アオギリの樹から脱走することが出来ずヤモリに拷問され続けていた僕はいなくなったはずのリゼさんと再会した。辛辣な言葉を吐く彼女は自らを「僕が造り出した幻影」だと言いそれに無意識に縋ろうとする僕を嘲笑った。
「それにしても、意外だわ。てっきりあなたはあの子に縋ると思ったのに」
「あのこ?」
「ミヅキ。氷室美月のこと。あなた、好きでしょう?」
「好きだけどでもあなたに向けるような感情は・・・「嘘つきね」
リゼさんは断ずるように僕の言葉を遮った。
「カネキくん、いいことを教えてあげましょうか。あなたは勘違いをしているわ。あなたが私に向けていたのは「愛されたい」という感情。片想いね。実るかどうかも分からない危うい感情。賭けはリスキーであるほど興奮する。そうでしょう?」
「そう、なのかな」
「それに対してあの子があなたに最初から向けていた「愛したい」というあなたにとって一番楽でやさしい感情。振られてもいいなんて馬鹿なお人好しもいいところ、だってあの子本人にメリットなんて一つもないのにそれでもあなたへの愛(たいど)は変わらずそのうえ助けにだって来てくれた。心地がいいでしょう?愛されるって。何より楽よ、彼女は見返りを求めてないから。自分が愛さなくても愛してくれる都合のいい子」
「僕は彼女をそんなふうに思ったりなんかしていない!!」
「本当にそう?ならどうしてここに出てくるのが彼女でなくて私なのかしら?」
「それ、は」
「あなたは酷い子ね、カネキくん。あなたが私に想ったような感情を抱かなかったのは、もう既にあの子を手に入れたと勘違いしているからよ。愛されているという自信にも似た確信、安心感・・・だからあなたは私に縋れるの、いざというときはあの子がいる。そう思ってね」
「ちがう・・・ぼくは、そんな」
「でもね、それでいいのよ。人間も喰種もみんな同じ。あの子がおかしいの。勘違いさせるあの子も悪いのよ。・・・ねえカネキくん、あなたはあの子と出会った日の事を覚えてる?」
「確か喫茶店で・・・「違うわ、もっと前よ」・・・もっと、まえ?」
「そう、大学の入学式」
*****
リゼさんに言われて振り返る。
4月の入学式。確か思ってた以上に人が多くて僕はヒデとはぐれたんだっけ。
それで人に流されて誰かにぶつかった。それと一緒に僕らの荷物も散らばった。
「い!?」
「たっ」
「ご、ごめんなさい」
「いえ、こちらこそすみません」
お互いの荷物を片付けていると自分の手の他にぶつかった相手の手があった。
「(綺麗な手だな・・・)」
白くて細いその手に見入っていると荷物は殆ど片付いており、急いでいるのかそのままその人は謝罪とともに頭を下げると行ってしまった。僕もずっとそこにいるわけにはいかないので立ち上がる。と、足に何かが当たり下を見るとそこには相手の学生証が落ちていた。
「(あの人のか?届けないと)」
あの人の消えた方向に走っていく。やっとのことで追いつくとその人はもう校門のところにおり、あと少しで行方が分からなくなるところだった。
「あの!」
「!あなたはさっきの」
「これ、忘れものです」
その時の僕はお世辞にもカッコよくはなかっただろう。必死だったから息切れしてたし運動神経も今と違って人並みでなにもしてなかったから見る人によっては鈍臭くも見えただろう。
「わざわざ、届けてくださったんですか」
「だって、ないと困るでしょう?」
するとその人は僕の手から大事そうに学生証を受け取って美しい笑顔を浮かべていた。この時、初めて僕はその人の顔を見たんだ。
「あ・・・」
「ありがとう、ございます」
それが、本当の最初の出会いで・・・
*****
「思い出した?それがあなたの私に向ける恋心の発端よ」
「え?」
「あなたはそれ以来会えない彼女のことを次第に忘れていったの。その恋心も叶わないものだからと沈めてね、まあ当然よね、なんせあっちは大学構内でも有名なマドンナ、対してあなたはただの何の接点もない一学生。そんなときに現れた私にあなたは彼女を投影して見ていただけだったのよ。高嶺の花より近くの華、まったく巻き込まれた方はいい迷惑」
「そん、な」
「そんなことを言われたら恨むことしか出来なくなる?それはないわね、だってあなた弱いもの。私への想いの残骸もある中で本気で恨めるようになるなんてありえない。あなたが私から解放されるのは恨みも想いも全てなくなったとき」
「ねえカネキくん、このままだとミヅキも死ぬわよ」
「あなたが弱いせいであなたが最も好きな人が死ぬの」
「それでもまだ、「傷つけられる側」でいられる?」
『僕の中の喰種を受け入れる』・・・?
・・・違ったそうじゃない。
僕は―――「喰種」だ。
*****
ヤモリを倒して赫包を捕食した直後、通路に繋がる扉の一つが開いた。その音に振り返るとそこにいたのは、ボロボロになったミヅキだった。身体のところどころから血を流して壁に寄りかかりながらこちらに向かってくる。
「ぁ・・・カ・・・くん」
「ミヅキ!!」
もう立っているのもやっとだった身体が重力に従って前のめりに倒れかけたのを抱きとめた。脇腹が抉られていたり見た目よりもずっと酷い怪我だった。
「ごめ・・・まに、なか・・・た」
「いい、いいんだよ。ミヅキの方こそ、無事でよかった・・・」
「な、ま・・・なんで」
「・・・行こう。もうここに用はないから」
「そ、か」
限界を迎えたのかそのまま意識を手放した彼女をなるべく傷に触れないようにしながら横抱きにして彼女が入ってきたのとは反対の扉からこの部屋を出た。
こんな状態になっても僕を迎えに来てくれる彼女への想いと嬉しさ、それに相反するここまで彼女を傷つけたこの組織への憎しみが僕を先へと突き動かしていた。