魔法先生ネギま 雨と葱   作:朝来終夜

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第26話 天才とは、仕事を呼ぶ天災なのかもしれない

「ハア……」

 ゾフィスとの戦いから二日明け、ネギは夕暮れの麻帆良学園都市を歩いていた。

 溜息を洩らしながらなので幸せが逃げるかもしれないが、それでもネギには漏らさずにはいられなかった。

「良くも悪くも、だな……」

 魔法世界(ムンドゥス・マギクス)での冒険やナギ=ヨルダとの戦いとまではいかないが、それなりに濃い二日間だった。

 

 

 

 

 

 千雨を回収して病院に送った後、学園長にも事情を説明する為に、ネギ達は上条達やシェリー、ブラゴを伴って一度学園長室に集まった。

「『転移者』とは……そりゃまた厄介な存在じゃのぉ」

「その『ジェイル・スカリエッティ』っていう男が、ゾフィスをこの世界に送り込んだのよね。目的は?」

「全然。今回ゾフィスを好きにさせたのだって、何が目的だったのかさっぱりだよ」

「目的がないにしてもちゃっかりナギさん達を足止めしてたんだから、何考えてるんだか……」

 しかし、転移者という存在自体はここにいる面々に公開したものの、本来の敵であるジェイル・スカリエッティの目的は、依然として明かされなかった。

「何にしても、このまま黙っておることはできぬのでな。済まぬが、おぬし達には少し、窮屈な思いをして貰わねばならぬ」

「別にいいよ~」

 学園長である近衛近右衛門に、こなたはソファに腰掛けながら気軽に答えた。

「元々そのつもりだったしね。でも言っとくけど人権無視したら怒るから悪しからず」

「ホッホッホ、そこまではせんわい。精々事情聴取と簡単な監視位じゃのぉ」

 こなたの軽い恐喝も、学園長は顎鬚(あごひげ)を撫でながら、好々爺然と返してしまう。

「でも、私達の人生が物語として語られる世界ね……」

 転移者達の内情を知り、シェリーも腕を組みながら考え込む。

「……もしかして入浴中に訓練と称して、ブラゴが突撃したことも「いやそれ初めて知った」――……言わなきゃよかったわ」

「フン」

 ゾフィスの本を抱えたまま、壁にもたれていたブラゴが鼻を鳴らした。

 その後、身体を起こして学園長の前に歩を進める。

「黒幕が別にいるとはいえ、今回は魔界の住人が迷惑を掛けた。魔界の王ガッシュ=ベルに変わり謝罪する」

「その謝罪は千雨君に頼めぬか、ブラゴ殿。今回儂は何も関わっとらんからのぉ」

 執務机を挟んでブラゴと学園長が向かい合う。

 そして、ブラゴは懐から一通の手紙を学園長に差し出した。

「何かあればこの手紙に記載してから封をして燃やしてくれ。それで王に届く手筈になっている。こちらとしても可能な限り便宜は図るつもりだ」

 しかし、その会話にシェリーが横入りした。

「それはいいけれどブラゴ、あなた人間界やこの世界に、気軽に来れるの?」

「可能だ。但しまだ技術が確立してないから気軽に、とはいかないがな」

「まあ、気持ちだけ有難く頂戴するかの……今回の件は互いに無関係を通せそうにないからのぉ」

 転移者という存在はいい。しかし、その中で悪意を持つ者が動き出したのだ。

 相手はこちらの力を知り、逆に相手のことは何も分からない。情報でも力量でも、相手が一歩先を行っているのだ。下手な対応はこちらの首を絞めることになりかねない。

「おまけに、ここにいる面々はまだ理解が及ぶが……」

「人によってはショックが大きいでしょうね」

「実際、長谷川も最初は混乱していたしな」

 上条もこなたの傍らに立ちながら、当時の様子を伝えてきた。

 しかし当然のことだろう。自らの現実が別世界の虚構として語られているのだ。プライバシーもなければ、人権すらも『空想だから』と軽くみられるかもしれない。

 実際、襲ってきた相手は他の転移者すらも軽く見ている節がある。容赦なく殺し、欲しいものを奪っていく、今後はそんな敵を相手にしていかなければならないのだ。

「公表するにしても、少人数で徐々にした方がいいね。最悪記憶消去も視野に入れて……ネギ君?」

 先程から黙っているネギに、和美が不思議そうに顔を向けた。しかし彼は思い悩むように、自らの顎を抱えている。

「……あの、シェリーさんに、ブラゴさん」

「何かしら?」

 返事をしないブラゴに変わり、シェリーが応えた。

「ゾフィスを連れて帰るの、少し待って頂けませんか?」

 シェリーは訝しみながら、ネギを見つめる。

「……何故?」

「もし……」

 ネギは凭れていた部屋の壁から離れ、シェリー達の前に移動した。

「もし、千雨さんが望むなら……洗脳時の記憶だけなく、魔法関係の記憶も消して欲しいんです」

「ネギ君……何言ってるか分かってる?」

 本人に選ばせる、という予防線を張っているとはいえ、記憶を消すという選択肢を与えるということは、つまり『過去を否定する』のも同義だった。だからか、和美の声音に若干の剣呑さが宿っている。

