「アリーちゃん! ちょっと急いで来てくれないかしら!」
私がのんびりと昼食を食べていると、アマタ婆がギルドに入ってきた。
「どうしたの? 畑でも荒らされた? それとも怪我人?」
「違うのよ! なんか入り口で、アリーちゃんを呼んでる人がいるの! あたしゃ、もう怖くて怖くて。ベル婆さんも村長の所に行ってるから、アリーちゃんも急いで!」
ほうほう、私を呼んでるとは、また不思議な展開だ。この村には、高齢者しかいない。そして、この村周辺に、他の村なんてない。知り合いが訪ねてくる可能性は低そうだ。そもそも、アマタ婆が怖がってるって事は、見た目が凶暴そうなのかもしれない。ゴロツキとかかな? でも、そんな知り合い、私にはいないんだけどな?
食べかけのスープをテーブルに置いて、私は席を立つ。せっかくの昼食が冷めてしまうのは悲しいけど、呼ばれているのなら、仕方がない。仕方がないのだ。今日のスープには奮発してルシファーが狩って来たグリズリー肉を使ったというのに、運が悪かったなあ。
後ろ髪を引かれる思いだったのだが、仕方がないなら仕方がない。焦った声のアマタ婆に背を押されるように、そこそこ早足で、私は村の入り口に向かって行ったのだった。
◆
「ぶひぃいいいい! お前が、アリーかぶひぃいいいい!」
私を待ち構えていたのは、緑色の、大きな人だった。
「えっ、うん、はい。私がアリーですけど……」
「アリーちゃん、お友達? この人、お友達かしら?」
アマタ婆が遠くから声を掛けてくるが、私にこんな知り合いなど、いない。
というか、本当にこいつ、人間なのか? 緑の人間って、なんだ?
私の頭に、クエスチョンが並ぶが、それでも相手はお構いなしのようである。
「ぶひぃいいいい! オデと、勝負するぶひぃいいいい!」
「えっ、あの、人違いじゃありません……? 人違いですよね……?」
相手は身長が高く、顔の位置が違う為、少し離れているとはいえ、見上げる様に話す形になってしまう。そもそも、その人は特徴的な体型をしている。身長は高いけれども、足が短く、お腹がでっぷりと自己主張しているのだ。身長が高いというか、デカい。全体的に、私たちよりも三倍くらい太いのだ。鍛えてるにしても、バランスが悪すぎるんじゃないかい?
顔は、残念ながら私のストライクゾーンの外だ。鼻がなんか特徴的な形をしていて、へちゃむくれだ。瞼もなんか厚いし、比較的、豚に近いような気がする。そんな風に言ったら傷つくだろうから、口には出さないけどね。
「あの……どこかでお会いしましたっけ……?」
「さっきからウルサイぶひぃいいいい! お前を倒して、村人連れ帰るぶひぃいいいい!」
緑の人は鼻息を荒くすると、手に持っていた棍棒を振り回し始めた。すると、ビュッ! ビュッ! と鋭く風を切る音が、威圧感を持ってこちらに届いてくる。
チラリと横目でアマタ婆さんの方を見ると、あまりの恐ろしさに腰を抜かしているようだった。でも、その気持ちも分かる。私もあまりの恐ろしさに、身体が固まったかのように動かなくなってしまった。だが、こうしてはいられない。ルシファーから貰った短剣を使えば、逃げ帰ってくれるかもしれない。両手でゴソゴソと身体をまさぐるが、残念、ルシファーの短剣は、私の部屋に置きっぱなしだったぞ☆
棍棒を振り回している巨漢に、素手で立ち向かえる私たちではない。勇気を奮い立たせ、身体を後ろに向け、ルシファーから貰った短剣を取りに戻ろうとする。あ、あんたなんかルシファーの短剣があれば、怖くなんてないんだから!
