世にも奇妙なマスク・ド・オウガ   作:erif tellab

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ゴッドイーター3の腕枷の主人公……他にも銃形態の二挺持ちができるのかな?


キグルミとお出掛けするマスク・ド・オウガ

 その日、俺の配属先が決まった。コウタたちが新人だった時と比べると早すぎる気がするが、ダミーアラガミのウロヴォロス相手にソロで倒してみせた時点で、十分に新人の域を出ていたと遅れて実感した。極東の風土に感化されすぎたようだ。

  だが、マスク・ド・オウガになって最初の頃の地獄を振り返ってみれば、新人が一人でやって良いものではないのはつくづくとわかる。水色シユウ改め、イェン・ツィーのダンシング・オウガを切り抜けた俺は、やはり普通の神機使いではなかった。感応種の偏食場パルス云々で現行の神機が機能停止に陥るとか、初めて聞いた。マスク・ド・オウガが救世主とは、そういう意味も含まれていたのだろうか……。存在が感応種のカウンターすぎる。

  とは言え、感応種の相手は極東にやって来る予定のブラッドにのんのんと任せようかと思う。餅は餅屋。俺のような正体不明の神機使いに任せるよりも、余裕があるなら専門の業者に任せるのがベターだ。ハチの巣の駆除しかり、ゲームの修理しかり。勿論、そんな怖そうなアラガミとはできる限り戦いたくない思いもある。

 

  ブラッド、早く来てくれないかな……。それと、早く元の世界に帰りたいな……。

 

  帰還方法については調べてまだ日が浅く、何の進展もない。サカキ博士は他に支部長としての職務も全うしないといけないので、その調査効率はガクンと下がる。俺も自分なりに調べてはいるが、元々は学者でもないので苦戦必至だ。あまりにもわからなさすぎて、数々の専門用語の勉強から始まっている。これは酷い。

  そんなこんなで四苦八苦しながら、エントランスにて。初任務を受ける直前になって、俺は所属先の隊長に向かって華麗に敬礼をした。

 

「この度、第七部隊に配属される事になりました、マスク・ド・オウガです。よろしくお願いします」

 

  俺の視線の先には、紫と白をメインカラーにした、つぎはぎだらけのウサギの着ぐるみが立っている。

  そう、何を隠そう、この着ぐるみこそが俺の上司となる人、キグルミさんである。黒と赤のオッドアイがチャームポイントだ。右腕のやたら巨大な赤い腕輪も忘れてはならない。それが彼を神機使いだと足らしめている。

  ……人選的に都合は良さそうだけど、チェンジは効くのだろうか? いや、文句は言えないな。

 

「――。――!」

 

「はい、頑張ります」

 

「――!?」

 

  必死に手を振って意志疎通を図るキグルミさんに返事をすると、いきなり驚かれてしまった。周りをたむろする他の神機使いから突き刺さってくる視線も相まって、対峙している俺も訳がわからなくなる。

 

「――?」

 

「え? ……あー、俺はキグルミさんの言う事がわかるんですけど……」

 

「――。――」

 

  すると、キグルミさんは嬉しそうに何度も頷いた。着ぐるみの下は満面の笑みである事、間違いないだろう。

  ここで何となく、キグルミさんが突然驚いた理由がわかった。この人、一向に喋ろうとしないのだ。

  喋らなければ相手に意志は伝えられず、かと言って手話をやろうにもキグルミさんの着ぐるみの手には指がない。相手に向かって親指を立てる事も、中指を立てる事もできないのだ。これでどうやって神機を持つのか、不思議なところである。

  ちなみに、俺がキグルミさんの言葉がわかる理由は知らない。大方、黒金魚と会話できるようになった時と同じ賜物だろう。キグルミさんとは初対面なのだが、気にしないでおく。

 

「でも、ボディランゲージ一辺倒は限界があると思います。アラガミと会話を試みた方がずっと簡単なレベルで」

 

「――!?」

 

  差し当たりのないように意見するが、キグルミさんは手を大きく縦に振って拒否した。中の人の意志は堅いようだ。

  ともあれ、俺に中の人の声出しを強要するつもりはない。まさかの渋いおっさん声で子どもたちの夢を破壊するという、そんな感じのリスクまで犯そうとは思わないからだ。何も知らない方が気持ち的に良さそうである。仮面を被る俺も人の事は言えないし。