「はい……ですがそれでも、千雨さんの苦しみが和らぐのであれば……」

「……まあ、本人に選ばせるだけ、まだましかな」

 頭を掻きながら和美は一度引く。そしてネギは、一先ずシェリー達に確認を取ることにした。

「それで、滞在の方は大丈夫でしょうか?」

「……ブラゴ」

「あと二日、明後日の日暮れには帰る」

 ブラゴは学園長に背を向け、後ろにいるネギ達に答えた。

「ゾフィスが見つからなくても、一度その日に戻る手筈になっていた。だからそれまでなら待てる。それ以上は知らん」

 言うだけ言うと、ブラゴは部屋の外に出ようと歩き出していた。

「話は終わりだ。転移者のことは滞在中にまた詳しく聞かせろ」

「フム、確かにいい頃合いじゃしのぉ……」

 学園長は一度ブラゴを制止し、電話を掛けると二、三話してからすぐに受話器を戻した。

「今ガンドルフィーニという者がおぬしらの宿泊先に案内してくれる。滞在中はそこで寝泊まりするといい」

「感謝しますわ。紳士殿(ムッシュ)

 その後、適当に腕を組んだまま仁王立ちで待つブラゴを放置し、シェリーが学園長相手に滞在中の待遇について相談している中、和美はネギと二人、部屋の隅に移動していた。

「ネギ君、一つ聞いていい?」

「はい……」

 顔を伏せ気味に睨んでくる和美に若干怯みながらも、ネギはしっかりと相手を見返した。

「自分勝手に決めないのは、答えに自信がないから?」

「いいえ。……いや、半分くらいは当たってますかね」

 弱ったような眼差しだが、和美を見返しながら、ネギは答えた。

「これ以上……勝手に人の人生を決めて振り回したりしたら、今度こそ千雨さんに嫌われてしまいますから」

「ふぅん……まあ、いいや」

 納得したのか、和美はネギから身を引いた。

「だったら千雨ちゃんには私から聞くよ。病室にいる明日菜達や、ゾフィスをリンチにしているいいんちょ達にはまだ内緒で。……それがネギ君の提案を黙認する条件、飲める?」

「はい、お願いします「なら丁度いいね」――うわっ!?」

 すると、何処からともなくフェイトが現れて、ネギに話しかけてきた。

「ちょっと、何処から出てきたのフェイト「さっき、そこの花瓶から転移してきたんだけど?」――……せめて花瓶を倒して水たまりを作ってくれない? 花瓶の口が小さすぎて出てきたシーンを想像したら微妙にシュールなんだけど」

「ネギ君。言っとくけど花瓶(それ)超高いよ。教師時代のネギ君の給料位」

 学園長からの言葉にネギが微妙に身を引く。しかしフェイトは我関せずと一枚の書類を取り出した。

「トラブルも解決してネギ君予定が空いたでしょ? だから仕事に戻って欲しいんだけど」

「……え?」

 あまりの発言に、ネギは開いた口が塞がらなかった。代わりに傍らにいた和美が、フェイトに問い掛けることにした。

「どうしてまた急に?」

「主な休暇理由である『各種手続きの承認待ち』が解消されたからだよ。良かったね、ネギ君。全部承認されたから、これで心置きなく次の仕事に専念できるよ」

「……予定より早くない?」

 和美の疑問ももっともだが、フェイトは当然とばかりに続けた。

「昨日のレセプションが大好評だったんだよ。軌道エレベーターそのものに関してもしっかりと纏められていたから、特に言及されることもなく話が進んでね。今朝から承認連絡がひっきりなしに掛かってきて、今漸く最後の分を聞いてきたところさ。やはり関係者を全員呼んだのが功を奏したようだね」

 敏腕マネージャーフェイトの実力が変な所で発揮された結果らしい。元々ネギが真面目に仕事をしていたというのもあるだろうが、それでも一回のスピーチだけで全てを丸く納めるとは、流石は天才である。

 そしてその天才ことネギ君は、漸く意識を無限の彼方から引き寄せてきたのであった。

「ということは……」

「数日中には麻帆良を発たないとね。一度イギリスに戻ってからいくつか仕事をして、その足で魔法世界(ムンドゥス・マギクス)に行かないと計画が進まないし……ああ、年末には休みを取れるようにするから、代休申請はその時にお願いね」

