夕暮れの雨が一晩で一層強くなり、激しい雨音が屋根や窓を叩いている。
ギルドの作りは頑丈だから雨漏りの心配はないけど、皆の家は大丈夫かなぁ。
そして、もっと心配なのは皆の畑だ。ある程度は趣味の部分もあるし、お互いが分け合えば備蓄に甚大な被害が出る訳でも無いが、行商との物々交換が必要になった時に余剰の作物が無いとなったら、ちょっと困った事になってしまう。
幸いにも強い風は吹いていない。ちゃちゃっと畑の様子を見に行って、水が溜まりそうになっていたらシートでも被せておけば、何とかなるはずだ。種や苗が流されちゃったら悲しいもんね。
私は二階の物置を漁って、フードのついたマントと大き目のシートを数枚取り出した。
とりあえず優先すべきは、自分の畑と村長の畑だ。村長には恩を売っとけばね、良い事あるからね。
後は向かいのアマタ婆と……ジーン爺と……ベル婆と……ノーラ婆と……んん? この調子だと全員分の畑にシートを被せなくちゃいけなくなりそうだぞ? ちょっと大仕事になってしまうぞ?
優先順序を決めようとウンウン悩んでいたら、階段を上がってきたオークが声を掛けてきた。
「アリーさん、こんな雨の中、出掛けるぶひぃ? 明日にするぶひぃ」
「うーん、雨が強くなってきたから畑にシートを被せにいかなくちゃならないんだよ。放っておいたら、先に村長とかが外に出かねないし……。そのせいで風邪にでもなったら、大変だもん」
オークは昨日からずっとギルドに残っている。本当は昼食を食べたら帰る予定だったみたいだけど、雨が降っていたので帰るのが面倒くさくなったらしい。そのまま夕食も食べ、水を浴び、テーブルに突っ伏して寝てしまっていた。オークがもう少し痩せていたら二階を貸せたのに、残念でした!
「村もなかなかやる事が多いぶひぃねぇ。でも、もちろんオデも手伝うぶひぃ」
「うん……実はそう言うと思ってた。はいっ、これ、オークの分の雨具だよ? 濡れちゃったら風邪引いちゃうでしょ?」
「お気遣いは無用ぶひぃ! オデはこのままで平気ぶひぃ!」
オークは胸を張ってそう答えたが、私にはどうしても寒そうに見えて仕方がない。
だって、いつもの事ではあるが、上半身は裸で、下半身も膝丈までのハーフパンツだけなのだ。
腰には重そうなベルトがしており、棍棒が差さっている。
「ミレダから貰った盾はどうしたの? 身に付けないの?」
「ぶひぃ。寝床に飾ってあるぶひぃ!」
「うーん……? それにしても、寒くないの?」
「心配してくれるぶひぃ? オークは人間に比べて皮膚が厚いから割と平気ぶひぃ。人間は皮膚を露わにして森に入ると擦過傷ができるぶひぃ。でも、オークは平気ぶひぃ。種族的な違いぶひぃ」
そうなんだぁ、と思いながら、オークのお腹をぺたぺた触ってみる。前に背中を触った事があるけど、やっぱりお腹もすべすべしていた。指で
「アリーさん、くすぐったいぶひぃ。それより、早く外で一仕事ぶひぃ!」
「あっ、うん、ごめんね。じゃあ、早く終わらせて、ゴロゴロでもするかなー!」
「終わったら次は勉強ぶひぃ!」
オークはスパルタ教師だなぁ……。
◆
思ったより雨水は溜まっていなかったが、せっかくオークと外に出たのだ。二人で協力しながら畑にシートをどんどん被せていったのだ。時折、応援してくれているのか、窓からこちらに手を振ってくれる人や、わざわざ玄関を開けて声をかけてくれる人もいた。私もオークも笑顔で手を振り返し、挨拶をしながら、どんどん残りの畑にもシートを被せていった。うんうん、村の一員として仕事をすると、なんというか気分が良くなってくるなぁ。小さな村だけど、こうやって持ちつ持たれつで頑張ってきたんだ! これからも、皆で力を合わせて頑張って行こう!
そんな私の意気込みは置いておいて、残りのシートも数枚になった頃。あと、もう一頑張りとなった時点の事である。特別な理由なんて無いけど、単に家から近い順にシートを被せていくと、当然の様に奥側…………炭鉱跡の方面が一番最後になってしまう。その時、違和感に気付いたのはオークだった。
「……なんかここら辺、水が凄いぶひぃ? 雨の強さは変わって無いぶひぃ?」
「……本当だ。あれ、どうしたんだろう。別に窪地になってるわけでも……」
私はオークに言われて辺りを見渡してみた。近くの家の屋根から雨が流れてきているとか、畑の横に作ってある簡易的な水路が詰まってるとか、そんな程度の問題だと思ったからだ。でも、どちらも特に異変と言うほどの異変は感じられなかった。水の量が多いとはいえ、水路はちゃんと機能している。
「アリーさん! あっち、あっち見るぶひぃ!」
「あっちって村の向こうの小さな川が……小さな……川が……?」
オークが指を示す方向には、村の外に流れている小さな川がある。私たちが日常的に使う水はここから汲んでおり、生活に必要な大事なライフラインだ。この川が無かったら水も貴重品になっていた事だからね。うんうん。
そんな小さくて安全なはずの川が、雨水で
別に村が水没するほどの大惨事にはならないだろうが、それでも畑の一部が水没してしまうのは確実だ! もしかしたら、誰かの家の床下まで浸水してしまう可能性もある。急いで堤防を作って、これ以上の浸水を防がなくては!
