「……お邪魔しますぶひぃ。今日は、頼み事があるぶひぃ」
私がミレダとお茶を飲みながら在りし日の思い出話に花を咲かせていたら、いつもの調子とは違った感じでオークがギルドに入って来た。何か悩みを抱え込んでいるのか、重苦しい雰囲気がオークの周りを漂っている気がする。
「おや、オーク君。今日は調子が悪そうだね。それとも、昨日が元気過ぎただけなのか?」
「……? オークはいつもこんな感じじゃないよ? ねぇ、どうかしたの? 病気になっちゃった?」
「……ぶひぃ、もしかして、その風体……騎士様ぶひぃ?」
オークはこちらを窺うような態度で、ミレダに話し掛けている。まったくらしくないんだけど、それは一体何なのかな? 本当に病気になっちゃったの? それとも、新しいオーク流の遊び? 初めて見るから、どう反応すれば良いのか全然分かんないなぁ。
「……ねぇオーク、どうしたの? 悪い物でも、食べたの?」
「うーん? 自己紹介は昨日済ませただろう? 君の言う通り、私は騎士だ。それが、何か?」
「ああ、やっぱり騎士様でしたかぶひぃ。どうか、オデの頼み事を叶えて欲しいぶひぃ」
オークが私の方をチラチラ見ながらミレダと話をしている。まったく、こいつったら、私の言葉は無視するのにミレダとはきちんと話をするのね! まったく、どういうつもりよ! 嫌がらせだったら、絶対に許してあげないんだからね!
「どうか、オデの頼み事を叶えて欲しいぶひぃ。頼み事は、モンスター討伐ぶひぃ」
「モンスター討伐? この村の近く森で? 君が負けるようなモンスターなんて、出てくるのか?」
「うーん…………グリズリーかなぁ。でも、グリズリーがいなくなったから、オークはこの村に来てるんだよ? それとも、また見つけたのかなぁ? ねぇ、そうなの? 出てきたの?」
「……ぶひぃ。自分、か弱いぶひぃ。モンスター、討伐して欲しいぶひぃ。報酬は払うから、お願いするぶひぃ」
「…………? 報酬が出るって事は、もう依頼として請け負ってしまっても…………良いのか? 良いんだよな? うん……? 依頼? ……んんん?」
何時まで経ってもオークが私の事を無視しています! それにしても、ちょームカつくんですけど!
オークは私の方をチラチラ見てるし、なんか、ミレダも私の方をチラチラ見始めた気がする!
なんだなんだ、昨日の今日で、二人だけの暗号でも決めてたのかよ! もう、私は仲間外れか! ハミ子なのか! もう、怒っちゃうんだからね。ぷんぷんぷんぷん!
「もう!! 何がしたいのか分かんないよ! イジメなら他所でやりなさい!」
「……なぁ、アリー。なんかオーク君が私に依頼をしてるんだけど…………これは、どうなんだ? アリーって、ギルドの受付を目指してなかったっけ? それとも、それは昔の話で、今は宿屋を経営してるのか?」
「違うよ!!! 私はこの村の冒険者ギルドの看板娘だよ! でも、それがなんだ! なんなんだい!! もう、私、怒ってるんだからね!!! ぷんすかぷんすか!」
「………………ぶひぃ!! 怒りたいのはこっちぶひぃ! せっかくオデが依頼をしに来た、か弱い少年を演じてあげたのに、アリーさん仕事始めないぶひぃ! 職務怠慢ぶひぃ! 話が進まないぶひぃ!」
私が怒っているのに、なんかオークも怒って来たぞ?!
これは俗に言う逆切れなんじゃないのか?! まったく、オークの風上にも置けないよ!
しかも、なんか仕事とか言ってるけど………………ん? なんだなんだ、これはもしかして、もしかするとなのか?!
「ちょ、ちょっと待った! 分かった! もう一度、もう一度、初めからお願いします!」
「……今度はしっかり頼むぶひぃ。じゃあミレダさん、テイクツーぶひぃ」
オークはそう言うと、ギルドの外に出て行ってしまった。そして、扉の陰から私達の様子を伺っている。きっと入ってくるタイミングを考えているのだろう。うん、なかなかいぶし銀な仕事をしそうだねぇ。
「じゃあ、私達ももう一度おしゃべり始めましょ?」
「……うん? 客が来るのに話してて良いのか? 受付に座らなくても良いのか?」
「だってほら、受付に座ってる時にお客さんが来るとは限らないから。まあ、大丈夫だよ?」
何かを考えているミレダに私が朗らかに話し掛けていると、扉が開き、誰かが入ってくる。
私は、ここぞとばかりに立ち上がり、扉の方に顔を向け、営業スマイルでお客さんを迎え入れた。
「いらっしゃいませ。どうぞ、自由にお
「おう……姉ちゃんすまねぇぶひぃ。ちょっと依頼があるぶひぃ……。手練れの冒険者は、いるぶひぃ?」
先ほどのか弱い少年キャラだったオークは、今度は
チラリとミレダの方を見てみると、まだ役に入り込めてないのか、悩まし気な表情を浮かべている気がするけど、まったく緊張感が足りてないなぁ。失敗したら、アリー、怒っちゃうぞ!
