 

「私をまやかさないでっ!!」

 

  エリナに言葉を遮られる勢いで拒絶され、マスク・ド・オウガは思わず動きを止める。

 

「エリナ、彼はマスク・ド・オウガだ! エリックではない!」

 

「もう知ってる!」

 

  エミールに言われるまでもなく、エリナはとっくに理解していた。だが、理解はしていても納得まではしていない。

  どうしても、マスク・ド・オウガに兄の影が重なるのだ。本人が別人だと明言していても、自分がそれを良しとしない。既にマスク・ド・オウガが兄ではないと、自分で認めているにも関わらず。

  心の底では、エリックの事をまだ信じていたい。そんな淡く儚い望みが、現実と夢の境界線を蝕んでいる。根拠もない事にすがろうとしている。愚かなのは承知の上だ。ただ、完全に諦めてしまうと、期待に裏切られるよりも悲しみに深く沈んでしまう予感さえしていた。

 

「「Uoooooo!!」」

 

  遠くの方から突如として、複数の雄叫びが響いてくる。エリナたちがそこを見てみれば、廃墟の奥から一斉に駆けてくるヤクシャの群れがあった。

  エリナとマスク・ド・オウガの事が気になるコウタ、エミール、キグルミの三人は取り敢えず、ヤクシャの群れに向き直る。その一方で、エリナはマスク・ド・オウガに捲し立てていた。

 

「どうして? どうして私を助けるの!? 今回も、あの時も!!」

 

  前回はどうにもならなかったが、今回は助けられなくとも何とかする自信があった。危険だった事に変わりはないが、そんなものはアラガミを狩る全ての神機使いにとって避けられない事だ。どうこう言うのは今更すぎる。

  それでも、危険を取り除く行為に文句を言うつもりはエリナにない。お互いに支え合おうとするのは、生存率を上げていくために必要だ。

  しかし、マスク・ド・オウガにだけは、二度も助けてもらうのは御免だった。そうされると容姿と声が相まって、彼をエリックだと呼んでしまいたくなる。いつまで経っても、過去との区切りがつけていられない。

 

「エリナ、受け取ってくれ」

 

  ところが、そんなエリナの質問にマスク・ド・オウガは答えず、代わりに変形させた神機の銃口を彼女に向ける。予想外な返答にエリナはぎょっと身を縮めてしまうが、放たれるのは凶弾ではない事は容易に思いついた。

  次の瞬間には、白く輝く光弾が三つ発射されていた。光弾はエリナの身体に纏っていき、神機解放の光を迸らせる。最大レベルまで上昇したリンクバーストだ。

  その脇では、キグルミもせっせとコウタとエミールにアラガミバレットを渡し、二人よバーストレベルを最大まで引き上げる。エリナが見ていないところで、ヤクシャの群れを撃滅する準備は出来上がっていた。

  エリナは戸惑いながら、マスク・ド・オウガと目を見遣る。仮面のせいで素顔は見えないが、視界確保のために開かれた穴から少しだけ、彼の瞳を覗けた。

 

 ――一緒に戦おう――

 

  その時、マスク・ド・オウガとできた気がした。今優先すべき行動は嫌でもわかっているので、渋々とチャージスピアを構え直す。

 

「っ……うおおぉぉぉ!!」

 

  この後、ヤクシャの群れは五人の神機使いによって文字通り蹴散らされた。

 

 ※

 

『周囲にアラガミの反応はありません。皆さん、ご無事で何よりです』

 

  ヤクシャの群れを殲滅し、ヒバリさんからの連絡が入ってくる。お代わりのアラガミが来ない事に俺は安堵した。

  迎えのヘリが来るまで時間が少し残っているので、しばらく現地で物資回収などの暇潰しをする事になった。ただ、他の人にとって物資回収はあくまで建前に過ぎないようで、何故かエリナと二人きりで話せる場を設けられた。コウタたち三人は、俺たちから少し離れたところの岩陰に集合している。

 

  コウタたちは大変なものを置いていきました。それは、この気まずい雰囲気です。

 

  これが彼らの親切心から来ているのはわかっている。実際に三人は、岩陰の方でこちらをじっと見守っている。エミールが堂々と仲介してこないのが不思議なくらいに。

  ……いや、違った。コウタとキグルミさんにエミールが抑えられていただけだった。エミール、君の心遣いはありがたいが少し自重してくれ。君の勢いに巻き込まれてしまうと、どんな真面目な話もある意味で真面目ではなくなる。

