夜風に煽られて目が覚めた。
「ここ、は」
背中が痛い、というか全身が痛い。目を開けてすぐに映ったのは夜空だった。しかしすぐにそれはトーカの顔で塗りつぶされた。
「ミヅキ!!」
「トーカ、ニシキ先輩・・・」
「へ、気が付いたか」
「私は、エトとタタラと戦って死にかけて・・・なんで私、ここにいるの?」
「・・・カネキが、あんたを抱えてここに来たんだよ」
「ああ、そんで俺らがやられそうになってたところに来て今そいつと戦ってる」
トーカに支えられながら私も事の成り行きを見守ることにした。カネキくんが戦っているのはトーカの弟のアヤトだ。アヤトは羽赫なので燐赫のカネキくんと相性的弱点はないものの、もう既にそれは戦闘の域を超えて軽く私刑になっていた。最終的に全身の骨半分を折られたアヤトはもう動けなくなりカネキくんに負けた。これでとりあえず紆余曲折ありきであんていくは勝利した。しかし、問題はここからだった。
「じゃあ、帰りましょうか。あんていくに」
「お前、無断欠勤半日な」
「・・・そんなこと言ったらカネキくんも・・・カネキくんとりあえず店に戻ってそれから」
「―――僕は「あんていく」には戻らないよ」
カネキくんの言った一言に凍り付いた。
「――――――なんで?」
私は彼に、なにかしてしまったのだろうか。それとも、何もできなかったから必要ないと思われたのか――――――いずれにしても、痛かった。
「・・・・・・またね、ミヅキ」
そう、優しく言葉を紡ぐとそのまま私たちに背を向けて去っていく。もう声を出す気力もなかった私は必死に手を伸ばしたけど、彼は振り返ることもなく遠くへ行ってしまった。
そこで私の意識は途絶えた。
*****
あれから数日。傷を治す療養期間を兼ねた謹慎を芳村さんに言い渡された私はバイトがなく、赫子で受けた傷が多く深かったことから大学に行くのも気が引けたのでずっと家でじっとしていた。
「(・・・20区からはもうカネキくんの匂いはしない・・・もう、ここにはいないんだ)」
寝ているベットで寝返りをうつと胃の中に何も入れずに過ごしていたせいか胃液の動く感覚がした。
「(そういえばあの日から何も食べてない)・・・肉、あったかな」
台所に行って冷蔵庫を漁ると血液ごと入れたタッパーと真空パックになった肉があった。今日は久しぶりの食事なのでお腹にたまるスープにしようと思い真空パックの方を手に取った。本当は鮮度の落ちやすいタッパーの方を食べるべきなんだろうけど今日はそっちではなくなぜか真空パックの方を食べたくなったのだ。
開けて肉を取り出し食べやすく切り分けて沸騰した鍋に入れた。それで十数分後、中まで火が通っていることを確認し盛り付けてテーブルに持って行った。
「いただきます」
一口啜ると口の中に出汁の出たスープの味が広がる。一緒に肉も食べるともっともっと美味しい。そういえば
「カネキくんに肉の食べ方教えたんだっけ」
と言っても優しくて割り切ってない彼の事なので人を襲うどころか自殺者の遺体にさえ手を付けることはないだろう。だとしたら行き着くのは共喰いだけなのだけれど。彼も、私と同じになってしまうのだろうか。あの、優しくて虫も殺せなさそうな、彼が。
「っ・・・ぅ」
そう思うと切なくて、今までの私は何だったのだろうと考える。私のようにならないでほしくて、好きな人には幸せでいてほしくて、そのために力を求めたのに。結局、後手に回ってばかりで何一つも守れちゃいなかった。
「馬鹿じゃないの」
自分で言ってて的を射ていると思う。本当に私は馬鹿だ。すべて自分の独り善がり。「愛を受け入れない」癖に「愛したい」そんなの押しつけがましい一方通行な感情だというのに。
ごめんね、カネキくん。私はあなたをダシにして欲を満たしたかっただけなのかもしれない。
この恋心が叶うんじゃないかそんな期待を微かにしていた自分がいたのだ。
気が付くと私は涙を流していた。私にはそれが浅ましくしか感じられなかった。
今は無理でも、いつか私はこの恋心に折り合いを付ける。だから今だけは泣くことを許してほしいの。
愛されたいなんて思ってごめんなさい。
*****
次の日、謹慎が解け、傷もすっかり治った私は大学が終わるとあんていくへ足を運んだ。
「おう、いらっしゃ・・・ってお前かよ」
「はい。謹慎が解けたのでちょっと早めに来てみました」
「はぁ、自分から進んで労働しようとするお前がよく分かんねーよ」
「いいんですよ、家にいても暇でごろごろするくらいしかすることないんで」
「けっ、そーかよ」
今日の店番はニシキ先輩だった。アオギリとの闘いで重症を負ったらしいが口の悪さと顔色を見るにもう回復しているのだろう。
「・・・髪、切ったんだな」
「ええ、いい加減切り換えないとなと思って・・・変ですか?」
「いーんじゃねーの?あと、トーカのやつにも顔見せてやれよ。あいつお前らのこと気にしてたからな」
「あはは、わかりました。じゃあ、準備してきますね」
「おう」
私はそのまま自分のロッカーへと向かった。
「本当に大丈夫なのか?アイツ」
それを心配そうに見ている先輩のことなんて知らずに。
*****
しばらくして学校帰りのトーカが一緒にホールに入り、今日も慌ただしくバイトの時間が過ぎていった。
「ちょっといい?」
「ん?」
ロッカールームで一緒に着替えているとトーカに声をかけられた。
「なに?」
「今日、一緒に帰らない?」
「うん、いいよ。一緒に帰ろう」
「じゃあ、私もう着替え終わるから、入り口のとこで待ってる」
*****
こうして私とトーカは一緒に帰り道を帰る。普段は私が誘わない限り殆ど一緒に帰ることはないので、きっとこの前のことで気を遣われているのだろう。
「あの、さ」
「うん?」
「あんた・・・大丈夫?その、あいつのこと、とか」
「あー・・・」
やっぱりか、と内心思う。確かにショックだし、整理しきれてないところもあるからな・・・
「大丈夫かって言われると身体は・・・って付くかな。心はまだ整理がついたわけじゃないから」
「・・・そっか」
「でもね、謹慎中に色々考えてたらちょっと涙してる自分が馬鹿馬鹿しくなってきてね・・・もうイライラがピークに達したから思いっ切り床殴ったら下の階に響いたらしくてさ。とりあえず模様替えしようと思って動かしたら落として穴空いたって誤魔化したよね」
「そ、そう・・・」
「ま、今はこんなだけど・・・そのうちなんとかするよ。いつまでもなよなよしてられないし」
「・・・・・・」
「だから、私はカネキくんが帰ってくるのを待つことにする」
「!」
「だって、諦めるのは簡単だけど、それで終わるなんて絶対嫌だから」
「・・・あんたらしいね」
「だって私だもの」
「ぷ、それもそうか」
「そうそう」
その後私たちは笑い合いながらそれぞれの家路についた。話し合う前より格段に私の心は軽くなっていた。
ありがとう、トーカ。