世にも奇妙なマスク・ド・オウガ   作:erif tellab

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ボディサイドはエリック。ソウルサイドはプレイヤー。


トラウマミッションを思い出すマスク・ド・オウガ

 マスク・ド・オウガになって二十二日目。黒金魚と別れて以降、ボッチ耐性は十分に身についていた。ただの坂道だと間違えて眠っていたウロヴォロスの背中に登った事もあったが、命の危険を感じ取った点以外では大して辛くなかった。もう立派な極東人になってしまった気がする。

  そうして当てもなくさまよっていると、とある崖の上へたどり着いた。アスファルトで舗装された道が途中から大きく崩れていて、その先がすっかり途絶えている。神機使いの身体能力なら下へ飛び降りるのは容易な高さだが、実際にやるのは怖いので近くに迂回できる道がないか探した。

  すると、遠くの景色の中に辺り一面が真っ白になっている場所を見つけた。荒廃しきった土地が白く染まり、そこから奥の山々まで続いている。

  それは冬の富士山の姿を彷彿させると同時に、とあるフィールド名を俺に思い出させた。

  鎮魂の廃寺。ここで第一部隊の皆がディアウス・ピターを倒したり、シオと会ったり、リンドウ捜索に出たりと、ある意味で曰く付きの場所だ。悪名高きピルグリム――コンゴウ四体同時狩りの舞台としても登場した。あれはクリアにかなりの気力を要した……。

  ピルグリムは他にも2とか零とかもあったが、どちらも四体同時狩りである事には変わりなく、ハガンコンゴウの参戦は実に嬉しくないものだった。放電しながらの囲んでローリングアタックは、今でも許せそうにない。

  ちなみに個人的にそれらと同列なのは、蒼穹の神月で狭い教会の中に集まってきた計三体以上のプリティヴィ・マータとディアウス・ピターである。強制ソロで普通に死ねた。

  また、観光で行く分には鎮魂の廃寺というスポットはそそられるものがある。その上、曰く付きなのが作用して、そこに行けば何かしらのイベントが発生する予感もする。ただしピルグリム、お前は駄目だ。

  ピルグリムは駄目だが、ただでさえ場所も知らないアナグラ探しの現状を打開させるには、なかなか悪くない賭けではないだろうか。あくまで希望的観測に過ぎないが、鎮魂の廃寺で他の神機使いと接触できれば万々歳だ。

  それから誤魔化しの巧みな会話術が要求されるかもしれないが、まぁその時は何とか頑張ろう。背に腹は変えられないし。

  そんな訳で、俺は眼前に広がる雪原へ向かう事を決心した。

  だがその直後、目の前の地面から前触れもなく一体のアラガミが湧いてきた。

 

「ひぇっ!?」

 

  突然の事で思わず奇声を出してしまった。一方で身体の方は敵襲に反応し、その場から素早く下がって瞬く間に神機を握りしめる。

  正面に佇むのは、全体的に青く、肉食獣を思わせる小型の怪物。鬼の面は相手に威圧感を与え、口から覗く巨大な牙はどんなに硬いものでも容易く咬み千切ってみせそうだ。また、基本色が青であるのも相まって、明らかに寒冷地を住み処にしているのが窺える。

 

  ……何だ、ただのオウガテイル堕天種か。

 

「Gyafun!?」

 

  俺を見つけてや否や呑気に威嚇しようとしていたので、速攻を決めてオウガテイル堕天種の頭に神機の刀身を叩き落とした。今日までオウガテイル相手に鍛えられた腕は伊達ではなく、一撃で奴を絶命させる事ができた。

  尾刀クロヅカを引き抜くと、オウガテイル堕天種は割られた脳から絶えず血を流しながら、アスファルトの上へと倒れ込む。それを見届けた俺は、迷わず神機を捕食形態に移行。喰らう事しか考えていないような黒くおぞましい獣の顔を、オウガテイル堕天種に向けて突っ込んだ。

  神機の咀嚼音を聞き流し、コアを入手すると元の形態に戻す。同時に腹が満たされる感覚を抱いた。

  コアを抜かれたオウガテイル堕天種は、そのまま肉体を崩壊させて消滅していく。死体があった場所には、血液はおろか何の痕跡も残らなかった。

 

「……はは。もう慣れてるし」

 

