魔法先生ネギま 雨と葱   作:朝来終夜

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第27話 夏の幻って砂漠の蜃気楼と同じじゃないの?

「それでいいのね?」

「ああ……」

 洗脳から解けて目を覚ましたあの日、千雨はゾフィスの記憶消去を拒んでいた。

 病室を訪れたシェリーとブラゴにそう答え、千雨は応接スペースのソファから起き上がった。灰原が持ち込んだ着替えに既に着替えており、いつでも退院できる準備を整えた上で、ネギの提案を拒絶したのだ。

「確かに辛かったよ。でも、過去があるから今がある。それを拒絶するのは、私を拒絶することだ。……それだけは絶対にできない。何があったとしても」

「ゾフィスに操られている間だけでも、と思ったけど……」

 鎖で縛られたゾフィスをソファの陰から引き寄せながら、シェリーは一つ頷いてから立ち上がった。

「なら私からはこれ以上、言うことはないわね。他に何もなければ、私達はもう帰るけれど」

「……ああ、だったら一つだけ」

 そのまま帰ろうとするシェリー達を一度押し止め、千雨はゾフィスを指差した。

「少し、ゾフィスと話して(・・・)いいか。大丈夫、多分十分もしない内に終わる」

 ゾフィスは俯いたまま、その会話に耳を傾けていた。千雨が和美からあるものを受け取っているのに気付かないまま。

「いえいえ、時間はあるからゆっくりでもいいわよ。その間外でブラゴと雑談でもしているし」

「そうか、じゃあ遠慮なく」

 シェリーも受け取ったものに気づいたのか、ゾフィスを縛っている鎖の端から手を放した。

「私はどうする? 千雨ちゃん。扉で見張ってようか?」

「別にどっちでもいいよ」

「じゃあ扉の前にいるから、気兼ねなくどうぞ」

 シェリー達が部屋を出ていくのを聞き、ゾフィスは脳内で微かに残る反骨心を掻き集めた。

(いける、まだいける……強引にでもいいから同情を悟って――)

 目を見開き、顔を上げたゾフィスが最初に見たのは――

 

 

 

 ――スチャッ

 

 

 

「……あ」

 和美から受け取ったメリケンサックを右手に嵌めた、憤怒の形相をした千雨の姿だった。

「坂本直伝――」

 

 

 

 

 

『――パンチから始まる交渉術!!』

『ぎゃああああああ……!?!?!?!?』

「平和ね……」

「ああ……」

 ゾフィスの断末魔を聞きながら、シェリー達は近くの自販機で購入した飲み物に口をつけていた。

「また何かあったら来なさい。あなたを王にできなかった借りは、まだまだ返しきれてないのだから」

「……別に気にしなくていい。俺達は最後まで全力を出した。そうだろ?」

「クスッ……そうね」

『フック、フック、怒りのブロー!!』

『ゴッ、ゲッ、グハッ!?』

 壁に叩きつけられる音を聞きながら、シェリーは外の景色を眺める。

「それにしても、世界が変わっても景色はあまり違わないのね……」

「そんなものだ。世界が変わっても、暮らす者達の営みはそう違わない」

『続いてキックで繋ぐ交渉術っ!! 朝倉受け取れっ!!』

『よっしゃあ!!』

『ぼふごっ!?』

 背後でゾフィスサッカーなる競技が始まっていたが、シェリーは構わずブラゴと話していた。

「……そう言えば、あなたの方はお見合いとかどうなのよ? 昔、貴族の出とか言ってなかったかしら?」

「お前達で言うところの宰相をはじめとした臣下の家系ってだけで、王の部下であること以外は他の連中と大して変わらん。だから家が滅ぼうが気にする必要はない。そもそも寿命からして違う」