  その後、任務を受注した俺とキグルミさんはそそくさと出撃ゲートに向かった。気まずそうにしながら俺たちの任務受諾を承認するヒバリさんの姿が目に新しかった。キグルミさんはともかく、俺の事について何も触れてこなかったのは彼女なりの親切と困惑の表れだと思う。

  エリックっぽい人が近くにいるけど、仮面を被っているせいもあって積極的に話し掛け辛い。きっとそんなところだろう。そちらの方が個人的にありがたい。胃痛の悩みになりそうな言い訳を何度もせずに済む。

  第七部隊の構成員は、俺とキグルミさんの二人だけだ。第七部隊と聞くと、シックザール前支部長が特務の隠れ蓑にしていたゴースト部隊を思い出す。そのせいもあって、サカキ博士曰くの第七部隊の名称が非常に出任せ感が強い。ここが正式な第七部隊ではない気がする。周囲にとって正体不明の俺とキグルミさんがいるだけに。

  一応、事前に聞いた通りの第七部隊の仕事は、遊撃・技術試験・サカキ博士のお使いの主な三つだ。支部長の私的運用という意味では第七部隊の面影が感じられる。

  今回の任務の討伐対象は神機大好きアラガミこと、スサノオ一体のみである。初任務に接触禁忌種を当てられるなんて予想だにしなかった。さすがは極東、新人にも情けがない。

  作戦エリアである贖罪の街に飛んでいる最中の輸送ヘリにて、俺は隅に縮こまって大人しくする事しかできなかった。大型アラガミの元へ自ら赴いて戦わなければならないと考えると、どうしてか身体が金縛りに遭ったかのように固まって動けなくなる。恐らく、ヘリの椅子に正しい姿勢で長時間座った神機使いは俺だけだろう。

 

「――?」

 

「あ、いや、怖くて緊張してるだけです。スサノオ相手にかちこむなんて、思ってもみませんでしたから……」

 

  一方のキグルミさんは、大変リラックスしていた。ベテランとしての貫禄が凄く伝わってきて、俺とは大違いだった。キグルミさんが同行してくれなければ、恐怖と緊張のあまりに心臓が止まって死ぬという珍事を引き起こしていたであろう。気持ちだけでも本当に救われる。

  現地に到着してからは、ヒバリさんからのサポートを受けながら策敵に入った。アラガミの現在地は遠くの支部の方で確認ができているようで、策敵の効率化のための散開はせずに済んだ。一応は偵察班も作戦エリアの端辺りで行動しているらしく、他のアラガミの乱入が事前にリアルタイムで通知する手筈が整っている。俺の知っているゲームシステムより進歩していて何よりだ。

  そういう訳で廃墟が建ち並ぶ景色の中、順調にスサノオとエンカウントした。全身がボルグ・カムランより柔らかいとは言っても、両腕の露出された神機と尻尾の先に生えた巨大な針のせいで威圧感が凄まじい。

  特に、いかにも変形してエネルギー弾を放ちそうな針のデザインは如何なものか。内閣総辞職ビームが頭によぎってヒヤヒヤする。正確に言うと、ビームは神機の口からなのだが。

 

「――。――」

 

「っ!? ……了解、後衛に回ります」

 

  その上、キグルミさんが快く前衛を引き受けてくれた。こんな臆病な部下で申し訳ない。

  そしてこの後、滅茶苦茶頑張ってスサノオを倒した。今日のために用意した脳天直撃弾と内臓破壊弾で援護しつつ、キグルミさんが紫のショートブレードで果敢に斬り掛かるだけの戦法だ。時折、俺もスサノオが怯んだ隙を狙い、キグルミさんと一緒にフルボッコにした。

  ところで、仮にも初陣で接触禁忌種をフルボッコにするとかどういう事なのだろう。イェン・ツィーの時はノーカウントと見なしても、五体満足で倒せたなんて絶対におかしい。俺含め、キグルミさんも。これも極東クオリティが成せる技なのか……。

  とにかく、任務は無事に終わった。耳に着けた通信機からは、ヒバリさんの労いの言葉と帰投ポイントの連絡が入ってきた。スサノオのコアは摘出済みで、残す作業はおまけの物資回収ぐらいだ。これ以上、何らかのトラブルに見舞われる心配はなくなる。

