君の名は。再演す   作:マネ

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空と海と大地と呪われし姫君②

「三葉を幸せにしてくれる人はたくさんいると思うんよ。でも、三葉を暗闇から救い出してくれる人はそうはいない。私にとって、トシキ君はそういう人だったんよ。あの人はどんなときも逃げんかった。トシキ君とはいろんな冒険をしたんよ。楽しかったことより辛かったことのほうが多かったかな。あの人が一緒にいてくれなかったら、私は運命に押し殺されていたと思うんよ」

 

 おかあさんがおとうさんをトシキ君と呼んだのを初めてきいた。

 

 おとうさんとか、俊樹さんだった。たまに俊樹と呼び捨てにしているときもあった。

 

 君付けはおとうさんのイメージに合わなかった。

 

 私は昔のおとうさんを知らない。

 

「トシキ君は私にとってヒーローだった。私を暗闇から救い出してくれたヒーロー」

 

 おかあさんの病室。

 

 おかあさんが余命一ヶ月のときのことだった。

 

「おかあさん、ずっといて」

 

 おかあさんはしばらく黙って、私の頭を撫でてくれた。

 

「三葉、約束しようか」

「なに?」

 

 おかあさんは何かを語った。

 

 おかあさんが何を語ったか思い出せない。すごくうれしいことを言われたような気がする。でも、それは私をなぐさめるためのその場かぎりの言葉だと思って、私はその気持ちだけを受け取った。

 

 すごく幻想的なことだったと思う。現実的じゃないことだった思う。

 

 それは魔法の呪文のようなものだった気がする。

 

「このことは誰にも言わんといてね」

「うん」

 

「そうだ。三葉、あなたにとって、私のトシキ君のような人に出会ったら話しんさい。きっと、あなたを暗闇から連れ出してくれるから」

 

 このときの私は暗闇が何を意味しているかなんて知るよしもなかった。

 

 

 

 ◆  ◆

 

 

 

 あの夜のことはよく覚えていない。

 

 覚えているのはあの悪夢の彗星の美しさとあの夜の気持ちだけ……。

 

 あの日から毎晩毎晩、夢にみるようになった。夜になるのが恐ろしかった。夜空が怖くなった。また星が落ちてくるんじゃないかって……。

 

 あの夜、どうやって、糸守に戻ったか覚えていない。糸守に向かっていた車に乗せてもらったような気もする。帰る場所なんて、あの町しかなかったから。行くアテなんて、この町しかなかったから。あんなに出ていきたいと思っていたはずの町だったのに……。

 

 車から降りて、まとわりついてきた大人たちを振りほどいて、私は自分の家へ歩きつづけた。変わり果てた風景に、どこに向かっているのかさえ、わからなくなる心を抑えつけて……。

 

 赤く燃えあがる山が現実感を消していた。まるで夢の中のようで……。

 

 

 夢であって……夢であって……夢であって……。

 

 

 人々が右往左往していた。混乱していた。誰と連絡がとれないとか、町の外の病院に救急車で運ばれていく怪我人たち。初めての現場なのか、震えている救急隊員もいた。

 

 現実感がなくて、不安でたまらなくて……だんだん喧騒がきこえなくなっていって……誰の声もきこえなくなっていって……。

 

 私の前から、糸守の町が消えたことを知った。

 

 信じたくなくて……信じられなくて……私は叫んだ。

 

 四葉の顔がみたくて、おばあちゃんの声がききたくて、町を指揮しているはずのおとうさんの姿をさがして……私はみんなの名前を呼びつづけた……。

 

 腕を引かれた。危険な町の中から、安全な町の外に私を連れ戻そうと。

 

「邪魔しんといて」

 

 私の腕をつかむ女の人に怒鳴った。

 

「うちに帰るだけやから……みんな、私の帰りを待ってるから……ただ家に帰りたいだけやから……宿題もしないといけないから……ユキちゃん先生に怒られるから……」

 

 私の腕をつかんでいた女性の顔がゆがむ。

 

 昨日と同じように……いつものように……。

 

 なんで、そんな普通のこともさせてくれへんの……。

 

 家に帰りたい。

 