『必殺、サンターナ・ターン!!』

『何それかっけぇ!!』

『ぐひょっ!?』

 気が付けば、飲み物は全て飲み干してしまっていた。

「まだ続きそうね……ココに恋人が出来た、って話はしたかしら?」

「興味ない。それより『ワイルドタイガー、ショット!!』――この世界に来る前に俺を待たせていたが……」

 ブラゴは部屋から飛び出してきたゾフィスを足で器用にトラップし、軽くリフティングしてから再び部屋の中に蹴り入れた。ジャンピングボレーで。

「べふぼっ!?』

「……一体何をしていたんだ?」

「ああ、ちょっと爺に用事を頼んだのよ。他の使い手達に手紙を書くように伝えてって……魔界に届けてくれるかしら?」

「……まあ、それくらいなら構わん」

『止めだプロレス技で締める交渉術!!』

『出たー長谷川バスターだっ!!』

『がひゅぁああああ…………ぁぅ』

「……ゾフィス、死んだかしら?」

「あれくらいで死ぬなら、誰も苦労しない」

 そして、ゾフィスが転がり出てきた。

 両手の骨があらぬ方向へと曲がっていて、骨格からして歪んでしまった顔は瞼が腫れ上がり、だらしなく舌を吐き出している。

「ぁぅ……ぁぅ……」

 まともに呼吸できていないゾフィスを肩に担ぎ、ブラゴは先に病室の前から辞した。

「ああ、気が済んだ……」

「それは良かったわ。……じゃあ、私達はそろそろ行くから」

「……世話になったな。礼はまた改めて」

「私達は仕事(・・)をしただけよ。でも……機会があれば、また会いましょう」

 ブラゴの後を追い、シェリーは去っていった。

 その背中を見送りながら、千雨は扉の縁に凭れかかり、部屋の中にいる和美の方を向く。

「朝倉……」

「何?」

 千雨は右手に着けていたメリケンサックを外し、指先で(もてあそ)びながら思考に(ふけ)り、少ししてようやく口を開いた。

「……ちょっと携帯貸してくんね?」

「誰かに電話?」

「ああ」

 メリケンサックと交換して携帯を受け取り、既にロックが解除されている画面を操作して一人の電話番号を選択した。

「一番先に礼を言いたい奴がいてさ。その許可を取ろうと思ったんだが、基本あいつに用事がないから、電話番号登録してないんだわ」

「……誰に許可を取るつもり?」

「ん~……」

 通話ボタンを押し、耳に押し当てながら千雨は答えた。

 

 

 

「……奴の過保護な姉貴分」

 

 

 

 

 

 そして千雨は行動を起こしたのであった。

 そこで時間を巻き戻して、もう一度見てみよう。

「えっと……これって犯罪なんじゃ?」

「いいからやるぞ。安心しろ、姉貴分には話を通してきた」

 全身を黒尽くめにした千雨は、同じく黒尽くめの格好をした悪友三人を引き連れて、ネギの実家であるマンションの一室前にいた。

 取り出したキーピックで器用に錠前を外し、おどおどと言い澱む風斬氷華を見張りとして残してから、灰原哀、麦野沈利を引き連れて中へと入っていく。

「口閉じてて、呼吸したかったら立ち上がってなるべく高いところですれば大丈夫だから」

 そして灰原がガスボンベを操作して出し切ったのを確認してから、ハンドサインでOKだと二人に伝えた。

「じゃあ私が探すから、麦野は後ろに居てくれ」

「はいはい」

 そして部屋を開けながら中を確認しては閉じ、ネギの姿を確認してから、再度スプレーの催眠ガスを吹き掛けてから拘束する。はっきり言って無駄のない動きだった。

「よし、行くぞ」

 そしてネギを担いだまま車に乗って撤収し、少し離れた公園の駐車場に停車した。隣には千雨のプレオが置いてあり、彼女は自身の車の鍵を外した。

「じゃあ乗せてくれ。それで終わりだ」

 

 

 

 

 

「――って!! ちょっと待って下さい!!」

「なんだよネギ先生大声出して。人が一から事情を説明しているってのによ……」

 ビーチチェアは幾つかあり、ネギ達は一先ず隣り合っているものに腰掛けて、互いに向かい合っていた。そして千雨がネギを拉致した時の状況を説明していると、いきなり遮ったのである。

「……千雨さん、ピッキングできたんですか?」

「ピッキングに限らず、ネットの知識と専用の道具がありゃ大概のことはできるからな。後あの鍵旧式だから、せめてディンプルに変えとけ」

 そして見せられるキーピック。

「……催眠ガス何処から持ってきたんですか?」

「悪友の一人の灰原って奴が薬学部でな。趣味で勝手に色々作ってるんだよ。で、その中の催眠ガスを拝借してきた」

 続いて催眠ガスの詰まっているスプレー缶。

「……『過保護な姉貴分に許可を取った』ってどういうことですか?」

「拉致る前に朝倉の携帯で神楽坂に電話したんだよ。んで、これが証拠」

 広げられる一枚のコピー用紙。書かれているのはFAXの出力記録と以下の文章だった。

『OK。送別会までには返してね♪』

「明日菜さーんっ!?」

 海に叫ぶネギだが、ここにいるのは千雨だけなので意味がなかった。

「いやそれよりも父さんはっ!?」

 そう、ネギは実家でもあるマンションの一室で寝ていたのだ。つまり家主であるナギ=スプリングフィールドも一緒に寝ていたことになる。

 だからこそ、自分の息子が拉致されたままじっとしているとは考えにくいのだ。

「いや、それが……」

 

 

 

 

 

