世にも奇妙なマスク・ド・オウガ   作:erif tellab

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終末捕食はノヴァと特異点のセットで発動するもの、だと思っていた人は挙手をお願いします。大丈夫、作者もゴッドイーター2をプレイする前はそう思っていました。

つまり、今回の話はそういう事でもあります。


黒金魚と出会ったマスク・ド・オウガ

 シユウを倒した後、信者たちの事が気になった俺は一度だけ市民会館に戻ろうとしたが、折悪しくサリエルに見つかったので逃走を余儀なくされた。レーザーで弾幕を張ってくる危ない相手を倒すなんて考えは頭になく、ただ逃げて生き延びる事に精一杯だった。

  ブライトさんも満足な弾幕に立ち向かえる訳なかったよ。ホーミングと高高度と設置式のレーザーをバカスカ撃ってくるものだから、何発か仮面に掠ってヤバかった。仮面がなければ即死だったに違いない。

  勇気を出すって本当に難しいんだね……。シユウの時は、信者たちの住み処が位置バレしていたから頑張ったのだけど、やはり極度の絶体絶命に自身が追い詰められなければ戦うのは無理だ。余裕があれば、すぐに逃走を選択してしまう。

  そうしてサリエルを振り切った矢先でコンゴウ、次はクアドリガ、その次はボルグ・カムラン、その次の次はグボロ・グボロ、といった風に遭遇してしまったので、まったく休む暇はなかった。ひたすら走って逃げ切るばかりだ。

  今思えば、サリエルをきっかけにしてアラガミとの遭遇率が一気に跳ね上がった気がする。多種多様のアラガミと出会う分だけ、初日の地獄道が天国のように見えてしまう。まずいな、俺の身体がどんどん極東色に染まっていく……。

  また、その時からアナグラ探索に明確な支障が出るようになり、日によっては迂闊に歩けない事が続いた。赤い雨とかで。

  こうしてマスク・ド・オウガになって十日目の朝。廃ビルの一室の窓から朝日を拝んだ俺は、今日もアラガミの魔の手を掻い潜って極東支部を目指す。

 

「はぁ……」

 

  意識していなければ、自然と溜め息が出てしまう。もう十日もこの世界で過ごしていると、自分自身について色々と察しがつくのだ。

  適当に神機でアラガミを斬れば勝手に満たされる腹。滅多な運動量では疲労感が訪れないほどの体力、スタミナ。自身の生死に関わる局面でよりブーストされる身体能力。神機でアラガミを捕食する事で得られる、お母さんの手料理を食べているような充足感。

  もはや「お前人間じゃねーから」と言われても反論できないほどのぶっ飛び具合である。だがそれでも、俺は自分が人間であるという望みを捨てられない。

  見苦しいのはわかっているが、ここで人外だと認めてしまうと負けかなと思うのだ。なんかこう、それだと俺をマスク・ド・オウガにした大いなる意思的なヤツの思惑通りになるようで、非常に腹立たしくなる。

  エリックで良いじゃん。マスク・ド・オウガの中身、別にエリックでも良いじゃん。何で華麗成分が本人より不足している俺が選ばれているの? 訳がわからない。エリックなりきりプレイしたから?

  マスク・ド・オウガになっていなければ、今頃はのんびり楽しくゴッドイーターをプレイしていただろうに。

  ゲームの世界に行けたのだから最高じゃないかだって? 嬉しさよりも悲しみと絶望、その他の感情が上回って話にならない。何故なら、あくまでゴッドイーターの世界観はゲーム視点でようやく楽しめるものであって、現実となった場合は文字通りの地獄と化する笑えないものだからだ。下手すれば、オウガテイル一種類だけで全人類滅亡するレベルで。

  アラガミという脅威が身近にある限り、この地獄は終わらない。本当の意味で身も心を休める場所は恐らくどこにもないだろう。アラガミ防壁も偏食因子云々で相手に避けてもらう方式なのだ。全てのアラガミが軍隊のように統率されて攻勢に出た暁には、余裕で人類は滅びるだろう。