 傷だらけの人が担架で運ばれてくる。そこら中、傷だらけの人たちばかりだった。救急隊員が担架の怪我人に必死に声をかけている。重傷のようだ。

 

「なんでやの? なんで! なんでなんで! なん……」

 

 うまく声が出ない。

 

 

 何かが壊れる音がした。

 

 たぶん、それは私の心が割れる音だったんだと思う。

 

 胸が痛い。ほんとうに痛い。

 

 

「たすけて……たすけ……たすけて……」

 

「行きましょう」

 

 私はその手を振り払って走り出した。みんなの姿をさがして。さがさずにはいられなかった。このまま、何もせずに、この場を去るなんてできっこなかった。

 

「待ちなさい!」

 

 

 

 たすけて……たすけてよ……瀧くん――。

 

 

 

 ◆  ◆

 

 

 

 気づくと病院にいた。

 

 すこしケガをしていた。そういえば、どこかで転んだような気がした。夢の中でケガをしたはずなのに、現実でもケガをしている。そんな気分だった。

 

 あの夜がフラッシュバックして、私は叫んだ。

 

 二人の看護師がやってきた。

 

 

 私はすべてを失った。

 

 私が生きてきた世界ごと。

 

 

 家族でも、友達でも、近所のおばさんでも、先生でもない病院の人たちが妙にやさしかった。

 

 

「宮水さん、どうして、あの日、糸守にいなかったのかな? 学校を休んだんだって? どこに行ってたの?」

 

 わからない。

 

 私は首を振った。

 

 どうして、私はあの日、学校を休んだんだったっけ?

 

 この人はカウンセリングの先生?

 

 私は誰と話しているんだっけ?

 

 私は今、どこにいるの? おばあちゃんはどこ? 四葉はちゃんと学校に行ってるの?

 

「東京に行ってたんだよね? あなたを糸守に連れてきたラーメン屋さんの店主からきいたわ。何をしに行ったのかな?」

 

 

 

 東京……?

 

 瀧……くん……?

 

 そうだ。瀧くんだ。

 

 どうして忘れてたんだろう。

 

 ……あれ? 名前が思い出せない。顔も、姿も……誰を思い出せないんだっけ?

 

 

 

 ――たーきっ! まさか、昼から来るとはね。メシ行こうぜ!

 

 ――はは、くん付け? それって反省の表明?

 

 ――おまえさぁ、どうやって通学で道迷えんだよ?

 

 ――たまごサンド。おまえのそのコロッケ挟もうぜ。

 

 ――たーきっ!

 

 

 

 そう。そうだ。瀧くん……瀧くん……瀧くん……忘れちゃダメ。忘れちゃダメな人……忘れちゃいけない人……。

 

 瀧くん……瀧くん……瀧くん……。

 

 もう一度だけ、会いに……誰に……? どこに……?

 

 誰を忘れちゃいけないんだっけ……?

 

 

 

「宮水さん?」

 

 

 

 なんでもあげるから……なんでもするから……嫌だけど口噛み酒もたくさんつくるから……。

 

 もう、これ以上、私から何も奪わんといて……神様……。

 

 

 

 ◆  ◆

 

 

 

 ぽちゃんと水滴が落ちる音。

 

 どこかの洞窟の中だ。

 

 奥寺先輩が私を抱きしめて、頭を撫でてくれている。

 

 なんだか安心する。まるでおかあさん……私のなぐさめ方を知り尽くしているような、そんな感じだ。

 

「奥寺先輩……? ちがう。あなたはだれ?」

 

「さぁ、だれでしょう」

 

「あなたは……」

 

 奥寺先輩は私の唇をおさえた。そして、自分の唇に人差し指を当てる。

 

「魔法はヒミツの開示に弱い。その名前はまだ口にしないほうがいい。まだ魔法を解くわけにはいかないから」

 

 そこにノーメイクの奥寺先輩がいた。

 

 その顔はおかあさんの顔に似ていた。

 

 

 私は再び瀧くんの身体の中に入っていた。

 

 物語はまだ終わっていない。

 




結末までのプロットはできているので未完にはしない予定です。
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