受付に座り、ぼんやりと天井の染みを数えていたら、いつのまにか昼になってしまっていたようで、昼食の準備をするべく台所へと向かう。今日は魚の姿焼きだ。ちなみに昨日も魚の姿焼きだったし、明日も魚の姿焼きの予定だ。オークが食料を置いて行くようになってから、毎日の食事が楽しいのは良いのだけれども、もう少し、バランスという物を考えてほしい気もするぞ?
でも、村の入り口に置かれている食料の山を考えて見ると、魚だけじゃなく、野菜や、肉など、バランスよく添えられていた気がする。そうすると、何だ。割り振っているのは村長のはずだから、つまり、痛みやすい魚を私に多く割り振っているのかな? ふふふ、その喧嘩、受けて立つぞ?
竈に火を点け、魚をぶっ刺す。塩をまぶすと途端に良い匂いが立ち込める。匂いに釣られた猫ちゃんが姿を見せたので、昨日の残りの魚の余った部分を小皿に盛り付け、猫ちゃんの前に出すと、勢いよく猫ちゃんがニャーニャー食べ始める。ああ、やっぱり猫ちゃんは可愛いなぁ。
一心不乱に食事をしている猫ちゃんに心癒されながら、私は半生の魚を皿に盛りつける。おっと、これは半生で作り途中ってわけじゃないぞ? 魚を食べ続けた私が編み出した『炙り』と言う状態なのだ。魚は、生でも焼いても美味しい。でも、炙ると、更に美味しくなるのだ。ふっふっふ、自分の料理の才能が、末恐ろしいったらありゃしないよ。ふっふっふ。
野菜や米を盛り、魚を盛り付け、誰もいない店内に移動する。でも、そこには珍しくお客さんがいた。そいつは何をするでもなく静かにテーブルに座っていたんだけど、私に気が付くと、親し気に挨拶をしてきた。
「あ、お構いなくぶひぃ」
◆
皿に乗った料理を手掴みにでもするのかと思って見ていたら、きちんとフォークを使って食事を始めた。むしろ、「ナイフはどこぶひぃ?」とこちらに訪ねてくる始末だ。ここはそんな高級料理店じゃないので、ナイフなんかありません! そもそも、私だって使ってないのに、意味が分からない! モンスターのくせに、育ちが良すぎるぞ!
「それで、私に何か用があってきたの? それともただの昼食?」
「たまには、挨拶しようと思って来ただけぶひぃ。変な時間にごめんぶひぃ」
「まあ、一人よりは良いから。気にしないで良いよ」
変な所に気を遣うオークと昼食を楽しんだ。村の話や森の話で盛り上がっていたら、いつの間にかお皿の上は空になっていた。誰かとご飯を食べるのは、やっぱり楽しいなぁ!
チラリと食後の皿の様子を見てみたら、オークの方には魚の骨や皮が最低限にしか残っていなかった。自分の皿の上を見てみる。ぐちゃぐちゃだ。
私はそっ、と自分の皿を隠すようにし、いそいそと片付けを始めたのだった。
「それより、ここは宿屋ぶひぃ? 雰囲気が良いぶひぃ」
「ギールードー! 宿屋はついで! 本業は冒険者ギルドですー!」
なるほどぶひぃ、と言いながら、オークは席を立った。何も貼られていないコルクボードを見たり、受付の様子を見ている。階段下に置いてある、小さな本棚の本を手に取り、また戻す。
オークの様子が気になってしまったけど、私は台所で一仕事だ。洗い物はさっさと終わらせないと、面倒くさくなってしまうからね。二人分の食器と、猫ちゃんのお皿をまとめて洗っていると、「お婆ちゃん、久しぶりぶひぃ」とオークの声が聞こえてくる。身体を伸ばし、店内の様子を見て見ると、オークが窓の方に手を振っていた。なるほど、本当に興味本位な行動であって、悪さをするつもりなど、微塵も無さそうだった。
◆
手早く洗い物を終え、猫ちゃん用に水を張った皿を床に置き、店内に戻る。店内の様子を見終えたのか、オークがさっきまで座っていた場所に、戻っていた。
「どう、おさがりだけど、良い感じでしょ?」
「ふざけないで欲しいぶひぃ。ギルドを舐めないで欲しいぶひぃ」
私は笑顔のままテーブルに静かに近付き、オークの頭に、勢いよくチョップを振り下ろした。オークが一変、驚いたような顔に変わったけど、単なるコミュニケーションだ。驚きすぎじゃないのかな?