  流れ作業でアラガミのコアを摘出した事に、俺は苦笑しかできない。先程の捕食に関しては、日々のオウガテイル狩りで何気なく培われた技術の結晶だ。全てのきっかけはダンシング・オウガ+水色シユウである。

  あの時は、五体満足で生き残るために必死でバースト維持せざるを得ない状況だったのだ。水色オウガテイルから集中攻撃を受ける中、ひたすらコンボ捕食していくのは本当に苦行だった。自然と被ダメージゼロを強いられる形なので、二度とあんな危険な乱戦はしたくない。

  さて、こうして邪魔者も片付けた訳だから、とっとと積雪地帯に向かうか。

 

 ※

 

  どこを見渡しても雪、雪、雪。地理的には太平洋沿いの筈なのに、やたらと雪が積もっている。正確には普通の運動靴でも支障がない程度の浅さなのだが、逆にそれぐらい大した事ない積雪量なのに溶ける様子がないのが不思議だ。現に、太陽の光がさんさんと降り注いでいるにも関わらず。

  まだ小学生だった頃、クラスの男子と雪合戦していた思い出が懐かしい。ただ、俺の出身地は一年の降雪量が比較的多い地域だったので、この辺りの雪化粧とは比べものにもならないが。

  しかし、さすがに雪が積もっているだけあって……寒い。

  ご覧の通り、今の俺――マスク・ド・オウガの格好は軽装であり、半裸とも呼ぶべき姿でもある。明らかに防寒意識を何億光年の彼方へと投げ捨てた服装で、何事もなく雪の中を歩ける訳がない。吐息が白くなっている。

  よくよく考えれば、鎮魂の廃寺にミッションで行く時も防寒具を羽織った奴は一人も見かけなかった。精々、コートを羽織ったソーマぐらいか。神機使いってワイルドだなぁ……。俺は真似したくない。

  だが、厚手の防寒具を着重ねた状態でピルグリムとかスサノオ二体同時狩りとかをこなしてこいと言われれば、全面的に軽装を否定する事はできない気がする。とことん神機使いのハードワークぶりを実感するのだった。

  特にアラガミの襲撃もなく、しばらく平和的に道を進んでいくと、坂の上で背の低い木造の壁が横に連なっているのが目に入った。壁の中央あたりにある中門の形からして、どこかの寺の入り口である事は間違いなさそうだ。修学旅行を思い出す。

  また、来る者を拒むように広くて深い堀が邪魔しているので、素直に整備された道を歩いていく。ところどころでアスファルトに穴があるのが、閑散としているのを思い知らされる。ここからは雪が随分と深くなり、足取りも徐々に悪くなる。

  やがて、門の前へと到着した。開けた先での敵の待ち伏せなどが怖いので、警戒心を強めながら軽く門に手を触れさせる。耳を澄ませ、一切の物音も聞き逃そうとはしない。

  それから、この先には何もいなさそうだと判断すると、躊躇なく門を両手で押し始めた。だが、押しても引いてもうんともすんとも言わず、壊す覚悟で臨まない限りは開きそうになかった。

  仕方ないので、神機使いの身体能力を利用して壁をよじ登る。一回のジャンプで一メートル以上も跳べるため、瓦の屋根までに取り付くのは簡単だった。上半身が屋根の上に乗ったところでアラガミが近くにいないか確認し、ようやく登りきる。

 

「うわ……」

 

  次の瞬間、想像を絶するような光景が広がってきた。

  過去に確かにあっただろう境内は今や見る影もなく、山の麓なのもあってか大量の雪で覆い尽くされていた。僅かに残るのは、根元が雪に埋まっている林と、壁の内側にぎっしり立てられている錆びた鋼板である。

  恐る恐るこの雪原に一歩踏み出してみるが、意外にも足は沈まなかった。足場の雪が相当固くなっているのだ。積もった雪の上に乗れるなんて小学校低学年以来である。

  雪の中にアラガミが待ち伏せしていては困るので、神機を構えながら注意深く進む。林を抜けた先のさらに上の方には、半壊状態の寺が鎮座していた。ここからでは建物の裏側しか見えない。入り口は反対側にありそうだった。

  元々、その寺は高台にあったのだろうが、散々に降り積もっている雪のおかげで俺がいる裏側からでも辛うじて行ける仕様だ。山ゆえに、どうしても斜面がキツいが何とかなるだろう。