  だったのだが――

 

『これは……アバドンですね。 二人とも、逃がさないようにしてください』

 

「Kyu!」

 

  帰り道、満面の微笑みで俺に声を掛ける黒金魚の姿を見つけた。さらに横を見てみると、したり顔で神機を構えるキグルミさんの姿も目に入った。

 

「……回収ぅぅぅ!!」

 

「――!?」

 

  刹那、俺は黒金魚を片手で抱えてその場から逃げ出した。

 

『えっ!? エリッ――マスク・ド・オウガさん! いきなりどうしたんですか!?』

 

「後で営倉に入れられたって構わない!! だけど、このアバドンだけは! 黒金魚だけはぁ!!」

 

『あの、全然事情が読み込めない――』

 

「すみません、通信は切らせてもらう!」

 

  ヒバリさんの追及が怖かったので、通信機のスイッチを切る。エリックと呼ばれかけたのは気のせいであってほしい。

  アバドン。それは全ての神機使いにとっての幸せのアラガミ。黄金グボロ・グボロに次ぐ新たな癒しであり、アイドルであり、宝の山だ。ノルンで現在確認されているアラガミの項目を読み漁ったからわかる、このままではどうなるのか。

  希少なお宝とは、いつの時代になっても大勢の人間が欲しがるもの。それすなわち、希少なコアを宿した黒金魚は瞬く間に乱獲対象となる。短い間でも旅を共にしてきたコイツが殺されるなんて、俺は見過ごせなかった。

 

「どうしてここにいる!? 黒金魚!」

 

「Kyu! Kyu!」

 

「うん、偶然だよね。それはそうだ!」

 

  決して黒金魚が俺の後をつけていた訳ではなく、案の定偶然の遭遇だった。黒金魚はヒレをパタパタと動かしながら、俺の腕の中で存分に喜ぶ。可愛い。

  そこに、キグルミさんが物凄いスピードで追い掛けてきた。小気味良いテンポを刻むキグルミさんの足音を聞きながら、俺は何度も後ろをチラ見してしまう。そのキグルミさんの姿はさながら、B級映画に登場するモンスターのようだった。これでチェーンソーを持っていれば、狂気しか感じられなかっただろう。

 

「――?」

 

「すみません、キグルミさん! このアバドンだけは勘弁してください!」

 

  投げ掛けられるキグルミさんの疑問に、俺は必死に叫んで答えた。アドバンスドステップ連打をしてこないのは、僅かばかりの慈悲なのかもしれない。

  そうしてお互いに付かず離れずの距離を保ちつつ、贖罪の街をひたすら駆け巡る。その時、キグルミさんの存在を不思議に思ったのか、黒金魚が不意に尋ねてきた。

 

「Kyui?」

 

「いいか、黒金魚! お前たちアバドンはレアなコアを持っているから、他の神機使いから狙われまくる!! さすがに庇いきれないから、俺以外の奴を見たら迷わず逃げろぉ!」

 

「Kyu!?」

 

  そこまで告げて、黒金魚はようやく自身に迫る脅威を察知した。キグルミさんの容貌からして、害を及ぼしてこないと感じるのは無理もないと思う。あれは仕方ない。

  そして遂に、キグルミさんが俺と並走する形まで持ってきてしまう。仮面で相手の表情がわからないという事実に戦慄しながら、俺は黒金魚を一生懸命に抱える。

 

「――。――」

 

「キグルミさん! その顔で低姿勢に全力疾走されると……チャッキーと同じぐらい怖いです!!」

 

「――!?」

 

  次の瞬間には、何だか衝撃を受けたキグルミさんがその場に膝をついた。ただし走っていた勢いまでは殺せず、膝をつくと同時に顔を地面にぶつけさせた。

  その様子を傍目で見てしまった俺は、うつ伏せになって地面に横たわるキグルミさんの姿が間抜けすぎて何とも言えなかった。そんなキグルミさんに手は差し伸ばさず、そのまま距離を取っていく。

 

「チャッキー通じた!? とにかく、今だぁぁぁ!!」

 

「Kyuuu!」

 