「はい、こちらにいらっしゃるのは、騎士のミレダさんで御座います。さぁ、一言どうぞ?」
「…………、……?! あ、ああ。私は、騎士の、ミレダです。もし、私の力が、必要なら、言って、下さい」
「そうぶひぃか……。まぁ、まずは依頼を出させてもらうぶひぃ」
そう言うとオークは、受付の方に向かって行った。私は走って受付に向かうと、引き出しからペンとインクと羊皮紙を出し、受付の上に並べた。
「では、失礼するぶひぃ」
オークがサラサラと、羊皮紙に文字を書いて行く。それにしても、字が綺麗でびっくりだ。一体どこで練習したのか、気になるなぁ。それとも、オークって種族は実は器用なのかもしれない。鈍重な体型は偽りの姿で、その実態は…………機敏に動く…………緑の人?
私が余計な事を考えていたら、ずいっと、羊皮紙が手渡された。お預かりする旨を伝えて、それを受け取り、その内容を読んでみた。
「……ボアが食べたい……ですか?」
「そうぶひぃ。依頼、受理して欲しいぶひぃ」
「か、畏まりました……」
私は、頭をフル回転させる。この前、オークは言っていた。受け付けた依頼には、何かヒントになるような事を書いておいた方が良いと。そして、もっと簡単なモンスターだったら、どうにかなったかも知れない。でも、ボアなんて……ちょ、ちょっと難しい気がするぞ? でも、聞いた事もあるような……。
チラリとオークの方を見てみたら、小声で「アリーさん、頑張るぶひぃ」と応援してくれている。
……うん、そうだよね。オークの事だし、私が全然知らないモンスターの事を書くわけなんて、ないんだ。きっと、どこかで私はその話を、見たか、聞いたかしているはず。
だから……思い出せ、私の脳みそ。糖分が無くても、頑張れ、私の脳みそ……。
「……あっ、えっと、子供は、可愛い。でも、大人は、凶暴だから、えーっと、危険……と」
私はどうにか思い出した単語を綴り、依頼の備考欄に、書き加えて行った。
そして、私は椅子に乗っかって、それを壁にかけられているコルクボードに貼ってみた。
「おお、なんか、良さそうな、依頼が、ありますね。それ、私に、見せて下さい」
「……はい。では、こちらの依頼ですね。こちら、お請けになられますか?」
「はい、よろしく、お願い、します。私、ちょっと、行って、きます」
ミレダに、依頼を請け負った証明であるサインを書いてもらうと、横からオークが声をかけてきた。
「じゃあ、狩猟シーンはカットぶひぃ、
「……よし。じゃあ、私も扉から入ってくるところから始めるから、よろしくな」
いそいそとミレダが、扉の外に出る。そして、
「私、ボア、狩って、来ました。これ、どうぞ」
「……はい、では、依頼の品であるボア、預からせて頂きます。では、ご依頼人をお呼びしますので、少々お待ちくださいませ。オークさん、オークさん、どうぞこちらへ」
「……呼んだぶひぃ?」
「はい、依頼を請け負われたミレダさんが、ボアを狩って来て下さりました。こちら、依頼の品ということで、宜しいでしょうか?」
「……ぶひぃ。なかなか良いボア、ぶひぃ。オデは満足したぶひぃ。これは、報酬ぶひぃ」
「……。はい、銀貨10枚ですね。確認しました。それでは、ミレダさん、こちら仲介料20%頂きますので、銀貨8枚お渡ししますね」
「ありがとう、ございます」
「はい! カットぶひぃ! これまでが一連の流れぶひぃ! アリーさん、よく頑張りましたぶひぃ!」
オークが満足そうに、テーブルに座った。ミレダと私もそこに続く。
「ああ、最初はどうなる事かと思ったけど、なかなか良い感じじゃないか」
「えっ、本当? ミレダにそう言ってもらえると、なんか嬉しいなぁ」
「オデもそう思うぶひぃ。言葉遣いが良かったぶひぃ。これなら、あとは勉強を頑張れば、すぐにでもギルドの看板娘ぶひぃ」
「えっへっへ。そんなに褒めないでくれよー。私は、看板娘として、当たり前の事をしたまでさー」
普通に自分の仕事が褒められるのも、久しぶりなような気もするので、なんか嬉しくなってくる。
最近は、勉強不足ばっかりで、我ながら情けない気持ちにばっかりなってたから、尚の事だ。
「じゃあ、ミレダはどこが良かったと思う?」
「そりゃ、依頼にちゃんと一筆加えてたところかな。この辺りじゃボアは出ないと思ってたんだが、アリー、よく知ってたな」
「どっちもオークが教えてくれたんだ。なんていうか、私の先生みたいな感じ……かなぁ?」
「照れるぶひぃ! アリーさん、オデの事、そんな風に思っててくれたぶひぃ! 嬉しいぶひぃ!」
「ほぅ……。じゃあ、アリーの事はオーク君に頼んでも良いのかな? アリーは女性としての能力は高いんだけど、あんまりモンスターとか魔法とか、そっち方面に強くないんだよ。まあ、こんな村に籠ってちゃ、それも当然なんだけどな。私も王国に行ってから知識が増えたもんだ」
「任せるぶひぃ!」
オークが、自分の胸を、ドンと叩く。それを見て、ミレダは笑った。
毎日毎日、色々大変だけど、今日の事で自分の力になってるんだなぁ、と実感する事ができた。
オークは毎回いきなりだけど、どれもこれも、私の為にやってくれてるんだよなぁ。嬉しいなぁ。
「オデ、演技頑張ったから、お腹空いたぶひぃ! そろそろご飯ぶひぃ!」
「はいはい、準備するわよ」
私は席を立ち、台所に向かって行った。
と、その前に、どうしても気になる事が。
「ねぇ、ミレダ」
「ん? なんだい?」
「…………なんで、片言になってたの?」
ミレダがそっと顔を背けた。
登場人物
アリー:看板娘
オーク:演技派男優
ミレダ:大根