世にも奇妙なマスク・ド・オウガ   作:erif tellab

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気がついたら亡国の血戦をリトライ。そして、いつも同じ場所で死ぬ。



倒せーないよー。




搬送されたマスク・ド・オウガ

 マスク・ド・オウガ搬送の報は瞬く間に極東支部全体へと伝わった。大半の人間にとって噂話でしかなかった仮面の神機使いが、改めて現実に登場してきた形だ。

  搬送時のマスク・ド・オウガは仮面と肩掛けを外した状態で、真っ先に医務室へと放り込まれた。彼が手にしていた神機は、マスク・ド・オウガ発見の功績者である第一部隊の隊員が慎重に運び、神機のメンテナンスルームに収容される事となった。

  その後、功績者のエリナとエミールの二人は支部長であるサカキからの呼び出しにより、隊長のコウタと共に支部長室へと赴いた。

  彼ら三人はエントランス経由でエレベーターに乗り込み、役員区画へと降りていく。そんな中、先程から暗い顔で沈んでいるエリナを見かねたコウタは、彼女への声の掛けづらさから最初にエミールへ話し掛けた。まるで内緒話をするかのようにして。

 

「エミール、事情がよく飲み込めないんだけど。何があった? 特にエリナ」

 

「いや……正直に言って、僕も目の前で起きた事が信じられないんだ。まさか、あんな事が起こるなんて……」

 

  エリナと比べると程度は低いが、エミールもいつものような明るさを失っていた。コウタの質問に何とか答えようとするが、顔により一層影が落ちる。

 

「すまない、コウタ隊長。エリナの事もある。僕の口からでは……とてもではないが、話せない」

 

  そして、遂には話す事を完全に思い留まってしまった。コウタは並々ならぬ様子のエミールを見て、自分が思っていた以上に事態が深刻だと察した。

  いつもの二人なら、普通に揉めてもここまで気落ちするような事はない。揉め事の大体がエミールのお節介などが原因なので、二人して何かにうちひしがれるように暗くなるのは相当な出来事だ。

  二人がこうなった原因を考えるものの、コウタの頭では思いつくものが自然と限られてくる。噂の神機使い、マスク・ド・オウガが関わっている事以外に見当がつかなかった。

 

「そうか……無理ならいいよ。きっと、サカキ博士がその事について話してくるだろうし」

 

「……ああ。助かる」

 

  これ以上は相手が辛いだけだと判断したコウタは早々に話を切り上げ、エミールは表情を苦くしたまま感謝を告げる。 その様子にコウタは、言い様のない不安に駆られるのだった。

  そうこうしている内にエレベーターは目的地に到着し、三人は役員区画へ降り立った。そのまま廊下を直進し、コウタが先頭になって奥にある扉をくぐり抜ける。

 

「失礼します。第一部隊隊長、藤木コウタと以下二名、到着しました」

 

  普段は崩れた調子で話すコウタも、支部長室に入る瞬間はきっちりと礼節を弁えた。場の雰囲気からして、より真面目な姿勢を取らねばならないと感じたからだ。

  支部長室の奥の執務席にはサカキが座っていた。こちらは普段の笑顔を絶やさず、コウタたちが席の前にやって来るのを待つ。

 

「やぁ、待ってたよ。早速だけどね、彼……巷のマスク・ド・オウガ君のメディカルチェック、その他諸々が終了したよ。彼の件で君たちを呼んだ訳だが――」

 

  サカキがそう言った瞬間、エリナはばっと顔を上げてテーブル越しに彼へと詰め寄った。

  先程とは打って変わって、今のエリナは目をギラギラと光らせている。彼女の突然の行動に、他の三人は思わず息を潜めてしまった。

 

「それで、結果はどうなんですか!」

 

「落ち着いて、エリナ君。焦る気持ちはわかるが、何から何まで君の望む結果ではない事だけは了承してくれ。これから話すのは、世にも奇妙な真実だ」

 

  サカキに諌められて冷静を取り戻したエリナは、「すみませんでした」と小さな声で謝ると、その場から一歩下がった。第一部隊の面々が再び横一列に揃ったところで、サカキの話が再開する。

 

「まずメディカルチェックでは、通常の神機使いと比べても何の問題はなかったよ。アラガミ化の兆候も見られず、至って健康的だ。問題は次になる」

 