  一方のエリナは、神機を肩に担ぎながら目の前の川を眺めるだけで何も語らない。当の俺も、先程の拒絶のせいでエリナに話し掛け辛い。

  まやかさないで。そう言われた時、俺は自然と言葉の意味に納得してしまった。確かに、過去の人間と同じ姿をした者がチョロチョロと現れてしまえば、その人の知人はものの見事に惑わされてしまうだろう。それが自分の兄なら尚更だ。

  思い返してみれば、俺はエリナにしっかり謝っていなかったと思う。問答無用で突き放していただけだ。相手に納得してもらわないままで、どうして何とかなるなんて楽観視していたのだろうか。見通しと詰めが甘い。

  穏やかに川が流れる音を聞きながら、俺はようやく話を切り出した。

 

「……時々、俺が本当に誰なのか、わからなくなるんだ。なまじ、エリックの記憶と身体を持っているせいで」

 

  すると、ハッとするようにエリナは俺に顔を向けた。今回は深くまで教える気はないが、この手の事を教えるのはこれで三人目だ。通信機のスイッチはあらかじめ切っている。

 

「だから、さっきはエリックに引っ張られたと思う。君の姿を見つけた瞬間から、自分の意志とエリックの意志がごちゃ混ぜになって、何も考えない方が楽なくらいに苦しかった」

 

  そのせいもあってか、エリナに拒絶された時は思いがけず茫然としてしまった。しかも、何とも形容し難い悲しみに襲われるオマケ付きで。

  やはり、俺自身もエリックに随分と影響されているらしい。まだ出会って間もない他人に嫌われても、余程の事がない限りは普通に仕方ないと受け入れられる自信があるのに、敢えなくショックを受けた。

  身体の状態は意外と深刻である。このまま俺がエリックに染まってしまえば、どんな華麗な超戦士が生まれるか見当もつかない。

  ただ、それでも俺の自我が今も確立できているのは間違いない。そうでなければ、エリックの記憶が甦る以前の数々の出来事に一々悩んでいる筈はない。そこに華麗らしさがない時点で、全てがエリックに染まっていないと断言できる。

  オウガテイル教の信者たちを守りたいと思った。だが、当時の自分では手に負えないと決めて逃げた。黒金魚と離れたくないと願った。だが、俺には戻るべき場所があるので無理やり別れた。

  そして、今回はどうだ? 最初から最後までエリックに支配されていたか? いいや、違う。途中までは明らかに自分の意志で行動していた。少なくとも、最初に救援要請を受けた時は――

 

「だけど、エリックの意志を抜きにしても、君を助けたかったのは……皆を助けたかったのは本心だ」

 

「本心? エリックでも何でもない、偽物で他人のあなたが言うの?」

 

「ああ。知ったんだ。君はエリックに随分と愛されていたんだって。やり残した事がたくさんあるのに任務で命を落として、どれだけ無念なんだろうかって。せめてエリナだけでも守ってやらないと、彼が安心して眠れないだろうって思った……」

 

  ようやく喋ってくれたエリナに、俺は間を置かずに話を続ける。少し辛辣な気がしなくもないが、それは置いておく。

  はっきり言って、俺は記憶を見た事でエリックにすっかり感情移入している。そのせいで、エリナを思う気持ちはエリック並みだと言っても過言ではないだろう。出会って数日の人間が抱ける感情ではない。

  しかし、俺が俺である以上は、そのままエリックの遺志を継ぐ訳には行かない。その役割は既にエミールに任せてある。

 

「ごめん。僕は結局、君を困らせるだけみたいだ。エリック・デア=フォーゲルヴァイデじゃなくて……ごめん」

 

  俺はエリナに向かって、頭を深く下げる。一方的に離れても彼女が傷つくならいっその事、納得するまで話して謝るべき。そう判断した次第だ。

 

「……ずるいよ」

 

  エリナにそう言われて、不意に彼女の顔を窺おうとしてしまう。俺のしている事はある種の逃げにも捉えられるので、ぐうの音も出ない。

 

「そうやって謝れば済むと思ってる。私の気も知らないで、自分勝手に言って」

 

  あっさり解決するとは思っていない。俺はすかさず言葉を返そうとすると、重い何かがドシリと地面に落ちる低い音が辺りに響いた。

  そして、ついつい顔を上げた次の瞬間には、エリナが俺の胸の中に飛び込んできた。彼女の神機は地面に放置されており、何だか哀感が漂う。

 