 天才とは、仕事を呼ぶ天災なのかもしれない。

 上手くない? これはまた失礼。

 

 

 

 

 

 生きていく以上、例え世界が滅ぼうとも、人間は仕事をしなければいけない。

 魔物のブラゴでさえ、魔界の仕事としてゾフィスを追いかけてここまで来たのだ。ネギも社会人である以上、働かなければならない。

「シェリーさん達、そろそろ帰る頃かな?」

 今日迄勤務関係の手続きで麻帆良学園都市にあるISSDAの支部に籠るか、買い出しでほとんど時間が取れていなかった。幸い、和美をはじめとした3-Aの面々が交代で千雨の病室に張っているので、彼女の様子は逐次連絡を受けることができた。

 そう、千雨がシェリーに会うということも。

「記憶消去自体はすぐに終わると言っていたし、時間的に見送りはいいって朝倉さんを通して返事が来たけど……千雨さん、どちらを選んだのかな?」

 ある意味では、休暇が潰れたのは好機なのかもしれない。

 記憶が消えていてもいなくても、今回のことで顔を合わせ辛いのだ。仕事上の引継ぎ等はあるかもしれないが、それだってネギ自身が時間を掛けて受け持っていけばいい。勝手な提案をしたのは自分なのだから、その責任も取るべきである。

「まあ、どちらにしても……僕にはまだ仕事がある」

 せめて頑張ろう、とネギは決意を新たに、家路に着いたのであった。

 

 

 

 

 

 草木も眠る丑三つ時。

 ネギ達がいるマンションの一室に、全身黒尽くめの人間が四人いた。コナンの犯沢君よりはましだが、完全に夜に同化していて、遠目にはそこに人がいることすら気付かないだろう。

「…………」

「…………」

 その内の一人が、扉の鍵をキーピックを器用に操って外し、可能な限り音を立てないようにして中に入っていく。続いて二人、三人と入っていくが、扉は締められていない。

 最後の一人が挙動不審になりながら見張りつつ、退路を確保しているからだ。

「…………」

 そして部屋の中でも、黒尽くめの一人が動いた。小さな缶状の物体を取り出し、先端のノズルを操作して一帯に空気よりも重いガスを充満させていく。無味無臭のそれに気づかない部屋の住人達が、物音を立てずに数時間経つのを確認してから、残りの二人が動いた。

 一人が部屋を開けて中を覗いて確認するのをもう一人が連いていき、とうとう目的の場所に到達した。

「…………」

「…………」

 ベッドの上で寝ているネギの顔に、スプレータイプの催眠ガスを掛けてから、二人掛かりで拘束し、担ぎ上げる。

「…………」

 最初のガス缶を操作していた一人が扉を抑えている中、ネギを運び出すことに成功した面々は、見張りの一人も引き連れて、マンション下に停めていたスバルのフォレスターに入っていく。

 最後部の座席にネギを寝かしつけてから、黒尽くめ達は座席に着いたのを確認し、ネギにスプレーを掛けた一人がエンジンを掛けた。

 

 

 

 

 

「んん……あれ?」

 違和感の残る眠気を払いつつ、ネギは目を覚まして周囲を見渡した。

 しかし、そこはネギが休暇中に滞在しているナギのマンションの一室ではない。それどころか屋内ですらなかった。

 柔らかい日差しを受けながら見渡した視界に映ったのは、穏やかな気候で彩られた海岸線だった。少し歩いたところに小さな家があり、海の反対には小さな雑木林が周囲を覆っている。

 ネギは自分が寝ていたビーチチェアを降りる。その時だった、誰かが近づいてくる気配を感じたのは。

「ああ、漸く起きたか」

「……え?」

 そして、雑木林の陰から出てきたのは千雨だった。

 もしかしたら記憶が消されているのかもしれないと考えていた相手に会うことになったが、ネギはそれどころではないとばかりに千雨に詰め寄る。

「ち、千雨さん僕達はいった「安心しろネギ先生」――……えっと、どういうことですか?」

 よく見ると、千雨の格好はここ最近でよく見るスラックス等のパンツルックではなく、白のシンプルなワンピースを着ているだけだった。若干派手な下着が生地を通して浮かんでいるが、海が近いことから、もしかしたら水着かもしれない。

 明らかにプライベートな恰好である。

「あの、安心しろっていうのは……」

「つまりだな」

 そう言って千雨は、自らの指で自身を指した。

 

 

 

「ネギ先生を拉致ったのは私なんだわ」

「……ええーっ!?!?」

 

 

 

 あまりの超展開に、ネギ君は追いつけていなかった。

 

 

 

 

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