  話し続けるサカキの顔が次第に真剣な表情へと変わり、次にやって来るだろう本題にコウタたちはしっかりと待ち構えた。

  それを受けてサカキは、彼らの気持ちに応えるようにして、おもむろに口を開いていく。

 

「DNA検査でマスク・ド・オウガ君の遺伝子情報が、神機使いのデータバンクに登録されていた情報……エリナ君の兄であり、エミール君の友である、エリック・デア=フォーゲルヴァイデのものと一致した」

 

  その時、コウタたちの間で衝撃が走った。

  エリナは胸をぎゅっと締め付けられるような感覚に襲われて、敢えなく言葉を失う。マスク・ド・オウガ=エリナの兄だと理解したコウタは驚き、まさかの真実にエミールは目を見開いた。

 

「エリナの、兄貴……!?」

 

「サカキ支部長、今の話が本当であれば……」

 

「ああ。エリック君は三年前のミッションで殉死した。彼と同行していた神機使いも、その様子を見たという話だ。オウガテイルに顔をまるごと喰われる瞬間をね。ここまで言えば、流石のコウタ君も大体は察せる筈だよね?」

 

「はい。その言いぶりだと、まるで死んだ奴が甦ったかのような……。でも、そんな事ってあり得るんすか?」

 

「理論上では幾つかの方法があるが、どれも現実的ではない。そもそも、もしエリック君が本当に甦ったとして、そうなると肝心の頭が復元される過程が見当もつかないよ。それこそ、アラガミでもない限り」

 

  すると、今まで沈黙を保っていたエリナが一気呵成にして声を荒げる。

 

「っ、違います!! エリックはアラガミなんかじゃない!! 私の兄です!! お兄ちゃんなの!!」

 

「エリナ、落ち着きたまえ! まだサカキ支部長の話は終わっていない」

 

「エミールもあの時に素顔を見たでしょ!! あれはエリックだった! 見間違える筈がない! だって、三年前までは私の側に居たんだもん!!」

 

「ならば、エリックが命を落とした報せは何だった! あれは嘘だったと君は言うつもりか?」

 

「そんなの、後から本人に確かめればいいだけでしょ!!」

 

「落ち着け、二人とも!!」

 

  まさに感情を爆発させたエリナと冷静に努めようとするエミールの間に、コウタが仲裁に入った。二人に負けじと大声を出した事で、喧嘩はあっさり沈静化していく。

  エリナは不満げにしながら顔を軽く俯かせ、対称的にエミールは天を仰ぐ。それから支部長室に静寂が瞬く間に訪れ、いの一番にサカキが言葉を発する。

 

「うん、では話を続けよう。エリック君がマスク・ド・オウガとして今まで生きていたのだとすれば、色々と不可解な謎が生まれていくのだが……両者の明らかな相違点を一つあげるとすれば、それは偏食因子だ」

 

  間髪入れずに、エミールが静かに挙手をして発言した。

 

「失礼ながら、異なった偏食因子を用いる神機の世代更新自体は可能な筈です。僕がフライアへ赴いた時に、その実例を見ました」

 

「それについては、極東に戻ってきた君からの報告書で目にしたよ。確かにそのケースは普通に起こり得る。だが今回に限って、それに当てはめるには難しい」

 

  サカキの意外な返答にエミールは思わず眉をひそめた。返答内容の意味にエリナはいち早く察し、遅れてコウタが首を傾げる。

 

「まだ詳しく調べる必要があるけど、今のエリック君が持つ偏食因子はP73と性質が似通っていると判明した。ちなみにP73偏食因子の人体投与は、胎児の状態でなければ成功しないとされている」

 

「俺たちのは確か、P55だから……あれ?」

 

  そこまで説明を受けて、コウタはようやく理解に至った。エリナから少しだけジト目を向けられる。

  そんなコウタの様子にサカキは大きく頷き、自分が抱いた一番の疑問点を全員に告げた。

 

「うん。これが一番奇妙な話なんだよ。当時のエリック君は第一世代の神機使い、今のエリック君は第二世代。だけど、使われている偏食因子は性質のみならず、投与段階が異なる可能性があるもの。感応種と戦えた理由もここにあるんだろう」

 

