「大体あなた達は早とちりでここまで話を大きくして!! 少しは反省ってものをですね……」
「ひ、膝が……」
「た、助けて……」
あやかの説教は既に一時間にも及び、流石に長引き過ぎたのかネギと談笑していたのどかと夕映は帰り支度を始めていた。
「タクシー呼んだから、それで帰りな。これタクシーチケット」
「ありがとうございます。上条さん」
「では帰りましょうか、のどか」
最後にネギに一礼して、二人は店を後にした。
「二人共、気を付けて帰って下さいね」
ネギは椅子に座り直し、改めて店内を見渡した。
今この場にいるのは明日菜と和美を説教しているあやかの三人、そしてカウンター内で食器を片付けている上条だけだった。千雨は再び病人の看病に向かっているので、ネギは手持無沙汰になる。
「……そういえばネギ先生」
「はい? どうしたんですか上条さん」
拭き終った食器を置き、上条はネギの前へと移動した。
「今日は悪かったな。長谷川とデートだったんだろ?」
「あ、いえ。デートと呼べるかは分からないですけど……」
「……異性で二人きりなら十分デートだよ。彼女のいない上条さんの前でよく言えたなコラ」
「ええっ!?」
一方的な僻みにネギは狼狽するが、上条は一つ息を吐いて肩を竦めただけで、感情を沈めた。
「つっても、少なからず好意は持ってんだろ? だったら十分デートでいいんじゃねえの?」
「あ、はい。僕はそうなんですけど……」
そこでネギは言い淀んでしまう。
思い出したからだ。七年前の卒業式の日、長谷川千雨に告白して振られたことを。
振られた後も、千雨は変わらずに接してくれているし、相談にも乗ってくれている。何より、告白した際に『嫌いなわけねーだろ』と言われているのだ。
けれども、好かれても嫌われてもない。ネギ自身、一人になる度にそう考えてしまっている。
「長谷川がどう思っているかが分からない、ってか?」
「はい……千雨さんは、僕のことをどう思っているんでしょう」
上条の指摘に、ネギは無意識に心中を吐露していた。未だに説教が続いている以上、他に聞いている人間がいないというのも大きかったかもしれない。
その言葉を聞いて、上条は一度天井を見上げてから、再びネギに視線を向けた。
「当てになるかは分からないけど……結構大事にされていると思うぞ?」
「そう……ですか?」
不安そうなネギに、上条は断言した。
「ああ、そうだよ。今迄知る機会がなかったんだろうけど、あいつ……嫌いな奴にはとことん冷たいぞ」
「……えっ?」
突然聞かされた事実に、ネギの目は見開かれた。
「さっき話したストーカーだけどな……先に見つけてたのは長谷川だったんだよ。どうやって探り当てたのかまでは分からないが。まあ実際、犯人の実力を見誤ってたのか、結構ピンチな状態だったけどな……多分あの時、手段があれば、迷わずそれを実行していたと思う」
ま、流石に殺しはしないだろうけどな。
そう上条が呟くも、ネギは信じられないという眼差しで見返していた。
「他にもこの店で働いている内に知ったんだけどな。多分あいつ、自分の中で決めているんじゃないかな。『守ると決めたものだけでも、絶対に守る』って」
「そう、ですか……」
「こっちは逆に心配になるけどな。……だからさ、ネギ先生」
一呼吸置いてから、上条はネギに言葉を投げた。
「もしもの時は、あいつのこと守ってやってくれよ。……大丈夫、何せあいつの昔話の大半は、あんたのことだからよ」
「それ、は……本当ですか?」
伝えられた言葉をどう返そうか迷いつつも、ネギは千雨のことを考えてしまった。
実際、彼女自身の気持ちを聞いたわけではない。だからネギは迷っていたのだが、上条の言葉に、だんだんと気持ちが明るくなってきているのを実感していた。
「まあ心配だったら、本人に聞いてきたらどうだ?」
そして上条は、ネギに灰皿を手渡してきた。
「そこの扉入ってすぐの階段を上ってみな。看病が終わっていたら多分、そこで煙を吹かしているからさ」
指差された扉を見て、ネギは慌て気味に立ち上がった。
「ふぅ……」
喫茶店の二階、上条をはじめとした店員達の居住スペースの中心にある吹き抜けで、千雨は一人煙草を嗜んでいた。階段近くの手すりにもたれかかり、近くに設置した台の上に灰皿を置いて。
バイトをしていた時から、千雨はここで煙草を吸うのが好きだった。上条達が来る以前に住んでいた住人の趣味らしい、天体観測ができるように設計された大型の窓が複数並ぶ屋根を見上げていると、どこか心が落ち着くからだ。
特に大きいのが、今千雨が見つめている建造物だろう。
「うわぁ~見晴らしいいですね、ここ」
「……ああ、ネギ先生」
先端に溜まった灰を落とすと同時に、階段を上りきったネギが千雨の横に立った。
「悪い。ほったらかしてた」
「大丈夫ですよ。のどかさん達と話してましたし。……大分できてきましたね」
「凄いもんだよな。七年前はこんなものができるなんて、思いもしなかった」
二人は、建造途中の軌道エレベーターを展望用の窓越しに見上げていた。日暮れてとはいえ、土台部分から伸びた建築区画が徐々に空へと窄まりながら伸びていくのが伺える。
「でもまだ、問題があるんだろ?」
「はい。流石に世界初ですから、法的に前例がない点で反感を買っています。魔法世界の情報公開も合わせて対応していくとなると、片づけるべき課題が山になってきて……」
