「ぶひぃいいいいいいいいいい!」
オークが掛け声と共に、姿を現したグリズリーに向かって突っ込んでいった。その声に反応したのか、両足で立っていたそいつは前足を地面に降ろし、ほぼ同時にオークに向かって突っ込んでいった。両者の激突と同時に「ギンッ」と言う鈍い金属音が聞こえたが、それは恐らくオークの構えている盾から響いた音だろう。両者はぶつかり合い、そして、押し合いをしていた。オークは腰を低く落としながら盾を前に突き出し、それを肩で抑える様に体重を掛けている。対するグリズリーは単純で、頭をグイグイと押し付ける様にしている。そして、体重の差か、脚質の差かは分からない。でも、徐々にオークが押し負けるようにジリジリと後退している。オークも必死に踏ん張ってはいるが、それでも後退は防げない。
私は逡巡していた。オークも、死ぬかもしれないと言っていた。生き残るには、今のうちに逃げるしかないのかもしれない。オークがやられてしまったら、絶対に私は生き残れるわけもない。すぐにオークの後を追って、向こうで幸せに過ごすのも良いかもしれない。でも、そんな事をしたらオークに怒られちゃうかもね。「なんでこっちまで追いかけてきちゃったぶひぃ!」なんてね。
でも、そんな事は言っていられない。早く決断しないと、オークの決心を無駄にしてしまうかも知れない。
……ううん、違う。私がやるべき事は、もう決まっているんだ。あとは、それを勇気を出して行えるかどうか。ここで、オークを見殺しにするなんて、そんなの絶対にないよ。
それなら、死んじゃっても良いから最後までオークと一緒にグリズリーを倒す事を考えるだけだ。
私は、深呼吸をして、落ち着いてグリズリーの方を再び見る。オークがもう一度「ぶひぃ」と声を張り上げ、グリズリーを押し返す。でも、それも長くは続かないはずだ。だから、私もできる事を今すぐにやろう!
私は、右手に握った短剣を見つめる。ルシファーがくれた物だし、オークも怖がっていた。
それならオークと同じくらいか、もう少し強そうなあのグリズリーにも、勝てるかもしれない。
私は、刺す場所を考える。顔は弱点だろうけど絶対に無理だ。その前に鋭い爪で切り裂かれると思う。同じ理由で、前足と胴体もダメだ。なので、チャンスは四足で行動している今しかない。急いで死角に回り込んで、お尻にブスリだ。お尻だとダメージはあんまりなさそうだけど、それでも一瞬でも怯んでくれれば良い。オークがその隙に、また棍棒で滅多打ちにしてくれるはずだ。でも、成功するのかなぁ……いや、弱気はダメだ。どうせ、このままじゃ二人とも死んじゃうんだし、それなら、やってやる!
私はジリジリと草陰に飛び込み、中腰になってグリズリーの後ろに出られるようにぐるりと小走りに迂回した。そっと顔を上げてオークの様子を見ると、グリズリーが押し合いが止め、右手でオークに向かって攻撃をしていた。オークは必死に盾で防いではいるが、一撃が重いのか、グリズリーの攻撃に身体が流されているような気もする。見学なんてしていられない、急いで後ろに回り込まなきゃ。
そして、私は両者にばれずにグリズリーの後ろに回り込む事に成功した。そして、後はこれを突き刺すだけだが、その大仕事を前に、私の心臓は、どくん、どくん、と大きく響いているように感じられた。
こんなに大きな音を立てていたらすぐにでもばれてしまう気もしたけど、それは気のせいだし、私の心音を聞き分けられるほどグリズリーの耳も良くないだろう。だから、私は、最後に心落ち着かせるために、一つ息を吐き、そして立ち上がる。ぐずぐずしてても、身体は素直に動いてくれない。それなら、もう勇気を出してやってやるだけだ。私が立ち上がった際に草葉の擦れる音がしたが、それよりもオークとグリズリーが揉み合っている音の方が大きいから関係ないはずだ。そして、私は大股でグリズリーに近付こうとしたんだけど、やっぱり緊張していて足が上手く動かなかったのか、足元の枝に足を引っかけて、地面に大きな音を立てて転んでしまった。
「アリーさん……ぶ、ぶひぃ!」
後ろの物音に気付いたグリズリーが振り向くのと同時に、オークも私の存在に気付いてくれた。しかし、オークが行動する前にグリズリーは両の前足でオークを押し飛ばし、遠くへと吹っ飛ばした。そして、のろのろとグリズリーはこちらを向くと、後ろ足で立ち上がり、こちらを威嚇するように咆哮した。
(あ、死んだ)
私は冷静に死を感じ取った。でも、ここまで頑張ったんだ。ただで死ぬわけにはいかないぞ?
私は倒れたままの姿勢で右手に持っていた短剣を、グリズリーのお腹目がけて投げつけた。もう、破れかぶれの行動にしか見えなかったと思うけど、私には最善手としか思えなかった。だって、お腹が見えてるんだよ? 短剣が刺さったら、一気に大ダメージだ! 私だって、援護くらいできるんだ!