  サカキの手短な言葉は、コウタたちにマスク・ド・オウガの異常性を実感させるのには十分だった。エミールは観念したかのように目を瞑り、エリナの顔色が一層暗くなる。

  今までの話を聞いたコウタは、拳を強く握りしめて沈黙を保ち続けた。エリナの兄が生きていた事実には驚いたが、まるでマスク・ド・オウガがエリックではないような言いぶりに何も口出す事ができなかった。

  死者が甦らないのは当然の事。これを弁えているからこそ、エリナとエミールにとってどれだけ残酷な真実であるか把握できる。彼らが知っているエリックではない可能性が浮上してきたのだ。どうすればこんな事態になるのか不思議で仕方ないが、迂闊に励まして余計な期待を抱かせる真似だけは止めようと考えた。

  自分がエリナたちの立場なら、悲痛な目に遭う事は想像に難くない。ましてや生き返った人間が自分の知らない相手であれば、尚更悲しいだけだ。その人はれっきとした別人で、両手を上げて喜べる筈がない。

  その時、テーブル隅にある小型端末にコールが掛かった。サカキはそれを手繰り寄せて、すぐさま通信に出る。

 

「はい、もしもし。……そうか。じゃあ、すぐに向かうとするよ」

 

  通信先の相手にそれだけ告げたサカキは通信を切ると、改めてコウタたち三人に向き直った。

 

「彼が目を覚ましたようだ」

 

 ※

 

  目を覚ましたらベッドの上にいた。知らない天井……と言うよりもアナグラの医務室っぽい。先程、看護婦さんに色々と体の調子を尋ねられた後、もれなく一人きりにされた。

  周囲を見渡すと、ベッドのすぐ側にある棚の上には仮面と肩掛けがあった。俺以外にベッドで寝ている人はおらず、実質個室だ。

  記憶はコンゴウとサイコガン武者を倒した直後に頭痛に襲われたところまでで途絶えている。恐らくはエミールとエリナの二人に運ばれたと思うが、その道中は全く覚えていないからさっぱりだ。待遇からして、監禁・牢屋ルートまっしぐらではなさそうだ。良かった。

 

「失礼するよ」

 

  その時、眼鏡を掛けた初老の男性が部屋に入ってきた。背はすらりとしており、肉体の衰えを感じさせない。首の下には、チェーンで繋がった眼鏡が提げられていた。

  なんだ、サカキ博士じゃないですか。

 

「お兄ちゃん!」

 

  すると、サカキ博士の後ろからエリナが瞬く間に現れてきた。扉にいるコウタとエミールを置き去りにし、一足早く俺の側に駆けつけてくる。

  それからエリナは俺の手を優しく握り、とりとめもなく話し掛けてきた。表情はどこか悲しそうであり、嬉しそうでもあった。

 

「ねぇ、私の事わかる? 覚えてる?」

 

  あぁ、わかるよ。エリックの記憶が流れてきたあの瞬間から、君が裕福そうな少女の成長した姿だという事は理解できた。

  緑がかった銀髪に、トレードマークの白い帽子。可愛らしくも華麗なその姿は、紛れもなくエリック・デア=フォーゲルヴァイデの妹、エリナ・デア=フォーゲルヴァイデだ。

 

「エリナ」

 

  感無量になるのを抑えきれない己の身体に任せながら、俺はエリナの名前を優しく呼ぶ。そうすると、エリナの顔はたちまち明るくなってきた。笑顔が眩しい。

 

「ほら! やっぱりエリックだよ! ちゃんと私の名前を知ってる!」

 

  エリナが後ろを振り向き、そこに立つサカキ博士たち三人は一斉に驚く。そして、エミールがゆっくりと口を開いた。

 

「君は、本当にエリックなのか……?」

 

  刹那、エミールの核心を突いた質問に俺は敢えなく言葉に詰まる。問題はそこだ。

  身体と記憶だけなら、俺をエリック足らしめている事には間違いないだろう。ただし、人格面がすっかり俺の時点で、最早エリックとは言い難い。マスク・ド・オウガであったのは、きっとエリック・デア=フォーゲルヴァイデと区別するためなのかもしれない。

