世にも奇妙なマスク・ド・オウガ   作:erif tellab

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エミールの口調と行動の再現が難しい……


出会いと別れを果たすマスク・ド・オウガ

 この七日間、一緒に行動してくれる黒金魚のおかげで寂しさはだいぶ紛れていた。時にはヴァジュラ、時にはスサノオ、時にはザイゴートの群れにも追われたりしたが、一人だった時と比べると心にかなりの余裕が持てた。

 

「げぇっ!? テスカ・トリポカ!?」

 

「Kyu!?」

 

  ある日はテスカ・トリポカと遭遇し――

 

「何だ、あの紫ワニ……」

 

「Kyu?」

 

  ある日は俺の知らないアラガミを発見し――

 

「Gaooooo!!」

 

「来いよ、ヴァジュラテイル! 尻尾と牙と爪と落雷とその他諸々なんか捨てて掛かってこい!!」

 

「Kyu! Kyu!」

 

  またある日は、黒金魚と一緒にヴァジュラテイルを狩ってみたりと、色々な意味で充実していた毎日だった。今も尚、五体満足で旅を進めている。時々、赤い雨で足止めを食らうのがたまに傷だが。

  仮にもアラガミと行動していて大丈夫なのかと思われるが、黒金魚が襲ってきた事は結局一度としてなかった。俺がうっかり熟睡してしまった時も寝込みを襲う事はなく、隣でスヤスヤと寝息を立てていたのだ。神機の捕食形態が目を瞑るとあんな風になるのかと考えると、本当に愛くるしさを感じて仕方がなかった。

  都合上、食事もコアを抜かれる最中のオウガテイルばかりなのだが、俺に文句を言うどころか嬉々としてがぶりついていた。身分は勝手に弁えているらしく、既に十体近くを捕食している。黒金魚の身体に変化がまだ見られないのは、恐らく変化の条件を満たしていないからだろう。できればこのままの姿でいて欲しい。

  また最近になって、黒金魚の言葉が何となくわかってきたような気がするのだ。鳴き声自体はバラエーションに欠けるものの、細かい声の調子などで大体の判断はついてしまう。寝食を共にしてきた賜物だった。

  見た目はぬいぐるみのようで、これっぽっちも頼りにならない風貌。しかし、そんな黒金魚に俺の心は幾度となく救われてきた。飽きる事なく訪れる絶体絶命の危機に、精神が豆腐の如く崩壊しそうになるのを慰めてくれたり。はたまた、ほっこりするぐらいの笑顔を見せてくれたり。

  まるでアニマルセラピーみたいな事になっているが、俺にとって黒金魚は単なるペットという範疇では収まりきらない存在と化している。アラガミであるにも関わらず、黒金魚は俺と一緒に地獄道を駆け抜けてくれる仲間となっていた。

  一人ではないのがこんなにも安心するなんて。マスク・ド・オウガになって最初の頃がどれだけ陰惨だったのかがよくわかるものだ。未だにアラガミに対して恐怖心はあるが、黒金魚だけはもはや別だった。

  黒金魚は誰にも代役をこなす事のできない、俺のかけがえのない小さな仲間。出会って最初の頃はこんなではなかったのに、今では決して失いたくない存在だと心の中ではっきり認識している。

  だが、もしもの場合に黒金魚の事が守りきれるかどうかはわからない。ヴァジュラを四体同時に相手取る事になりにでもしたら、まず増大した恐怖心で心臓が止まってしまう自信がある。元の世界に帰ろうと考えている以上、真に命を賭けられるかどうかは答えに迷う。

  死なずに守れば良いというのは、言うだけなら簡単な話である。しかし、いざ実行となると相手次第ではものの見事に瞬殺されるだろう。ディアウス・ピターとプリティヴィ・マータの群れを一人で捌く事になった暁には、あの世に旅立つ事は間違いなしだ。黒金魚を残して。