  そして、廃ビルを出発して数十分。元車道の十字路に差し掛かったところで、思わぬ相手と遭遇した。

  ゾウにも劣らない巨体に、身体中に浮かぶ黒と白の縞模様。見た目は虎、雰囲気はライオンだが鬣の部分が赤いマントに置き換わっている。頭にはややY字型の冠、前脚には手甲が取り付けられており、口から飛び出た鋭い牙が見る者に畏怖を与える。

  おおよそ猫科にしては色々とおかしい部分があるそれは、ユーラシア大陸出身のアラガミ、ヴァジュラであった。

  居場所は俺から見て左側。百メートルぐらい離れているが、ヴァジュラの顔が完全にこちらに向いている事はわかった。

  目と目が合う瞬間、ターゲットにされたと気づいた俺はそのまま直進ダッシュした。ヴァジュラの視界を堂々と横切る。

 

「Gaooooo!!」

 

  だが、とっとと視界の中から消えただけで見逃されるほど甘くはなく、咆哮を上げたヴァジュラは瞬く間に大地を揺らしていく。

  ドシッ、ドシッと腹に響く重たい音が、俺の中で危険信号を流させる。

 

「うわあああああ!?」

 

「Gaaaaaa!!」

 

  かくして、もう何度目になるかわからないアラガミとの鬼ごっこが始まった。直線スピードでは四脚のヴァジュラに負けるので、なるべく複雑なルートや狭い道を通っていく。念のため、既に神機は取り出していた。

  しかし、どんな獣道を通ろうにも今回のヴァジュラは執拗に追い掛けてくる。例えあの巨体では通れない道で一時的に振り切ったとしても、一体どういう手段で把握しているか不明だが、きっちり迂回してきて俺の前に立ち塞がるのだ。

 

「ふざけるな!! 追い掛けても割りに合わないだろ!! コクーンメイデンとか狙え!! あいつ逃げないから!」

 

「Guaaa!!」

 

「ひぇっ!? 雷球やめて!!」

 

  勿論、説得など通用する筈がなく、時々やって来る攻撃を避けながら俺は逃げる。大抵のアラガミとコミュニケーションが取れないのが痛いところだ。

  ちっぽけな俺をつけ狙うなんて相当飢えているのだろうか。それとも、単にヤツの偏食因子の大好物が人間であるだけなのだろうか。ともあれ、このままでは埒が明かない。どうにかして振り切らないと……。

  そうして走り続けていると、正面の方から別のアラガミがやって来た。先頭を走るのは、神機の捕食形態をマスコットキャラクターにした感じの金魚擬き。その後ろには、もう一体のヴァジュラがいた。

 

「嘘だろぉぉぉ!?」

 

「Kyuu!?」

 

「「Gaoooooo!!」」

 

  絶対絶命のピンチに俺と金魚擬きは声を出し、ヴァジュラたちは煽るようにして同時に叫ぶ。

  前方のヴァジュラと後方のヴァジュラ、そして間に挟まれる俺たち一人と一匹。金魚擬きも追われているようで、俺の分のヴァジュラを押しつけるには荷が重すぎると一目でわかった。あんなぬいぐるみみたいなヤツに期待はしない。

  それからお互いに衝突しようとする瞬間、何気なく目を横に向けると新たな逃げ道を発見した。幅はどう足掻いてもヴァジュラ一体分しかない。

  ヴァジュラの挟み撃ちを受ける寸前、俺と金魚擬きは躊躇なく同じ道に曲がった。直後、背後からヴァジュラたちの悲鳴が上がり、その声がどんどん遠ざかっていく。どうやらお互いに激突でもしたようだ。奴らの足音が微塵も聞こえてこない。

  これは好都合。この隙にトンズラさせてもらう。

  まるで弾丸に穿たれたような長い道を駆け抜ける。鎌倉の切通しを彷彿させる作りで、両脇には傾斜がキツい土壁が高くそびえている。文字通り一方通行だ。

  横では金魚擬きが未だに並走していた。隣に人間というエサがあるにも関わらず、脇目にも振らない。俺に襲いかかる余裕まではないのだろうか。そもそも、コイツは本当にアラガミなのだろうか。

