要はBGMが被処刑用と化する。
青年に連れられた俺は、とある市民会館の中へとやって来た。比較的安全な屋内に移動する方が先だと判断したため、まだ色々と細かい事は聞いていない。神機は既に四次元空間へ仕舞っている。
外から見る限りでは多少のかじり跡があったが、市民会館としては他の建物よりも随分と形を保っている。内部も存外に綺麗にされており、人の手が常に入っているのが計りしえる。
比較的安全地帯であるアナグラも収容人数の限界があるので、危険な外での暮らしを強いられる難民もいるのは想像に難くない。だが、外部居住区に住む人々よりも身近にアラガミの脅威に晒されているにも関わらず、こうも様子を見せられると驚きの一言に尽きてしまう。何か、他のところよりも余裕がありそうな雰囲気がある。
難民自体はゲーム中でも察せられる程度にしかなかったが、現実として直視すれば嫌でも関わらざるを得ない闇の部分だ。大体、フェンリルのせいである。
しかし、フェンリルにやたら敵意を燃やしても何にもならないのは火を見るより明らかだ。俺個人で何かしてあげられる訳ではない上に、アナグラへと案内する事もできない。場所を知らないから。
例え、市民会館にこもっている難民全員の護衛を請け負ってアナグラに行こうにも、途中でアラガミの群れに襲われて全滅するリスクが高い。アラガミを倒せるだけの中途半端な力があるだけ、何もできないのがとても心苦しい。
――と、うちひしがれていたのだが。
「神だ」
「神がいる」
「神が降臨なされた……」
「「神ィィィ!!」」
「人違いです」
そのままホールに招かれた俺は、多くの人々から謎の歓声を受けた。平伏する人もいれば、感謝の言葉を述べる人もいる。さりげなく神であるのを否定したが、そんなものは彼らの喧騒によって無残にも掻き消された。
青年だけでなく他の難民たちも俺の姿はしっかり確認できているようで、レンのようなパターンではないと実感した瞬間にこの喝采である。それには何やら鬼気迫るものがあり、ここから今すぐ逃げ出そうとすれば最悪な目に遭うのは軽く予想できた。もはや、青年に付いていったのはリスクしかなかったとしか感じられない。後悔と反省はしている。
「見ろ! 遂に私たちの祈りがオウガテイルに届き、こうして人の姿を模して救いにやって来られたのだ!」
「「神ぃぃぃー!!」」
リーダー格の男性の言葉を皮切りにし、本日二度目の“神”斉唱が繰り広げられた。これ以上は洗脳されてしまいそうだ。
それから人波がモーセの海割りの如く分かれていく。こうして出来上がった道を俺は青年に導かれるままに進み、遂にはやけに装飾が凝った椅子へと座ってしまった。少し偉い人になった気分だが、こんな状況ではちっとも嬉しくない。
「あの……聞いてる?」
難民たちは“神”とひたすら連呼しては、俺に向けて祈りを捧げる。その圧倒的な迫力を前に、俺はどうしても怯えて大きな声が出せなかった。
やめてくれ。誰が悲しくて異様なほどにまで担ぎ上げられなければならないのだ。俺はまだ皆が信じている神について何も知らない。祈りに熱が入りすぎて、逆に恐ろしく感じるからやめてくれ。
だが、その願いを口に出す事は叶わず、人々は相変わらず祈るのをやめない。その時、箱膳を持った青年が後ろに中学生くらいの少女を連れて、再び俺の前にやって来た。
そして、青年は少女と箱膳を納めるようにして俺に差し出す。箱膳の上には非常食がぎっしりと詰まっていた。
「申し訳ありません、このような粗末なものしか用意できなくて! お供え物と生け贄です!」
「ねぇ、今何て言った? 生け贄? 生け贄って言ったの?」
「「はい!」」
俺の疑問に二人は笑顔であっさりと答えた。笑顔が不気味に見えて怖い。
(はい、じゃねーよ。何で生け贄にされてる本人もそんなに嬉しそうなんだよ……もうやだ、ここ)
勝手に人を担ぎ上げた挙げ句に生け贄を差し出すなど、まるで正気の沙汰ではない。十中八九、カルト教団で間違いないだろう。このままでは俺も気が狂いそうだ。
そういう訳で、この異常な空間からとっとと逃げ出すため、かねてからの用事を済ませようと思った。この中にいるであろう教主に向かって、負けじと声を振り絞る。
「あの、教主はどなたですか?」
「はい、私です!」
すると、人混みの中から一人の老人が現れた。背骨は曲がっておらず、元気に挙手してくれている。
「状況が飲み込めないので説明をください」
「あなた様の歓迎の儀式でございます!」
「そうじゃなくて最初から。皆さんの信仰している宗教から全部まで」
ざわざわ……ざわざわ……。