  ……いや、区別したのならエリックの記憶があるのはどうしてだ? 記憶だけならともかく、エリナたちに助太刀した時は完全に肉体が勝手に動いていた。俺の心を無視して。

  俺はエリック? 違う、俺は俺だ。しがないゴッドイーターのプレイヤーで、日々帝王神爪を求めてディアウス・ピターを乱獲するのが最近の日課だった。そもそも、エリックは鉄塔の森で華麗に死んで、俺がこうしてエリックになっている筈が……。

 

「……お兄ちゃん?」

 

  急に黙り混んだ俺が気になったのか、エリナが顔を覗かせてきた。首を傾げる様は、エリックの妹という事だけあって可愛らしい。

  ……ダメだ。エリナはエリックの妹であって、俺の妹ではない。なのに、こうも肉親だとひしひしと感じてしまう理由はなんだ? まさか、俺の精神が肉体に引っ張られているのか? そんなオカルトみたいな出来事が……あ、マスク・ド・オウガになった時点でオカルトか。

  どちらにせよ、このままでは埒が明かない。エリナとエミールに再会できて無性に嬉しく感じている一方で、そう感じる事にどこか恐れている自分がいる。当たり前だ、俺はエリック本人ではないのだから。

  そう考えると、エリナたちだけでなくサカキ博士も同行してきた理由は、何か重要な話を俺とするためだろう。博士が俺に聞きたい事など容易に思いつく。コウタもいる理由は知らない。

 

「エミール、エリナ。すまないけど、サカキ博士と二人きりで話をさせてくれないか?」

 

「え?」

 

「頼む」

 

  間髪入れずに俺は二人に頭を下げる。その際のミソは、コウタの名前を呼ばない事だ。エリックの記憶では、コウタとろくな面識がなかったからだ。下手にコウタを呼んでしまえば、とりわけエリナに余計な疑念を持たせてしまう。

  しばらくしてから頭を上げてみると、何やら戸惑っている様子のエリナの姿が目に入った。エミールは冷静になる事に努めているようで、真剣な姿勢を微塵とも崩さない。

 

「二人とも、行こう。エリックとは後からでも会える」

 

  そして、コウタが俺たちの間に入ってくれた。コウタの言葉を受けて、エミールは素直に退室し、エリナは渋々了承しながらコウタの後をついていく。

 

「……お兄ちゃん、またね」

 

  去り際には、エリナはそんな言葉を残していった。

  こうして俺と二人きりになったサカキ博士は、自分で用意したイスに座ると鷹揚にして喋り始めた。

 

「やぁ。はじめましてと言うべきか、久しぶりと言うべきか……私はペイラー・榊だ。ここ、フェンリル極東支部で支部長をしている」

 

「俺は……」

 

  俺も言葉を返そうとしたところで、不意に迷う。エリックと名乗るべきなのか、マスク・ド・オウガと名乗るべきなのか。 サカキ博士も俺が何者であるかが、大体わかっていそうな雰囲気だ。どうやって答えようか……。

 

「君は、エリック・デア=フォーゲルヴァイデなのかな? それとも、ただのマスク・ド・オウガなのか」

 

  サカキ博士にそこまで言われて、俺はハッと息を呑んだ。

  やはりサカキ博士は、俺がエリック本人ではない可能性に思い到っていたようだ。そうでなければ、わざわざエリックとマスク・ド・オウガを区別する言い方はしない。

  その問いの答えは既にわかっている。後は勇気を出して言葉にするだけだ。

 

「人格はエリックと違うという確信はあります。証明は難しいんですけど、俺は……日本人です」

 

  ゆっくり深呼吸をしてから、サカキ博士の質問に答える。他の人が聞けば一笑に値する台詞だ。

  だが、それを聞いてサカキ博士は少しも笑う事はなく、真剣な眼差しで俺に質問を続ける。

 

「では、先程のエリナ君とエミール君。二人の名前がわかったのは?」

 

「二人に会うまでは、名前なんて本当に知りませんでした。ただ、声を聞いた瞬間、覚えのない筈の記憶が浮かんできて……」

 

  全てのきっかけは鎮魂の廃寺だ。戦闘の後も甦ってくる記憶は留まる事を知らず、遂には頭痛を起こして気を失った。

  あれでは、まるで俺がエリックみたいだ。本当ならマスク・ド・オウガすら本編の話に関わらない、異物のような存在だとはっきり自覚しているのに、極東支部の神機使いの一個人として意識が定着しつつあった。神機使いなのはそうだが、俺の帰るべき場所はここではない方――日本にある。

