クロとシロが今の生活に馴染んでちょっと経った現在。こうしてそれなりに順風満帆に日々を過ごしていると、やっぱりカネキくんのことを思い出してしまう。別れた後も何か言いたそうにしていたけど大丈夫なんだろうか。身体は治っても心は私にもどうしようもないカネキくん本人の問題だし・・・いや、血塗れでトラウマ植え付けたんだったら私のせいだけど。
「早く、帰ってこないかなぁ・・・」
「だれが?」
「ふあ?!」
いきなり声をかけられたのでびっくりして振り向くとそこには、カネキくんの親友・永近くんがいた。気を張らずに考え事してたんだな・・・私。
「びっくりした、永近くんだったの・・・」
「はは、なんか悩み事?よかったら聞くけど」
「・・・うん、ありがとう。ちょうど話したいこともあったし甘えさせてもらおうかな」
私はある確信を持って、彼の誘いに乗った。
*****
永近くんとの話はカネキくんとは別の意味で楽しかった。今の流行り、ニュース、路上ライブのことなど話題が豊富で飽きない。
「そういえば俺に話したいことって?」
「うん。永近くん、あなた――――――気付いてるでしょう、私たちが喰種だって」
周囲は人通りがなく静まり返っている。3キロ先辺りまで音・匂いを探ったがとりあえず人は近くにいないし、ほとんど建物の中なので誰も聞いていないことを確認し、切り出した。
「―――だったら、どうする」
「ううん、脅してるわけじゃないし、あなたの事を食べようとかは全く思ってないよ。ただ、お礼を言いたくて」
「?お礼」
「そう。ありがとね、カネキくんと私のこと、黙ってて・・・ううん、守って、くれて」
「!!」
「おかげで私はこうして普通の暮らしを満喫できるし、カネキくんもボロを出さずに過ごせたんだと思うから。だから、ありがとう」
「うわー・・・お礼言われちゃうとかほんと、カネキのやつに睨まれるわ」
「?カネキくんがどうしたの」
「い、いやあ。女の子からのお礼とか役得だなーって」
「変なの」
ふふ、と思わず笑うと永近くんの顔も緩んだ。
「ちなみにいつから気付いてた?俺が気付いてるって」
「カネキくんが退院して数日経ったときくらいかな、ほぼ確信に近かったけどね」
「うえ!?マジかよー割と自信あったんだけどな」
「大丈夫。カネキくんは気づいてないよ、ただあなたの鋭さにいつバレるんじゃないかってハラハラしてたみたいだけど」
「ならいっか。・・・なあ、氷室さん」
「なに?」
「今来てないあいつのこと、よろしくな」
「!」
「どこ行ったか知らねーけど、きっとあいつのことだから無理してんだろうと思ってさ。やっぱし待っててくれる人とか戻って来れる場所とか、必要だと思うから」
「・・・うん」
「ところでさ、氷室さんってカネキの癖、知ってる?」
「分かんないけど、私と話すときによく取り繕おうとするときなんかは顎の辺り触ってるのは見るかな」
「あー・・・」
永近くんは何とも言えないような顔になって困ったように笑った。
「それさ、実はアイツの嘘つくときの癖なんだ。でもアイツのことだから、氷室さんに知られたくないようなかっこ悪いこととかだったんだと思うぜ」
「うーん、どうだろう。ちょっと複雑かな」
「悪い。でも、このことカネキには内緒な。本人気付いてねーし」
「分かってるよ。貴重な情報をありがとう」
「いいっていいって。あ、もうこんな時間か」
「あれ、早いなー。永近くん今日あんていくに寄ってく?」
「いや、俺はこれからちょっと行くとこあるから今日は遠慮しとく」
「そっか、今日はありがとね。おかげで楽しかった」
「こっちこそ。話付き合ってくれてありがと」
「そんでさ」と永近くんは続ける。
「さっきの聞いたら、複雑かもしれないけど―――信じてやってほしいんだ、カネキのこと」
「!・・・もちろん」
「お、自信満々だなー。うん、安心した。じゃあまた大学で」
「またね」
永近くんのカネキくんに対する思いやりの一部が見えた気がした。これもある意味人間と喰種の共存の一つの形なのだろう。そう考えると切ないけれど、なんだか少し幸せな気分になった。
*****
それから数日後。再会の時は、突然やってきた。
向こうからやって来る彼も私に気付き足を止めた。
「あ・・・」
「・・・久しぶり、カネキくん。ちょっと、一緒に歩かない?」
「・・・うん」
彼の隣に並んでこれまでのことや高槻作品のこと、近況など他愛のない話をしながら歩き続ける。時折、顎に触れる彼の横顔を盗み見ながら。そして歩道橋の上にたどり着いて私は切り出した。
「ねえ、カネキくん。あなたの目的は、ううん。あなたが見ているものは何?」
「みんなが笑える未来、だよ。そのためにも邪魔なクズ豆は摘まないと」
「そう、そうなのね・・・うん、わかった」
殴ろうと突き出した右手はカネキくんに受け止められた。そっか、もうここまで強くなってたのか・・・・・・むかつく。
「利き腕は元々右だけど・・・平手打ちぐらい、左だってできるのよ」
「!!っ」
私の左手の平手打ちはカネキくんの頬にクリーンヒットした。威力が強かったのか物凄い真っ赤な手形が付いてしまったがそんなの知ったことではない。
「ねえカネキくん。あなたは誰を守りたいの?」
「あんていくの皆やヒナミちゃんや万丈さんたち、だけど」
「ならなんであんていくを離れたの?」
「守るには力が必要だった。だから共喰いをして・・・」
「でもあんていくにいた方があんていくの人たちを守れたんじゃないの?ヒナちゃんや万丈さんたちだってあんていくの喰い場をもらって生活することもできたはず。ちがう?」
