遮蔽物がない草原の中、キノは身を低くしながら、慌ててエルメスを立て直した。
『酷いよ、キノ』
「ごめん、後で直して油差すから」
『ついでにブレーキパッドも替えてね』
エルメスの陰に隠れると同時に、金髪の女性が発砲してきた。飛び散る荷物の残骸を頭上から浴びながら、キノは腰のホルスターから『森の人』を抜いてスライドを引く。しかし相手の射撃速度が速く、下手に頭を出すことができなかった。
『キノ、大丈夫なの?』
「大丈夫だよ。あれは
キノは中腰になり、足に力を入れていく。
「……もう撃ち尽くしたっ!!」
素早く立ち上がって『森の人』の引き金を引くキノ。相手は既に6発を発砲している。特殊な八連弾倉でもない限り、これ以上の発砲はできない。おまけに相手の使う銃は
そう考えての発砲だが、相手の行動はそのさらに上を行った。
「ひゅっ――」
『森の人』の銃弾を躱しつつ、金髪を広げた彼女は足を軸にして身体を駒の様に回転させる。その時、豊満な乳房が揺れたかと思うと、胸の谷間から銃弾が出てきた。
『キノにはできない芸当だっ!!』
「エルメスうるさいっ!!」
その回転動作のまま、
「何あの連射っ!?」
『おっぱいリロードだっ!! キノの絶壁では絶対にできない芸当だっ!!』
「エルメス後でタンクに角砂糖入れてやるっ!! 絶対だからなっ!!」
『ごめんなさい』
エルメスに隠れながら『森の人』の弾倉を変えつつ、銃弾の嵐から隠れて様子を見る。
「どうするかな……」
『いっそのこと『謎の美少女ガンファイターライダーキノ』にでもなる?』
「多分意味がないよそれ……相手魔物じゃないし」
とりあえず、とキノはエルメスに着けた鞄から『カノン』を取り出し、右の太腿にホルスターごと結び付ける。しかし、正直あの連射に追いつける自信がない為、未だにエルメスを盾にしているしかなかった。
「にしても何者なのあの人? 多分転生者だと思うけど、いきなり襲い掛かってくるなんて」
『しかも厄介なことに、多分あれ
「知ってるの? エルメス」
今は銃声が止んでいるが、相手が隠れている為に、撃つだけ無駄だとの判断からだろう。キノがエルメスの影から覗いてみると、余裕そうに指で一発ずつ装填していた。
『グレネーダーって漫画やアニメの主人公。本来は不殺の拳銃使い。目玉はキノには不可能なおっぱいリロード』
「……いっそスクラップにでもするか、この変態バイク。いや、兄さんに頼んでバラして貰うか」
『本当にごめん、冗談だからやめて』
とはいえ、このままでは千日手である。流石に無駄弾は撃ってこないが、逆に早撃ちで勝負する羽目になってしまった。
「他に武器は?」
『
「……エルメス、なんだいその『あ』は?」
嫌な予感がしたキノは、エルメスをそのままに駆けだした。
『置いてかないでキノ!!』
「無茶言わないでよエルメス!!」
しかし、かえってエルメスを助ける結果になってしまった。
ドガン!!
「うわっ!?」
後ろの地面が穿たれる音を聞き、キノは片手に『森の人』を握ったまま、両手で頭を抱えて前に倒れた。そのまま前転してから素早く起き上がり、躱されると分かっていても、『森の人』を発砲しつつ距離を取る。しかしそれでも、エルメスの声ははっきりとキノに届いていた。
『超爆裂鉄甲弾だよ。結構高いらしいから、あっても1,2発くらいじゃないかな』
「そういうことは先に言ってよ、エルメス……」
弾倉を地面に落とし、『森の人』に素早く再装填するも、このままでは自らの命が危うい。仕方ない、とばかりにキノは『森の人』を地面に捨てて両手を挙げた。
「いきなり撃ってこないでよね。ボク、何かした?」
「……いいえ」
銃口を向けたまま、天道琉朱菜は静かに近寄ってきた。
「ある人に頼まれました。『あなた達を仕留めろ』って」
「……あなた
視線だけで、先程上条がいただろう方角を見る。銃声で気づかなかったが、そこではこちら以上の騒動が巻き起こっていた。状況は把握できないが、それでも上条の悪運を信じて、キノは強引に冷静さを取り戻そうと、内心で呼吸を繰り返している。
「誰からも恨みを買った覚えはないんだけどね」
「覚えはなくとも、と言いたいところですが……」
会話は続く。いや、無理にでも繋げて、生き残る術を探らなければ、キノに明日はない。
「私も詳しくは知りません。もしかしたらあなた達は極悪人なのかもしれない。それとも頼んだ人が悪人で、あなた達に逆恨みしているのかもしれない。……でも」
ガチン、撃鉄が起こされる金属音がした。
「あなた達を倒さなければ、私は
「……戻る?」
おかしな話だった。
死者が蘇ると世間が騒ぐ。いやそれ以前に因果的な何かが狂い出す。生きて何かが起きて、とかならともかく、一度死んでしまえば転移だろうと転生だろうと、元の世界に戻る術などない。
だから気持ち云々の前に、状況によっては完全に道を絶たれているのだ。
「どういうこと? どう足掻いても戻れないのなら、完全に転移したってことじゃないの?」
「違うのよ……私達はっ!!」
