君の名は。再演す   作:マネ

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記憶の章(プロローグ)を経て、再演の章へ


再演の章
エデンの戦士たち①


 隠り世。そこにはカルデラのような大きな窪みがある。川が流れていて、中央に大木がある。御神木だ。川を挟んで、二人の男女がいる。男が手を伸ばして、川に飛び込む。何かをつかもうとしているように、俺にはみえた。

 

 これは時の旅のつづきか? それとも夢か?

 

 記憶の温度が俺にささやいている。これは三葉の記憶(モノ)じゃない。

 

 

 

 ◆  ◆

 

 

 

「お姉ちゃん、いよいよ、やばいわ……とうとう壊れてまったよ。やばい。やばいやばい。やばいわ」

 

 世界を救うために、時の川を渡ってやってきた勇者様に向かって、この妹はなんて失礼なやつなんだ。

 

 俺は三葉の胸を揉みながら思った。

 

 この感じ……戻ってきたぜ。

 

 

 

 ◆  ◆

 

 

 

「ティアマト彗星が地球に落ちる可能性はNASAや天文学者の間でも計算されておりまして、かぎりなくゼロに近い数字だそうです」

 

「彗星が原発に落ちて、地球が滅亡するなんてことを吹聴している宗教団体もありますが……」

 

「それこそありえませんね。それってつまり宇宙における原発の面積の割合の話ですよね? そんなことよりも、隣接地域からミサイル攻撃されるほうが日本としては脅威ですよ」

 

「1200年に一度地球に接近するティアマト彗星。古い文献によると1200年前、日本に隕石が落ちているそうですよ。どうやら、その落ちた隕石はティアマト彗星でほぼまちがいないようです。ティアマト彗星が二つに割れて……今また同じことが起きるのではないかという意見もあるようです。二つに割れれば軌道も大きく変わりますし……」

 

「ううむ」

 

「太陽に近づくほど、隕石は熱せられますからね。隕石内部でなんらかの現象が生じる可能性は否定できないでしょう。ただ確率として、地球上に影響が出る可能性はかぎりなくゼロに近いと申し上げてよろしいでしょう。仮に地球に向かってきたとしても、地表に落ちる前に、燃え尽きてしまいます。それが学者たちの結論です」

 

「なるほど……そして、ついに今夜、いよいよ歴史的な天体ショーの開幕ですね」

 

 

 

 ◆  ◆

 

 

 

 朝のニュース番組のコメンテーターたちがなんやかんやと責任の所在が自分にない話ばかりしている。

 

「今夜か」

 

 彗星が落ちた日、三葉は東京へ行って、

 

 

 ――ねぇ、覚えてない?

 

 

 中学二年生だった俺に出会った。三葉が俺に出会った日。俺は俺に会いに行かない。今ここでやるべきことがあるから。三葉、俺は運命を変えるぞ。

 

 どんなに運命が変わったとしても、変わらないものがきっとある。それはきっと……それがきっと、本物だ。

 

 久しぶりのスカート。俺は三葉の髪をポニーテールに結ぶ。なんか気合いが入る。

 

 運命と戦う時がきた。決戦だ。

 

「よし」

 

 糸守の町を救ってやるぜ。

 

「四葉は先に行ったよ」

 

 婆ちゃんはお茶を運びながら言った。

 

「婆ちゃん、元気そうだな」

 

「おや、おまえ、三葉じゃないんか?」

 

 俺はパチパチと二回、瞬きをする。

 

「……気づいてたのか?」

 

 

 

 ――あんた今、夢をみとるな。

 

 

 

 婆ちゃんのあの言葉をきいて、入れ替わりが解けたんだっけ。入れ替わりのヒミツを知られたら、入れ替わりは解けるのか? おとぎ話ではよくある法則だ。法則は万物に平等。だからこそ法則という。

 

 俺はまだここにいる。三葉の身体にいる。

 

 べつの法則があるんだ。それとも、これは「ただし書き」なのか?