「・・・ミヅキは、僕を否定するんだね」
「そうね、あなたを好きな事と否定することは矛盾しないもの。だからはっきりと、言いたいことを言うよ。その考えは間違ってる」
「・・・・・・」
「守りたいならそばにいるべきだったのよ。そんな遠回りな自己犠牲からくる行動なんて痛くて苦しいだけ。それで笑顔になるのはその事実を知らずにのうのうと暮らしてるだれかだけ。あなたを知る人たちはそんなあなたを見るたびに心が傷付くだけ。痛いだけ。結局犠牲を増やしてるだけなのよ」
「・・・君に」
「?」
「君に僕の何が分かるっていうんだ!!」
カネキくんははじめて私に対して怒鳴った。それは憤りというより叫びに近かった。
「君は強くて、僕にはないものをたくさん持ってて。なのに僕に構って、僕を守って傷ついていく。それを間近で見続けてきて、平気なわけないじゃないか!!君は僕を自己犠牲だって言ったけど君だって身勝手な自己犠牲そのものだ!!」
「!!」
「目の前で殺されたリョーコさんたちを見てから、怖いんだよ・・・いつ君やみんながいなくなるのか・・・もう、あの時みたいに何もできないのは嫌なんだ・・・」
彼が顎を触っていなかったことからこれはまさに本心なのだろう。きっと、私は構い過ぎたのだ。いくら好きだと言っても線引きをしておかなかったただの押し付けがましい感情が更に彼の精神を追い詰めてしまったのだ。
「・・・やっと、本音話してくれたね」
「あ・・・」
「あなたは私といるとどこか奥ゆかしくて本心を隠そうとしているようだったから、今すごく嬉しい。・・・やっぱり、私も過保護だったんだよね。ごめんね」
「え」
「確かに私があなたの隣にいたら成長もしないし、運命の人との出会いすらなくなる。だめね。なんでこんなことにすら気付かなかったのかしら・・・うん、今度からは節度を持って接することにするよ」
「ミヅ、キ?」
「後、別に私は止める気はないけど、あんていく、働くにしても客になるにしても、いなくなるにしても顔出してね。みんなあなたの帰りをずっと待っててくれてるんだから・・・・・・じゃあ、私からはそれだけだから。バイバイカネキくん」
立ちすくんだままのカネキくんをその場に残し私はその場を去った。きっとこれでおそらく彼はあんていくに帰ってくるんじゃないかって淡い期待を持ちながら。
*****
でも、現実は甘くなかった。あんていくはCCGに襲撃されている。あれだけ速報で流れれば嫌でも分かる。でも、問題はこっち。
「行くつもりなの?カネキくん」
「―――うん」
「店長たちがそんなことを望んでないとしても?」
「うん」
「・・・私が、縋っても?」
「・・・・・・うん」
たぶん、何が何でも皆を助けに行く気でいるのだろう。
「そっか、じゃあ、最後に。ハグさせて・・・最後なんだからさ」
「・・・・そうだね」
ハグを、してもらった。これからのことを考えると何となく切ないような複雑な気持ちだがしかたない。そう、割り切るしかない。
「ねえ、カネキくん―――好きだよ」
「・・・・・・」
「あんていくに帰って来てくれてありがとう、おかげで――――――もう、未練はない、かな」
「え―――っづぁ!!」
私は赫子でカネキくんを貫いた。
赫子を引き抜き致命傷でこそないもののかなりの深手を負ったカネキくんをやってきたばかりの先輩と月山さんに託した。
「本当にいいのかよ」
「いいんですよ、こうでもしないとたぶんだめだから・・・先輩、月山さん。カネキくんをよろしくお願いします・・・ありがとうございました。」
そのまま私は立っているビルの屋上からダイブした。月山さんが叫んでいるが聞こえないし聞いてる余裕はないのでそのまま夜を駆ける。
その先に死神が待ち構えていることを薄く感じながら。
それでも私は止まらずに駆け抜けるのだ。
(さよなら)
(その一言を言い忘れた)
*****
僕が目覚めた時にはもう全て終わっていた。
どうやらあの時、僕はミヅキの赫子で瀕死の重傷を負い、ニシキ先輩や月山さんに運ばれたらしい。目が覚めたと分かった途端トーカちゃんに殴られた。ヒナミちゃんと万丈さんたちは驚いてそれを止めようとし、ヨモさんもそれを見て溜息を吐いていた。一番驚いたのはレストランで出会った双子の子たち(安久黒奈・奈白というらしい)があんていくのメンバーに加わっていたことだ。どうやらミヅキが彼女たちを救ったらしくミヅキに懐いているらしい。入見さんと古間さんは僕が目を覚ますより少し早く合流していたようで二人の生存に安堵する。店長は、消息不明。ミヅキ、は。
「あいつは、店長と同じく消息不明」
「え・・・」
「ただ、あの先、V14には死神がいたから・・・」
「・・・・・・」
CCGの死神。有馬貴将。やつと戦って無事だった喰種はいない。CCGの現在の最高戦力。皆、声にはしなかったけど、その言いかけた沈黙がミヅキの生存の可能性は絶望的だと、物語っていた。でも僕は―――
「僕は待ちます。ミヅキのこと」
「!」
僕の発した言葉にその場にいる全員が反応した。
「・・・どんなに可能性が低くても、1%に満たない確率でも、僕は彼女を信じてるんです。彼女は絶対帰って来るって、だから待ちます。ミヅキが、僕を待ち続けてくれたように、今度は僕がミヅキを待ち続けたいんです」
そう、僕は待つ。ミヅキがいつ帰ってきてもいいように彼女の居場所を作って、待ち続ける。だって―――
ミヅキは僕の、一番だから。