その瞬間、難民たちは急に静まり返ったと思いきや、おどろおどろしい様子で騒ぎ始めた。先程の祈りのような煩さはなく、むしろ全員が一斉に内緒話をするかのような喧騒ぶりだ。
「落ち着くのだ、皆の者! これは我々の信仰を試す神の試練なのだ! 何も不思議に思う事はない! では、僭越ながら私がご説明させていただきます」
教主の一喝によりホールは瞬時に静寂に包まれた。彼らの信仰心を試すつもりはさらさらなかったのだが、教主がいい具合に早とちりしてくれて助かった。ようやくまともな会話に臨める。
そして、彼は粛々と自分たちの教えについて語り始めた。話し終えるまで意外と長かったので、内容をまとめると以下の通りになる。
彼らが信仰しているのは俺の予想通り、オウガテイルであった。ただ俺も思いに寄らなかったのは、オウガテイルを守り神として見ている点であり、世界各地に大量出没している個体はその守り神の姿を騙る偽物だと捉えている。
また、偽物たちを成敗するために守り神――真オウガテイルは自分の分身を送り込んで事の対処に追わせる。その分身の名前がマスク・ド・オウガと言う。びっくりするほどの本地垂迹説だ。その名を知っている理由については、教主は天啓が下りてきたのだと証言していた。何度も確認取ったが答えは変わらず、はぐらかされたようにしか思えなかった。
オウガテイル教の中には「偽物のオウガテイルに襲われてヤバい時は真オウガテイルに祈って助けを求めろ」という内容もあり、彼らがどれだけオウガテイル教に傾倒しているかがよくわかる。あの時に青年が早く逃げなかった理由もそれだ。
ちなみに彼らは他の神機使いをマスク・ド・オウガの偽物として嫌っており、アナグラを追い返された恨みも兼ねて結構な嫌がらせをやっているらしい。強盗とか、どっぷりと犯罪に手を染めている訳だが、テロをやっていないだけマシなのか?
あと彼ら曰く、この市民会館付近は滅多にアラガミが寄ってこない聖地であるとの事。今まで生きてこられた要因の一つがそれであり、その幸運ぶりに俺は感嘆の息を漏らしてしまった。
こうして俺がマスク・ド・オウガになってこの世界に舞い降りたのも、彼らは自分たちの信仰が実を結んだと考えており、いまいち根拠に欠ける。それではマスク・ド・オウガが登場してくる理由になっても、俺がマスク・ド・オウガになる理由にはならない。普通にエリックでいいだろ……。
そもそも、信仰値云々でマスク・ド・オウガ参上の是非が決まるという内容が不思議でしょうがない。この世界に来たメカニズムでも解明されない事には何も言えないが、キングストーンでもない限り「その時、不思議な事が起こった」という説明でどうして納得できようか。何から何まで偶然の出来事では、運以外に元の世界へ戻る術は完全に消滅する。
「では神よ。何卒、不義のオウガテイルを全て討ち滅ぼし、我々をお救いください!」
「「お救いください!!」」
教主の後に続き、老若男女を問わず一斉に土下座してくる。まるで形振り構わないその姿に、俺は敢えなく言葉を失った。
彼らがここまでオウガテイル教――マスク・ド・オウガにどっぷりと嵌まってしまった理由は想像につく。まず単純に考えて、ただ救いがなかったからだ。
この地獄のような世界の中では、最高峰の安全地帯であるとされるアナグラ。アラガミ防壁に囲まれているかいないかでも天地の差はあり、有事の際には神機使いが救援に駆けつけてくれる。例え暮らすのが外部居住区だとしても、壁外にいるよりも生存率は大幅に跳ね上がるだろう。
だが、アラガミから命からがら逃げ切って、すぐ目の前に安全地帯があるのに容赦なく追い返されてしまえばどうなるか。
もう少しなのに手が届かず、偏食因子に適合する人がいないとか、これ以上は収容できないからとか、そんな理由で見捨てられる。俺なら軽く十回は絶望できる仕打ちだ。そして絶望が人生のゴールになる。
そして、ここは神機使いでも場合によってはスピードハンティングされる世界。ただでさえ神機使いは人手不足かつ死亡率が高いのに、普通の民間人がアラガミ相手で簡単に生き残れる筈がない。フェンリルの保護を受けなければ、どこに逃げても地獄だ。
そんな中、日々の過酷なサバイバルで憔悴しきった心に余裕を持たせるため、途端に神を信仰して救いを求めようとする気持ちはわからなくもない。もはや、身近に頼れるものが影も形もない神しかいないからだ。
例え、どんなにすがる意味がなくても神を信じ続ける。実際のご利益までは重視しておらず、あくまで現実を直視しないように。
なら、神以外に心の拠り所がない彼らの元にやって来てしまった俺は、一体何ができる?