  そこまで考えて、俺は自分がどれだけ運に恵まれていたのかを改めて実感した。スサノオの時はビームのせいで本当に死を覚悟していたのだが、それでも無事に振り切れたのは奇跡に等しい。

  守りたいと思えても、己の実力に不安しかない。自分も死なないという条件つきなら、尚更難しい。

  そんな悩みも抱きながら足を進めると、狼のマーク――フェンリルのロゴが描かれた装甲車の残骸が見つかった。車の屋根が完全に食い破られ、車体のあちこちが錆びている。長い間、放置されて雨風に打たれ放題だったのがわかる。これに乗っていた人は、一体どうなったのだろうか。

 

  ……そうだ。神機使いたちの事もあるんだ。

 

  アラガミに唯一対抗できる存在、神機使い。家族の仕送りのためや、人々を守るために志願する者もいれば、アラガミ憎しで志した人もたくさんいる筈だ。

  世間に伝わる一般的なアラガミのイメージは、あらゆる物を喰らい尽くす化け物である。住み処を奪われ、生きるか死ぬかの世界に身を投じる事になった人々からすれば、普通に考えてアラガミに良い感情を持つ筈がない。むしろ、大嫌いだと言う人が遥かに多いだろう。アラガミがもたらした被害を思い浮かんでみれば、至極当然の事である。

  そもそも、シオのようにヒトと仲良くなれる存在自体が稀少なのだ。大抵のアラガミは容赦なく全てを喰らうため、「プルプル、ボク悪いアラガミじゃないよ」と言われてあっさり納得してくれる人など、極少数にしか満たないに決まっている。アラガミに大切な人を殺された者が聞けば、逆上するに違いない台詞だ。

  アラガミに悪い奴や良い奴などは関係ない。とにかくアラガミは滅ぼすべき存在。こんな極論を持つ人間がいてもおかしくない。

  そこを俺がノコノコと黒金魚を連れてきて、コイツは大丈夫だからという理由で周囲に難なく認めてもらえる可能性は低い。そもそも、黒金魚はまだ俺以外の人に襲わない事を証明していないのだ。しかも、徹底的に人々の安心と信頼を得るためには、現在だけでなく遠い未来でも人を襲わない事を示す必要がある。

  勿論、未来に渡ってまで黒金魚の潔白を証明するのは不可能だ。どんなに庇おうが人を喰ってしまえば意味がなく、結果的にはあらゆるリスクを考慮して速攻討伐されてもおかしくない。そう考えると悲しいが、アラガミとは基本的に見敵必殺されても文句は言えない人類の天敵なのだ。

  その上、俺は戦死した筈のエリックと同じ姿を持つ、マスク・ド・オウガである。謎の神機使いぶりが加速して、このままでは周囲から信用を得られない可能性が高い。俺も黒金魚と同様、悪い奴ではないと証明しなければならない。

  だが、どんなに頑張って信用を得ても、最終的に相手になるのが組織である以上、必ず綻びがある。アラガミを恨む余りに暴走した神機使いが、黒金魚は無害である事が示されても殺しに掛かる事だってあり得るのだ。その時、俺もとばっちりを受けて殺されるかもしれない。

  どちらにせよ、俺が最後まで黒金魚を守りきるのを覚悟しない事には話にならない。黒金魚を守るために近くに置いておくか、それとも遠くに置いておくかの二択が迫られる。

  近くに置く場合はアラガミ、神機使い、守るべき人々から積極的に狙われる危険性が大である。相手がアラガミならともかく、人間であるなら怒りや憎しみなど負の感情を少なからずぶつけられるため、黒金魚が穏やかに暮らす事は叶わないだろう。むしろ、人々の負の感情に晒されすぎて暴走する可能性も否定できない。