「お、オーク! 岸辺に土を盛らなきゃ!」
「オデに任せるぶひぃ! アリーさんは危ないから川には近付かないで欲しいぶひぃ! 村の中に被害が広がらないように堤防を作るぶひぃ!」
オークは川に向かう前に炭鉱跡へ続く道に向かう。そして、付近に生えていた木に近付き、おもむろに引き抜いた。それを、腰に差さっていた棍棒で叩いてある程度の大きさにすると、肩に一気に担いで岸辺に向かって行った。
そんな、雨の中でも怯まずに村の為に頑張ってくれる力持ちのオークの姿に一瞬見とれてしまった私だが、自分のやるべき事を優先しようと辺りを見る。オークみたいに木まで引き抜く必要はない。穴を掘って簡単な水の道を作るか、土を盛って水の浸入を阻止すれば良いだけだ。でも、私の手元にそんな道具の類は無い……? こ、困った……。いや、まだ被害は微少だ! 私は素手でも頑張れるんだから!
私は頑張った。柔らかくなった土を押しやり、こんもりと山を作り、水の侵入を阻止していった。
雨に濡れ、泥だらけになりながらも、私は頑張った。昨日の一件で自覚した自分の力を発揮する事も……出来たと思う。だって思ったよりも簡単に……柔らかくなってたとはいえ……土が掘れたというか……。
そんなこんなで、私の頑張りか、はたまたオークの頑張りが功を奏したのか、村へ侵入してくる水の量は一気に激減し、なんとかなりそうな感じになった、と思う。
雨は未だに強かったけど、畑の水路が仕事をしてくれれば、十分に間に合うはずだ。
私は手を休めオークの方を見てみる。低くはあったが、岸辺には十分と思える範囲で堤防が出来ており、オークが最終チェックなのか、川の方と堤防の方を見比べながら、何かしていた。
「ひとまずは……安心かなぁ?」
私は腰に手をやり、畑の方を見渡してみた。これ以上の浸水は無いはずだ。
川の方から畑に向かう水は無かった。
その代わりに、雨水で溢れた肥溜から肥料となるべき物がどんどん畑に向かって流れていたのが分かった。
「オーク! 肥溜が! 肥溜が溢れた!!!」
「…………! …………、…………!」
私との距離が離れていたのと、雨音のせいで、私の声がオークに届く事は無かった。
私は必死に身体でアピールしようとしたのだが、オークはそこから何を読み取ったのか、頭の上で両手で〇を作っただけに過ぎなかった。意味分からん!
「だ、ダメだ……! このままじゃ村が……臭くなる……」
私は考えた。一瞬の間に、凄く考えたと思う。
でも、残念な事に手元にはなんの道具もなく、その惨状に気付く村人もいなかった。
この時点で村を救えるのは、私しかいなかった。村がそれ塗れになる事だけは絶対に避けたかった。
肥溜の中身が畑に入る。そのまま水路を伝って、他の畑にも入る。水で薄まっているとは言え、まだ発酵は終わってないはずだ。毒素も残ってるし……臭いも残っているはずだ。
考えている内に、どんどんとタイムリミットは近付いていた。もう、考えている暇は無い……。
駆けた。駆け寄り、肥溜の隣で、私は必死に穴を掘った。
両手を大きく振り上げ、足元の土をどんどんと掘り返していく。代わりに、何か凄く臭い物がどんどんと入ってきたのだが、気にしている暇は無い。そう、オークが来るまで耐えれば良いんだ。きっとそう。
傍目には、雨の中ではしゃいでいる大型犬のように見えたかもしれないし、そう見えていれば、私も救われていただろう。でも、実際はそんな愛らしい事はしていない。必死に、必死に穴を掘り、そして、一人で臭くなっていただけなのだから。私の頬を、何かが流れていたような気もするがきっと雨水だと思う。だって、今日は大雨だから。
◆
一仕事を終えたオークがいつの間にか戻って来ていたようで、こちらを上から覗いていた。
気付いたら私は結構頑張っていたみたいで、人が三人くらいは入れそうな穴、それも胸ほどまで掘っていたようだ。そして、私は腰元まで何かに漬かっていた。もう、何も感じないよ……。
「……一番頑張ったのは、アリーさんだと思うぶひぃ……」
「うん……ありがとう……」
縁に手を掛けて、私は身体を引き上げた。オークが手を伸ばしてくれたけど、私は首を振ってそれを断った。
私はそのまま家の方に向かって行った。オークが「川で身体を……ああ、でも今は溢れてて危険ぶひぃ! 困ったぶひぃ!」なんて言っているけど、うん、平気。何も感じてないから平気。
騒ぎが聞こえたのか、雨具を付けた村長がこちらに駆け寄ってきたのだが、私に近付くにつれてその歩みは遅くなり、途中で完全に止まり、指は鼻を摘んでいるようだった。
「アリー……。うん、お疲れさん」
「うん……村長、ありがとう」
私は、足を早め、家路に向かう。
服は当然の事、下着の中までぐしゃぐしゃで、少しでも早く着替えたかった。
ああ、今日は良い天気だなぁ。
雨が、全てを洗い流してくれるはずだから。
はずだから。
登場人物
アリー:私……汚れちゃったね……
オーク:汚れてなんか……なんか……ごめんぶひぃ……
村長 :アリーくっさ!