  こうして四苦八苦しながら雪の坂道を突き進み、目標の寺へと到達する。雪に埋もれている石垣が寂しそうだ。

  壁の穴から入ると、見覚えのある広間に出てきた。隣にはぼろぼろの仏像が座っており、外から侵入してくる日光が屋内を少しでも明るく照らす。

  どう見てもピルグリムの現場、鎮魂の廃寺のフィールド最上層である。ゲーム舞台に赴いた事による達成感と例の罪深い任務への憎悪が混ざり、色々と感慨深い。

 

「Uooooo……!」

 

  その時、境内の奥から獣っぽい叫び声が響いてきた。直後に神機の銃声らしき音も聞こえ、近くで戦闘が始まっていると察した俺は萎縮しかける。

 

(え? 何? 誰が何と戦っている? ピルグリム? スサノオ二体?)

 

  最悪な地獄絵図を予測しながら、冷静に奥の戦闘音を耳にする。全力で息を殺し、激しい心臓の鼓動にも耐えて、少しずつ現場へと接近していく。

  神機の変形音、オラクル弾発射音、何かが硬いものにぶつかる音。そして――

 

「Uoooooo!!」

 

  遠慮ない雄叫びとビュンという音。どうやら相手はコンゴウのようだ。数も一体だけらしく、雄叫びが重なって響いてくる事はない。

  ピルグリムでなければそれでいい。ローリングクロスアタックを受けずに済むなら構わない。

  かくはともあれ、俺……どうすればいいんだ?

  コンゴウ一体だけの討伐と言えば、新人の神機使いが自力で倒す登竜門的なミッションが印象に残っている。コウタと主人公が初めて二人きりでコンゴウを倒しに行った時のアレだ。

  ならば、ここは普通に手助けするべきなのだろうか。それとも、実力を得させるために新人任せにするべきなのだろうか。

  普通に考えれば、死んでは元も子もないので助けに入るのがベストだ。だが、それが新人たちの今後のためになるのかと問われれば非常に回答に困る。実力の足りない神機使いって死亡率高いし。

  また、かく言う俺もまだ新人の域を出ていない……と思う。神機を握って一ヶ月も経過していないのだ。仮に援軍に向かったとしても、戦っている神機使いがベテランなら足手まといと化する可能性が否めない。それに、極東支部の皆ならコンゴウぐらい余裕だろう。新人は除くが。

  しかし、これは同時にアナグラへショートカットで行く千載一遇のチャンスでもある。ここで他の神機使いと接触できれば、少なくとも自身の存在がどうなっているのかが確定するのだ。逃す手はあり得なかった。

 

(あぁ……でも中型種か。まだシユウぐらいしか倒した事ないし、何より対峙するのが怖い)

 

  頭では理解していても、身体が恐怖で戦場に向かうのを拒む。まだ、オウガテイルぐらいの小型種しかアラガミ相手に慣れていないのだ。水色シユウの時は、戦う以外に生き延びる方法がないほどにまで追い詰められていたから状況も異なる。オウガテイル教の時も、大体同じような理由だ。

  それでも射撃という、近寄らなくても相手を攻撃できる人類の叡知が残されているが、今日まで銃形態はろくに使った事がないので誤射が恐ろしい。今思えば、俺って連携訓練とか積んでないや。

  ようやく人と会えるかもしれないのに、その先にいるだろうアラガミがおっかなくて進めないジレンマ。何これ、嫌すぎる。

  そうして悩みながら寺の入り口で立ち止まっていると、見知らぬアラガミが道を横切ってきた。視線はこの寺の前にある家屋へと向いていたため、俺は難なく物影へと隠れる事ができた。

  相手に目を付けられないよう、入り口の裏からひっそりと覗き込む。

  全長三メートルはありそうな人型の巨体。紫色とオレンジ色を基調にし、肩や脛に浮かび上がる爬虫類のような鱗が特徴的だ。特にその目立つ額当てと肩当ては、戦国時代の武士の甲冑を彷彿させるものだった。

  また、左手はれっきとした五本指であるのに対し、右腕は肘から下が完全にキャノン砲と化していた。ビームとか撃ってきそうだと一発でわかる外見だ。スペースコブラのサイコガンにしか見えない。

  サイコガン武者は俺がいる寺には向かわず、右手側にある家屋へと歩いた。家屋の二階の壁は吹き抜けになっており、サイコガン武者の身体でも入れるほどの広さだ。

  遠くから戦闘音が聞こえる中、サイコガン武者は気にせずに二階へと飛び上がり、その奥へと消えていった。

 

  ……あれ? これ、アイツも戦闘に向かったって事?