  その点では、敢えて黒金魚を遠くに置いた方が色々と波紋を呼ばずに済むだろう。以前の生活に戻ってしまうが、黒金魚が人のいない場所まで逃げれば、アラガミの脅威以外はほぼ問題はない。俺たちが離ればなれになれば良い話なのだ。

 

「Kyu」

 

  装甲車の残骸を見ながら思案に耽っていると、黒金魚は不思議そうにして俺に声をかけてきた。俺の顔を覗こうとするその瞳は綺麗で、水晶のように透き通っていた。

  一体、どんな選択をすれば俺と黒金魚、ひいては他の人々は救われるのだろうか。このまま一緒にいれば黒金魚はアラガミ憎しの人間に狙われ、ここで別れてもアラガミたちが蔓延る弱肉強食の世界に戻るだけ。

  学者でもない俺が知恵を振り絞ろうにも限界はある。最終的な救いを得るための道のりが思いつかない。シオの時はどれだけイレギュラーだったかが、つくづくと思い知らされる。

  黒金魚の無邪気な顔を見つめて数瞬。こんな可愛い成りではあるが、これでも一応はアラガミなのだ。オウガテイルを倒す時とかは、敵の注意を引いてくれたりと俺のサポートに回るほどには戦える。やはり、どんなに愛くるしくてもアラガミである事には変わりはない。

  元の世界に戻る事を目指す俺と、アラガミとしての黒金魚。余程の事がない限り、人間とアラガミは相容れない存在だ。

 

 ――神機使いは何のために生まれた?

 

 ――アラガミは世界に何をもたらした?

 

 ――黒金魚と対峙した俺がするべき行動は……多くの人々が望む結果は何だ?

 

 ――俺が身勝手に話を進めても、黒金魚が人に危害を与えた時はどう責任を負えばいいのか?

 腹切り? 腹切ればいいの?

 

  ネガティブな発想ばかりが考えつき、プラス要素らしいものは何一つとしてない。理想に至るまでの道が険しすぎる。マスク・ド・オウガである俺の身分が確立されていないせいでもある。

  ならば、現時点での最善の一手は――

 

「悪い、黒金魚。いきなりだけど……ここでお別れだ」

 

「Kyu!?」

 

  一方的に別れを宣告すると黒金魚に大層驚かれた。当たり前である。

  だが、まだ意味を理解できていない黒金魚に構わず、俺は非情にも話を進める。黒金魚への配慮は一切なかった。

 

「俺が目指すのは人間がたくさんいる場所だ。俺みたいに仲良くできる人もいれば、アラガミを怖がる人、憎む人もいる。だから……これ以上一緒にはいられない」

 

「Kyu! Kyu!」

 

  黒金魚は首を振って駄々をこねる。その顔はすっかり悲壮感に包まれていた。

  離ればなれになりたくないその気持ちはよくわかる。たった七日間だったが、これまで苦楽を共にした時間は実に濃密だったと断言できるからだ。俺だって、別れてしまうのは惜しく感じている。だが――

 

「こんなのでも俺は神機使いなんだ。神機使いはアラガミを倒すため、人類を守るために生まれた……」

 

  神機使いはアラガミを喰らう者。シックザール支部長もムービーとかでそんな感じの事を言っていた。黒金魚と共存を選ぶなど大多数の人間に許される筈がなく、アラガミにも感情があれば、同胞たちを散々殺した人類を許せないだろう。負の連鎖を断つのは、いつの時代でも難しい。

  だから、対話の機会があるなら絶対に不意にしてはならないと思っている。生き物の本質が闘争でも、人間は対話して共存を選べるだけの知性と理性を兼ね備えている。シオという例外がある限り、永久不変だったアラガミ滅亡という目標は絶対的ではなくなった。

 

「だけど、お前は倒したくない。だからせめて……人を襲わないアラガミになってくれ」

 

  自身にできる唯一の願いを黒金魚に込めて、俺はその場を立ち去ろうとする。

 

「Kyuu!!」

 

「来るなぁ!」

 