  すると、途中から行き止まりに遭ってしまった。ここから先は崖縁で、下から十メートル以上の高さがある。ロープもない現状では、飛び降りる以外に進む手段がなさそうだ。

  そして、ふと後ろを見てみると先程のヴァジュラたちが一列に並んで追いかけてきた。誰か嘘だって言ってくれ……。

  逃げ道は一つしか残されておらず、すぐ側にある土壁を越えるのは現実的ではない。ロッククライミングの経験はゼロで、仮に挑戦したとしても登りきる前にヴァジュラに追い縋れて死んでしまうだろう。二段ジャンプでも厳しい高さだ。

  一方の金魚擬きは真っ先に逃げ出そうとはせず、どういう訳か俺に視線を寄越していた。その瞳はまるで指示待ちの飼い犬のようで、ここに来て優柔不断になっているのがわかる。おいこら。俺にお前の命を預けるんじゃない。

  だが、こうして決めあぐねている内にもヴァジュラたちは着実に迫りつつある。ソロでヴァジュラ二体を同時に相手取れる自信もないので、当然ながら交戦する選択肢はあり得ない。

 

「……っ、華麗に南無三!」

 

「Kyuu!!」

 

  結果、覚悟を決めた俺たちは迷わず崖から飛び降りた。高所からの落下で身体中の血の気が引いていく感覚に襲われながら、頑張って思考停止せずに受け身を取る準備をおこなう。

  着地の瞬間に膝を曲げて、落下時の衝撃を受け流すように大きく前転する。固い地面の上での前転なので、背中辺りが土砂に当たって痛かった。

  しかし、起き上がって確認すると目立った外傷は特になく、金魚擬きも無事に飛び降りられたようだった。

  次に周囲を急いで見渡し、別の逃走経路を探し出そうとする。

  後方は壁で行き止まり。正面は大きく開けた広場だ。近くに隠れられる場所は見当たらず、広場の中央では一体のシユウが佇んでいた。シユウの目線は俺たちに固定されており、逃がしてくれる気は毛頭なさそうだった。

 

  これ、どうすればいいの?

 

  まさかの伏兵に一瞬だけ思考がフリーズしかける。すると、崖から登場してきた二体のヴァジュラが俺の頭上を軽々と飛び越えて、偶然にもシユウと対峙する事になる。

  鳥神と雷獣たち。気づけば目の前にいるアラガミたちはお互いに牽制し、遂には俺たちを無視して勝手に戦い始めた。シユウが先制してヴァジュラたちに小型の爆炎弾をグミ撃ちする。

  ヴァジュラの身体に着弾したエネルギー弾は次々に爆発し、瞬く間に煙を立てていく。その間に俺たちは戦闘の余波に巻き込まれないよう、素早くその場から離れた。

  戦いは既に泥沼な三つ巴と化し、完全に俺たちの事は気にかけていなかった。乱闘するアラガミたちを尻目にしながら、ヴァジュラたちに喧嘩を売ってくれたシユウに声援を送る。

 

「行け師匠! ヴァジュラをぶっ飛ばせ!」

 

「Kyu! Kyu!」

 

  そう言い残して、いよいよ三体から姿を眩まそうとする。だが、天井が軒並み吹き飛んだトンネルのすぐ脇まで移動すると、その中から銀色の巨大生物が現れた。

  全高はヴァジュラよりも上回り、それにしては華奢な四本の脚で身体を支えている。見た目はサソリに似ているが、同時にケンタウロスのように上半身が存在していた。

  両腕にはそれぞれ、勘合札を思わせる堅固な盾が備え付けられている。身体の後ろから伸びる尻尾も非常に長く、尾先に生えている巨大な針はまるでフェンシングに用いる剣だ。

  ――イギリス生まれの騎士っぽいアラガミ、ボルグ・カムランである。

  ボルグ・カムランの真横に立つ形になった俺は、突然の乱入者に驚きで空いた口が塞がらなかった。唯一の救いは、ボルグ・カムランの目が俺ではなくシユウたちに向いている事だろう。ボルグ・カムランは俺と金魚擬きに気づく事なく、ヤツもシユウたちの中へ混ざっていった。

 

 ※

 

  ヴァジュラ二体から振り切った俺は、大きな風穴だらけの建物の中を歩いていた。いつ崩れてもおかしくなさそうなので早急に通り抜けたいところだが、下手に他のアラガミと邂逅しては話にならないので、神機を持ちながら抜き足差し足で静かに忍ぶ。

