喰種――――――
それは人の肉のみを主食とする肉食の怪人にして人間の天敵である上位捕食者。
その食性と身体能力、狂暴性から反社会的存在として追われる者。
故に喰種は人に紛れ暮らし、稀に行う食事の時のみ本性を現す。
――――――――もしあなたの隣にいる人間が喰種ならばあなたはどうする?
「って、聞いてんのか、姉貴」
「ん――――聞いてるよ、飛雄」
10月中旬、とある義理の弟の持ち出してきた話題。それは普段バレーボールの話以外には無頓着な弟が切り出してきた珍しい話題だった。
「喰種でしょ?都市伝説とか、迷信とかそんな風に言われてるの」
「そうだけど・・・最近よく都会の方でバラバラの殺人事件が多発してるっていうし、えっと、お、オオグラ?とかいう専門家もしょっちゅうテレビとか雑誌とかに出て喰種がどうたのって言ってるから本当にいるんじゃないかって、思って」
「小倉ね。んー、いるいないで言っても実物を見ない事にはなんともね。いるかもしれないけど、だからといって世の中の殺人事件が全部喰種のせいってわけじゃないから特定のしようもないし」
「・・・・」
「なにしょげてるの、大丈夫。前のは事故だし、今回のこれもただの物貰いだから」
私の右目の眼帯を見る弟の視線に苦笑いしながら私も眼帯に触れた。と同時に電車の来た合図が鳴り響く。
「じゃあね、飛雄。身体に気を付けて。東京は・・・物騒だからまた私の方から来るわね」
「・・・・ウス」
無愛想に返事を返す弟に再び苦笑いするとそのまま扉が閉まる。なんとなく弟がなにか言いたそうにしていたけどもうお互いの声は届かないし、遠くなる弟を見えなくなるまで見つめていた。そして見えなくなってからは通り過ぎていく景色を見続けた。そして一つ溜息を吐く。
私、氷室美月は東京20区で暮らす大学生である。ただし―――――――
東京駅に着き、改札を通ってバイト先へと急ぐ。幸い感覚は鋭いのでどこを通って行けばより安全かつ早く着くのかは駅に着いた時点である程度把握済みだ。そして店に着くとOPENの看板が下がっている扉を開けた。
「お疲れ様です」
半喰種の、だが。
「いらっしゃいませ――――って、あんたその目どうしたの!?」
「ただいま、トーカ。これについてはあとで店長も含めて話すから。ほら、ホールから外れるかどうかとか、シフトの事も相談しなきゃいけないし」
そう言って人差し指を口に添えると意味を悟ったのかそのまま口をつぐんだ。
「あら、久しぶりね、氷室さん」
「久しぶり、リゼ。ごめんね、ちょっと入用で実家に帰っててさ」
「いえ、大丈夫よ。次の休みにでも埋め合わせとして一緒に出掛けてくれたら」
「わかった。じゃあ次の日曜日ね」
「ふふ、楽しみにしてるわ。それとその目・・・どうしたの?」
「ああこれ?いや、5区に新しい書店が出来たって聞いて本と画材見に行ったら帰りがけに鳩がつついてるのに出くわしてね。そのまま立ち去ろうと思ったら動物の勘なのかバレて右目やられちゃったんだ。おかげで実家に古いの取りに行かなきゃならなくなって今に至るの」
「どんな鳩だったの?あなたがそんな目に遭うなんて結構珍しいのでしょう?」
「『毛色も何もかもが真っ白』だったよ」
「!そう、私も気を付けなくちゃ」
特徴を告げると思い当たる節があるのか反応し、すぐに笑みを深めるリゼ。いや、楽しそうに笑ってるところで悪いけど私たちにとっては天敵を通り越した死神だからね?
「・・・・妙な気起こして連れてくるのやめてね。飛び回られたら営業妨害だから」
「さすがの私もそこまでしないわ。同じ目に遭いたくないもの」
「じゃあ、私、準備するからもう行くね」
「ええ、私ももう行くわ。今度の日曜日、ね」
「はいはい、ありがとうございました」
そんな風に会話を終わらせリゼを見送ると視線を感じる。その視線を辿っていくと、そこには同じ大学の男子、金木研くんがいた。すると私の視線に気づいたのか彼は顔を赤くすると同時に逸らし、呼んでいた本に隠れた。
「(あーあ、そんな風にしなくても、もうリゼはいないんだから恥ずかしがることないのに)」
「(でも)」
――――――可愛いな。
ほんのちょっと、心にキュンときた。
金木くんには内緒だが、実のところ私はひそかに彼に恋している。切っ掛けはなんてことない大学の入学式の日に落とした学生証を拾ってもらったことからの一目惚れ。それ以来、学部も選択科目も違う、接点なんてないに等しい彼に惹かれてしまった私は着地点のない恋心を抱き続けている。
忙しかった大学生活にもやっと慣れてきたこの頃、そして金木くんがバイト先の常連として定着してそれなりに経ったこの頃。未だに私は、この想いを抱いたまま金木くんに告げることなくひたすらに黙秘を続けている。告げる勇気というものもあるのかもしれないが、一番はリゼである。
そう、金木くんはリゼのことが好きなのだ。私のことなんか眼中に入っていない。私は知ってる。ほぼ毎回ここにくる時間はリゼが来店する時間の前後だし、出ていくのもリゼが去った後。店にいるときは注文の時以外大抵リゼを見ている。
あ、私の恋終わった。と把握と同時に失恋した私。年下のトーカに愚痴るわけにもいかないし、慰めてくれるようなあてはないので家に帰ってから一人で泣いたあの日は今も心に残っている。
でも、リゼに嫉妬しているのと同時にほんの少し感謝した。だって、彼の恋する顔が見れたから。私に向けられてる表情ではない事なんて百も承知のうえだけど。いいなぁ。
私にもっと魅力があれば君は振り向いてくれたのかな?
・・・なんてね。
結局そのあと私が着替えて戻ってくるともうそこに金木くんの姿はなかった。やっぱりリゼが帰ってしまったからだろう。あーあ、もっとリゼを引き留めておくべきだっただろうか。そしたら私ももっと彼の事を見ることが出来たのに。
この時の私は、まだ知らない。リゼが私との約束を果たすことが出来なくなること、そして好きな人が同じになることも。