  瞬間、後をついてくる黒金魚に対して、神機の切っ先を真っ直ぐ向けた。俺の突然の蛮行に、黒金魚はまるで金縛りに遭ったかのように動きを止めて、じっと宙に浮かぶ。

  黒金魚の瞳の奥に見える感情が、驚き、疑問、戸惑いと二転三転する。そして遂には、言葉だけでなく視線も使って俺の心に働きかける。

 

「Kyu! Kyu!」

 

「甘えるな!! それが世の中だ。大勢の人間はアラガミが敵だって思っているし、俺もそれが大体正しいと信じている。俺が良くても、他の人はお前を信用してくれない。俺じゃ、お前を守れない……」

 

  最後まで喋るにつれて、自身の声量が下がっていく。別れを告げた俺も、まだ心の何処かでは黒金魚に甘えているのだ。故に、わざわざ嫌われるような罵詈雑言を叫ぶ事なく、説教するだけに留めてしまう。

  それでも、胸の内に生まれる悲しみをひたすら押し殺す。すると、黒金魚の目から涙が溢れ出た。

  涙はその黒い頬をつたり、下へと落ちていく。ポトポトと流れる涙は次々と地面に染みを作っていった。それから間を置かずに、黒金魚は嗚咽を漏らし始める。

 

「Kyuu……」

 

「泣くなよ。俺も、決めたんだ。……ごめん」

 

  もう黒金魚の顔を見る事はできなかった。仮面をいつもより深く被り直して、俺は形振り構わず黒金魚の元から走り去った。

 

「Kyuuu!」

 

  黒金魚の泣き叫ぶ声を次第に遥か後ろへ置いていく。やがて俺が耳にするのは、大地を駆ける音だけとなった。

 

 

 ※

 

 

  極東支部のエントランス。受付席の横の階段を上がった先にある休憩席にて、一人の少女が思い詰めた表情をしながら座っていた。白い帽子に半袖のスクールウェアを身につけており、スカートの丈は短く、赤のニーソックスを履いている。

  彼女の名はエリナ・デア=フォーゲルヴァイデ。極東支部に配属されたばかりの第二世代型神機使いだ。所属は第一部隊である。

  エリナがこうして思い詰めるようになった原因は、何気なくターミナルのデータベースを眺めた事にあった。データベースにはアラガミやバレット、人物、専門用語などが纏められてあり、人物の項目を見た時が全ての始まりだった。

  きっかけは、先日のミッションで同行したキグルミという神機使いを不思議に思った事である。ウサギの着ぐるみという、エリナからしてみればアラガミとの戦闘に適さない厚着であるにも関わらず、キグルミは難なく討伐任務をこなしてしまったのだ。その時の熟練された戦い方に、エリナは少なからず戦慄と嫉妬の念を抱いた。

  話をしようにもキグルミはボディランゲージの一辺倒。任務終了まで結局キグルミの言葉がわからなかった彼女は、データベースの人物の項目を閲覧する事を考えた。

  それから任務帰投直後。エリナは自室へ早速戻ると、据え置きされているターミナルを操作してキグルミに関して調べ始めた。しかし、これといった情報を得るには至らず、開始早々お手上げ状態となった。“キグルミ”の名前以外の詳細は、出典が不明という理由で全部抹消されていたのだ。

  この事実にエリナは腑に落ちなかったが、謎に包まれているキグルミの正体を知るには、彼女単独では力不足でしかなかった。解けない謎に煩悶としながら、それでも暇潰しに適当にターミナルを操作していく事になる。

  そして偶然にも、人物欄の最下部にその名を発見してしまった。

 

 ――マスク・ド・オウガ――

 

  キグルミに続く、新たな謎の人物の登場である。どう考えても本名ではない。ここまで来てしまえば、興味を持ったエリナはその情報を閲覧せずにはいられなかった。

  そこで、見逃す事のできない一文を発見する。

 

