治癒魔法の誤った使用法   作:サリチルさん

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第一話

酷い雨の日だった。

午後になり急に降りだした雨。こんな日のために備えておいた傘を誰かに持っていかれ、帰るに帰れず雨宿りしていた。

しかし、一時間過ぎても一向に雨がやむ気配はない。

時刻は五時半を過ぎたあたり、このままでは暗い中ずぶ濡れになって帰らなくちゃならない。

いっそのこと、傘立てに残っている誰かしらの傘を拝借してしまおうかと考えて、申し訳ないのと後々面倒なことになるのに嫌気がさしてためらう。

こういう時も小心な自分が嫌になりながらも、もうしばらく待つことにした。

 

 

「さすがにこれ以上暗くなるのは……ん?」

 

 

僕以外に人のいない昇降口に一組の男女が現れる。その二人を一言で言い表すならば、まさに美男美女だ。

男のほうはクラスメートの龍泉一樹。一樹と書いてカズキと読むカッコイイ名前を持つ男。高身長で顔もカッコイイという非の打ちどころがない、ギャルゲーも真っ青な主人公気質の男。そのルックスと性格で我が校の女子を虜にしているイケメン。

しかも、生徒会の副会長でもある。どこからどう見ても設定盛り込みすぎの完璧超人だ。

僕みたいな名前――兎里健、ウサトという変わった名字から一転したケンという地味な名前が存在を表しているかのような自他ともに認める普通とは大きな違いだ。

正直、爆発すればいいと常々思っています。

 

女子のほうは犬上鈴音。三年生の先輩で生徒会長、黒髪で整った顔が凛々しい美少女だ。

頭脳明晰、運動神経抜群、それに美人もついた二次元も真っ青な才色兼備な彼女は、学校中の男子生徒の憧れの存在である。一部の特殊嗜好の女子生徒にも人気。僕からすれば高嶺の花、というべき存在だろう。

噂では、龍泉と付き合っているとかいないとか。

 

 

「傘がないのか?」

「うわっ!?」

 

 

心臓が止まるかと思った。

声の聞こえた方向を見ると、そこにいたのは氷月慎一先生。全学年の化学、三年の学年主任、生徒会顧問を担当する長身痩躯の男性教諭だ。

いつも氷のように冷たい表情を浮かべているが、教え方も面倒見もいいため、生徒からの人気は悪くない。稀に浮かべるはにかんだ笑顔にギャップ萌えを感じる生徒も性別を問わずに少なくないとか。

それに加えて、某有名大卒、白衣姿、少し天然も入ってると彼もさっきの生徒会の二人と似たような人種である。

 

 

「驚かせて申し訳ない。それで、傘は?」

「い、いえ。まぁ、はい。ありません、けど……」

「そうか。ならば、私の車に乗っていくといい」

「えっ!?」

「もうすぐ完全下校時刻だ。それに、風邪をひいて授業を休むのは受験生にとって大きな痛手となる。気まずさも遠慮も今は飲み込みたまえ。君一人というわけじゃないのだからな」

 

 

氷月先生の視線の先を見ると、さっきの生徒会の二人がいた。

 

 

 

先生が車を出しに行っている間に二人と話した。

龍泉は何というか清々しい奴で、すぐに友達関係になった。しかも、なにげに僕の名前を覚えていてくれて少し感動した。

まさか学校一のイケメンと友達になる日がこようとは、明日はファンの女子達から注目(殺気)をあつめちゃうな。

だが、男子の嫉妬の視線も心配しなければならないッ!

学校一の美人さんである。犬上先輩とも友達関係になったからだ。もう死んでもいいです。

いやー、今日はなんかついてない日だと思っていたけど、逆だった。学校の人気者と友達になれるなんてね。滅多にないことだ。

雨最高、もっと降ってくれてもいい。

雨に対して調子のいいことを言う僕であった。

 

 

「待たせた。後ろは少し狭いが我慢してくれ」

 

 

氷月先生が車の窓から僕たちに声をかけた。

乗り込んだ氷月先生の車の中は言葉通りに、荷物がたくさんだった。収納部には箱がびっしりと敷きつめられていて。三人掛けの座席は一人分のスペースを荷物が占領し、足元もアタッシュケースがつめられて一段高くなっている。

それなのに、ごちゃっとした印象がないのはそれらが規則的に積まれているからだろう。几帳面なのかズボラなのかよく分からない先生だ。

 

 

「すごい荷物ですね。何ですかこれ?」

 

 

カズキナイス!