 

 俺はいま夢をみている。

 

「そうじゃの。ここんところのあんたをみとったら思い出したわ。少女の頃……」

 

「婆ちゃんも入れ替わってたのか?」

 

「入れ替わり……? いんやぁ……あぁ、そうかもしれんなぁ……あれは入れ替わっとったのかもしれんなぁ……まるでべつな人間が少女だったワシの中に入り込んで、ワシの青春を激しく突き動かしたような……」

 

 ほうほう。なんかおもしろそうな話が聞けそうな……。

 

「もう覚えとらんのやさ」

 

 覚えてないのかよ。

 

「どんなに大事な思い出も夢のように消えるんよ。ワシが入れ替わっとることに気づいたのはワシの母親さ」

 

 そうか。俺のオヤジも俺のようすがヘンなことに気づいていたっけ。俺の記憶はなくなっても、世界は覚えている。

 

「ワシが覚えとるのは……入れ替わっとったのは……二葉やよ」

 

 

 

 ――宮水二葉。

 

 

 

「入れ替わりなんてもんやなく、あれは自分の中に眠っとるもうひとりの自分やさ。あんたはまちがいなく三葉や」

 

「俺は……」

 

 三葉じゃない。

 

「二葉もときどき気持ちが男の子っぽくなることがあったわ」

 

 婆ちゃんも、三葉の母さんも、三葉も入れ替わっていた……?

 

「思い出すなぁ。二葉は特別やった。ワシにとっても、この糸守の町にとってもな。あの子にはワシらにはみえん、べつな世界が見えとった」

 

「俺も特別だぜ? スペシャル!」

 

 婆ちゃんはじっと俺をみつめた。

 

「婆ちゃん、よく聞いて。糸守に隕石が落ちる。みんな死ぬ。俺はみんなを助けに来た」

 

 婆ちゃんはポカーンとした表情をする。

 

「あんた、何を言ってるんや? 朝ごはん、はよ食べ」

 

 俺はあんぐりと口を開けた。話の流れをまちがえてますよ、お婆ちゃん。

 

「隕石が落ちるんだよ? 糸守の町に! ここに!」

「はいはい。スペシャルも大変やね」

 

 ぜんぜん信じてねぇ。

 

 

 

 ◆  ◆

 

 

 

 そんなこと誰も信じないって、婆ちゃんも案外まともなことをいうんだな。

 

 というよりも、入れ替わりと糸守町の消滅をつなげて考えられないって言ったほうが正確だな。俺も俺の時代の糸守の町をみたときの衝撃ははっきりと覚えている。それほどこの二つは結びつかない。

 

 入れ替わり体験者の婆ちゃんさえ信じてくれないことを誰が信じてくれる?

 

 これは本当に難題かもしれない。

 

 

 

 ――ラプラスの悪魔を目覚めさせよ。

 

 

 

 まずはもうひとりの俺が言っていた「ラプラスの悪魔」について調べるか。

 

 俺はカバンも持たず、学校へ向かう。

 

 通学路には誰もいない。完全に遅刻だ。

 

 俺は自分の決意を確かめるように言う。

 

「もう絶対に誰も死なせない。糸守は俺が守る!」

 

 チリンチリンと自転車のベルの音。

 

「あら、おはよう! 宮水さんも遅刻なの?」

 

 古典教師のユキちゃん先生だ。

 

「おはようございます」

 

 ユキちゃん先生、やっぱり凄い美人だ。

 

 ユキちゃん先生が自転車から降りた。なんで、こんな若くて美人の先生がこんなド田舎に来たんだろう? 糸守にとどまってほしいのか、老若男女、糸守のみんなは先生によくしてあげているようだった。でも、みんながユキちゃん先生によくしているのはユキちゃん先生が若いとか、綺麗とかじゃなく、ほんとうに良い人だからなんだろう。

 

「今日もポニーテールが似合ってるわね。でも、もっとオシャレをすればいいのに、もったいないわよ」

 

 女子高生のオシャレを俺にしろって? 無理ムリ。

 

「さいきんの宮水さんってカッコイイって一年の女の子たちが言ってたわよ」

 

 まぁ、中身、俺だし。三葉じゃ言われないだろうな。

 

「早く学校へ来なさいよ……」

 

 

 

 ――――してあげるから

 

 

 

「え?」

 

 去り際に、ユキちゃん先生が何か言ったような気がした。

 

 聞き間違いだよな? たしか、いま先生は……。

 

 

 

 ◆  ◆

 

 

 

 俺は学校に到着して、教室の扉を開けた。運命の扉を開けるように。

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