 

「でも、エリックは死んだ筈なんです。本当なら俺はこんな姿になってなくて、アラガミがいない世界で暮らしてて」

 

「アラガミがいない世界?」

 

  その瞬間、俺は自身の迂闊な発言に後悔するとともに、数日ぶりの郷愁の念に駆られた。俺の世界の事を誰かが口にするだけで、十分に衝撃が襲い掛かってくる。

  最近まではそこで暮らしていたのに、今となっては限りなく遠い世界。自分で一々確認を取るよりも、サカキ博士の言葉の方が己を異物だと改めて自覚できた。自身の存在が見失わないで本当に助かる。

 

「……はい」

 

「君の話が本当だとすると、実に興味深い内容だね。その口振りでは、パラレルワールドの実在を示唆しているように思える。だが人格が君で、肉体がエリック君というのは少し不可解な話だ。それに、エリック君の記憶を持っているのなら尚更だ」

 

  ですよね。小学生でも不思議に思える話だ。普通なら二重人格の線を疑うのがベターだろう。

  だが、普通の二重人格なら俺が日本人だという自覚も、日本にいた頃の記憶を持っている訳がない。エリックの生活環境を考えれば、彼に日本人としての人格が芽生えるのはびっくりするほど難しい。

  ならば、俺がマスク・ド・オウガになっている、もしくは憑依しているという推測はほぼ合っているはずだ。つまり、他の人がどう言おうと中身の俺はエリックではない。むしろ、そうであってくれ。

 

「それでも俺は……エリック・デア=フォーゲルヴァイデじゃないです」

 

  重苦しい雰囲気に堪えて、俺は声を振り絞った。そして先ほど、嫌な可能性を思いついてしまった。

 

 ――もし、俺自身が何らかの理由で作られた疑似人格だったら? 記憶が仮初めだったら?

 

  何でこんな事を一瞬でも考えたし。バカ野郎。

  いや、そんな事は絶対にない。断言はできないが楽観視できるほどの余裕はある。そう、俺にはしっかり俺の家族がいて、友達もいる。それは間違いない。俺が疑似人格で、今までの思い出が全て偽物なんて事があり得る筈がない。

  ……あれ? だったら、俺がマスク・ド・オウガになっている理由は何だ。どうして周りは――エリナとエミールは俺をエリックと呼んだ。そもそも、エリックの記憶があるのは……? これが偽物という根拠はどこにもないだろう?

  ああ、ダメだ。頭の中が混乱してきた。心臓の鼓動が速くなり、妙に冷や汗が止まらない。両手で頭を抱えて、ゆっくり気持ちを落ち着かせようと努める。

 

「大丈夫かい? 急に頭を抱えて」

 

  その時、サカキ博士が少し焦ったような声を出してきた。まるで冷や水を被らされた感覚になり、おかげでごちゃまぜになった俺の思考が少しの間だけ真っ白になった。

 

「あ……大丈夫、です」

 

「そうか。……うん、取り敢えず今日はここまでにしようか。話の続きはまた今度に。君が望むなら面会謝絶にしておこうと思うけど、どうかな?」

 

「お願いします」

 

「わかった。それじゃ、ゆっくり気持ちを整理しててくれ」

 

  サカキ博士はそう言うと、ナースコールの位置を伝えた後に部屋をそそくさと出ていった。俺は一人で医務室に取り残され、再び自身の存在について考え始める。一人で勝手に悩んでも解決する事ではないのは理解しているが、否応なしにそうせざるを得なかった。もしもの場合が怖すぎるからだ。

  エリナたちは俺をエリックと呼び、サカキ博士は俺をエリックもしくはマスク・ド・オウガだと捉えてくれた。後者は科学者らしく合理的な思考回路だと思う。エリックはやはり死んだものだと見なされているらしい。

  対して俺は、ひょんな事からマスク・ド・オウガになってしまった日本人だ。原因は不明、エリックの記憶がある理由も不明と、未詳案件のてんこ盛りである。最悪な可能性のおまけ付きで。

 

  俺は……俺は……

 

  僕は誰だ?

 




題材のせいでシリアスにならざるを得ない。
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