  ごめんなさい、キグルミさん。俺は黒金魚のためにあなたを無視します。

  心の中でそう謝罪し、キグルミさんを遥か後方へと置き去りにしていく。勿論、詳しい事情を話さず独断行動する事に罪悪感はあった。転んだ状態のキグルミさんがアラガミの奇襲を受けて死んでしまう展開は色々と嫌だから、早いところ用事を済まして戻らなければならない。

  そうこうして人気もアラガミの気配もない廃ビルに辿り着き、俺たちはその中で一休みする。右手に神機、左手に黒金魚、通信機を弄る時は右手を器用に云々、さらには猛スピードで走ったため、俺の身体はすっかりクタクタだった。

 

「はぁ……はぁ……疲れた」

 

  息を整えつつ、荒れ放題の床の上にどさりと座り込む。一方の俺の腕の中から飛び出た黒金魚は、当たり前のように元気だった。

 

「突然すぎてびっくりしたぞ。こんな再会の仕方は想像してない……」

 

「Kyu。Kyu」

 

「だよな。あんなに慌ただしいと、最初に会った頃を思い出すよな」

 

「Kyu」

 

  お互いに相槌を打ちながら、黒金魚との思い出に耽る。まだ一ヶ月も経っていないと言うのに、随分昔のように感じられる。

  ヴァジュラの鬼ごっこと、キグルミさんの鬼ごっこ。発生要因は異なれど、形はほとんど同じだ。ヴァジュラとキグルミさんが追いかけてきて、俺と黒金魚が逃げる。その点にどこも違いはない。

 

「KyuKyu。Kyu!」

 

「へ?」

 

  すると、黒金魚が不意に放ってきた言葉に、俺は呆けた声を漏らした。聞き間違えでなければ、真剣に向き合わなければならない内容の筈だ。

 

「Kyu!」

 

  ダメ押しにと黒金魚がもう一度告げる。どうやら俺の聞き違いではないようで、確かに黒金魚はそう言った。

 

「お前、それは……ハードルが高いぞ? 」

 

  黒金魚の意志。それは、俺たち神機使いと同じように人々をアラガミから守る事だった。冗談半分で喋っている様子はなく、こちらの緊張の糸がだんだんきつく締められる感覚を覚える。それほど、黒金魚は本気のようだった。

  黒金魚がそこまで考える理由は単純だ。俺と一緒にいたい。そんな些細な願いを叶えるためである。自身の成し遂げたい悪行のために信用を得てから人々を裏切るとか、とにかく危害を与えたいとか、そう言う邪な思惑は感じ取れない。コイツと寝食を共にしてきた俺にそれが確実にわかる。黒金魚にそこまで小賢しい頭はないし。

  ただ、自分の願いを叶えるために純粋に言っているだけあって、他の考えられるリスクはまったく考慮されていない。言うだけなら簡単だが、やろうとしている事は黒金魚の想像以上に複雑で困難だ。結局は夢と現実の落差でしかない。

  人々を守るアラガミ。それは本当に理想的だが、そいつをのんのんと信用する人間は何人いる? 意志疎通ができようとも、相手はどこまで行っても人ならざる存在だ。全員が黒金魚を無条件に信じてくれる訳がなく、むしろ得体の知れなさに恐怖する方が至極当然に違いない。

  それに、例え極東支部の仲間入りをしても黒金魚の本質はアラガミだ。制御という意味では、人々を襲わない確証もない。サカキ博士辺りなら話はわかってくれそうだが、他の奴が知れば体よく使い潰そうとするのがオチだ。

  見るからに黒金魚の意志は堅そうだ。しかし俺は、できれば何処かの山奥でひっそりと隠居して欲しいと思っている。社会に遠慮なしに揉まれるには黒金魚は意外と幼く、コイツの想像を絶する強い反発と風当たりを受けかねない。そうなれば、精神的に未熟な黒金魚の心はおしまいだ。間違いなく荒れる。

  ならばシオの時と同じく教育すれば良いのだろうが、俺も色々な意味で極東支部の厄介者だ。黒金魚を連れていく事すら、現時点では望みが薄い。その上、仮にもアラガミを庇ったせいでお先が既に真っ暗闇である。帰りが怖い。

  そういう訳で、俺は敢えて黒金魚にフェンリルの闇の部分を語った。コイツの意志が変わる事を願って。

 

