魔法先生ネギま 雨と葱   作:朝来終夜

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第12話 雨上がり前の記憶

 人の目がない空き地。その中心で、少女は一人寝そべっていた。

 空は曇り、ただ涙を流し続けている。

 それでも少女は構わず、雨に打たれ続けていた。

「…………」

 何もする気が起きず、起きあがることもせず、雨が自分を押し流してくれないかとずっと空を見上げていた。

 ずっと一人で地面の上に仰向けに寝て、空を見上げていると、水を弾く音が聞こえてきた。

 少女は首だけを動かして、音がした方を向いた。それに気づいたのか、傘を差した男は少女の傍に立って言葉を落とした。

「……ふん、沐浴とはいい身分だな」

 雨にも関わらず、男が纏う煙草の臭いが、少女の鼻を(くすぐ)って……

 

 

 

「……夢、か」

 倉庫での戦いから一夜明け、千雨は自室のベッドから起きあがった。外を見ると、雨が窓を軽く叩いている。先程の夢も、それで記憶が刺激されたから見ることになったのだろう。

「あ、千雨ちゃん起きた?」

「ああ……」

 ベッドに腰掛けたまま、先に起きていた和美からコーヒー入りのマグカップを受け取り、そのまま口に含んだ。カフェインをかけて強引に目覚めさせた頭を振ると、視界に武器の類が散乱しているのを見つけた。

 どうやら昨日放置していったものをそのまま、テーブルの上に広げて置いておいたらしい。

「ああ、千雨ちゃんの武器ね。さっきこなちゃんが持ってきてくれたんだ。にしても早く言ってよね、こなちゃんのこと。聞いたら私達と年近いんだって?」

「ああ……」

「あ、そうだ。ご飯食べる? 和美お姉さんお手製の美味しいタマゴサンドがあるよ。それとも千雨ちゃんは和食の気分?」

「ああ……」

 和美は構わず言葉を投げかけるが、千雨は未だに覇気のない態度でおざなりに返していく。

 その姿勢に、普段はおちゃらけている和美も思わず眉を曲げてしまった。

「……千雨ちゃん、流石にこれ以上拗ねていると、いくら私でも怒るよ?」

「ん……どっちかというと、空回りしすぎてどうしたらいいか、さっぱり分からねえんだわ」

 千雨は軽く頭を掻いてから立ち上がり、飲みかけのマグカップをテーブルの上に置いてからベランダの方を向いた。

「普段は私や神楽坂の方があいつを怒る立場だろ。それが逆に怒られたんじゃあ……結局何が正しかったのか、分からなくなっちまう」

 昨日の疲れがあってか、千雨は雨を眺めながら、そのまま床に腰掛けてしまう。和美もその横に立ち、自分のマグカップを傾けながら千雨の話に耳をすませていた。

「……分かってるよ、一人善がりに抱え込んじまったことくらい。それでも、見たくなかったんだよ……身近な奴が傷つくのを見るのは」

「……そうだね。千雨ちゃんが傷ついたら、同じように思う人がいるのを忘れてちゃ駄目だよね」

 和美も同じように床の上に座り込んだが、千雨は我関せずと外を眺めていた。

「憂鬱な天気だね。もうすぐ止むらしいけど」

「そうか? 私は結構好きだけどな」

「千雨ちゃんって、雨が好きなの?」

「というより、雨が上がる前の天気がな」

 雨音を聞きながら、二人は静かに外を眺めていた。

 

 

 

「だから、今日みたいな天気は好きだな。嫌なことも流してくれるし、晴れ上がった時は気分が良くなりやすくて」

「そっか……私は苦手かな。大事なことがあっても、雨が降っていると気づけなくなっちゃうから、早く止んで欲しいと思っちゃう」

 それからしばらくは、千雨の身体が空腹を訴えるまで、二対の眼差しが雨から離れることはなかった。

 

 

 