神機を持っていてもアラガミと遭遇すれば逃走を優先。まともに戦うのは本当に最後の手段だ。そのおかげで今までろくな戦闘経験は積んでおらず、平然として戦えるのはまだオウガテイルのみ。オウガテイルだけならともかく、それ以外のアラガミと戦えと言われても実際に戦える気がしない。
未だに自分の事だけで手一杯なのに、他の人の命を預かるのは無茶だ。神機使いになって日も浅く、この場にいる全員を守りきるには経験値が圧倒的に足りない。俺一人では不可能なのは、誰の目から見ても明らかだ。
それに、彼らの願いであるオウガテイルの殲滅。これも叶えてやるのは無理だ。アラガミを根絶するには大気、水中、地面……地球上全てのオラクル細胞を無くす必要がある。
また、とことん環境を破壊され、尚且つ光合成をおこなうアラガミなどの代替が生まれた時点で、オラクル細胞撲滅の意義は随分と浅くなった。既に人類はオラクル細胞なしでは生きていけない。
目の前にいる信者の救済、アラガミの駆逐。己の事を正しく把握している分だけ、どちらを背負おうにも重すぎて潰れるのは明白だった。
「……ごめんなさい」
教主の話が終わって訪れた沈黙の中、俺がようやく出せた言葉はとにかく謝罪の一言だけだった。現状ではどうしても、信者たちの期待には応えられない。ろくに活躍も残せずに死んでしまうだろう。
また、俺は死んでまでこの世界に居座る訳にはいかない。帰る家というものがある以上、これだけは譲れなかった。
謝罪を聞いた彼らは、不意に顔を上げては各々に戸惑いの表情を見せる。その直後、酷く狼狽した様子の教主が俺に質問をしてきた。
「な、何故謝るのですか!」
「アラガミの絶滅なんて俺にはできません。というより、誰にもできません」
信者たちの一世一代かもしれない頼みをすっぱり断る以上、俺も誠意ある態度で臨まなければならないのだが、気まずさで教主の顔からどうしても視線が下がってしまう。
だが、それでも信者たちはしつこく俺に食い下がってくる。
「そんな事ありません! 神よ、自信を持ってください!」
「そうです! 力が足りないなら、いくらでも生け贄を捧げますから!」
「……っ、やめろっ!!」
瞬間、俺は本気で乱暴に怒鳴り散った。全力で腹から出した声が、ホール内に何度も大きく反響する。信者たちに勝るとも劣らないその声量は、問答無用で場を静まり返させた。信者の中には先程の怒鳴り声で怯えてしまった人もいて、俺の機嫌を窺おうとしたり、留めようとする者はもう見られない。
完全に悪印象を植え付けてしまった。俺はそう思いながら、怒声の際に大きく震えた自身の身体を次第に落ち着かせる。頭に上った血が急に下がって冷たくなる感じがした。
油断するとすぐにカルト教団的フレーズが飛んでくる。生け贄なんて論外だ。そんなもので強くなれるのなら誰も苦労はしない。そもそも、俺に生け贄はいらないし必要ない。神でもないのだから。
「お、お待ちください!」
直後、俺は人混みを避けて、ホールから瞬く間に出ていった。教主に呼び止められたが、後ろを振り向かずに出口へと真っ直ぐ向かう。
力不足にも関わらずに神輿扱いされるのが辛すぎた。期待の押し付けは別に何も言わないが、マスク・ド・オウガになってまだ四日目の俺にだけは止めてほしい。依然として新人レベルなのだ。
アラガミを倒すという点においては、俺よりも格段と優れた神機使いがたくさんいるだろう。ウロヴォロスをソロで倒したリンドウとか、ヴァジュラ四体同時狩りをこなしたソロプレイヤー(主人公)たちとか。期待するならせめて、そういうトンデモレベルの人たちにしてくれ。
廊下を走っていると、後ろの方から大量の足音と声がものすごく反響してくる。きっと、俺を追い掛けてきた信者たちなのだろう。心なしか、俺を求める声が呪いのように聞こえる。
ダメだ、怖すぎる。本当に申し訳ないが、こんなところに長くは居られない。俺は逃げさせてもらう。弱くてごめんなさい。