「嫌だよ……お兄ちゃんじゃなきゃ嫌だよぉ……」

 

  エリナから嗚咽の声が漏れる。顔は伏せているので、流しているであろう涙は見えない。そうして、ひたすら俺の身体を強く抱き締めるばかりだ。

 

「ごめん……ごめんな、エリナ……」

 

  エリナの我が儘とも拒絶とも取れる言葉に戸惑いを覚えながら、俺は片手に持った神機を地面に刺して、彼女の背中を優しく擦った。一秒でも早く涙が止まるように……。

 

 

 ※

 

 

 あの後、俺とエリナの間に会話はなかった。帰投用のヘリの中は重苦しい雰囲気に包まれ、泣き止んだ後のエリナを励まそうとしたコウタ、エミール、キグルミさんの三人が、ものの見事に素っ気なく対応されて撃沈したのが記憶に新しい。

  その次には俺に話が飛び火してきたが、エリナがいる手前は必要最低限までしか語れなかった。幸い、エミールは空気を読んでくれたので、うっかり自身の知る全てを話すような真似はしなかった。流石はエリックの終生の好敵手であり盟友だ。

  そして、第一部隊を助けた翌日。エントランスにあるターミナルで合成可能な強化パーツの一覧を眺めていると、俺の後ろから彼女はやって来た。

 

「エリック、何してるの?」

 

  俺をエリックと呼んだ少女は、ひょっこりと横から画面を覗き込む。画面には、素材不足のために製作不可能なパーツばかりが縦に並んでいるだけである。

  ……何の因果か、エリナにやたら懐かれているようだ。昨日の今日でどうしてこうなった。今まで苦悩していたにしては、あっさりしすぎな気がする。

 

「エリナ、悪いけどぼく……俺は――」

 

「ううん、大丈夫! 私、もう気にしてないから! ちょっと悲しいけど、気持ちの整理はついた」

 

  そう言ってエリナは、しおらしい様子を見せながら微笑む。さながら、ようやく立ち直った感じだ。ただ、笑顔の空虚感が少しだけ否めなかった。

  エリナが過去と決別するに当たって、マスク・ド・オウガの存在が余計なのは承知している。しかし、相変わらずエリック呼びなのは一体?

 

「ただ、マスク・ド・オウガって何度も呼ぶの恥ずかしいし、本名もわからないから取り敢えず、エリックって呼ぶね。フォーゲルヴァイデは関係ない、ただのエリック。それならいいでしょ?」

 

  すると、エリナは一切の気後れをする事なく、きっぱりとそう告げた。締めに小首を傾げる様が本当に可愛い。

  ……エリナの華麗ぶりはさておき、それは単に君が俺をエリックと呼びたいだけの口実ではなかろうか。マスク・ド・オウガの名以外を教えていないから他に呼びようがないのはわかるが、どうも疑ってしまう。

  呼ぶ本人がしっかり区別がついていれば問題ないのかもしれない。しかし、エリックに何度も引き込まれた俺からすれば、あまり気分的によろしくない。さっきは危うく、僕と言いかけたし。

そうは言っても、マスク・ド・オウガ以外の名前が思い付けないのがネックなのだが。直球で日本名を告げるのは確実に不味いだろう。エリックの顔でそれは違和感しかない。

  それにしても、マスク・ド・オウガと何度も呼ぶのは恥ずかしい、か。実際はどうなんだろう。今まで深く考えた事がなかった。

  マスク・ド・オウガ、マスク・ド・オウガ、マスク・ド・オウガ……恥ずかしいだけでなくて連呼しにくいぞ、これ。あれ? エリナの言う事もあながち間違っていない……?

 

「ま、まぁ……それなら問題はないの、か?」

 

「うん。これからもよろしくね、エリック!」

 

  その時のエリナの笑顔は、太陽のように眩しかった。極東支部の帰属を選ばずに、元の世界へ帰ろうとする俺にはもったいないぐらいに。

 

 




ある日、思い付いたネタ

「あらがみフレンズ」

取り敢えず言える事。フレンズになってもシユウ神属はイェン・ツィー以外、空は飛べない。重たいから。余分な脂肪とかではなく、装甲化した体表という意味で。

……誰か書いてくれないかな? IQの溶ける話は自分には重たいです。

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