ルシファーの依頼解決度合いは、そりゃもう、どえらいものだった。
村長が書いた「とても大きな肉が食べたい。ミディアムで」と言う依頼で、せいぜい私達は両手で持てる程度の、鶏肉くらいを想像していたんだ。だってこの辺じゃ、それくらいが限界だもんね。
それなのに、ルシファーが狩ってきた獲物は、そんな生易しいサイズではなく、何処から捕まえてきたのか、凶暴で有名なグリズリーを引き摺ってきたのだった。
もちろん、凶暴で有名、なんて言っても、村で実物を見た人なんて一人もいないし、そもそも、どんな姿をしているのかだって、全く想像が付かなかった。
村を出て行って王国の騎士になり、戦場を渡り歩いている知り合いが帰ってきた時に「いやー、数匹のグリズリーと対峙したときは、死ぬかと思ったね。あんな大型の動物、ここに住んでた時じゃ信じられないよ」と土産話で聞かせてくれたのを、お土産のジュースを飲みながら聞いてただけの知識しか私にはない。……あの時のジュース美味しかったなぁ。また、買って来てくれないかなぁ。
最初にその姿を見たアマタ婆は、今まで出した事も無いような、とんでもない悲鳴をあげた。
その悲鳴を聞きつけた私は、急いで外に出た。アマタ婆が腰を抜かしながら指差しをしていたので、つられてその方向を見てみると、自分の声なのかな? と思うくらいの大きな悲鳴をあげてしまった。だってそこには、遠くからでも分かる、すんごい大きさの熊がいて、どんどん村に近付いて来たのだから。
なんだ、どうした、と村の皆が来てくれたけど、徐々に近付いてくるそれを見て、みんな、武器になりそうな物を探しに戻って行ってしまった。とはいえ、この村には農具しかない。それでも村の皆は、鍬や鎌を持って、このとんでもない事態に対処しようとしたんだ。
あの熊が近付くにつれて、私の命もここで終わりなんだな、と悟ってしまった。だって、自分の数倍の大きさの熊に襲われたら、誰だって死んじゃうからね。アマタ婆も、極楽浄土に行く為に念仏を唱えていた。いや、アマタ婆だけじゃない。皆、唱えていたよ。
恐怖と諦めが同居するような、狂気の渦。そんな空間へジリジリと長い時間を掛けながら、ようやく、その熊が村の入り口にたどり着いてしまった。
その時に、ようやく気が付いた。あれ、ルシファーじゃん? えっ、ルシファーじゃん?!
「村長さん! これくらいの肉で良かったですか?!」
◆
「ねぇ! ルシファー! あのデカいの、どうしたのさ?!」
「グリズリーですか? 森の奥にどんどんどんどん進んでいったら、いました」
「そんな……。森にこんなのがいるなんて知ったら、もうあそこに行けないよ……」
私があまりのショックで言葉を無くしたら、ルシファーが慌てたような素振りをする。
「いえ! 本当に奥の奥の奥です。間違ってもこちら側には来ないと思います。途中、洞窟もありましたし、流れの急な小川もありました。ですから、こちら側は、大丈夫です」
ルシファー、お前はどこまで行ってしまったんだよ、と突っ込む気力もない。
とんでもない大物を目にした村長も、同じ有様だ。
やべーぞ、…………どう考えても、この村に収まるレベルじゃねーぞ、こいつは……。
茫然としている村長にルシファーが近付き、何かを話している。
すると、村長は思い出したかのようにその身体を動かし、何かをルシファーに手渡していた。
村長とのやり取りが終わると、ルシファーがこちらに戻ってきた。
「はい、どうぞ。20%はそちらが受け取るんですよね」
すっ、とルシファーが私に銅貨を差し出してくる。てゆーかおいおい、こんな獲物、銅貨5枚で取引されるレベルじゃないんじゃない? 銀貨2枚でも安いくらいじゃないか? 貨幣経済、苦手だけど、それくらいは、きっとする。
「うん……ありがと」
私は、そっとそれをポケットにしまい込んだ。久々の仕事だったけど、なんかもう、どうでも良くなるくらいの衝撃を受けた私は、疲れ果ててしまったのだ。
世の中にはいるもんだなぁ。こんな凄い人。
◆
あの一件で、私も村長も。白旗をあげました。
もちろんルシファーには残って欲しかったけど、あんな結果を出されながら「ダメ! 失格! やり直し!」なんて言えるはずもない。いや、言ってしまったら最後だ。ルシファーは、私たちの想像の付かない巨大生物を捕まえて来てしまうに違いない。そうなったら、もう村の皆は正気を保てない。既にボケ始めているとかは言っちゃダメだぞ? ダメだからね?
