君の名は。再演す   作:マネ

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エデンの戦士たち②

 俺はガラっと教室の扉を開け放った。クラス中のみんなが俺をみる。俺はそれを真正面から受け止めた。すでに二時間目の授業がはじまっていた。

 

 古典の授業だ。まわりのようすをみるに、テストの返却のようだ。

 

「宮水さん、席に座って……」

 

 ユキちゃん先生が答案用紙を一枚手に持ちながら言う。

 

 俺はカツカツと教壇へと歩いていく。

 

「宮水さん?」

 

 俺は先生を手で制す。そして、振り返り、みんなを見据える。

 

「みんな! よくきいて!」

 

 声にならない声で、教室がざわついている。まるでドラマのワンシーンだ。

 

「今夜、みんな、死ぬ……このままだと……このままだと」

 

「ちょっと……三葉……なに言っとるの? ヘンなこと言っとらんと早よ席に座り」

 

 サヤちんが慌てている。

 

「ティアマト彗星が近づいているのはみんな知ってるよな? その彗星が糸守に落ちる。だから、みんな、この町から逃げるんだ」

 

 教室がざわつく。

 

「はい」

 

 ユキちゃん先生が俺に一枚の紙をわたす。古典のテストの答案用紙だ。名前の欄には「宮水みつは」と書かれている。そういえば三葉は自分の名前をひらがなで書いたっけ。漢字で書けよ。

 

 

 35点

 

 

「宮水さん、あとで進路指導室まで来てください」

 

 教室の空気がやわらかくなる。遅刻を誤魔化そうとしている三葉。そんな空気になっている。

 

 三葉のバカ。

 

 ここは引き下がるしかない。35点じゃ、みんなの心はつかめない。このテストを俺が受けていれば形勢は俺に有利なものとなっていたはずだ。古典で満点かそれに近い数字を取る。それは三葉にはできないことだから。

 

 これがドラマやアニメだったら、三葉じゃ、絶対に取れないような点数をとって、クラスのみんなが驚くシーンになるんだろう。そして、俺の言葉に真実味が加わる。でも、現実はフィクションのようにドラマチックにはいかない。平凡な展開だ。

 

 だからこそ奇跡は人を惹きつける。救世主も奇跡をおこして、初めて人々から認められた。

 

 救世主も初めから救世主だったわけじゃない。

 

 古典が苦手。おまえのストロングポイントだったのに、俺は活かし切ることができなかった。これも運命の力なのか? 追い風が吹かない。向かい風ばかり。

 

 俺は運命を乗り越えられるだろうか? 俺に奇跡を起こせるだろうか?

 

 たった今、チャンスを逃したばかりの俺に……。

 

 未来を変えるんだろ? 歴史を変えるんだろ? 立花瀧!!

 

 この学園ドラマの世界観をひっくり返す。奇跡の英雄譚へ!!

 

 

 

 ◆  ◆

 

 

 

 普通に授業が流れていく。

 

 なんだろう。何かがおかしい。さっきから違和感しか覚えない。

 

 ユキちゃん先生が次に何を言おうとしているかがわかる。まるで、それはまるで、今、この瞬間、ユキちゃん先生がテストの問題を解きながら、解説しているかのようだ。そんなことする意味がないのに。そもそも、このテスト問題をつくったのは彼女なのだから。

 

 俺はいったい何を導き出そうとしているんだ?

 

 そんなわけない……そんなわけないのに……そんなわけがないのに……。

 

 どうしても俺の胸のざわめきがおさまらなかった。

 

 果たして、これに気づいている人がこのクラスにいるだろうか? いないだろう。いま、ユキちゃん先生は問4をみながら、問3の解説をつづけている。注意深くみないとわからないほど巧妙に……。

 

 こんなことは生まれて初めてだ。勝てないと思える人間に出会ったのは……。

 

 彼女は日常の領域に存在していない。

 

 

 

 ◆  ◆

 

 

 

「説明してもらおうやないか。さっきのアレはなんや?」

 

 テッシーとサヤちんに連行されて、今は使われていない部室棟の一室で二人に問い詰められていた。

 

「どうもこうもないよ。言ったままだよ。今夜、ティアマト彗星が隕石になってこの糸守町に落ちる」

「なんだって? そりゃ、一大事や」

 

 サヤちんが目をまん丸にして、テッシーをみつめている。

 

「テッシー、なに真剣にきいとるんよ。アンタ、そこまでアホやってん?」

「アホちゃうわ……隕石が落ちるんやぞ?」

 

「ほんまもんのアホやわ」

 

 サヤちんはほとほと呆れたという表情を浮かべている。

 

「情報ソースは言えないけど、これは確かな情報だよ」

「ソースってなんやの? NASA? CIA? 三葉、ホントどうしちゃったん?」

 

 サヤちんが俺の頭に手を載せる。

 

「興奮しんと……落ち着いて」

 

「俺はみんなを隕石の影響範囲外に避難させたいだけなんだ」

 

 俺はサヤちんの目をみて話す。サヤちんは困った顔をする。

 

「防災無線や」

 

 テッシーは見つめ合う俺とサヤちんに大声で言った。

 

「スピーカーが町中にあるやろ。あれで避難指示を出すんや」

「でも、どうやって使うんだよ? 役場から流してるんだろう?」

 