やがて、市民会館の正面玄関を潜り抜けた。自動ドアは壊れており、尚且つ簡素なバリケードしか張られていなかったので突破するのは容易だった。
市民会館から少し離れたところで、玄関の方をチラリと見る。狭い出入口に多くの人々が大挙し、逆に俺を追う事も叶わずに右往左往していた。遠くからでもわかる彼らの救いを求める眼差しが、俺の心に容赦なく突き刺さってくる。
「「神ィィィー!!」」
本当にごめんなさい。俺もそこまで手を回せる余裕がないです。
人に会えたという意味で色々名残惜しく感じながら、俺は市民会館から立ち去っていく。
しかし――
「Fou」
筋骨隆々の鍛え抜かれた身体に、堂々とした腕組みのポーズ。されど人型でありながら特徴は鳥類を踏襲しており、硬質化した体表が鳥としての異質さを示す。
背中から生える巨大な翼は、第三、第四の腕だと見間違えそうなものだ。翼の先には拳があり、その者に格闘家のイメージを与える。
また全体的に青色で、俺の前で披露する一挙一投足はなかなか様になっている。その巨体が生み出す迫力も相まって、好きで観賞するには申し分ないだろう。
そいつは紛う事なき、シユウであった。誰か、嘘だと言ってくれ。
「ああ、見ろ! アラガミだ!」
「まさか、神が私たちを突き放したのは……」
「そうだ! 我らの聖地に近づく不義のアラガミを討つためだ! 神を我々を見捨ててはいない!!」
後ろの信者たちが三者三様の反応を示す。だが、どれも前向きな意見ばかりで逃げ出した俺の事を疑う人は誰もいない。えぇ……。
「Fou! Fou!」
シユウが信者たちを見つけると、急にはしゃぎ始めた。既に神機を取り出した俺は眼中にないようで、俺ではなく信者たちに向かって走り出す。その行動が意味するのは、考えなくてもわかる。
ただ、この先に起きる展開を予想した瞬間、俺は何故か無心になっていた。俺を無視するシユウの動きが途端に遅くなったように感じ、勝手に自分の身体が動き出す。「ヤバい」や「逃げたい」などの思考は働かなかった。
無心のまま、四次元空間から神機を居合い斬りするように取り出す――
「このっ!!」
「Fo!?」
呑気に横を素通りしようとするシユウへ、俺は間髪入れずに神機を奴へ繰り出した。横薙ぎが翼に当たり、不意の出来事に驚いたシユウは俺から咄嗟に離れる。
それから間を置かず、シユウは俺を真っ直ぐ捉えて戦闘体勢に移った。尾刀クロヅカの刃が当たった翼には傷はなく、効果的なダメージは与えられなかったようだ。
拳法のような構えを取り、自然と俺に威圧してくるシユウ。それを受けて、俺はシユウに喧嘩を売った事を激しく後悔した。
極論で言うならば、死にたくないなら信者たちを見捨てて逃げれば良い。そうすれば、わざわざアラガミと真っ向から戦う必要もなく、自身の命を賭けずに済む。
しかし、それは「シユウの頭か拳をツンツンすれば“余裕”で倒せる」とは逆のベクトルで、実行するには難しい。平気で見殺しにするなど、俺には怖くて真似できない。
最低限でも誰かを救える力を持っているにも関わらず、戦えない人々を容赦なく見殺しにできるほど、俺は酷く冷たい人間になれる気がしないのだ。ここで見捨てれば、後で絶対に後悔する確信さえある。初めから俺が最低の人間だったら、見殺しにするのは一体どれだけ楽なのだろうか。
前はシユウ、後ろは信者たち。退くのも進むのも、逃げるのも儘ならない状況である。両者の間に挟まれていて、とても息苦しい。
「うおおおおお!!」
「神ィィー!! やっちゃってください!」
「うるさい! 全員、奥に避難!!」
「「仰せのままに!!」」
残念ながら外野が騒がしい中で戦えるほど、俺は集中力がない。素直に避難指示を聞いてくれた信者たちに感謝しつつ、改めてシユウと対峙する。
気づけばシユウは何やら溜めの姿勢に入っていた。腰を深く落とし、翼を曲げて拳を握り締める。これは……あっ。
「師匠、どうかお手柔らかに――」
「Foooooo!!」
「手加げぇん!!」
直後、シユウの両拳から巨大な爆炎玉が一つ放たれた。相手の予備動作で察した俺は、即座にシールドを展開する。