 ――マスク・ド・オウガの位置情報の識別反応が、KIA認定されたエリック・デア=フォーゲルヴァイデと同一である原因は不明――

 

  自分の兄の名前がそこに載っている。それだけでなく、まるでマスク・ド・オウガがエリックであるような記述に、エリナは戸惑いを覚えるしかなかった。

  兄が死んだのは間違いない事実。それはエリック最期のミッションに同行した人物にも確認は取っている。エリックの死から三年経った今でも、その同行者は救えなかったのを後悔していた様子がエリナの印象に残っていた。

  死人が甦る筈がない。死んだ瞬間を目撃したのなら尚更だ。

  だが、エリナはマスク・ド・オウガ=エリック説を否定する反面、心の何処かではそうであって欲しいと願っていた。最近の極東支部で飛び交う噂話が、彼女の願いをより大きなものへと昇華させたりもしていた。

  すると、下にある受付席の方から神機使い二人組の会話がエリナの耳に入ってきた。

 

「なぁ、知ってるか? 仮面の神機使い、今度はウロヴォロスの背中に乗っていたらしいぜ」

 

「情報源どこだよ」

 

「ツルギの奴が言ってた。サリエル探してる最中に見つけたってよ」

 

「サリエルって……あいつらしいな。その時の写真とかは? ツルギ、サリエル用にカメラ持ってくほどだし」

 

「残念ながら仮面の神機使いは男だ。あいつが男を撮る訳ないだろ。あと、勝手な単独行動でカンナとリノに怒られて、ついでの如くカメラを壊されたって泣いてた」

 

「バカじゃねーか」

 

「しっかし、感応種撃破、オウガテイル教の次はウロヴォロスの登山かぁ……。なんだ、この伝説」

 

「今度は何やらかすんだろうなぁ……。グボロ・グボロで波乗り?」

 

「いや、ツクヨミに肩車してもらうかもしれない。男神の代わりとして」

 

  この通り、好き勝手に言われる有り様である。

  しかし、最初からエリックを「かっこよくて、優しくて、極東の凄いゴッドイーター」だと信じて疑わないエリナにとって見れば、そんな荒唐無稽な話も信用してしまいそうになる。

  それから会話を盗み聞きしていたエリナは、情報源は偵察班だと把握すると迷わず席を立った。マスク・ド・オウガに関する情報を偵察班から直接話を聞くつもりだ。

  噂の真相に近づける。エリナはそう思うと居ても立ってもいられなくなり、一人で直談判に乗りきった。

  そうしてラウンジに向かうと、運良くもカンナとリノの二人の姿を見つける。二人は奥の窓側の席を取っており、ちょうど食事中だった。

  あまり馴染みのない偵察班の面々は顔ぐらいしか知らないが、エリナは臆する事もなく二人の元へ訪れた。

 

「あの……偵察班の方ですよね? ツルギさんという方はどちらに?」

 

  話し掛けてきたエリナにカンナが食事の手を止めて反応する。一方のリノは、エリナの対応をカンナに丸投げし、黙々と食事を続けていた。

 

「ツルギは今、ミッションに出掛けているが……君は?」

 

「あ、申し遅れました。第一部隊所属のエリナ・デア=フォーゲルヴァイデです」

 

「私は偵察班の高比良カンナ。こちらで黙々と食べているのが、山野リノだ」

 

  仮にも先輩相手に大慌てでエリナが名乗ると、カンナも自己紹介を返した。リノはエリナの方に向かって頭を下げるだけの留まり、ひたすら食べては頬を膨らましていく。

  相変わらず食事を優先するリノを傍目にカンナは僅かに苦笑し、エリナと話を再開する。

 

「ツルギに用があるなら、私が伝言を預かるが」

 

「いえ……あの、仮面の神機使いについて聞きたい事があって」

 