咄嗟に地面に倒れたのは正解だった。背後で炸裂する超爆裂鉄甲弾の衝撃を受けながら、キノは落とした『森の人』を素早く掴み、伏せたまま発砲する。しかし相手もさるもの、後方に下がりながら回避してしまう。
その間にも揺れる胸、再装填される
「厄介だな、もう……」
予備の弾倉はもうない。キノは『森の人』を再び手放し、両手で地面を叩く。その反動で素早く起き上がり、『カノン』をホルスターから抜きながら天道琉朱菜へと駆けた。
「接近戦なら……!!」
「くっ!?」
身長差を介さず、キノは果敢に天道琉朱菜へと攻め込む。
互いに銃口を向けては、発砲直前に相手に捌かれること数度。最期にはそれぞれの額に銃口を向けることになる。
「残弾は……」
「互いに一発……」
ガチン。起こされる撃鉄。
「……もしかして、ボク達とは違う方法で
「さあ。ただ、気が付いたら
右手で引き金を、左手で相手の銃口を握る。原作や中の人間は違えど、拳銃使いとしての本能からか、互いに同じ行動を取ってしまう。
発砲の後、交差する腕を解く様に広げる。その反動で、互いの銃を奪い捨てた。
「だから殺さなきゃ、生き残らなきゃ……この夢が終わっちゃう!!」
「だからって!!」
衝動的に繰り出されたであろう拳を、キノは両手で防いだ。そのまま攻撃を受け流した勢いに乗り、
「がっ!!」
鋭い肘打ちを鳩尾に見舞った。その一撃で呼吸がえずく天道琉朱菜に圧し掛かって一緒に地面に倒れたキノは、倒れたまま右足に仕込んだナイフを抜き、逆手で構えて突き刺そうとする。
天道琉朱菜はその腕を掴み、刃が届かない様に堪えてくる。キノも左手をナイフの柄に当て、更に押し込もうと力を入れていった。
「やめてよ……この世界じゃなきゃ駄目なの!! 前の世界じゃ私は――」
パパパパン!!
「恨んでくれてもいい……あなたが前の世界でどのような目にあったのかは知らない。でも……」
力が抜け、キノの腕を掴んでいた天道琉朱菜の手が解けていく。口からはもう言葉が出ず、代わりに逆流した血液が漏れ出ていた。
ノリンコ社製87式ナイフピストル。ナイフ形の拳銃であり、もし彼女が冷静であったのなら、柄に見える銃口に気付いただろう。
しかし、こと切れた天道琉朱菜、いや彼女に
「それでもボクは……生きたいんだ」
ナイフを捨て、代わりに『カノン』を拾いに行くキノ。その目はもう、彼女を襲いに来た拳銃使いを見てはいなかった。
「ヒャーッハッハッ!!」
「くっそ何なんだよ一体!! 上条さんが何をしたって言うんだよ!!」
ベクトル操作。とある世界の学園都市、最高峰の超能力者である白髪の男、
あらゆる力のベクトルを操作する白い悪魔の爪から逃れるよう、上条は駆け出した。
「ああくそ、不幸だぁ~!!」
しかし、一撃を避ける上条だが、その動きは相手から距離を取ろうとしたものである。それ自体が悪手だと気づかないまま。
「嫌無理だろこれ、どうやって倒したんだよ『上条当麻』はーっ!!」
そう、彼なら倒せるのだ。最強の超能力だろうが、偉大なる魔法だろうが、それが異能ならば全てを打ち消す、
「ハア……ハア……」
ただし、今の使い手にその覚悟はなかった。
土産を捨て、荷物も手放し、息も絶え絶えに地面に倒れこむ上条。その姿を眺めながら、
「無様だなァ、おい。……オマエ、本当に『上条当麻』かよ」
「るせぇ……いきなり襲いかかってきやがって……」
口からこぼれる泡を腕で拭い、上条はゆっくりと立ち上がった。
「その言い様……やっぱり転生者か。何だって俺を襲った? ある意味仲間だろうが!!」
「……仲間ァ?」
耳障りな笑い声が上条の鼓膜に響く。赤い瞳を持つ男は上条を見下す様に顔を傾げる。
「くっだらねェなァ。せっかく超常の力を手に入れたンだぜ。だったら楽しもォってのが人間だろうがよォ」
「な……」
上条は絶句した。しかし、すぐに納得してしまう。
『原作アンチ』という言葉がある。原作のストーリーを破壊して楽しむ手法だ。しかし、それは同時に世界を敵に回すということだ。よっぽどの
だが、それは
(こいつ……同じ転生者に矛先を向けているのか!?)
原作外ならばこの世界の住人、
つまり……原作知識を持って立ち振る舞いに気を付けてしまえば、誰でも
「適当に転生者をぶち殺して、そいつを手土産に麻帆良に凱旋だ。まァ、綺麗事が好きな連中みたいだし、半殺しでも十分か」
「……やってみろよ」
上条は拳を構えた。震える拳を力任せに抑え込みながら、眼前の
「震えてるぜ、上条くンよォ。……オマエ、戦ったことがないだろ?」
「ああそうだよ。平和に暮らしてたってのに……なんだって襲ってきた!!」
「ああ、気にすンなよ。ただの
「……ついで?」
一瞬呆けてしまう上条に、
「そォ、この身体に憑依したのはイインだが、完全に転生するには
「そんな、理由で……」
絶望が襲う。前世で不良に絡まれていた時の比じゃない。
圧倒的な能力と独善的な動機が白い悪魔を動かす。上条に逃げ道はなかった。
だからこそ、上条は覚悟を決めた。
「そんな理由で、死んでたまるかぁ!!」
「はっ、こいよ転生しただけの三下がァ!!」