「伝送周波数と重畳周波数さえわかりゃあ乗っ取れる。学校の放送室からでも、町中に避難指示が出せる」

「おおっ」

 

 俺は素直に感心する。

 

「ちょ……ちょっとちょっと。二人して何真剣に話しとんの。冗談やよね?」

 

「本気」

「マジでやるで」

 

「犯罪やよ?」

 

「人が死ぬよりマシ。みんなが隕石から逃げられるなら、俺はなんだってする!」

 

「あとは避難する理由やな。爆弾を使おう」

「ば、爆弾!?」

 

 サヤちんが泣きそうな顔をしている。

 

「サヤちん。力を貸してほしい」

「貸せないよ」

 

「友達だよね?」

「友達だからやよ。友達を犯罪者になんてさせられへんよ」

 

「サヤちん、俺を信じて」

 

「三葉、アンタ、どうしちゃったの? さいきんの三葉、ヘンやよ。こんな状態で信じてなんていわれてもムリやよ。テッシーもなに三葉の話に合わせてんのよ?」

 

 テッシーとサヤちんが口論している。

 

 サヤちんを説得するだけでもこれだけ大変なのか。

 

 放送だけでみんなが避難してくれるわけがない。最後は役場が出て来ないとみんなは助けられない。それには三葉のオヤジさんの説得が必須事項。三葉のオヤジさんを説得するのはどれほどのハードルだろう。

 

 そして、そのハードルを越えられず、もうひとりの俺は失敗した。たしかに、この難易度は計り知れない。一介の高校生が越えられるハードルじゃない。高校生じゃなくてもきびしい。それでもやらなきゃいけないんだ。

 

 俺は……勇者だから。

 

「三葉、正直に言って。いくらでも相談に乗るよ。なにか言えないことがあるんやろ? 正直に言ってや」

「ごめん。いえない。信じてとしか言えない」

 

 サヤちんは俺の言葉にあきらかに怒っている。自分が信用されていないと思っているのだろう。

 

 逆だよ。

 

 どうにかしたいと思うほどサヤちんが離れていく。今はまだ会話が成り立たないから。

 

 サヤちんは隕石落下なんて信じてない。話に裏があると思っている。でも、実際には裏なんてなくて、俺はそれを信じてほしいと思っている。会話が成り立つわけがない。

 

「三葉……そんなに私が信用できんの? …………そう」

 

 サヤちんは怒っているのにかなしそうな表情をする。俺まで苦しくなる。なんでこうもうまくいかない。

 

 サヤちんはくるりとまわって背中を向ける。サヤちんは上を向いた。扉を開けて黙って出て行ってしまった。

 

 俺じゃ、サヤちんひとり、説得できないのか? 避難させられないのか? 友達ひとり救えないヤツが世界を救えるわけがない。これが今の俺の能力。こんなんで500人の町民を救えるのか?

 

「三葉……アイツ、泣いてへんかったか? 声も出せへんくらい……」

 

 

 KEEP OUT。糸守町に張られたテープ。

 

 巨大クレーター。

 

 ティアマト彗星の爪痕。

 

 

 消え去った糸守町の姿を俺は思い出した。俺はそこで崩れ落ちたっけ。俺を押しつぶそうとするように、あのときの気持ちが降ってくる。

 

「負けるもんか……負けるもんか……負けるもんか……」

 

「三葉、おまえが何かと戦っていることは目をみればわかる。それは俺らのためなんやろ?」

「テッシー……」

 

「その髪型のおまえは俺の知っとる三葉とちゃうけど……俺は今のおまえも……」

 

「えっ? ……それだ!」

 

 俺の頭の中で、カチリとひとつのピースがはまった音がした。

 

 俺はテッシーの両肩をつかむ。

 

「な、なんや!?」

 

 

 ピンポンパンポン。

 

『宮水三葉さん。宮水三葉さん。至急、進路指導室まで来てください。繰り返します。宮水三葉さん。至急、進路指導室まで来てください』

 

 

「ユキちゃん先生……」

 

 ちょうどいい。いいタイミングだ。

 

 アニメじゃあるまいし、あれほどの才能の持ち主が先生なんてするわけがない。

 

「僥倖だ」

 

 ユキちゃん先生が仲間になってくれればこの逆境も覆せるはず。

 

 運命への反撃開始だ。

 

 

 

 ◆  ◆

 

 

 

 ――あの日、俺はたどり着けなかった。俺は救えなかったんだ。

 

 

 もうひとりの俺が言っていた言葉が俺の脳裏をよぎった。事はそう簡単じゃないと警鐘を鳴らすかのように。俺はそれを振り払った。

 

 

 ――極めてきびしい状況だ。だけど、きっと間に合う。おまえは俺に出会ったんだから。

 

 

 だいじょうぶ……だいじょうぶ……だいじょうぶ……。

 

 俺は勇者だから……俺が勇者だから……。

 

 何度も……何度も……不安に押しつぶされそうになる自分に、くじけそうになる自分にそう言い聞かせた。

 

 だいじょうぶ……だいじょうぶ……だいじょうぶ……。

 

 きっと間に合う。

 

 呪文を唱えるかのように。


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