  ドアが全損した入り口をくぐり、屋上まで天井がくり貫かれた広間へと出る。ここ一階から上まで見ると、まるでショッピングモールみたいな雰囲気を感じ取ってしまう。廃墟のビルにも関わらず。

  辺りを警戒し、視界の隅で俺の横に並ぶ金魚擬きの姿を捉える。あの時以来、何故かコイツは俺を襲わず、むしろ俺と行動を共にしている。いつまで経ってもどこかに行く気配はない。もはや、アラガミかどうかさえ怪しいぐらいだ。主に見た目のせいで。

 

「なぁ、金魚擬き……いや、黒金魚の方が語呂いいか?」

 

「Kyu?」

 

  いい加減、黒金魚の行動が度し難くなったので試しに質問を投げてみる。

 

「なんで俺についてくる」

 

「Kyu! Kyui!」

 

「おい待て、擦り寄るな、懐くな! 斬るぞ!」

 

「Kyu!?」

 

  話し掛けた瞬間、いきなり足元に寄り付いてきたため、俺は慌てて神機を上段に構えて黒金魚を威嚇した。それに動揺した黒金魚は、俺から数歩だけ距離を取る。

  その直後、黒金魚は不意に視線を上に向けると奇怪な行動を取り始めた。「Kyu! Kyu!」と鳴きながら、ピンクのヒレで一生懸命に俺の頭上を差す。

 

「ん?」

 

  一瞬だけ罠かと考えた俺だったが、この黒金魚なら何をされても回避できそうだと判断し、ふと顔を空へと向けてみた。すると――

 

「上田ぁっ!?」

 

  口を大きく開いたオウガテイルが、俺の頭に真っ逆さまで落ちてくるのが視界に入った。その捕食スタイルはさながら、海中で獲物を一気に飲み込まんとするサメのようだった。

  神機を上段に構えていたのが功を奏し、俺は咄嗟に尾刀クロヅカの切っ先をオウガテイルの口の中に入れていく。

  刹那、突き刺された刃は背中まで貫通し、間抜けなオウガテイルはあっという間に力尽きる。刀身から垂れてくる血に眉をしかめながら、俺はゆっくり神機を地面に降ろした。神機ごと降ろされたオウガテイルは、自重によってズルズルと剣から抜けていく。

  あと一歩遅ければ、危うくエリックと同じ運命を辿るところであった。同じミスはしないように気を引き締めないと。

 

「危なかった……。お前、どういうつもりなんだ? 助け舟出してきて」

 

  剣を抜いて捕食の準備をしつつ、頭上注意を促してきた黒金魚を尋ねてみた。だが、黒金魚の発する鳴き声の意味がわかる筈もなく、首を傾げるしかなかった。

  そして、捕食形態となった神機が遠慮なくオウガテイルの死体を貪る。相変わらず品のない咀嚼音に辟易してしまう。

  また、黒金魚の方をもう一度見てみると、神機がオウガテイルを捕食している様子をじっと眺めては、口から涎を流すばかりだ。それでも自分もオウガテイルにがっつく気はなく、どういう訳か我慢していた。

  チラホラと俺の顔を窺い、目の前のご馳走に飛び付くのを我慢し続ける黒金魚。まるで飼い主の待てを忠実に守るペットのようだ。お前、本当にアラガミなのか? 殺意をまるで抱かせてくれない。

 

「……コアを取ってるから、食うなら早くしろ。あと、俺に襲いかかってきたら倒す」

 

「Kyui!」

 

  その時、俺の言葉に黒金魚は元気よく返事をした気がした。手の代わりにヒレを思いきり上げて、それからオウガテイルに食らいつく。その様は、やはりアラガミだと思わせるのに十分だった。

 

「そんな見た目でもアラガミなんだな……」

 

  俺はそう呟くと同時に、アラガミの種類の豊富さをしみじみと実感した。緑カブトムシといい、黒金魚といい、どうして明らかに物凄く弱そうな種類もいるのだろうか。黒金魚に至っては、人間の言葉を理解している節もある。