 

  最後までサイコガン武者に気づかれずに済んだが、アイツがコンゴウと合流するのは結果的によろしくないと思われる。仮に戦っている神機使いがソロだったり、新人チームだったりすれば、敵から受ける圧力が大きくて負担になるのは明白だ。

  それに声だけで判別しているため、向こうにいるコンゴウが堕天なのかハガンなのか区別がつかない。そう考えると、これは尚更ヤバい事態なのでは……?

 

(どうすればいい? いや、違う。どうすれば俺は向こうに行けるんだ?)

 

  正直に言うと、このまま自分も交戦地帯に赴くのは怖くて非常に気が乗らない。それに、とことん相手に追い詰められなければ戦えない自信さえある。中型種となると、今まで相手にしてきたオウガテイル達と訳が違いすぎるのだ。ずっと逃げに徹してばかりで、戦闘経験の少なさが仇になった。

  行こう、行こうと思って我慢しても身体の震えは僅かに残る。あくまで誤魔化しているだけで、根本的な恐怖心はなくなっていない。恐怖心、俺の心に恐怖心……。

  だが、いつまでボサッとしていても意味がないのは自覚している。ここで怯えてずっと立ち尽くす事が、今の俺がやるべき事ではないのもわかっている。

 

「Gaooooo!!」

 

  直後、サイコガン武者のものと思われる叫び声が聞こえた。いよいよ本格的に乱戦が始まってしまう。

 

「……っ! よ、様子見だけなら……!」

 

  不覚にも、先程の咆哮が俺の心を後押ししてくれる形になった。まだ戦闘介入する気概までは持てないが、偵察紛いの行動ならこなせる気がした。

  それから早速、二つある階段の内のL字――洞窟状の方を駆け降りた。そこを選んだのは、降りた先のすぐ近くに身を隠せる段差がある筈だと見当をつけたからだ。

  そして実際に俺の読みは当たり、ついでに交戦ポイントからも離れていた。段差の影からあちら側の様子をこっそり眺める。

  奥にある池の辺りで暴れまくるコンゴウとサイコガン武者の計二体。対してアラガミと戦っているのは男女二人組だ。

  金色のハンマーらしき神機を持っているのは、貴族らしい服に身を包んだ金髪の青年だ。一方、白い帽子を被った女子中学生らしい子は、藍色の槍の神機を握っている。

  最初はコンゴウを挟んで叩いていたらしく、サイコガン武者の登場で二人は完全に分断されていた。池側に青年とコンゴウ、寺の鐘がある方にサイコガン武者と少女だ。

  何やらコンゴウに対して一々叫んでいる点以外では青年は大丈夫そうだ。問題は、サイコガン武者相手に危なっかしい戦い方をしている少女だ。無理やり攻めに行っているようで、見ているこっちが死にそうになる。

 

「これぞ、まさに背水の陣ッ!」

 

「トラップ使って合流してきて!」

 

「そんなものはない!!」

 

「あぁもう……エミールのバカ!!」

 

  しかも、そんな感じの会話が聞こえてきた。これが無印のNPC対アラガミだったらカリスマ必須の戦いになるだろう。

 

  ……エミール?

 

  いや、待て。俺はエミールなんて奴は知らない筈だ。なのにどうして、その名前に懐かしさを抱いているんだ?

  エミールはあの金髪の青年の名前で間違いないだろう。だったら尚更、旧懐の念が込み上げてくるのはおかしい。エミールと出会ったのは今日が初めてで、 一緒に学校に行ったりとかはあり得ない。

  あれ、何か俺の知らない変な記憶がある……? あ、裕福そうな紳士の姿が脳裏に浮かび上がってきた。無性に父と呼んでしまいたくなるのはどうしてだ? お前は俺の親ではないだろ。むしろ、息子は俺ではなくてエリックの方だろ。

 

「ッ!? このヤクシャ、硬い!!」

 

  しかも、少女の声は滅茶苦茶聞き覚えがあった。少なくとも、元の世界にいた時は一度も聞いた事のない声だ。それなのに、頭のどこかで聞き覚えがあると思ってしまっている。何これ、怖い。