と、仕事の話題ならすらすらと出るわけだが、現在は休暇中のネギを考慮して、千雨は早々に話を切り上げさせた。
「それで、その課題が膠着したのを利用して休暇を取ったんだったな。これからはどうするんだ?」
「まだ考えていないですけど、しばらくはゆっくりしたいですね。ウェールズには一度帰ったので、今度は自然の中で星を見たりとか……ああ、そうだ千雨さん」
「ん?」
携帯を取りだしたネギは、いくつか操作してからその画面を千雨に見せた。
「星で思い出したんですけど、少し前に軌道エレベーターに接続する予定の宇宙ステーション区画に視察に行ったんですよ。その時の星空が綺麗で「どれどれ?」――あ! えっと、これ、です……」
煙草の火を消して顔を寄せてきた千雨に、ネギは若干ドモりながらも視察の時に撮影した写真を見せていく。そこには確かに、地球からでは見えない規模の星達が煌めいていた。
「近くのデブリはともかく、確かに綺麗だな」
「それは今後片づけていく予定ですが、一般区画を構築する際には展望場も作ろうって声が挙がっています」
ステーション内で作業している人達や宇宙空間で遊泳中の宇宙服の人々、展望用の強化窓の前で月を持ち上げる仕草をする小太郎に呆れて腕を組んでいるフェイトの写真と来て、最後に何もない宇宙空間の写真を見た千雨の口から、ふと言葉が漏れ出た。
「……まるで、星の海だな」
「星の海?」
「知らないか? まあ、当然か……」
顔を上げた千雨は、そのまま天空を見上げながら答えた。
「昔、『勇者王ガオガイガー』ってアニメがあってな。ロボット物、だと思うから興味なければ多分見ないだろう?
……そのエンディングに流れた曲が印象的でさ」
千雨は、静かに右手を空に伸ばした。まるで、星を掴もうかというように。
「歌詞の内容は私の印象だけど、だいたいこんな感じかな。『いつか、大人になったら再会しよう……星の海で』」
「星の、海で……」
ネギも千雨と同じように、空を見上げた。
街の明るさで塗りつぶされている空よりも、宇宙からの方が綺麗な星が映って見えるだろう。そう思いながら。
「いつか、視察の時でも完成した時でもいいですから。……見に行きませんか、星の海を」
「ああ……」
千雨は顔を降ろした。切なげな目を伏せ、ネギに見せないようにしながら。
「いいな。いつか、見に行こうぜ。……絶対に」
二階から降りた二人は、カウンター内の台座に腰掛けながら休んでいる上条に挨拶してから、これでもかと明日菜達に説教を続けているあやかに声を掛けた。
「おいいいんちょ、そろそろいいだろ。帰ろうぜ」
「しかしですね千雨さん!! この人達あなた方を出歯亀しただけでも飽きたらず、悪行三昧で「大丈夫ですから。さあ、帰りましょう」――……ネギ先生も、そうおっしゃられるのでしたら」
ようやく解放された二人は、床の上にも関わらず、盛大に足を伸ばして尻餅を着いた。
「助かった~……」
「もう足が動かない……」
呻いている明日菜と和美を見下ろしてから、千雨は腰に手を当ててカウンター奥の上条に声を掛ける。
「こいつらにはタクシーチケット渡すなよ。いっそ歩かせろ」
「はいよ~」
『ええっ!!』
千雨自身、どうせあやかが連れ帰るだろうと思っての発言だ。本人もそれに合わせるかのように、こっそり唇に指を当てて見せてきた。
「じゃあ帰るか。送ってくよ、ネギ先生」
「いえ、千雨さんの家から歩いて帰りますので送らなくても「わざわざついてくるだけついてきて……そんなに、私の家がどこか知りたいか?」――いえいえそう言う意味ではなくてですね!?」
慌てて手を振るネギを軽く睨んでから、千雨は目元を緩めた。
「……冗談だよ。じゃあマンションの前で解散な。何かあったらよろしく」
「あ、はいっ!!」
元気よく返事をするネギ。その辺りは昔から変わらないな、と千雨は内心思った。
(……本当、何もなければいいけどな)
不穏なことも、内心で口走りながら。
明日菜達もあやかの車で帰った後、上条は同居人の部屋の前に来ていた。
「……入って大丈夫か、泉?」
「おお上条君。大丈夫だから入りたまへ~」
部屋の主の許可を得て、上条は中に入った。
中では頭上に伸びた髪が特徴の子供並に小柄な女性が、ベッドの上で布団の中に身体を入れて横たわっていた。
「大分マシになってきたな。泉」
「まあね~」
猫口にして弛緩した顔を見せる彼女、泉こなたの前に座卓を引っ張りだし、その上にお粥が入った土鍋を、お盆の上から移していく。一緒に小鉢やレンゲを置き、蓋を開けて中身をよそい始めた。
「食えそうか?」
「うん。おくれ~」
上半身を起こしてからお粥の入った小鉢を手に持ち、レンゲに掬った分を吹いて冷ましていく。次々と口に入れていくのを眺めながら、上条は泉に声を掛けた。
「どうせまた無茶したんだろ。……成果は?」
「それ、千雨さんにも聞かれたよ。……あんまり芳しくないね」
少し声のトーンを落とした泉。食事の手は止まっていた。
「それらしき人物はいくつか特定できたんだけど、この世界の人間なら絶対に取らない行動を取っている。それも何度も。……間違いない」
一息吐き、泉は上条を見据えて言い放った。
「相手は転移者。しかも、『原作を無視して破壊する側』だよ」
闇は、常に光の裏に纏わりついている……