でも、私の目論見は完全に外れ、グリズリーの厚い毛に阻まれて、短剣は刺さる事もなくポトリと地面に落ちてしまった。ああ、無念。私の冒険はここで終わってしまうのか。もう、諦めてグリズリーの餌になろう。
でも、ポトリと落ちたのは短剣だけじゃなかった。その後に何か地面に着くような音が聞こえたかと思うと、すぐさま大きな物が倒れるような大きな音と、地響きが感じられたのだ。
私が瞑っていた目を開けてみると、そこにはグリズリーが横になっている姿が見えた。
オークがどうにかしてくれたのかな、と立ち上がりながら思ったんだけど、オークは未だに尻もちをついてこちらを見ていた。うん、それならきっと、ルシファーの短剣が私を守ってくれたんだろう。
そうとしか考えられない。ルシファー、やっぱり貴方は、私にとっての大事な人だよ。命を救ってくれるなんて、本当に村長の言っていた勇者だね。
私がルシファーの事を思い馳せていると、頭上から「ピローン」という聞き覚えのある音が聞こえてきた。
それも、五回も聞こえてきた。
「アリーさん! 大活躍ぶひぃ! レベルアップおめでとうぶひぃ!」
オークが近付いて来て私の活躍を褒め称えてくれるが、その……私にとって、レベルアップと言う単語も、この空から聞こえる音も、あまり良い思い出は無いのであんまり聞きたくはないんだよなぁ……。
でも、せっかく生き延びられたんだ。ここはオークと一緒に跳ねまわって、喜ぶ場面だよね!
私は横のオークの両手を取って、「きゃあきゃあ」と喜びながら二人で回るようにグルグルと回った。なんか途中から私が中心となり、オークを振りまわす形になっていた気もするけど……そして、微妙にオークの足が宙に浮いていたような気もするけど……いや、うん、そう言う事を考えるのは、良くないよ。
「それにしても、やっぱり凄い短剣だったぶひぃ。助けられたぶひぃ!」
「あっ……うん、本当に、凄い短剣だったね……。それで、ほら、やっぱりオーク、調べてみてよ」
私はもう一度、柄の部分をオークに差し出す。でも、先ほどのようにオークは私の手首を掴んで「大丈夫、それは大丈夫ぶひぃ」と言葉を続けた。
大丈夫だからこそ、私はこの短剣を見て貰いたいんだけどなぁ、と思い「もう、この短剣に助けられたんだから、一回くらい見てみれば良いじゃん!」とグイグイと押し付けようとすると……。
「あっ、甘いぶひぃ! さっきのやり取りでアリーさんよりオデの方が力持ちなのは把握……ぶ、ぶひぃ?! や、やばいぶひぃ、なんかさっきよりアリーさんの押す力が強くなってる気がするぶひぃ?! さ、さっきのは手加減してたぶひぃ?! い、いやさっきのレベルアップぶひぃ?! そ、それにしても一気に強くなりすぎで……だ、ダメぶひぃ!」
「ほら、大丈夫だよ、先っぽだけ。先っぽだけだから」
「だ、ダメぶひぃ! 逝っちゃう、オデ逝っちゃうぶひぃ!」
オークの必死の声を聴きながら、私はオークに短剣を近づけてみたのだが、うん、それにしてもなんだろう。さっきよりもオークの力が弱まって感じるのはなんでだろうなぁ。グリズリーとの押し合いで、疲れちゃったのかなぁ。
でも、オークとのじゃれ合いはこれくらいで良いかな! オークには私の恥ずかしいところをいっぱい見られちゃってるから、少しくらいは苛めても良いよね! へへっ、オークの負担を減らす作戦だったけど、こうやっているのが、私たちには合ってるのかもしれないなぁ。オークも、そう思ってくれてれば良いんだけどなぁ。
◆
グリズリーの死体はオークが担いで村に持って帰ってくれた。
そして、短剣については「それは貴重な物ぶひぃ。強さの底が知れないぶひぃ。だから、絶対に、絶対に無くしちゃダメぶひぃ! そして、冗談でもオデを刺しちゃダメぶひぃ!」と念を押された。最後までオークはこれに触れようとしなかったけど、こんなに綺麗なんだから、そこまで心配する必要もないと思うんだけどなぁ。オークの考える事は良く分かんないや。
村に近付くにつれて、またもや入り口で少し騒ぎになりそうだったので、私が駆けて行って皆に説明をした。村長は「こんなに近い間にグリズリーをまた見る事になるとは……」と驚いていたけど、私なんて生きているグリズリー見たんだからね! えっへん、もしかしたら、ギルドの看板娘としてだいぶ箔がついたかもしれない。忘れない様に、メモにしっかりと記録しておかないとね!
村長の家までオークがグリズリーを運んでいくのを、私が手を振って見届けたんだけど、私との別れ際に「アリーさんの方が力持ちなんだから、アリーさんが運んでも良かったと思うぶひぃ」という、なんだかとても失礼な発言が聞こえたような気もしたんだけど、オークを囲んでいた皆のお喋りにそれは掻き消されてしまったから、真偽は不明だ。でも、オークがそんな事を言う訳がないから、きっと私の勘違いだよね。うんうん、きっとそうだ。
私は自分の家に戻って、生きて帰って来れたという高揚感に任せ、両開きの入り口の扉を少し強めに押し開けてしまった。
両の扉が、吹っ飛んで店内に散乱してしまった。
あらら、建て付けが悪くなっていたみたいだなぁ……。
登場人物
アリー:五回って事は……レベル8になったのかなぁ?
オーク:嘘ぶひぃ?! 力が強すぎるぶひぃ!!