  つまり、黒金魚はシオほどとまでは行かないが、人間とコミュニケーションが取れる存在だという事なのだろうか? お前みたいに話のわかるアラガミが他にたくさんいれば、俺も色々な奴に追われる事もなかっただろうに。ヴァジュラ辺りにその知能指数を少しでもいいから分けてほしい。俺が喜ぶし、皆も喜ぶ。

  そうこうしている内にコアの捕食が完了し、オウガテイルの肉体が霧散する。黒金魚はオウガテイルが溶け消える前に腹一杯食べたようで、膨れ上がった腹を器用にヒレで擦っていた。

  その様子を端から見る分には、動物関係のバラエティ番組を視聴しているようで思わずほっこりしてしまいそうだ。これでオラクル細胞やらアラガミやらの要素がなければ、どれだけ助かる事だろうか。

  こうして俺は、捕食完了から間を置かずに再び歩き始めた。すると、黒金魚もプカプカと浮かびながら俺の後ろについてきた。俺と一緒に行動する事に迷いは見られず、どう見てもモチーフが魚にも関わらず、犬のように尾ヒレをブンブンと振り回していた。お前、生まれてくる種族を間違えているだろ、絶対。

  黒金魚は既に経験済みであるが、俺の旅は常にアラガミに追われる危険を孕んだ地獄道だ。ヴァジュラに狙われる事もあれば、近い将来は接触禁忌種と鬼ごっこをするかもしれない。普通に考えれば誰もやりたがらない旅だぞ、これ。

  護衛込みで地獄道を通るほど俺は自惚れていないし、その自信もない。黒金魚を守るために身体を張るなど論外だ。対峙するアラガミが怖すぎて余裕で死ねる。死んでは意味はないのだ。

 

「ついてくるなら勝手にしろ。俺は助けないから」

 

「Kyu!」

 

  無慈悲とも取れる俺の発言に、黒金魚は相変わらず声高らかに返事をした。先程まではヴァジュラに追われていたのに、逞しいものだ。

 

  そして、空にすっかり多くの星が点々と輝き出した頃――

 

「今日も地獄だった……」

 

「Kyuii……」

 

  色々なアラガミから命からがら逃げ切った俺たちは、毎度恒例の廃ビルの一室に泊まっていた。

 

「今日は満月か……」

 

  満身創痍の身体をゆっくり休ませながら窓から夜空を眺めると、東の方角から一つの丸い月が浮かんでいた。よく目を凝らしてみれば、月の白い表面のところどころに緑色がある。

  これをしばらく見ていた俺は、その理由に自然と合点が行った。原因はシオと一緒に月へ旅立った終末捕食、ノヴァだ。

  月を見ながらストーリー内容を思い出していくと、実に感慨深くなってくる。大体はアーク計画を押し進めていたシックザール支部長のせいだが、特異点のシオが主人公たちの交流を経ていなければとっくに世界は滅んでいたのだ。それと同時に、俺がマスク・ド・オウガになるのは起こり得なかっただろう。

  だが、エンディングの最後で月でも元気にしていたようだったとは言え、シオの犠牲で地球の終末捕食は回避された。しかも、単なる先送りによる対処ではなく、終末捕食を一回発動させた状態でだ。

  これは意外と有効な一手ではないのだろうか。(サカキ博士曰く)終末捕食の発生頻度は数千年以上の単位であるので、単純に考えれば次に起きる終末捕食はずっと未来の出来事だ。その上、終末捕食発動に必要な鍵である特異点が月にいるので、ノヴァがせっせと地球から月まで移動しない限りは安泰だ。新しく特異点が作られた場合は知らん。

  そう考えると少し複雑な気持ちになるのだが、俺と黒金魚がこうして生きているのはシオのおかげでもある。シオが終末捕食を月にぶつけてくれなければ、俺がこの世界にいる事もそうだが、オウガテイル教の皆や極東支部の人々、突き詰めては人類が今日まで生き延びてきた事さえ、あり得なかったのだから。

 

「黒金魚、終末捕食って知ってるか?」

 

「Kyu?」

 