「黒金魚、フェンリルはブラック企業だ。その人が強ければ、平気で激戦地に送り込む。一人だけでヴァジュラの群れを倒したり、一人だけでグボロ・グボロの群れを密室内で倒したり、一人だけでプリティヴィ・マータの群れ+ディアウス・ピターを倒したり……」

 

「Kyu!?」

 

「お前はヒトじゃなくてアラガミだから、もしかしたら都合良く使い潰されるかもしれない。アラガミが人々のために戦うのはそういう事だ。はっきり言って、俺はオススメできない」

 

「Ky、Kyuuu……」

 

  夢も希望もない事実を前にして、黒金魚はぐぬぬと唸り始める。警察官を夢見る子どもに警察の裏側を話すようで、少し心が痛む。ごめん、黒金魚。

  だが俺の予想を反して、黒金魚は屈託のない笑顔で「それでも」と言葉を返した。続けて「俺と一緒にいたい」と話し、俺の胸元へ存分に擦り寄ってくる。

 

「どれだけ俺と一緒に居たいんだよ、お前は……」

 

  黒金魚の甘えぶりに辟易する半面、嬉しさが込み上げてくる。仲良く一緒にいたせいもあって、涙が出そうだ。

  それから優しく頭を撫でると、黒金魚は気持ち良さそうに目を細めた。猫のように声を鳴らし、上手に人の庇護欲を掻き立てる。ここで仲良くしても後の別れが辛くなるだけなのに、コイツを撫でる手が止まらない。

  良い意味で純粋な黒金魚が羨ましい。俺もお前ほどに単純なら、もっと極東支部に馴染めていたのかもしれない。マスク・ド・オウガとエリック、俺自身の事でいちいち悩まず、エリナやエミールと楽しく暮らして……。どのみち、アラガミが目の上のタンコブである事に変わりはないだろうが。

 

「――?」

 

  その瞬間、俺は隣に何かの存在感を覚えると同時に、言葉にもならない声をふと耳にしただけで、何かの正体を完璧に察してしまった。早すぎる来訪者を隣にして、全身に冷や汗が流れる。

  黒金魚を愛でるのにいくら気を抜いていたとは言え、周囲の警戒だけは完全に解いていなかった。それなのに、俺の隣にいる奴は音もなく、気配もなくやって来た。

  これは異常だ。極東支部までの地獄道をくぐり抜けた俺の警戒網を以てしても、こうして至近距離に近づかれるまで捉えられなかった。

  しかし、それもその筈。相手は小型のドレッドパイクですら自動車より一回り以上大きなアラガミではなく、人間なのだから。とりわけ、訓練を積んだ者なら足音と気配、声、息を殺して忍び寄るなど造作もない事。

  そして、その声の正体は……キグルミさん!

 

「うおああぁぁ!?」

 

「Kyuuuuu!?」

 

  俺は心底驚きながら、ようやく視界に隅に居座っていたファンシーな着ぐるみの存在に気づいた。キグルミさんはいつの間にか隣で体育座りしていたようで、じっとこちらの顔を見つめていた。

  座った姿勢のままでノロノロと下がりながら、どうにか黒金魚を腕の中に隠す。すると、キグルミさんは俺が予想していたのとは全く別の用件を話し出した。

 

「――!」

 

「え? 救援要請?」

 

  キグルミさんにそう言われて、通信機のスイッチを入れ直す。

 

『あ、やっと繋がった! キグルミさん、マスク・ド・オウガさん、学術都市跡で戦闘中の第一部隊の救援に向かってください!』

 

  第一部隊?

  ヒバリさんからの火急の連絡に、何故か俺は居ても立ってもいられなくなる。救援要請である以上は急ぐ必要があるのは確かだが、それを抜きにしても異様にそわそわしてしょうがない。

  ……そうだ、第一部隊にはエリナとエミールがいたんだ。部隊が全体的に再編されたせいもあって、今の第一部隊はリアルチート揃いの面子ではなくなっている。絶対的に信頼する事はできない。

  なら、こんな場所で油を売っている場合ではない。俺は背後のキグルミさんに気をつけながら、黒金魚を地面に降ろす。

 

「ごめん、急用ができた。黒金魚、ここでお別れだ。時間がないし迎えも用意できない」

 

「Kyu? Kyu!」

 

「こうして会えたんだ。三度目も四度目もきっとある。……死ぬなよ」

 