「まったく、なんて事言うのよ!」
私がぷりぷりしながら声を掛けると、頭を撫でていたオークが口を開いた。
「びっくりしたぶひぃ。冗談でも、攻撃はしないで欲しいぶひぃ。アリーさんの攻撃には、死神の鎌のような、命を刈り取られそうな恐ろしさがあるぶひぃ」
どうやら華奢な私に対して、随分と酷い事を言ってくれているようだけど、ここは人間とモンスターの感覚の差があるのかもしれない。それに、私は気立ての良い看板娘でもある。慈愛の心を持って、気にしない方向で行こうじゃないか。
そもそも、ルシファーにもちょっと、ほんの少しだけ、力が強いって言われている。だから、少しの悪口、気にしちゃダメダメ! ……嘘です。自分より三倍くらい太さがあるモンスターに言われるとなると、ちょっと、心に来るものがあるよ。うんうん。
「それより、私のギルドがダメって、どういう事よ!」
話を本題に戻す。昔からの思い出がある私の居場所だ。悪く言われたままだと、やっぱりむしゃくしゃしてしまう。そんな私の様子を見て「もちろん良い点もあるぶひぃ」と前置きした上で、オークのダメ出しが始まってしまった。
「ここは、どうみても宿屋ぶひぃ。冒険者ギルドだなんて、言われてぎりぎり気付けるレベルぶひぃ」
「そもそも、ご飯の良い匂いがしてくるぶひぃ。緊張感が感じられないぶひぃ」
「冒険者ってのは、命と隣り合わせで生きてるぶひぃ。こんな空間じゃ、緊張感が保てないどころか、緩んだ気分になっちゃうぶひぃ。一流の冒険者は、まずこんな所には寄らないぶひぃ」
「なんで窓際に可愛いぬいぐるみが置いてるぶひぃ? あれはダメぶひぃ」
「あと、本棚の本のチョイスがおかしいぶひぃ。何で恋愛小説ぶひぃ」
「普通は、冒険者ガイドとか、図鑑の類が置いてあるぶひぃ。違和感があるぶひぃ」
「そもそも、風格をつ「ちょっと待ったぁあああああ! はい、ストップストップぅううう!」
どうせ「人がいないぶひぃ」と言われる程度だと思っていたのだが、凄い的確に抉ってくるオークの発言に、私の心はもうボロボロだよ。このままじゃ、再起不能になっちゃうよ?
チラリとオークの方を見てみると、私から目を逸らしながら、テーブルの上に置いておいた水差しから、コップに水を注ぎ、ちびちびと水を飲んでいた。私が動揺して、ぷるぷる震えてるところ、見られちゃったかな。
さり気なく私の方にも水の注がれたコップが置いてあった。なるほど、なかなか気が利くモンスターじゃないか。オークという生き物は。さっきの発言も、きっと愛の鞭なのだろう。
「ごくり」と水を飲み、心を落ち着かせた。よし、平常心、平常心。
オークの方に、視線を戻し、続きを促す。そんな私に対し、オークは頭をぽりぽりと掻きながら「……これ以上言うと、アリーさん、倒れちゃうぶひぃ」と気を遣ってくれたが、それでも私の覚悟を感じ取ってくれたのか、最後に、私のギルドの最大の弱点を教えてくれた。
「……一番問題なのは、アリーさんの知識ぶひぃ。冒険者ギルドの看板娘、って言われているくせに、知識無さ過ぎぶひぃ。冒険者ギルド云々の前に、オークの自分を知らなかったとか、マジあり得ないぶひぃ。オデ、有名人とは言わないぶひぃ。でも、ある程度の知名度を持った一般的なモンスターぶひぃ」
オークの容赦ない発言に、痛恨の一撃を食らってしまった。私は、朦朧として来た意識を保つ事が出来ずに、テーブルにバタっと突っ伏してしまう。おお、アリー。死んでしまうとは情けない。頭の中に浮かんでくる言葉に耳を傾ける暇もなく、私の頭は、考える事を止めてしまったのだ……。
◆
ベッドの上で横になっている私の頭に乗っていたタオルを、オークが交換してくれた。
しっかりと絞られているそれは、ひんやりとして、気持ちが良い。
「……言い過ぎたぶひぃ。こんなつもりじゃ、無かったぶひぃ」
「うん、大丈夫。むしろ、言ってくれて、良かったよ。本当に」
私は、ゴロンと寝返りをうった。せっかくのタオルが、横に落ちてしまう。
そんな私の後ろで、オークが言葉を紡いでいる。
「アリーさんのここは、冒険者ギルドとしては悪いぶひぃ。でも、宿屋として見れば、十分なくらい素晴らしぶひぃ。掃除が隅々と行き届いてるし、飾られてる花もオシャレぶひぃ」
その後も「人の優しさが感じられるぶひぃ」とか「ご飯、美味しかったぶひぃ」と続いてくる。私は、オークと反対の方を向きながら、枕で顔を隠す事しか出来なかった。
顔が濡れているのは、タオルのせいだろうか。それとも、本当の事を言われて悔しかったのかな? いや、今褒められてて、凄く嬉しいのかもしれない。うん、良く分かんないや。
私が枕に顔を沈めてしまったのに気付いたオークは、「また、今度来るぶひぃ」と言って、物音を立てないように、私の寝室から出て行った。最後まで気配りを忘れないオークに、言いようの無い感情が生まれてくる。なんかそこら辺の人間よりも紳士なんじゃない? あのオーク。
◆
窓の外が暗くなり、私のお腹がきゅうきゅうと鳴った。動かなくても、カロリーは消費するのだ。もぞもぞとベッドから降り、夕食の事を考えようとする。しかし、頭に浮かぶのは、夕食の事ではなく、先ほどまでの醜態だ。いや、別に醜態と言うほど変な感じだったわけじゃないんだけど、それでも、自分自身に思う所は、ある。
なんだかんだ、同年代の知り合いがいなくなってから、結構経つ。もう慣れた、と思い込んでいたけれど、やっぱり自分は、寂しんぼらしい。
最近までルシファーがいたし、オークもなかなか話が出来る奴だ。久々に、天気や健康以外の話をしたような気もする。種族の差を考えなければ、オークは素晴らしいご近所さんと言うやつなんじゃないかな?
自分の心境に溜息を付きながら、階段を下りて、店内を見渡す。
テーブルに座り、何かを読んでいたオークが、こちらに顔を向け、口を開いた。
「お腹すいたぶひぃ。それと、この恋愛小説、面白いぶひぃ!」
何を考えているか分からない、呑気なオーク。
二人分の献立を考えながら、生返事をオークに返し、私は台所で料理を始めるのだった。
アリー:このオークはさぁ!
オーク:ごはん、美味しいぶひぃ