「……お前が逃げたら、この婆ちゃん、襲うぶひぃいいいい!」
何と悲劇的な事態か! 私が短剣を取りに戻ろうとする様子を、あろうことか、そいつは、私がてっきり勝負を怖がって逃げ出すのだと勘違いしてしまったようだ! いや、ある意味あってるけどな! でも、そう言われたら、私はもう短剣を取りに行けないじゃないか。……詰んだ。
もう、嫌になってくる。華奢な私が素手でどうしろって言うの? どうせ勝負って言っても、じゃんけんとかじゃないんだよなぁ。ああ、嫌だなぁ……怖いよぉ……。
「あの……なんで私なんですか? 勝負が好きなら、もっと、他の……」
「ぶひぃいいいい? 村の主と戦うの、当然ぶひぃいいいい!」
緑の人は、入り口に立ててあった看板を指差した。
私は怒りの形相で周囲を見渡した。残念ながら、村長はまだ来ていないようだ。
「もう良いぶひぃいいいい? はやくこっちに、来るぶひぃいいいい!!!!」
待ちくたびれたのか、緑の人が手招きし、力強く声を上げる。
私の足は震えている。だって、つい最近までスライムすら怖かったのだ。いや、今だって怖いのは変わらない。ルシファーの短剣があるからどうにかなるって話で、そもそもの私はモンスターとは無縁の生活をしているのだ。ノー暴力ライフなのだ。それなのに、いきなり、あんな怖そうな人と対面する羽目になってしまった。足がすくむのも仕方がないよ。
ああ、私の人生、ここで終わりかなぁ。冒険者ギルドの夢、果たせなかったなぁ。
それより、村の皆よりも早くに死んじゃうなんて、思ってもみなかったよ。
覚悟を決めたというか、諦めの境地に立ったというか、もうなるようになれというか、頭の中がぐちゃぐちゃになっている。村の入り口に緑のあいつが立っている。もう、破れかぶれだ。私一人の犠牲で村が救えるのなら、安いもんじゃないか。はぁ…………。
アマタ婆が背後から「アリーちゃん! ダメよアリーちゃん!」と言いながら、神に祈っている様子が見える。あれが私の見た最後の景色になるのだ。先に、涅槃に行ってきます。
「こんなのが村の長だなんてラッキーだったぶひぃ! 可愛い子、連れて帰るぶひぃ!」
やる気満々の緑の人と、数メートル離れた場所で対峙する。
村の中からは心配そうな顔で皆がこちらを見ているけど、場合によっては、私の身体はぐしゃぐしゃに引き裂かれてしまうかもしれない。うら若き蕾が散った瞬間に、村の皆はショック死してしまうかもしれない。ああ、こんなに早くにトーン村が滅びるなんて、思ってもみなかった。後は任せたよ、村長。
「早く準備するぶひぃ! オデ、待ちきれないぶひぃ!」
私が、この後どうすれば良いのかとぼんやり立ちすくんでいると、私の手持無沙汰な様子に気付いたのか、急かしてくる。でも、急かされた所でどうすれば良いか分からない。とりあえず、少し前に里帰りをしてきた騎士の友達の真似をしたような、騎士らしいポーズを取ってみた。傍から見ればへなちょこだったかもしれないけど、それは仕方がない……。
「お前、戦うの初めて! ならハンデやるぶひぃ! 最初に何発か、殴らせてやるぶひぃ!」
私の様子が滑稽だったのか、それとも私が素人だと気付いたのか、緑の人がぶひぶひ笑いながら手に持っていた棍棒を近くに投げ捨てる。ハンデなのかもしれないけど、そもそもハンデになっているのか? 可愛い子ウサギが、獰猛な狼に挑む感じだよ……。死んじゃうよぉ……。
「………………あ、じゃあ、はい。もう、いきますね……」
もう、半分以上気分は死んでいる。でも、言う事を聞かなかったら、何をされるか分からない。もう、破れかぶれだ。とぼとぼと緑の人に手が届く距離に近付いてみた。私が叩けるのは、お腹の部分くらいだ。でも、でっぷりとしていて、私が全力を出しても、どうせ跳ね返されちゃうんだと思う。そもそも、叩いた私の手の方が心配になってくる。捻挫で済めば良いけど。
アマタ婆の念仏が二週目に入った。他にも、心配そうな顔で皆がこっちを見つめてくる。
ごめんね、さようなら、みんな。
私は良く分からないなりに、とりあえず全力で相手のお腹をパンチしてみた。
私に押されるように緑の人が宙に浮き、数メートル吹っ飛んで行ってしまった。
地面に落ちた時にはお腹を押さえながら、苦しそうに両足をバタバタさせている。
あまりにも意味の分からない展開に、私を含め、皆の空気が固まった。
そこには、必死に目を瞑って念仏を唱えるアマタ婆の声と、苦しそうに「ぶひぃ、ぶひぃ」という呻き声だけが響いていた。
……え、壮大なドッキリ?
◆
「ほ、本当に勘弁してほしいぶひぃ! もうしないぶひぃ!」
横になりながら、私に対して恐怖心の籠った目で見つめてくる、緑のこいつ。草原に手足を厳重に縛って転がして置いたは良いけど、さっきからずっとこの調子である。最初の威勢はどうしたのだろう。それに、ちょっとパンチしただけであんなになるなんて、虚弱すぎるんじゃないのかな? 強そうな見た目だったのに、まったく、騙されちゃったよ!
「本当は、村人に危害を加える気はなかったぶひぃ! 可愛い子と暮らしたかっただけぶひぃ!」
緑の人は涙目になりながら、謝罪の言葉を繰り返している。
その様子を見て、周りの住民も含めて、私は困惑気味だった。
「謝罪の品、いっぱい持ってくるぶひぃ! どうか、命だけはお助けぶひぃ!」
少ししか動かない頭を必死に上下させているが、頭を下げているつもりなのだろう。
そうこうしている内に、ようやく村長が凄く遅れてこの場にやってきた!
