君の名は。再演す   作:マネ

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エデンの戦士たち④

「おまえはだれだ?」

 

「女の服を切る通り魔のニュースを知っているか?」

 

「…………」

 

「カッターとハサミ、二人いるんだが、ハサミのほうが俺だ……怖い顔してるね」

 

「そっか」

 

 通りで、切り方がうまいわけだ。

 

「ザンネンなのはこのカラダで切り刻んでも、まったく快感を覚えないこと。カラダの持ち主の嗜好が影響するんだろうね。つまんないカラダだよ」

 

 身体が震えてきた。

 

 なんだろう。この気持ちは。

 

 これは三葉の怒りだ。そして、俺の怒りだ。

 

 同じ入れ替わりをしてきたのに、同じ経験をしてきたのに、コイツと俺たちがしてきたことはまるでちがう。

 

「入れ替わる二人の時間は並行して流れている。こんなふうに時間の距離が開くことはない。おそらくおまえはオートからマニュアルに切り換えて飛んで来たんだろう。そんなことができたおまえは不確定要素なんだ。そして、おまえはこのループを何度も繰り返せない。何度も繰り返していればやつれ果て、こんなお粗末な対応はしていないからな。ここで死んでもらう。それで世界は正常に戻る」

 

 死んでもらう……?

 

 糸守を救う方法はわからない。もしかしたら、ないのかもしれない。でも、俺と三葉がいるかぎり可能性はゼロじゃない。コイツが俺を恐れているのが何よりの証拠。

 

 ユキちゃん先生の代わりを違和感なくやってのけるには天才的知能が必要なはずだ。そんな相手にただの高校生の俺が勝てるのか? 三葉の反応なのか、さっきからカラダが恐怖で時々硬直する。三葉のカラダは戦闘向きじゃない。心のコントロールがむずかしい。

 

「人を殺してみたいんだ。人を殺す。サイコーのエンターテイメントだと思わないか?」

 

 おかしい。コイツは狂ってる。

 

「ユキちゃん先生の顔でそんな表情をするな! ユキちゃん先生のカラダを返せ!」

 

「どうせ隕石が落ちて、すべてはうやむやになる。それにこの身体は俺のじゃない。何をやっても、俺にはなんの影響もない。犯罪を犯しても……死んでも……夢が醒めればいつもの日常……おまえもそうだろ?」

 

 三葉はバカで、金づかいが荒くて、司とベタベタして、俺の人間関係を勝手に変えようとするムカツクやつだけど、俺の身体を預けられる人だ。預けてもいいと思える人だ。俺は三葉にもそんなふうに思ってほしいと思っている。

 

 そういう信頼関係がなくてもこの入れ替わりは成立する。現象に感情は影響しない。システムのプログラムが存在するだけ。どういうプログラムで入れ替わっているのか知らないけれど。

 

「何をムキになっている? まさか、出会ってもない女に惚れたか?」

 

 ユキちゃん先生はあざ笑うかのような表情を浮かべる。教室でみせていたものとはまるでちがう。

 

「ユキちゃん先生の口で、そんな言葉を吐くな!」

 

 本物のユキちゃん先生に会ったことないけど。

 

「入れ替わりの条件は未来の結婚相手だ。どうだ? うれしいか?」

 

 !?

 

「宮水の人間でも飛べない女性はいた。将来、妹より早く若くして死んでしまうとか、再婚するとか、そういうことで飛ぶための条件は満たされなくなってしまうんだ。巫女であることが求められたのは単純に複雑なプログラムを組めなかったことによるシステムエラーを起こさせないため。飛ぶための条件は意外にきびしいんだ。よくここまで解読したものだよ」

 

「嘘をつくな。なら、なんでおまえとユキちゃん先生が入れ替われるんだよ」

 

「将来結婚するからだろう?」

 

 あっさりと答えた。それが当然かのように。

 

 結婚に感情は関係ない。

 

「彼女をこの町に送り込んだのは彗星の民だ。この時間軸では彼女と結婚するわけでもないのに、結婚できるように、教師になったり、良い教師を演じたり、バカなガキどもから慕われたり……本当に面倒だったよ」

 

 俺とコイツの心の形はまるでちがう。

 

「彼女に恋人ができると俺の仕事が水の泡になるから、そっちの工作のほうが大変だったろうけど……この女、なかなか美人だろ?」

 

 恋人……? 結婚相手じゃなく……?

 

 あぁ、そういうことか。

 

「おまえがこのまま東京行きの電車に乗れば結婚できるんだぞ。それともここで未来の結婚相手を死なせるか? 自分のあやまった決断のせいで」

 

「誰も死なせない。俺はみんなを救うためにここに来たんだ」

 

「素晴らしいよ。立派だよ。だが、罪人は粛清されなければならない。神の罰は受け入れなければならない」

 

「神は誰も罰しない。粛清されるいわれもない。おまえが歴史の守人というなら、俺はその歴史を破壊する」

 

「正義は我々にある。そうだ。黄泉の手向けにさせてあげられないことがとても残念だが、最後に良いことを教えてやろう。我々はすでに決定的な一手を打っている」

 

「決定的な一手?」

 

「それは宮水俊樹に会えばわかる。会えればの話だけど」

 

 それにしてもよくしゃべる。それも楽しそうに。死んでもらうとか言った相手に対して。まるでゲームをしているかのようにみえる。コイツにとってはそういうものなのかもしれない。

 

 目覚めてしまえば忘れてもいいようなバーチャルゲーム。

 

「さて」

 

 ユキちゃん先生はハサミを振るう。無造作に。

 

 俺は転倒した。

 

「おまえは不確定要素。おまえの未来だけが読めない。おまえさえ排除できれば奇跡はおきない」

 

 ハサミを向けられる。

 

「さぁ、死のうか?」

 

「エロイムエッサイムエロイムエッサイム我は求め訴えたり」

 

 俺は小さくつぶやく。

 

「なにを言っている?」

 

 3……2……1……。


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