僕も気になってたけど、何となく聞きにくくて聞けなかったんだ。

氷月先生はカーナビに僕たちの住所を入力しながら答えた。

 

 

「実験器具、と言っても授業用ではなく趣味のようなものだがな」

「趣味、ですか」

「使用しているわけではない。持ち運んで満足しているだけだ。金もかかるからな。まあ……私はもともと研究者になりたかったんだ。それをいまだに引きずっているんだろう」

 

 

氷月先生の個人的な話を初めて聞いた気がする。

普段はこの先生は授業についてか、生徒の相談に乗るくらいだから僕たちは氷月先生の内面をあまり知らない。

 

 

「どうして研究者にならなかったんですか?」

 

 

えっ、それ聞いちゃうの!?

聞いちゃいけなそうな雰囲気をものともせずに切り込んだ男、カズキ。

悪気がないのは分かるけど、ちょっと空気読んだほうが……。

 

 

「一言で言うと、若気の至りだ。大学で卒業論文を書くだろう。徹夜を続けて作成したそれは、自分でもそれなりに自信があった。それを友人、いや親友と呼べる奴に見せたのだ。そうしたら、」

「……どうなったんですか?」

「そいつはその成功例とデータをすべて破壊して私に研究者なんてやめてしまえと罵倒したのだ。それに、当時の私は拗ねてしまい売り言葉に買い言葉で、研究者などやめてやる、と言い放ってそのまま研究者の道を捨てて目についた職業、すなわち教師になったんだ。いや、あの時は若かった」

 

 

滅多に見せない微笑みを見せて楽しそうに語る先生だけど……エピソードがヤバすぎる。

卒業論文を台無しにした上に罵倒するってどんな人だよ!?

というか、その人は本当に氷月先生の親友なのか!?

カズキも犬上先輩も気まずげに微妙な表情をしている。

犬上先輩はともかく、カズキは原因なんだから何とかしろよ!

 

 

「む、どうしたんだ?……あぁ、その親友とは数年後に同窓会であった時に和解したから気にする必要はない。その頃には教師という仕事を気に入り始めていたんでな」

 

 

しかも、和解したんですか……。

氷月先生の過去が特殊過ぎる。軽い話じゃないのは確かだけど、重い話というわけでもない。

ただ一つ言えるのは、その親友がどんな人なのかすごく気になるということだ。

 

 

「きっかけはともかく、私は教師になったことに後悔はない。進路の参考になっただろうか?」

 

 

話を切り上げて出発準備をする氷月先生。

もしかして、先生は僕たちが進路に迷っていることに気付いてこの話をしてくれたのだろうか?

でも、ごめんなさい。まったく参考になりませんでした。話が特殊過ぎます。

カズキはいい話風に締めた先生に騙されて目を輝かせている。純粋なイケメンだ。

 

 

「……何だ?」

「ん?」

「……」

 

 

突然、カズキと犬上先輩が耳を澄ますように、耳に手を添えた。

氷月先生は発進させようと鍵にかけた手を硬直させている。

 

 

「え、どうしたの?」

「……ウサト、今何か聞こえなかったか?ごぉーんって」

「僕には何も……」

「私にも聞こえた。これは……鐘の音?」

 

 

鐘の音と犬上先輩は言うが、近くに鐘を鳴らすような建物なんてない。

僕だけが聞こえないことに軽い疎外感を感じる。

 

 

「先生はどうですか?」

「私も兎里君と同じく何も聞こえない。だが……」

 

 

氷月先生の視線の先では、カーナビの僕たちの場所を指し示す位置情報が目まぐるしく変わっていた。

車は少しも動いていないのに――明らかに異常だ。

 

 

「様子がおかしい。いったん車を――」

 

 

先生が言いきる前に、車を囲むように幾何学的な模様が浮かび上がった。

 

 

突如、足元に現れた紋様。

ややゲーム脳の僕の灰色の脳細胞は、光の速さでその紋様を言葉に表した。

 

 

「魔法、陣?」

 

 

科学が支配するこの世界で魔法陣とはいかなることか。パニックを通り越して逆に冷静になった頭で現状を見る。

地面に魔法陣、それが波打つように輝いている。

これは、異世界への道が開かれるのではないか?