「つーかよぉ、長谷川ぁ……」

 車の中にネギを運び入れながら、麦野が千雨に話しかけてきた。

「いきなり呼び出したかと思えば、何で犯罪の片棒担がされなきゃなんねえんだよ、ああ?」

「ちょっとな……」

 千雨と麦野は後部座席に寝かせたのを確認してから、後部ドアを閉じて車体に凭れかかった。

「こいつには色々とけじめ付けなきゃいけなくてさ。せっかくだからついでにハメ外させてやろうと思ってな」

「……ハメ「黙れ放送禁止用語発言女」――……止めてる時点でてめぇもそれを理解している、ってことだって分かってるかおい」

 この小説は比較的健全なので、発言には気をつけています。本当だよ、比較的だけど。

「やめさない。みっともない……」

 フォレスターの座席に腰掛けたままの灰原が、声だけで喧嘩を止めた。機先を制していなければ、今頃掴み合いの喧嘩になったことであろう。

「……それで、私達はもう帰っていいの?」

「ああ、助かったよ。バイト代は後日で」

「しかし、手際良かったな。よくやってるの?」

「防犯訓練のバイトでそこそこ」

 千雨が愛車の運転席に、麦野が運転席に移った灰原に変わって後部座席に移動しようとして、ふと発言の中に野太い、男性のような声が混ざっているのに気づいた。

「……おい、車の持ち主(浜面)呼んだのか?」

「いや、黙って持って来たからいない筈だけど」

「そもそも、最初から女しかいないでしょう」

「ああ、悪い。驚かせた?」

 もし武器があれば、迷わず一緒に向けていたかもしれない。

 しかし急ぎの話な上に隠密行動が優先だったので、全員顔を向けるのが精一杯だった。けれども、彼はある意味敵ではなかった。

「……ネギ先生の親父さん?」

「別にナギでいいよ。長いだろ?」

 軽く手を振りながら、ナギはフォレスターの屋根から地面の上に降り立った。

「……おい長谷川、目の前の奴は誰だ?」

「さっき拉致った男の親父さんだよ。家に居なかったから留守だと思ってたんだが……」

 そう、部屋は全部見たわけではないが、少なくとも寝室らしき部屋にはいなかった。だからいないと千雨自身も思っていた。しかし現実は拉致がばれ、しかもあっさりと車の屋根の上にへばりついて尾行されていたのだ。

「甘いな。トイレの換気扇にも注意を配っていれば完璧だったのに」

「つまり腹壊してトイレにいた上に、換気扇近くで呼吸していたからガスも平気だったと」

「屋内で扉にガラス部分がなければ明かりも漏れないな、そう言えば」

「最初から換気扇の通風口に流し込めば良かった……」

 灰原が項垂れて己が行動を恥じているのを、隣に座っていた風斬が慰めようと背中を摩り始めた。

「えげつないな、そこの嬢ちゃん。それマンション中にガス流れない?」

「いやそれより親父(ナギ)さん。気付いてたならなんで黙ってたんですか? これじゃ私達、馬鹿みたいじゃないですか」

「まあ、ちょっとな……ちょっと千雨ちゃん借りていい?」

「いや、通報されないならそのまま帰るわ。元々解散のつもりだったし」

『異議なし(です)』

 麦野の提案に灰原達も賛同し、そのまま車に乗り込んだ。

「長谷川さん、大丈夫?」

「大丈夫だから行ってくれ。……今日は助かったわ。サンキュ」

 少し話してから、灰原の運転で彼女達は帰っていった。今この場にいるのは、千雨とナギ、そして未だに眠りこけているネギだけとなった。

「……んで、うちの息子拉致ってどうする気だったんだ?」

 灰原達が去った後、ナギは千雨にそう問いかける。千雨も少し言い澱む様に頬を掻きながら、ぽつぽつと話し始めた。

「今回の件で、一番迷惑を(こうむ)ったのはネギ先生だから、さ……」

 腕を組むナギに構わず、千雨はプレオの後部座席で未だに寝ているネギの顔を見下ろした。

「ネギ先生に何も言わなかった。傷付けた。甘えて……迷惑を掛けちまった。せめて一番最初に、こいつに言いたい。感謝と、謝罪を」

「感謝だけでいいと思うぜ」

 ナギの言葉に、千雨は振り向いた。

「頼りないのかな、ってこいつは悩んでた。実際はどうだか知らねえが、そこまで信頼を勝ち取ってなかったこいつの責任だろ」

「いや、でも、今回のは「関係ねえよ」――……え?」

 ナギは強く、千雨の発言を否定する。

「敵がどんな奴だろうと、どんな力を持っていようと、結局は『守る相手』か『共に戦う相手』か、ってだけだろ?」

 ナギは組んでいた手を解き、ポケットに手を突っ込みながら千雨に背を向けた。

「互いが相手を守る対象に見てたんじゃ世話がねえ。いい機会だし決めちまえよ」

 夜闇に消えるナギの背中を、千雨は静かに見送っていた。

「どちらが『守り、守られる相手』か、それとも『共に戦うか』を、さ……」

 そんな言葉を、千雨に残しながら。

 

 

 

 

 

 

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