  さらに、勇気が一向に出ないにも関わらず、俺の身体は早く二人の元へ駆けつけたくてウズウズしている。少し前までは考えられない反応だった。

  先程は恐怖で身体が強張っていたのに対し、今回は心の中で怯えながらも肉体だけが妙に張り切って勇気を出している。最早、肉体と精神のギャップ差が激しすぎて不気味だった。現時点では、とても自分の身体とは思えない。

 

「エリナ、上だ!」

 

「言われなくてもわかってる!!」

 

  エリナと呼ばれた少女は、サイコガン武者の上田ビームを辛うじて回避した。ビームの予備照射に照らされながら、被弾ギリギリまで攻撃を仕掛けていた様子はひやひやした。

 

  ……エリ……ナ……?

 

  その名を耳にした瞬間、俺の身体は我慢の限界を越えた。たちまち物陰から飛び出し、神機を銃形態にして走り出す。一方で謎の達観を得た俺は、少しでも恐怖を紛らわせるために華麗な自己暗示を掛けるのだった。

 

(華麗に助けて生き残る! 華麗に助けて生き残る! 華麗に助けて生き残るぅぅ!!)

 

  もう、何も怖くなくなった……気がした。

 

 ※

 

  討伐目標はコンゴウ二体。今回、エリナとエミールが受注したミッションは、エリナの自主練と称したものだ。そのため、二人の隊長である藤木コウタとは半ば内緒で出撃していた。

  しかし、二人が隊長の同伴なしで勝手に出撃できたのは、コンゴウ二体程度なら問題なく狩れるという周囲の判断があってこそだ。二人――特にエリナは神機使いとなって日が浅いとは言え、伊達に極東支部第一部隊所属という訳ではなかった。

  結果、コンゴウ二体を同時に相手取り、つつがなく一体を撃破するまでに至った。後は粛々と残りのコンゴウを倒すだけで、ミッション完了するかと思われた。

  コンゴウを挟み撃ちにしていた時、オペレーターの竹田ヒバリから通信が入る。終盤に差し掛かった頃に、中型種のアラガミが乱入してきたのだ。

  そのアラガミの名はヤクシャ。視覚こそ並みでしかないが、聴力に関してはコンゴウにも劣らないものを持っている。戦闘エリアに侵入した直後、遠くから聞こえる戦闘音を感知して瞬く間に交戦ポイントへやって来た。

  コンゴウの横に並ぶようにして降り立ったヤクシャにより、エリナたちが優勢だった戦局が一気に互角まで変わってしまった。コンゴウはエミール、ヤクシャはエリナという風にして、苦しくも分断されざるを得なかった。

  しかもこのヤクシャ、地味にタフで強い。また、スタングレネード等を持ち歩かない、尚且つ騎士道精神全開のエミールが微妙に足を引っ張るため、思うように戦えないエリナの機嫌は曲がりに曲がっていた。

  崖っぷちに追い詰められたエミールは未だにコンゴウの足止めを突破できず、エリナはヤクシャをチャージスピアで一人果敢に突き掛かる。最早、エリナの頭の中は「こうなったら自分一人で素早く片付けてやる」という考えで染まっていた。

  だが、このヤクシャ相手に猪突猛進でありすぎたのは悪手だった。

  チャージスピアの猛攻に晒されてもヤクシャはものともせず、平然とした様子で右腕を地面へと向ける。そして、銃口から小威力のオラクル弾を一つ発射した。

  発射の反動でその巨体が軽く浮かび上がり、オラクル弾は地面にぶつかると同時に衝撃波を生み出す。衝撃波の威力自体は機関砲のよりも低いが、極限まで間合いを詰めてきたエリナの身体を吹き飛ばす事ぐらいは造作もなかった。

 

「きゃっ!」

 

  ギリギリまで肉薄していたせいで、回避に失敗したエリナは衝撃波を受けて後ろに飛ばされてしまう。

  その様子を視界の端に納めていたエミールは、エリナの身を案ずるばかりにコンゴウから不意にも目を離してしまった。

 

「エリナ! おのれ、闇の眷属どもッ! この僕を見ろ……ぐおぉ!?」

 

  そうして余所見していたところに、コンゴウのフックが腹に決まった。攻撃を受けた反動で華麗に大きく吹っ飛ばされ、地面に転がる。見かけに反してダメージ自体はなさそうだが、これではエリナからヤクシャの注意を引く事すら儘ならない。