爆炎玉がシールド表面に着弾すると、やたら大きな爆発が起きた。負けじと踏ん張ってしっかり防御を取るものの、爆発の衝撃で一メートルほど後ずさってしまう。
そして俺は次の瞬間、市民会館から遠ざけるようシユウの誘導を始めた。
いくら信者たちが市民会館付近にアラガミは滅多にやってこないと言っても、耳の良いコンゴウなどが戦闘音を聞いて駆けつけたりしたらヤバいのだ。特に俺の生存率が。
その二次被害で非戦闘民である彼らが他のアラガミに蹂躙される可能性もあるので、ここから遠く離れた場所へシユウを連れていく戦法に疑問の余地はないと思われる。
「Fou!!」
「滑空危ない!!」
この後、俺はシユウをなるべく引き付けながら、めちゃくちゃ遠くへと逃げた。ビビりすぎて倒すのに時間が掛かったのは、ここだけの話。
※
贖罪の街近郊でおこなわれたシユウ三体の討伐は、意外にも苦戦を強いられた。これら個体群は、交戦時に異常なオラクル反応が検出された強化体だったからだ。
それでも偵察班の援護射撃により戦闘は神機使いたちが優勢であったが、シユウの内一体が瞬く間に逃げ出してしまった。本来なら体重と翼の構造のせいで飛行できないシユウが、爆炎玉の爆発から得られる反動で上手い具合にハイジャンプしたのである。
そのバッタを彷彿させるような逃走方法に面食らった討伐部隊は、人員を二手に分けて逃走したシユウの追撃に向かった。追撃に割かれた人数は、隊長とその部下の二人だけである。
「クソッ! ガルムみたいに飛びやがって!」
第二世代型神機を持った赤服の隊長が、悪態をつきながら街中を駆け抜ける。その後ろには、銃形態の神機を持つ部下の少年がぴったりとくっついている。
こうして追撃に出た二人だが、シユウの姿は完全に見失っていた。残された頼みの綱は、随時アラガミの位置情報を確認しているオペレーターからの連絡のみである。
『これは……逃走中のシユウの付近に、出撃記録のない神機使いの位置情報が再び発信されました! 至急現場に向かってください!』
「ッ!? 了解!」
すると、オペレーターは少し不可解な通信を彼らに飛ばした。それを聞いた隊長は一瞬だけ眉をひそめるが、即座に返事をする。
そして、近くで市民会館が見える場所まで移動した頃、少年は自分たちに向かって走ってくる謎の集団を見つけた。
曲がり道の方から突如として現れた、大の男たちで構成された人々。全くの不審者ぶりに少年は訝しみながら、前方から迫りくる者たちの事を隊長に報告する。
「隊長、民間人です!」
「なんだ、あれ?」
言われるまでもなくその集団を見つけた隊長も、どうして彼らがこちらに近づいてくるか理解できなかった。あまりにも奇妙な光景に隊長は思わず足を止めてしまい、少年もそれにつられて動きを止める。
彼らの表情を見る限り、アラガミや何かに追われている様子はない。むしろ、自分たちを目の敵にするような顔をしていた。穏やかな表情などをしている者は一人もいない。
それから遂に、謎の集団が二人の前に立ち塞がる。その中心には、オウガテイル教のリーダー格である男がいた。
「全員、石は持ったな? マスク・ド・オウガ様の姿を真似る愚かな神機使いに制裁を与えよ! 聖地に踏み込んだ罰も込みで!!」
「「神よぉぉぉー!!」」
「ちょっと、待っ――!」
瞬間、少年の制止も空しく、信者たちは二人へ一斉に投石を開始した。大小様々な石が雨あられのように降り注ぎ、無情にも神機使いの身体へと襲いかかる。
だが、アラガミと戦えるだけのポテンシャルを持つ神機使いの耐久力は伊達ではなく、普通の人間による投石では滅多に怪我はしない。ただし、飛来物がやって来る心理的効果ばかりはどうにもならないので、少年と隊長は咄嗟に神機のシールドを展開した。
「こちら、レンジャー1! 民間――いや、難民から石を投げられてる! 痛くないけどやけに命中率が高……あだっ!?」