「しっかしまあ、容赦なく使いやがったな。治療用の魔法道具(マジックアイテム)って結構高いんだぞ。映画でも使ったから知ってんだろ?」

「絵に描いた餅じゃないんだからさ。使わないと傷だらけの身体で一生後悔するよ」

「……分かってるよ。ただの愚痴だ」

 あれからしばらくして、和美の用意した朝食を食べた二人は、それぞれ着替えて部屋の中でくつろいでいた。

 とはいえ、和美はこれから出掛けるので、昨夜帰宅してからのことを千雨が聞いているのが大半だったが。

「我ながら呆れるな。……倉庫から今朝まで完全に惚けていたなんて」

「まあいいじゃん、私は千雨ちゃんのことを少し聞けて、嬉しかったし」

「そうかよ……」

 千雨がソファの上に腰掛け、背もたれに寝転がっていると、余所行きの準備をした和美が近寄ってきた。

「じゃあ行ってくるから、何か乗り物貸して」

「……お前、免許持ってたっけ?」

「一応普通免許持ってるよ。普段はパル様号しか運転しないけど」

「それでペーパードライバー理由に人を足にしてたってか? いい根性してるな、ホント」

 千雨は呆れながらキーケースから一本外し、和美に投げ渡した。

「原付の鍵だ。高校時代からの愛車だから、大事に使えよ」

「……の割には、車かバイクしか乗ってないよね」

「だから大事に(・・・)置いてんだろうが。……というか、用事なかっただけで近場は大抵あれだぞ」

 そのまま出ていこうとする和美に、千雨は声を掛けて止めた。

「別に聞いたからって、無理に混ざる必要はないからな」

「まだ言ってるの?」

 顔だけ振り向き、腰に手を当てながら和美は呆れたように千雨を睨んだ。

「……単純に戦えるかの問題だ。下手したら魔法世界以上にヤバい連中がいるんだからな」

「それで昔の銃引っ張りだしてきたの? もう呆れて言葉も出ないよ」

「そう言うな。私も一応魔法は使えるが、面倒臭い代物が出回ってるんだからよ」

 その言葉にふと、和美の脳内にある言葉がよぎった。

「ねえ、もしかして……」

「当たり。『Anti Magi-link Field』は元々、そいつら(・・・・)の一人が持ち込んだ代物だ」

 だから危ないんだよ、と千雨は呟く。そして懐からある物を取り出して、和美に投げた。

 器用に受け取った和美だが、その代物を指で摘んで観察するが、見た目以上の何かを察することはできなかった。

「関わる気があるなら一応持ってろ。……映画の奴よりかは当てになる」

「ふぅん……じゃあ、貰っていくね」

「……いや、関わる気なくしたら返せよ。手持ち少ないのに」

「ハッハッハ~……絶対やだ」

 和美は受け取った物を一度握ってから懐に仕舞い、千雨に皮肉気な笑みを投げてから部屋を辞した。

 

 

 

「みんなで幸せになろうよ」

 

 

 

「…………」

 和美が出掛けて少ししても、千雨はソファの上から動かなかった。銃器と一緒に置かれた煙草を一本口に咥え、火を点けないままじっと膝を抱え込みだしている。

「……レセプション」

 ふと、千雨の口から、単語が漏れ出した。

「囮……待ち伏せ…………ガジェット・ドローン…………元々警備は厳重な上に、出席者には赤き翼(アラルブラ)のメンバーもいた。だが逆に先手を打てば、あれだけの数とその中で戦える植木耕助で勝算8割は固い…………実際、ラカンのおっさんやアルビレオ=イマなら『Anti Magi-link Field』だけで殺せる可能性もあった」

 いつも吸うみたいに、千雨は掌を口に当てていた。しかし、その脳内では思考の波にのみ込まれている。

「それでもやらなかった理由……それ以上のものを求める理由。待ち伏せ……いや、それだったらもう少し効率的なやり方があった筈だ。実際、上条の右手は有名らしいから、最初から魔法なんて使わないと考えてもおかしくない。それなのに知らなかった? ……いや、『50冊越えのラノベ作品を知らない筈はない』と泉も言っていた。狙いは別? しかし転移してきたエヴァ以外は侵入していないし、おまけに警備網は無傷で万全……万全?」

 千雨の思考が、一度止まる。

 ソファから立ち上がり、部屋の隅にある机に向かい、椅子に腰かけてからタブレットPCを起動させた。

 起動後、キーボードを操作してある場所に接続した。無論、そこは表向きのWEBサイトではなく、関係者用の管理サイトだった。千雨はそこに掲載されている管理報告書を片っ端から開き、斜め読みして概要を把握していく。

「……警備に異常はない。エヴァの侵入記録はあるが、フェイトが事後報告で異常なしと記録している。つまり、他には誰も侵入していない……最初からそっちは本命じゃなかったのか。となると本命は?」

 管理サイトから抜け、千雨はすぐに麻帆良全体の管理サーバへとアクセスした。流石に権限を持ち合わせてはいなかったため、違法な侵入手段を取っているが。

「当日のレセプション警備の為、麻帆良学園都市の警備人員は最低限だった。しかし、何か異常があればすぐに対応できるように、会場とのラインは魔法、科学を問わずに万全を期している……」