それよりも、私も村長も「他の国でも頑張ってくれ! 手柄を立てて、帰ってきておくれ!」という気持ちが強くなっており、彼の門出を応援したくなっていたのだ。
「ねぇ、ルシファー。最後に私のお願い、聞いてくれる?」
「えっ、また依頼って事ですか?」
「違うよ! 個人的な誘いだよ! 一緒に、また森に行こうかなーって」
半月くらいの滞在期間だったけど、ルシファーは村を出ていく事に決めたようでした。
本日は門出の日。ルシファーは元々手ぶらだったのだが、爺や婆が別れの品と言う事で、色々持たせていたら、すごい大荷物になってしまっていた。
わちゃわちゃと周囲を囲まれているけど、礼儀正しく一人一人、村の皆に別れを告げるルシファー。「また、帰ってきます」とは言ってくれているけど、他の地で有名人になっちゃったらどうなるのかな、もう、ここの事なんて忘れちゃうのかな?
一人で物思いに耽っていると、一通り挨拶が終わったらしいルシファーが、こちらに近付いて来た。
「じゃあ、最後にちょっとだけ、あの森に行きましょうか」
「エスコートよろしくね、ルシファー」
私はこれが最後になるんだなぁ、という寂しさをグッと抑え込み、ルシファーと共に、二人が出会った思い出の森へと足を向けたのだった。
◆
「ああ、そうそう。これ、プレゼントします」
森の中でのんびり散歩をしながら、あの動物はなんだ、あの植物はなんだ、と話をしていたら、急にルシファーが立ち止まり、私に片手サイズのアクセサリーのような物をくれた。
「なに……、これ? キラキラしてて綺麗だけど、何かの飾りとか?」
「いえ、女性へのプレゼントにするのは相応しくないと思いますけど、短剣です。護身用に」
すっと、空にかざして見てみる。もちろん、透ける事なんてないのだからそんな行動に意味はないのだが、木漏れ日から差し込む陽射しにキラキラと反射して、今までみたどんな宝石よりも、輝いて見えた。
もちろんルシファーがくれた物、っていうのも、大きいんだけどね。
「ありがとう! すっごく大事にするね! 丁重に包んで家宝にします!」
「いや……そこまで喜んでもらえると嬉しいんだけど、ほら、それ課金アイテムだし。気にしないで良いですよ。どんどん使って下さいね、ええ、本当に」
私が満面の笑顔で凄い喜んでいると、逆にルシファーが恐縮し始める。
でも、こんな高価そうな物をプレゼント出来るなんて、やっぱり貴族なんじゃないかな?
二人でそんなやり取りをしていたら、音に反応して近寄ってきたのか、スライムがぴょこっと、姿を現した。
「っ、きゃあ!! なんでこんな時に現れるのよ……。もう!」
「いえ、良い機会です。それで、倒せるはずです!」
ルシファーがそう言うので「ほ、本当に平気だよね? 爆発なんか、しないよね?」とビクビクしながらスライムに近付いてみる。短剣を持った右手を限界まで伸ばし、プルプルと震える右手をどうにか抑えながら、短剣の先で、ちょん、とスライムに触ってみた。
「ぴぎぃいいいいいい!」
「えっ、えっ?!」
私が驚いていると、スライムはぷるぷると震え、その場で動かなくなってしまった。
もしかして、と思ってルシファーの方を振り向いてみたら、にっこり笑った顔で「これでアリーさんも安全です」と言ってくれた。
やだ、本当に嬉しすぎて涙が出てきそう。将来有望で顔もそんなに悪くなく、伴侶にするには言う事なしの男の人にこんなに優しくされたの、初めて。
もしかして、私に惚れてるな? ふふっ、ふふふふふ。玉の輿、ゲットだね!
◆
その後はとても楽しかった。
スライムが出るたびに、私がえいっ、えいっと、攻撃をすると、奴はすぐに倒せた。
スライムだけじゃない。小さなラビットも、大きなラビットも、剣先でちょん、ちょんと触ると、動かなくなっていくのだ。
ルシファーにお礼を言いながら、二人で笑い合い、そんな事を繰り返したら、急に「ピローン」という変な音が聞こえてきた。遠い昔に聞いた事がある様な音。それは空から聞こえたというか、頭に響いてくるというか、なんだ? 記憶の奥底をほじくり返してみる……。
喉に魚の骨が引っ掛かった時のような気持ち悪さを感じながら頭を悩ませていたら、突然ルシファーが「あ! これってレベル上がった時の音なのかな……?! やっぱりレベルは固定じゃなくて成長要素あるのか……?」などと言いながら、背負っていた大荷物をゴソゴソと漁り始めた。
そうか、レベル……レベル。日々、穏やかに過ごしていた自分には関係のなくなっていた単語が、久々に頭に浮かんできた。
ルシファーが取り出したのは、棒状の何か。先端に丸いガラスのような物がくっついている。
「アリーさん、たぶんレベル上がったんですよ。これで、確認して見ましょう」
「消費アイテムだから、大事に~」と鼻歌を歌いながら、それを私の方に向けて、くるくる振り始める。なんだなんだ、と困惑する私を前に、ルシファーは楽しそうだ。そんな楽し気なルシファーを目の保養に見つめていたら、何時ぞや見た、片手サイズのあの板が、私の目の前に現れる。
いや、もうちょっと大きいな。これは両手サイズじゃないかな?