  一方のエリナは受け身を取ろうとする。しかし時既に遅く、ヤクシャが二発目の光弾を放っていた。

  回避はおろか、ガードも間に合わない。飛来してくる桃色の閃光を前にして、エリナは思わず目を瞑ってしまった。ダメ元でバックラーを展開する事すら忘れてしまう。

  固く閉じた目蓋の裏側で、暗闇とまばゆい光が織り混ざる。すると、不思議と身体が何かに持ち上げられる感覚に襲われた。

 

「……え?」

 

『作戦エリア内に他の神機使いの位置情報を確認! エリナさん、エミールさん、聞こえますか!』

 

  謎の感覚とヒバリからの通信に、エリナが呆けた声を上げる。咄嗟に目を開くと、自分がヤクシャの射線上から離れている事に気づいた。自分のすぐ脇には、オウガテイルの仮面を着けた謎の人物が佇む。

  美しい果実の色をした赤いベストに黒のニッカポッカ。惜しげもなく胸の刺繍を見せびらかし、右手にはオウガテイル一式のパーツで固めた第二世代型神機を持つ。神機を制御する腕輪の色は赤だ。

  仮面の男――マスク・ド・オウガはエリナの身体を掴んだ手を離し、銃形態の神機のトリガーを素早く引いた。尾弩イバラキの銃口から多くのオラクル弾が連射され、ヤクシャの頭部、肩、右腕、腹へとばらまかれていく。

 

「ボサっとしないでくれよ!」

 

  マスク・ド・オウガの一喝により、エリナはようやく我に帰った。その間にも連射弾がヤクシャの身体を少しずつ穿ち、ダメージをどんどん蓄積させていく。

  エリナがチャージスピアを構え直す頃には、マスク・ド・オウガは既にヤクシャへと駆けていった。走りながら神機を剣に変形させて、ヤクシャとすれ違い様に横へ振り抜く。

  太ももを斬り裂かれたヤクシャは苦しそうに声を上げながら、その場に膝を着いた。右腕をだらりと下げて、光弾を撃ってくる様子を見せない。身体中に弾痕が残り、すっかり満身創痍である。一気に畳み掛ける絶好のチャンスだ。

  ヤクシャの後方に立ったマスク・ド・オウガは、捕食形態を取った神機を軽くヤクシャにかじりつかせて、瞬く間にエミールの方へ向かっていく。直後、彼の身体に神機解放の光が纏わった。

 

「……っ!!」

 

  偶然にもやって来たマスク・ド・オウガとの邂逅。すぐにでも彼の正体を突き止めたいエリナだったが、聞き覚えのある声で叱咤を受けた事もあり、気持ちを切り替えて目の前のアラガミに集中した。

  兄のエリックと同じような声に、同じようなファッションセンス。疑問が色々と尽きないが全て後回しだ。生き残りさえすれば、そんなものはいつでも確かめる事ができる。今はただ、自分たちに立ち塞がる敵を殲滅するだけ――

  エリナはチャージスピアの穂先を上下に展開すると、そこから別の刀身が伸長してきた。さらに、たちまち膨大なエネルギーを槍身に奔流させる。それはポール型神機の片割れが持つ固有アクション――チャージグライドだ。

 

「行っけえぇぇぇ!!」

 

  チャージスピアを前に突き出し、エリナは掛け声と共にヤクシャ目掛けて高速突進する。一筋の光槍が大地を疾り、ものの見事に夜叉の巨駆を貫いた。

  青い一撃を胸に深く受けたヤクシャは、そのまま地面の上に倒れて力尽きた。エリナは敵の撃破をしっかり確認すると、次にエミールたちがいる方へ目を向ける。

  そこでは、上空からエミールがコンゴウの脳天にブーストハンマーを叩き込む様子が繰り広げられていた。コンゴウの尻尾は切断されており、側のいたマスク・ド・オウガはエミールの戦いを見守るばかりだった。

  強烈な殴打を与えたエミールは、その勢いを利用して空中後転しながら、コンゴウの前に着地する。対してコンゴウは、頭部をハンマーで思いきり叩かれたのを皮切りにして、ゆっくりと地に伏せる。それから多少の身動ぎはしたが、やがて息絶えるのだった。

  作戦エリア内のアラガミを全て倒し、エリナはそそくさとマスク・ド・オウガの元へ向かっていく。一方のマスク・ド・オウガは、淡々とコンゴウのコアを摘出していた。

 