  仮面の神機使いこと、マスク・ド・オウガに関する情報がエリナの求める本命である。あくまで用があるのは、彼を目撃した事のあるカンナたちだ。

  カンナはエリナからマスク・ド・オウガについて尋ねられ、一瞬だけ眉をひそめる。そして、おもむろに視線をエリナから外の景色へと動かす。

 

「ああ、あれか……」

 

「えっと、どうしたんですか?」

 

  気づけば遠い目になったカンナの様子に、エリナは思わず首を傾げる。それからは数回らカンナを呼び掛けるが、本人は何の返事もしなくなった。

  そこに、口の中のものを全て飲み込んだリノが、カンナを正気にさせようと横から水を差してくる。

 

「あんな風に前線張れないのが悔しいんだってさ」

 

「リノ、静かに」

 

  リノがそう言った瞬間、カンナは何もなかったかのように復活する。注意を受けたリノは「はい」と素直に了承すると、そのまま食事に戻っていった。

  リノの言葉の意味がわからなかったエリナは、またもや首を捻る。だが、カンナは敢えてその話題に触れずに話を戻した。

 

「仮面の神機使いの話だったな。今ではマスク・ド・オウガと名称が付けられているが……残念ながら行方については依然として不明だ。ビーコンは当てにならないし、私が最後に見たのはウロヴォロスの背中から転げ落ちた瞬間だけだった」

 

「ウロヴォロスの話、本当だったんだ……」

 

  半ば与太話だったものが事実である事に、エリナは改めて衝撃を受ける。当事者であるカンナは乾いた笑みを漏らしていた。

  一体どうすればウロヴォロスの背中に乗れるのだろうか。仮に乗れたとしても、そのまま戦闘が起きなかったのが不思議でならない。その時の様子をエリナは自分なりに想像する。

  そして、自分が知りうる最新の情報を告げ終わったカンナは、成果を出していない自分たちに負い目を感じるのだった。まだかまだかと次の話を待ち倦むエリナに対して、謝罪を述べようとする。

 

「あまり話せる事がなくてすまない。赤い雨のせいもあって、思うように捜索が進まなくて……」

 

「いえ、大丈夫です。そういうのじゃないですから……ありがとうございました」

 

  別の悪い訳でもないのに謝るカンナに、エリナは咄嗟に気遣って感謝を伝えた。続けて、マスク・ド・オウガの事を教えてくれた彼女に一礼し、スタスタとラウンジから立ち去っていく。

  ほんの少ししか収穫は獲られなかったが、マスク・ド・オウガは実在するという事実があるのは意外と大きい。データベースに書かれてあった通りなら、約八割以上が戦没時のエリックと外見的特徴が一致している。後は、仮面の下を覗く事が決め手となる。

  もしもエリックが生きていたら、それはエリナ自身だけでなく彼と交流のあった人々も大いに喜ぶ事になるかもしれない。実際、マスク・ド・オウガの正体にエリナは大きな期待を抱いてしまっている。頭の中では兄は既に死んだと理解していても、こうも復活説が流れてはつい信じてしまう。それにすがってしまう。

  だが、エリック復活説を提唱するに当たって、奇妙な点がたくさん浮かび上がる。何故、今になって生き返ったのか。何故、極東支部に戻って来ないのか。そもそも、彼は本当に自分の兄であるのか。

  エリックの生存を信じようとする度に色々な疑問が湧いては尽きない。やはり本心では生存を望んでいても、生きているのはおかしいと感じている自分がいた。

  願望と現実の板挟みにされ、エリナの表情はだんだんと暗くなる。もはや、どちらか一方に考えを割り切る事は叶わなかった。

 

「何を悩んでいるんだい、エリナよ」

 

  すると、エリナはエントランスのエレベーター前で金髪の青年に声を掛けられた。

  彼はエリナと同じ第一部隊に所属する神機使い、エミール・フォン=シュトラスブルク。ドイツから遥々、極東支部へとやって来た騎士道に生きる男だ。あのエリックとは、終生の好敵手であり盟友に当たる。