「すまんすまん! オークが出たって聞いたから、準備をしていたんだが……準備をしていたんだが……?」
縛られている緑の人の様子を見た村長が、困惑した顔で私を見つめてきた。
私も良く分からなかったので、困惑した表情を返した。
みんな、困惑していた。
この場でしっかりと状況を理解していたのは、たぶん緑の人だけだったと、思う。
◆
被害が出なかった、という事で、縛ってる縄を解いてあげた。
殺されるのかと思っていたのか「ありがとうぶひぃ、ありがとうぶひぃ」と泣きながら謝罪と感謝を繰り返しながら、周囲の皆の手を取っている。
「あの人、なんなの? 病気?」
「……違う。あれはオーク。亜人種のモンスターなんだが……普段は森に棲んでると聞いた事があるのだが、実物を見るのは初めてだなぁ。そもそも、喋るモンスターってのが、珍しい」
村長はそう言いながら、じろじろとオークを見ている。
そういう生き物もいるんだなぁ、と思いながら私がオークに近付いて行くと、オークはビクッと身体を強張らせて、こちらに頭を下げ始める。
「許してくれてありがとうぶひぃ! もう二度と近付かないぶひぃ!」
「いや……何も無かったから、もう良いよ。それで、何しに来たの? 可愛い子って言ってたけど、私になんか用なの?」
オークは私の発言に首をかしげたようだったが、この村に来た目的を話してくれた。
「本当は森に住んでたぶひぃ。いつもはグリズリーが怖くて穴に籠ってたぶひぃ。最近、そいつがいなくなったから、森の中を散歩してたぶひぃ。そしたらここ、見付けたぶひぃ」
「それで?」
「村には可愛い女の子がいるぶひぃ。一人で暮らすのは寂しいから、連れて帰ろうと思ったぶひぃ」
なんか聞いててイライラする発言に、黙って右手を振り上げてみた。
「本当に自分勝手だったぶひぃ! でも、最後にお願い聞いて欲しいぶひぃ!!!」
ペコペコと頭を下げながら、オークは言葉を続けた。
「一目で良いから、村一番の可愛い子を見せて欲しいぶひぃ!」
私と村長は顔を見合わせた。
「この村の住人は、これで全員だよ」
私がそう言うと、騒ぎに駆けつけてきた皆の方に指を向ける。
オークはそれを見た後、周囲を見渡し、私の方を一回見て、もう一度、爺や婆の方を見た。
「……じゃあ……可愛い子はどこぶひぃ?」
「恥ずかしながら……私って事に、なるのかなぁ……?」
オークは大声で泣いた。謝罪をした時よりも、何倍もの大声で、泣いていた。
ぶひぃぶひぃと、空に孤独な哀歌が響いた。皆、神妙な顔をしていた。
でも、私は納得がいかなかった。何で泣くんだよ! 私と出会えて、喜ぶのが筋だろうが!
◆
それにしてもオークは失礼な奴だったなぁ、と、私はぷんぷん怒っていた。
オークが帰る時に「じゃあ、私はどんな感じ?」と聞いてみたら、「ゴリラは勘弁ぶひぃ」と呟いて、去って行ってしまった。本当に失礼な奴なのである。確かに最近は、ちょっと腕が太くなったかもしれないけど、まだまだピチピチの二十代だ。そこらの若い子にゃあ、負けないぜぇ!
そして後日、村の入り口には、様々な森の幸が置かれるようになっていた。大小、様々な大きさの獣、綺麗で身の膨らんだ魚、たくさんのキノコもあった。過程はどうであれ、美味しい物を食べられる生活になり、村の皆は喜んだ。私も、良かったと思った。
功労者と言う事で、優先的に食材が渡され、それをむしゃむしゃと毎日食べていた。私の食生活が、一気に改善されてしまった。おかげで健康的になり、顔には潤いが生まれ、スタイル抜群の、ビューティフルワガママボディを手に入れる事が出来たのだ。
ある日、村中で村長とすれ違った時に、さり気無く言われた。
「あれ、アリー太ったんじゃない?」
私は大急ぎで家に帰り、鏡で自分の体型を確認して見る。そして、体重計に乗って見たら、あれよあれよと、針が右にどんどん進んでいき……進んでいき……。
長閑な村中に、うら若き女性の悲鳴が響いたのは、このすぐ後だったんだなぁ。
登場人物
アリー:ゴリラ
村長:無事でなにより!
アマタ婆:「アリーちゃん、凄かったわねぇ」
オーク:「可愛い子、持って帰るぶひぃ!」