  一人で静かに物語の山場を振り返っていると、何故か無性にその事を語らずにはいられなくなった。ちょうど俺の隣に黒金魚が居座っていたので、とりとめもなく語り掛ける。

  俺の唐突な質問を不思議に思ったのか、黒金魚は頭を傾げた。だが、別に相手の理解を求めるために聞いた訳ではない。俺はお構い無しに話を続ける。

 

「地球が全ての生命をリセットするためにやるらしい。榊博士とかシックザール支部長とかが言ってた。月がああなってるのも、シオが終末捕食を地球から月に移したからだ。おかげで世界は滅びずに済んだけど……」

 

  そこまで告げて、黒金魚の様子を確認してみる。すると俺の予想の斜め上を越えて、頭から煙を出していた。表情も何やら難しくなっていて、何度も教えられた内容の意味を理解しようと頑張っている。

 

「難しいか。それじゃあ、いいや」

 

  勝手に説明を切り上げると、黒金魚はコントのようにその場を転げた。見ていて面白いな、コイツ。アラガミをやっている理由がわからない。

  その可愛らしい姿と挙動は俺の心を癒すだけでなく、空しさと悲しみを覚えさせる。

  思ってみれば、ここまでまともな心のオアシスはどこにもなかった。鉄塔の森ではオウガテイルに上田されかけ、愚者の空母ではダンシング・オウガ+水色シユウ、最近に至っては命懸けの鬼ごっこの連続だ。

  心を休める場所は見つからず、ようやく見つけた人々もオウガテイル教の狂信者たちだった。分不相応かつ意味不明に神だと持ち上げられ、彼らの期待が俺に重圧感として苦しませた。あの時は自分の精神を守るために逃走を選択した訳なのだが、今思えばそれは本当に正しかったのだろうか? 結果的には、俺が臆病で自信もないせいで彼らを見捨てる事になった形だ。神機を持つ者として言い訳できない行動である。

  信者たちを置いて行ったのが、今でも胸の内ですごくモヤモヤと残っている。だが「お前に何ができる」と問われれば言葉に詰まるのも事実だ。将来に渡って彼らを守ろうとするのであれば、俺一人では叶わない。どんなに頑張っても短期的に終わるのが目に見えている。いつの世も戦いはやはり数なのだ。ソロでアラガミの群れと戦いたくない。

  それに、この世界に骨を埋める気はない以上、信者たちにいつまでも崇める対象として依存されるのは御免だった。俺にはこの世界のどこでもない、ちゃんとした帰るべき場所がある。

 

「……嫌だな、この世界。話のわかるアラガミなんてほとんどいないし、アナグラは見つからないし、気づけば神機使いになってるし、いつ死んでもおかしくないし……」

 

  すると、今まで溜め込んでいた感情が愚痴として自然に溢れてしまう。

  最終目標が元の世界への帰還と言っても、依然として明確なアプローチは思いついていない。シンプルに考えて、この世界に訪れてしまった過程を逆算していけば何か閃くのだろうが、エリックなりきりプレイの逆とは何なのだろう。これはもはや、哲学の領域なのではないのだろうか。

 

「一人で最後まで生き抜いたり、何でもやれたりする自信もないし……」

 

  色々と最悪の未来を想像すると、どうしても気持ちが後ろ向きになる。それではダメだと頭で理解しているが、これと言った一縷の希望すら見つかっていないのだ。

 

「本当に、どうすればいいんだろう。俺、帰れるのかな?」

 

  先が見えない事に不安を感じ、明け暮れてしまう。我慢しなければすぐにでも咽びそうだった。

  胸が上下に動こうとする感覚を必死に抑える。これは泣きそうになる前兆だ。心を無にして、ひたすら深呼吸する。

 

「Kyu」

 

  そして、悲しさを堪える俺の姿に見かねたのか、黒金魚はおもむろに俺の膝の上に納まってきた。消え入りそうな小さい声を出して、こちらの顔をじっと見つめてくる。

  ここまで来ると、咄嗟に神機を持って構える気力もなく、ただ黒金魚の頭を優しく撫でる事しかできなかった。頭を撫でられた黒金魚は目を細める。手の平から伝わる黒金魚の体温は、まるで人肌のように暖かかった。

 

 




このアバドン、かなり小さいです。通常よりかなり小さいです。
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