  そうして黒金魚にしっかり言い聞かせる。迎えを用意できないのは本当だ。何の準備や手回しもしていないのに、アラガミである黒金魚をアナグラに迎え入れられる訳がない。たくさんな人に多大な迷惑が掛かる。

  それから僅かな間だけ静寂が訪れる。そして、黒金魚は凛とした様子で大きく返事をした。

 

「Kyu!」

 

  黒金魚はそのまま穴を掘り始め、その中へすっぽりと消えていく。数秒ほど待ってから穴を確認してみると、どうやらビルの床を易々と貫通していたようだった。穴は途中から既に崩壊し、黒金魚の姿はもう見られない。

  お前、そんな事もできたのか。

 

「――」

 

  直後、キグルミさんが俺の肩に手を置きながら、自分はアバドンを見ていない旨を伝えてきた。まさかの優しい気遣いと心配りに、俺は思わず感謝の念を禁じ得なくなった。

 

「……ありがとうございます」

 

  その後、大急ぎで帰投ポイントに集結した俺とキグルミさんは、迎えに来た輸送ヘリに乗り込んで、ヒバリさんが要請通りに第一部隊の救援へ向かった。再び一人にしてしまった黒金魚が心残りだったが、今はエリナとエミール、あとコウタの事で頭が一杯だった。

  俺の知る全盛期と比べて、現在の第一部隊はたった三人しかいない。聞いた話によると、第一部隊のリーダーとリンドウさんは欧州に出張、ソーマはアナグラから離れてフィールドワーク、アリサは難民向けの住居兼避難拠点サテライトの防衛をしている模様だ。極東の最高戦力が各地に分散してしまっている。

  エミールはともかく、あの華麗で可愛いエリナがピルグリム無印・2・零、蒼穹の無印・神・真・新月、その他諸々の高難易度ミッションをクリアできる筈がないだろう。彼女を信じない訳ではないが、どうしてエース部隊の第一に配属させた。そもそも、どうして父はエリナが神機使いになるのを止めなかった。エリックが死んでしまったせいか? 上田が全ての原因なのか?

  だとすれば、エリナが神機使いの道を選ぶのは致し方ないのかもしれない。あれほどエリックを兄として慕っていたのなら、死因の詳細ぐらいは調べたくなるだろう。NORNなどで調べれば一発でわかる事だ。

  そうこうしている内に、俺たちが乗るヘリは二十分足らずで現場上空に辿り着いた。ヒバリさん曰く、ヴァジュラ、ヤクシャ、ヤクシャ・ラージャが集まってお祭り状態らしい。特にサイコガン武者ことのヤクシャ数体がいきなり乱入してきて、第一部隊のみでは確実に捌き切れない戦いになっているようだ。早くヘリから降りなければ。

  しかし――

 

「パイロットさん!! これ以上は!?」

 

「無理だ! この高さなら平気で飛び降りられるだろ!!」

 

  ヘリから地上までの高さが二十メートルもない位置にて。個人的にはヘリが着陸した状態で降りたいのだが、パイロットさんに飛び降りても平気だろと言われてしまった。

  いや、わかるけどさ……神機使いの身体能力が伊達ではないのは知っているけどさ……。せめて、心臓に毛が生えていないような人間に飛び降りダイブを推奨するのはやめてくれよ。まず最初に、飛び降りた瞬間のショックだけで死んでしまう。

 

「――」

 

  その一方で、キグルミさんが真っ先に飛び降りダイブして行った。俺を勇気づけるための隊長としての先導だと思えば、幾ばくか心に余裕ができる。

  また、パイロットさんの無言の催促は耐えにくいものだった。今のヘリの高度を更に下げると撃ち落とされる危険性が跳ね上がるのは明白なので、ここでヘリを滞空させておかなければならない彼の気持ちが少しぐらいわかる。俺だって怖い。

  よし、いい加減に覚悟を決めよう。そう思った時、眼下に緑がかった銀髪の少女の姿が目に入った。

 

「……エ……エントリィィィ!!」

 

  腹の底から声を出しつつ、ヘリから思いきり飛び出す。この時、俺は自身に「怖くない、行ける。お前はマスク・ド・オウガだ」と暗示を何度も掛けた。もう何も怖くない……と思う。

 

 




エリックスイッチ、彼のはどこにあるんだろ~
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