ロッカりあ! 作:地獄のグラビティ
自宅のベッドでうつぶせになり、腕を左右に広げる。
大きく一度ストロークして、その後は静止。
ラジカセから、ジャック・ジョンソンの音楽が流れてくる。
目を閉じると、あたしは海にいる。
広い海。
さざめく波。
あたしは、ボードに身を横たえてサーフィンする。
気持ちいい。
嫌なことをすべて忘れられる。
あぁ……。
しかし、そのとき、目覚まし時計のベルが鳴る。
時刻は21時になっている。
「時間か……」
つぶやいて、あたしは起き上がる。
一瞬にして空想の海は消えていく。
くすんだあたしの部屋に舞い戻る。
あたしは、鏡に向かって髪を撫で付ける。
「ロックンロールショウの時間だぜ」
自己鼓舞の冗談を飛ばしても、ちっとも気が楽になったりしない。
※
二階の自室から、階下に降りると、男が待ち構えていた。
二人。
一人はあたしの叔父。
もう一人は、見知らぬ男。
「おっほぉ。これはこれは」
見知らぬ男が下品な声を上げた。
「可愛いですなぁ。ちっちゃいですなぁ」
「けっ」
あたしは、嫌世感いっぱいの舌打ちをした。
だが、子供の威嚇などお構いなしなのだろう。
見知らぬ男はなおさら嬉しそうな顔をする。
「理緒。ちゃんと挨拶しなさい」
叔父の言葉に、あたしははしぶしぶ頭を下げる。
「萩原理緒です。11歳です。今日はよろしくお願いします」
「ねぇ、加藤さん、写真は撮っていいんですか? 写真は」
「それはだめですなぁ、お客さん。外に漏れたらえらいことになるから」
「そうか。そりゃ残念。まぁその分、精一杯楽しませてもらうことにしますわ。理緒ちゃん、今日はおじちゃんといっぱいチュッチュしようなぁ」
男があたしの肩に触れた。
ささくれ立った、大きな手のひら。
あたしは背筋が寒くなる。
が、笑顔で答えた。
「はい。よろしくお願いします」
※
両親が死んで、叔父に引き取られて、もう2年になる。
『うさぎハウス』というNPO法人の児童養護施設を経営している叔父は、その裏側では、児童買春に手を出している。
顧客はNPO活動を通じて知り合った地域のお偉方ども。
児童というのは、もちろん施設の女児たちだ(時折男児も)。
あたしも、例外ではなく、売春をさせられている。
2年間も続けていれば、ある意味では慣れっこなのだが、それでも気分の良いものではない。
ここから抜け出したいなぁ。
どっかに逃げてって、自由になりたいなぁ。
そんなことばかり考えている。
南国の楽園でのサーフィン願望も、その結実。
だが、今日は、見知らぬ男に抱かれながら、少し違うことを考えた。
「何だよ、これ。このくそオヤジ」
男の太った体にのしかかられ、圧迫されながら、あたしは心の中で悪態をつく。
「くせぇし、肌がざらざらだし、重てぇし。最悪だよ」
男の汗が、あたしの肌に伝ってくる。
「あぁーあ。もっと良い男に抱かれてぇなぁ……」
そのとき頭に浮かんだのは、貫井響だった。
近所に住んでいる高校生のお兄さん。
一度だけ、公園で話をしたことがあった。
やわらかい雰囲気が、すごく良い感じだ。
あたしの周りにいる、がっつくばかりの男どもと大違いだ。
あんな優しげな男に抱かれてみたい。
だが。
あたしは歯軋りする。
あたしが密かに気にしていた男は、他の女児どもに囲まれていた!
数日前のことだ。
教会でライブをするというクラスメイトに声をかけられて聴きにいった。
正直、つまらないライブだった。
演奏が上手い下手ではない。
単純に音楽としてつまらない。
それは、いかにも平均点の問題のなにもないJ―POPまがいのもので、ロックが本来表現するべき反抗や破壊といったものが感じられなかった。
あたしの持っているロック像とは根本的に違っていた。
ロックって、そうじゃねーだろ!
思わず叫びたくなったものだ。
もっとこうさぁ!
状況に対する不満とか歯軋りとかさぁ!
怒りとかさ悔しさとかさぁ!
そういうのをなりふり構わず爆発させんのがロックだろ!
ふざけんなよ!
女児だからってロックなめんなよ!
そんなことを考えながら舞台を眺めていると、舞台袖に見知った顔がいた。
響だった。
信じられないような偶然だが、クラスメイトのおふざけ女児バンドのバックアップをしているらしい。
そんな馬鹿な!
何でだよ。
何であたしじゃないんだよ!
「理緒ちゃん、良い表情するねぇ」
「ふぇ?」
男の声で、空想から我に返った。
汚い布団の上で、男に圧し掛かられている途中だった。
「なんかその、反抗的な目つき。おじちゃん、すっごく好きだな」
「う、ふぐぅ」
男の太い手のひらが、あたしの顎をつかむ。
「すべすべのほっぺ~」
「んぅぅぅぅ」
苦しくてあたしは足をじたばたさせた。
そのことがなおさら男を興奮させるらしい。
「いいなぁ。理緒ちゃん、可愛いなぁ」
男の指が、唇をいじり、あたしの口内に侵入した。
「もっとぐちゃぐちゃにしてあげるからなぁ」
長い夜になりそうだった。