 

「うるさい。エミールには関係ないでしょ」

 

  しかし、エミールの熱血漢ぶりと騎士道精神故のウザさを日々受けていたエリナは、心配の声を無下にして素っ気なく答えた。

  そうこうしている内にエレベーターが開き、エリナがそそくさと入り込む。後輩からあっさり存外にされたエミールも、負けじとエレベーターに乗り込んだ。

  エリナはジロリとエミールを睨み付けるがまったく効果はなく、扉の閉まったエレベーターが移動を始める。その間にも、エミールは狭い密室の中で粛々とエリナに話し掛けていた。

 

「いや、そんな事はないぞ。エリックに頼まれた事もあるが、それ以前に僕は悩める仲間見過ごす事はできない。騎士道に生きる者として、共に戦う第一部隊としてでも力になりたいと思っている! さぁ、聞かせてくれ、エリナ。君の悩みを!!」

 

  エリナがどんなに適当に言葉を返そうが、どんなに無視しようが、エミールの心が折れる事はない。むしろ、頑なに会話を拒むエリナの心を開こうと躍起になっていた。

 

「何も悩みを打ち明けるのを恥じる事はない。人は誰しも悩みを抱えて生きているからね。一度話せば、嘘のように胸が空く場合もある」

 

「もしや、口外される事を恐れているのか? 安心したまえ! 騎士道に誓って、君の秘密は墓場まで持っていこう!」

 

「ああ、わかるぞ。本当に打ち明けてしまって良いのだろうかと葛藤する気持ちは。だけど僕は、君を焦らせるつもりは何一つないんだ。決心するのはゆっくりでいい。僕はいくらでも待――」

 

「どこまでついてくる気なのよ! もう私の部屋の前なんだけど!」

 

  エミールが勝手に熱くなっていると、二人は既にエレベーターを降りて、新人神機使いの居住区画を訪れていた。自室の前まで歩いて来たエリナは、未だにしつこく追い掛けてくるエミールに対してツッコミを入れた。

  それを受けたエミールも、ようやく身の回りの様子を確認する。そして、エリナの自室付近まで来てしまった事を把握すると、ゆったりと彼女に謝罪した。

 

「あ、これは失礼。許可もなくレディの部屋にまで押し入るものではないな。すまない、エリナ。ただ、これだけは覚えてくれ。相談ならいつでも乗ってあげると。では、また」

 

  エリナへそう言い残したエミールは、さっさとエレベーターの方へと戻って行った。しかし、立ち去っていくエミールの後ろ姿を見つめて、エリナはふと呼び止めようとする。

 

「……ねぇ」

 

「うん?」

 

  その瞬間、エミールは足を止めてエリナの方に振り返る。この時、二人の視線は見事なまでに合わさった。

  エミールの真っ直ぐな目に、ただ何となくで呼び止めただけのエリナはしどろもどろする。彼の真剣な眼差しを前にしては、中途半端な気持ちで自分の悩みを話すのは気後れしてしまう。エミールも、エリックが死んだ時の深い悲しみがまだ心に残っているのだ。単なる憶測などで話せる事ではない。

 

「……ううん、やっぱり何でもない」

 

  こうしてエミールに有無を言わせる暇もなく、エリナは素早く自室の中へ入った。入り口のスライドドアが閉まり、後ろで何か言っていたエミールの声をほとんど遮断する。

  しんと訪れた静寂に包まれた自分の部屋。エリナはおずおずとターミナル脇の棚へと向かうが、その足取りは先程と比べて遥かに覚束ない。

 

「お兄ちゃん……生きてるの?」

 

  棚の上には、エリックも含めた一枚の家族写真が立てられていた。





この後、出典不明の記述が散見されたのでマスク・ド・オウガの項目が一旦削除されました。
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