ぐるぐると頭の中を巡る思考に混乱しながらも、隣のカズキに言葉を投げかける。

 

 

「カズキ、イセ……異世界ってどう思う!?」

「えっ、いきなり何を言ってるんだよウサト!?それより何だこよこれ!何かの撮影!?」

 

 

しまった、カズキに僕の言語は異次元だった。

楽観的な僕とは違い本気で混乱している彼を見て僕も危機感を持つ。

 

 

「ウサト君!異世界にはモンスターとか……ゆっ、勇者とかいるのだろうか?」

「なんだか犬上先輩とはすごく仲良くなれる気がしました」

 

 

犬上先輩、絶対こっち側の人だ。

しかもかなり俗っぽいぞ!!

やけに冷静な笑顔で言い放った先輩の言葉で、危機感が一気になくなってしまった。

 

 

「まさか……そんなことが、あり得るのか?」

 

 

狼狽する氷月先生をよそに、魔法陣は目が眩むくらいに輝く。

その眩しさに思わず目をつぶった僕は、突然の吐き気と浮遊感と共に意識を失った。

 

 

 

***

 

 

 

意識を失っていた私は氷月先生に肩を揺すられて目を覚ました。

 

 

「おはよう、ございます?」

「おはよう、犬上君。起きがけにすまないが、窓の外を見て状況を理解してほしい。緊急事態だ。そして、何があっても不用意に窓やドアを開けたり大声を上げて彼らを刺激したりするな」

 

 

氷月先生はそう言って後部座席のカズキ君とウサト君を起こしに向かった。

それにしても、緊急事態?

寝ぼけ眼で窓の外を覗くと、煌びやかな大広間。

車の周りを西洋剣を構えて取り囲む兵士のような格好の男たち。奥には、玉座としか言い様のない豪華な椅子に座る王冠を被った男性と側仕えらしき人たち。

 

 

「全員、状況は確認したな? では、私は彼らと話をつけてくるから、君たちは車内で待っていてくれ。」

 

 

「そんな……危なくないんですか!?」

 

 

カズキ君は焦ったように、しかし先程の氷月先生の注意を意識したのか小声で言った。

氷月先生は表情を変えずに返答する。

 

 

「危険だ。だが、籠城しようにも、備蓄も車の耐久性も心許ない。現状、彼らが交渉可能な存在であることを祈って最善を尽くす以外の道はない」

「それは……」

「それでは行ってくる」

 

 

氷月先生はそのままドアを開けて行ってしまった。

カズキ君とウサト君は心配そうに氷月先生の背中を見ているが、私はそれよりもここについてのことで頭がいっぱいだった。

ここは、もしかしなくても異世界なんじゃないだろうか。勇者はいるのだろうか。獣人はいるのだろうか。魔物はいるのだろうか。魔王もいるんじゃないか。魔法はあるのだろうか。

ここで新しい自分が始められるんじゃないだろうか!

 

 

「話は一応ついた。私たちの状況だが……彼らの言葉をそのまま借りると、ここはリングル王国という場所で、私たちは……勇者として召喚されたらしい」

「キタッ」

 

 

あんなことを考えていたばかりだったから、つい口から漏れてしまった。

三人の視線が私に集まり、その後何事もなかったかのように霧散した。

 

 

「私も詳しい話は聞いていない。続きは車を降りてそこの王様に聞け。私は車を移動させるため、後から合流する。先方はこれがあると警戒してしまうらしい」

 

 

氷月先生に促されて私たちは車を降りた。

私たちが安全な距離まで離れると氷月先生の車にエンジンがかかり、ゆっくりと動き出した。

それを見てどよめき騒ぎ出す兵士たち。

くうっ、異世界っぽい!

転移して早々に異世界に順応し、異世界っぽい展開を起こすとは、意外と侮れない先生かもしれない。

おっかなびっくりといった様子の魔法使いらしき女性に誘導されて大広間を出ていく氷月先生の車に向けて対抗意識に燃える目を向ける私だった。




書店でなんとなく購入した原作にドはまりして、Web版までイッキ飲みしました。
ただ、、タイトルで想像してた主人公と違ったので、思いきってイメージしてた人物を主人公にして書いてみました。

アドバイス等を頂けると嬉しいです!
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