「ねぇ、あの――」

 

「救援感謝する、名も知らぬ仮面の騎士よ。本当なら僕の騎士道をアラガミたちに示す筈が、盟友の約束も果たせず、エリナに危険が迫るのを黙って見るしかなかった。このエミール、一生の不覚だ……。すまない、エリナ、エリック!! 非力な僕を許してくれ!!」

 

  エリナがマスク・ド・オウガに話し掛けようとした瞬間、エミールの言葉に遮られた。そちらに目を向けると、仰々しい動きと悲痛な表情をしたエミールの姿を見つける。

 

「エミール、うるさい!! ねぇ、あなた。もしかして噂のマスク・ド・オウガって――」

 

  今度こそは真相を確かめる。そう意気込んでエミールに負けじと声を張り出すエリナだが、その直後にマスク・ド・オウガは突然と崩れ落ちてしまった。予想外な展開にエリナだけでなくエミールも唖然とし、慌てて気持ちを切り替える。

  地面に倒れたマスク・ド・オウガは、歯を食い縛りながら頭を抑えるばかりだ。自分の神機を放り捨てて、苦しそうに呻き声を漏らしていく。身体中に流れる大量の汗は、一向に止まる気配がない。

 

『あっ!? マスク・ド・オウガの位置情報ロスト! エリナさん、エミールさん、そちらで確認できますか!?』

 

  その時、ヒバリからの通信が入ってきた。多少の時間差はあったが、マスク・ド・オウガが倒れたのとほぼ同じタイミングだった。

  エリナは耳元に着けたインカムに手を伸ばし、間髪入れずに応答する。

 

「こちら、エリナ! 彼が突然頭を抑えて倒れました! エミールが容態を見てます!」

 

「どうした、仮面の騎士よ!? 頭が痛いのか?」

 

「ウゥッ……!」

 

  一際強く声を上げたかと思いきや、マスク・ド・オウガは糸の切れた操り人形のように沈黙した。頭を抑えていた手をだらりと地面に垂らし、周囲に不気味だと思わせるぐらいに脱力する。

  何の応答もしなくなったマスク・ド・オウガをエミールが診る傍ら、エリナはとてつもない不安と恐怖に駆られずにはいられなかった。手先が震え始め、マスク・ド・オウガから目が離せなくなる。

  とことんエリックと似ているマスク・ド・オウガ。どうして彼が自分の兄とそっくりなのか、どうして鎮魂の廃寺に居たのか、どうしてこの時期に現れたのか。ようやく自分が知りたい真実に辿り着けそうなのに、肝心の彼は目の前で地に臥せてしまっている。

  もしかして、死んでしまったのではないか。そんな考えが頭の中に浮かんできた瞬間、咄嗟にエリナはエミールの名前を叫んだ。

 

「エミール!!」

 

「脈と呼吸は正常だ。気を失っただけでいて欲しいが……とにかく安全な場所に運ぼう」

 

  エリナの叫びにエミールは冷静に言葉を返し、マスク・ド・オウガの姿勢を一度仰向けに直そうとする。

  そして、その拍子に仮面がすっぽりと頭から外れてしまった。

 

「「あ」」

 

  不意に訪れた顔バレの瞬間に、エリナとエミールの声が重なる。

  素顔は間違いなく華麗で凛々しいルックスだった。今は瞼が固く閉じられ、すっかり気を失っているが、笑顔を振り撒けば女性陣をたちまち虜にしてしまう可能性を秘めていると言っても過言ではない。顔立ちは西洋人で、適度に赤い髪を伸ばしている。

  これだけなら、マスク・ド・オウガはイケメンという印象しかないだろう。だが、誰よりも早く彼の素顔を知った二人からすれば、まさしく雷に打たれたような思いだった。

 

「ああ……そんな筈はない。何故なら、君は……!」

 

  エミールは幽霊でも見たかのような顔になり、マスク・ド・オウガの介抱も忘れてその場に立ち尽くす。まだ言いたい事はあったが、それ以上は何も喋れなかった。

  対してエリナは、どうにか声を振り絞ってエミールの代弁を果たす。

 

「……エリッ……ク……?」

 

  マスク・ド・オウガの素顔は、エリナたちが知るエリック・デア=フォーゲルヴァイデの顔と一緒だった。

 




BGM 神と人と

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