「これ、どうやって見るの?」
「えっとですねぇ……」
ルシファーが顔の横から覗きこんで来る。おお、おお! 顔が近くて、凄い恥ずかしい! 自分でやる時は全くそんなつもりも無かったけど、人にやられると凄い恥ずかしい!
横目でチラチラとルシファーを見ていたら、彼がうんうんと唸り始めた。え、私って臭い?!
「うーん、ちょっとこれは分からないなぁ。もう一度確認するので、ちょっと待っててください」
ルシファーはそう言うと「元値はいくつだ……?」と呟きながら飛んで行ってしまった。
私の目の前にある板の、何かおかしかったのかもしれない……?
name:アリー
Lv:2
HP:28/32
MP:3/3
STR:38
VIT:5
INT:3
AGI:4
DEX:2
LUK:6
CHR:1
◆
「ちょっと怖そうな外見ですけど、こいつを倒してみて下さい」
私の目の前にルシファーが持ってきたのは、大き目の魚だった。ギエー、ギエーとこちらを威嚇するように鳴いているが、ルシファーがしっかりと抑えているので、危険はないはずだ。
「えっ、良いの? じゃあ、やるね?」
私が、ちょんと短剣で触ると、魚はすぐに動かなくなり、また「ピローン」と音が響く。
ルシファーが用意していたアイテムを使って、私の目の前にあの板を出す。
name:アリー
Lv:3
HP:28/35
MP:4/4
STR:68
VIT:5
INT:3
AGI:4
DEX:3
LUK:6
CHR:1
私には何が変わったのかが分からなかったけど、ルシファーが急にお腹を抱えて悶絶し始めてしまった。どこか痛いのかな、と思って心配していたんだけど、どうやら笑いを押し殺しているようで、口からヒューヒューと変な音が漏れている。
「いえ……、んふっ! あの……ですね……、アリーさんは、もしか、したら……イヒヒッ! 凄い才能が……あるかもしれません……」
「え? なになに?」
「あの、筋力のパラメータだけが…………ダメだ! ごめんなさい! あっはっはっはっは!!! 笑っちゃ、ダメだ! 俺の作り上げていたイメージが……! でも、これはバランスブレイカーすぎるでしょ!!!! あーっはっはっはっはっはっは! 筋力補正すごすぎる、あっはっはっはっは!!!!!」
なんか大笑いしすぎて、涙流してるんだけど、ルシファーどうしたんだろう。
嫌な予感がして、ちょっと聞いてみた。
「あの…………筋力って、この68ってやつ? これ、凄いの?」
「凄いって言うか……他とのバランスが……! あっはっはっはっはっは!!!」
狂ったように笑いだすルシファーが落ち着くまで、少しの時間が掛かってしまった。でも、そんなルシファーが、分かり易く、私に『すてーたす』の事を教えてくれた。
丁寧に教えてくれたらしいけど、都会風の横文字ばかりで、私にはちょっと難しすぎた。要するに、簡単に一言で言うと『アリーさんは力持ち』らしい。
…………こんな華奢で可憐な女性を力持ちって言うなんて、とっても酷いと思ってしまったんだけど、もしかしたらルシファーは「頼りがいのある素敵なアリーさん」と遠回しに言っているのかもしれない! 何だよ! 遠回り過ぎて分かりにくいぞ、ルシファー!
「それより、ルシファー。なんか性格違くなかった?」
「……ごめんなさい、キャラ作ってました。こっちが地です」
◆
ルシファーと共に森を抜け、村の近くまで来た頃に、別れの時は来てしまった。
「ふう、色々あったけど、最後が強烈すぎたなぁ。まあ、また戻ってくるつもりです。アリーさんも頑張ってね!」と言葉を残して、ルシファーは去って行ってしまった。
せっかくの婿候補だったんだけど、誰かが「男は夢を追う生き物だ」と言ってた気もする。それに、また戻ってくるっても言ってくれたし、きっと戻って来てくれるんだろう。
ルシファーへ抱いた淡い想いは再開するまで封印です! 両手でルシファーから貰った短剣を胸に抱くと、私は気を持ちなおし、村の中へと帰って行った。
ああ、そういえばルシファーと倒したお魚、持って来ればよかった。
夜ご飯のおかずになったかも、しれなかったなぁ。
登場人物
アリー:さよなら私の未来の旦那様……
ルシファー:30ずつ上がるのは卑怯でしょ!