シールドで投石を受け止めながらオペレーターに通信する最中、隊長の脛に巨大で鋭利な石が華麗に直撃した。傷は出来なかったものの、弱点を突かれた事で隊長は少しだけ悶絶する。
「隊長! これ、迂回しましょう! なんかヤバいです!」
「ダメだ! その前にこの人たちをなるべく安全な場所に移動させてから……」
『シユウの追撃を中止してください。レンジャー1の付近にアラガミの反応はありませんが、民間人の安全確保の優先をお願いします』
「ほら! オペレーターの指示もこうだ! やるぞ!」
「えぇっ!? でも……」
隊長命令に言葉を濁した少年は、改めて信者たちの姿を確かめる。
いつアラガミに襲われてもおかしくないのにノコノコと外に出て、ひたすら怒りと憎悪をぶつけてくる様子は狂気でしかない。少年はそんな信者たちに言い様のない恐怖を抱き、関わりを持つ事に気乗りしなかった。
その後、シユウ三体の討伐は惜しくも一体を逃がし、そして何者かに逃走中の個体を撃破された形で終了した。
また、逃亡したシユウのオラクル反応が消滅した地点には、短時間だが他の神機使いの位置情報が発信されていた。それを照合した結果、先日に鉄塔の森や愚者の空母に出没した仮面の神機使いのものだとわかり、現場近くにいた人員により急遽捜索が入った。
しかし、捜索中に難民の発見や他のアラガミとの遭遇で、早々と捜索を打ち上げるしかなかった。
その一方で、発見した難民については近頃になって活発化したカルト教団である事が判明した。市民会館はそんな彼らの本拠地である。
オウガテイルを信仰している彼らは、他のカルト教団と違って軽度の悪行しかやっていないが、それでもフェンリルの輸送車襲撃・食料強奪などの損害を与えていたため、後日に彼らの身柄を拘束する部隊が派遣される事になる。
尚、拘束時は特に抵抗を受ける事なく、彼らはやけに静かであったと言う。ちなみに、教団を運ぶ護送車内で録音された会話の一部を取り上げると、以下の通りとなる。
「我々は反省しなければならない。あの日、マスク・ド・オウガ様がお戻りになられなかったのは、我らが神と呼び続けたからだ。マスク・ド・オウガ様が人の姿をしておられるのは、むやみやたらな騒ぎを避けるため……」
「ようやくやって来た救いの使者に、私たちは舞い上がりすぎていました。神の分身と言えどあのお方は、この地上に降りている限りは自らを人間として定める事を望んでいる。神よ、私は懺悔します」
「神よ、愚かな我らを許したまえ……」
「「神よぉぉぉ!!」」
さらに、後におこなわれた教団の主要人物の取り調べでは、少々耳を疑うような発言がされた。自分たちの信仰している神の分身が降りてきて、市民会館に近づいて来たアラガミと戦ったと言うのだ。勿論、神機を用いて。
最初は眉唾物であった証言だったが、詳しく話を聞いてみるとその特徴が仮面の神機使いと偶然にも合致した。それから教団と仮面の神機使いの関連性について調査が入るものの、宗教としての情報以外に決定的な収穫は得られなかった。
ただし、それが仮面の神機使いに関する唯一の手掛かりである事には変わりなく、彼の捜索はより一層の力が入る。第三世代型神機使い以外にも感応種と戦える者がいるという事実は、将来の感応種対策を講じる大きな手助けとなりうるからだ。
その上、仮面の神機使いに用いられている偏食因子が通常のものだと仮定する場合、早い内に接触できなければ偏食因子の枯渇に陥ってしまい、その貴重な存在がアラガミ化によって失われてしまう恐れもある。他にも最悪なケースは想定されているが、どのみち捜索は時間との勝負である。
以後、フェンリル極東支部は仮面の神機使いを教主たちの証言から引用して、マスク・ド・オウガと呼称。彼との接触だけでなく、故エリック・デア=フォーゲルヴァイデと腕輪の識別反応が重複している原因の究明にも勤しむのだった。
信者たち、投石の経緯……
市民会館の三、四階辺りからマスク・ド・オウガの戦いを拝見しようとした信者が、双眼鏡でたまたま神機使い二人の姿を見つけた模様。そこからは男衆にスクランブルが入った。