 そして千雨は脳内で、先程の和美の話をリプレイした。

 イメージは倉庫での出来事を飛ばし、バイクの横で電話していた時に移る。

『しかも高畑先生がさ、ラーメン屋台の横でしずな先生相手に土下座していたんだよ。エヴァちゃんから聞いた時は、思わず止めようよ、ってツッコんじゃったよ』

(……いや、確かに高畑先生のラーメン屋台は本人の趣味だが、その日は麻帆良の警備を行う上でのカモフラージュだった筈だ。なのに夫婦喧嘩が起きている?)

 タカミチの家庭事情では、魔法は既に周知の事実である。それなのに喧嘩になったということは、いや、わざと喧嘩をさせて警備(タカミチ)の目も同時に封じたと考えられた。

 実際、『警備<ラーメン屋台』の図式をしずなにイメージさせることさえできれば、いや、浮気の可能性を示唆するだけでも簡単に事は運ぶ。

「後は目立つ行動さえ避ければ、監視の目が塞がれているから侵入してやりたい放題…………狙いは警備の薄い学園都市か、お前ら!!」

『ハッ!! ちうたま!!』

 キーボードから手を放し、千雨が一喝する。すると背後に七匹のネズミのような精霊が姿を現す。千雨のアーティファクトである『力の王笏(スケプトルム・ウィルトゥアーレ)』より生まれた電子精霊達だ。

『電子精霊群千人長七部衆只今見参!』

「これより学園都市内の監視カメラ等全警備システム及び学園結界に蓄積された情報を精査、今から24時間以内、特に私達が倉庫で戦闘していた時間帯の前後を重点的に調べ、不審な点を全て洗い出せ!!」

『ハッ!! ちうたま!!』

 早速作業に入る電子精霊達を見ていると、千雨はふと、ネギと仮契約した時を思い出してしまった。

(そう言えば……今更だがあれって逆痴漢じゃ――)

『ちうたま!! 早速一件見つけました!!』

『ご褒美プリーズ!!』

 ビクッ、と千雨は肩を揺らしたが、軽く咳払いをして誤魔化しながら、電子精霊達の方を向く。

「あ、ああ……で、情報は?」

『図書館島の電子端末から麻帆良のデータベースにアクセスした形跡ありです!!』

『検索したのはDNA情報です!! 元のデータと一致、もしくは類似した人物を探していたようです!!』

「人探しに……DNA情報?」

 たかが人探しで、そんなもの使ってまで調べてどうするんだ?

 千雨は不思議に感じ取った。特に、人探しの手掛かりがDNA情報という点が。まるで、探している人物じゃなくても、性質が近ければ誰でもいいような……

「三手に分かれろ。一方は検索した存在の調査、もし人間なら人物照会も忘れるな。もう一方は検索元のDNA情報を精査、同時に奴が調べた検索結果をリスト化しろ。最期は事前にメール作成、心配だからそのまま電脳空間を通して直接運べ。行先は泉のPCだ、念の為暗号化は忘れるな。暗号化ツールは12番を使え」

『ハッ!! ちうたま!!』

 一息で電子精霊達に指示を出し終えた千雨は軽く息を吐き、台所にあるコップを持った。そのまま冷蔵庫の扉を開け、空いている方の手で中身を物色していく。

「さてどう動くか。昨日の件もあるし……ハア、朝倉に無理矢理引っ張られていった方が良かったかもな。とはいえどの面提げて――」

 

 

 

 ビー!! ビー!! ビー!! ビー!!

 

 

 

 突如鳴り響いた警報。

 千雨が事前に仕込んでいた警報装置が反応を示しているのだ。

(今は朝倉が来ているから……警報装置の探知範囲は外側だけだ!!)

「作業中断!! 今すぐ最終段階に移れ!!」

『ハッ!! ちうたま!!』

『たいへんだ!! たいへんだ!!』

『いそげ!! いそげ!!』

 コップを手放した千雨は駆け飛ぶように、テーブルの上に残されていたSIGP230を掴んだ。少しでもこちら側の意図を伝えまいと、電子精霊達に簡潔に指示を飛ばしながら、ベランダに銃口を向ける。

 そして、ガラスが割れる音と共に……。

 

 

 

 ベランダの外、宙に浮いた敵が姿を現した。

 

 

 

 

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