「そんで
「そうでし「ちなみにネギ先生の携帯に証拠が送られている筈だぜ」――え?」
しかし寝込みを襲われたので、手元に携帯電話はない。代わりに千雨が自分の携帯電話を操作し、画面にその写真を表示させてからネギに見せた。
「ついでにあいつらが帰る前に写真撮ったんだよ。アドレスはその時に交換した」
そこにはナギの自撮りで、千雨達が拉致に使った道具類を晒しながら一緒に映り込んでいた。ご丁寧にフェイスマスクを半分脱がした状態で。
「その写真がネギ先生の携帯にも送られている筈だぞ。
「父さーんっ!!」
今度は父への怒りが混じっているからか、明日菜の時以上に叫んでいた。
「まあ落ち着けって、ネギ先生」
叫ぶネギの背中を摩りながら、千雨は彼の気を宥める。
「フェイトから聞いたけど、仕事は粗方片付けたんだろ? 明日の送別会までには帰すから、それまでここでのんびりしようぜ」
「そう言えば……ここってどこですか?」
漸く現状に疑問を持ったネギに、千雨は立ち上がって説明し始めた。
「前に話したろ? ここが『とっておきの場所』だよ」
そう言って海岸に歩き出した千雨の後を追う様に、ネギも慌てて立ち上がった。
「エヴァの別荘を見て、私も欲しくなってな。こっちは小さいし、1時間は8時間しか延ばせない中古品だけどさ……それでも、立派な私の城だ」
よくよく見れば、確かに小さな場所だった。
トリックアートの様に奥行きが見えなくなっているが、目を凝らせば仕切りができている。しかしミニチュアの海岸だと思えば、悪くない場所だった。
海岸の端にはここと『外』を繋ぐゲートがあり、反対側には一階建ての小さな家がある。海岸の一帯にもいろいろ置いてあり、ビーチチェアやパラソル、簡易シャワーや剥き出しの着替え置き場。他にもポケットバイクやサーフボード、ジェットスキーも見えた。
「一人でのんびりするには十分だろ? ちなみに……」
追いかけてきたネギを上目遣いに見つめ、後ろ手に組む千雨は言葉を続けた。
「……お前が初めてのお客さんだ。ネギ先生」
「僕、が……」
「そう。茶々丸でもエヴァでも、クラスの連中や他の魔法関係者は勿論、それ以外でも」
そのまま砂浜の上に腰掛けた千雨を見下ろしたネギは、続いてその横に並んでしゃがみ込んだ。
「隠し場所を知っている奴はいても、何を隠しているかは教えていない。文字通りこの『場所』を知っているのは、私とネギ先生だけだ」
「そんな場所に、僕を?」
「何でだろうな……」
千雨は膝を抱えて顔を乗せたまま、ネギの方を向いた。
「……何故か、招待したくなった」
苦笑いながらも楽しそうな千雨の顔を見て、ネギは若干顔を赤らめつつ逸らした。
「さて、と」
そんなネギを置いて、千雨は立ち上がってワンピースを脱ぎ、水着姿になった。水着のデザインは各自で妄想して下さい。
「一応水着と着替えも、簡単なのなら用意しといた。食料も買い込んである。送別会まで大体
千雨は脱いだワンピースを適当に放り、しゃがんだままのネギに手を伸ばす。
「……二日間丸々、一緒に過ごそうぜ」
少し茫然としてから、漸く理解の及んだネギはその手を掴んだ。
「……はいっ!!」
そして丸二日間、二人は大いに遊んだ。
互いに水着になってから日が暮れるまでビーチバレーや遠泳、海に浮かんだまま過ごしたかと思えば、ジェットスキーで二人乗りして海の端まで行って帰ってきた。
夜は千雨が買い込んだ花火を打ち上げて遊びながら、適当に焼いたバーベキューを食べ、そのままビーチチェアの上で眠りに就いた。
朝起きたら海岸の端にある家で朝食を取り、置いてある本を読んだりDVDを見たりしながら昼まで過ごした。
魚は回遊していないので釣りはできないが、私有地なので無免許運転ができると千雨の指導でポケットバイクやジェットスキーをネギが運転して遊んだ。
夕暮れになると海岸線を二人で並んで歩き、恋愛映画のワンシーンみたいな光景にネギが照れるのを千雨がからかった。
そして偽の星空を眺めながら、最後の一夜を過ごした。
「ふう……」
「満足したか、ネギ先生」
「はい、とっても……」
夕食を終えた二人は、並んで砂浜の上に寝転がっていた。
一定の満ち引きしかしない波音や、夏の星座しか映さない夜空といった偽の景色であっても、この空間に癒されている自分がいる。そうネギは感じていた。
「今度は温泉を増設したいな。最悪入浴剤でもいいから」
「言ってくれれば露天風呂用の穴位、地面にすぐ空けますよ。後はお湯を注げばいいだけにして」
「いや、檜風呂も悪くないから、まずは家の風呂場を改築するかな」
温暖な気候に
(そうか、
そう考えているのを感じ取り、千雨は右手を頭上に掲げた。
「ネギ先生……無一物、って言葉を知ってるか?」
「無一物、ですか?」
聞いたことのない言葉を聞き、ネギは視線を千雨に向けた。しかし彼女は掲げた右手を翳したまま、偽りの星空を見つめていた。
「仏に逢えば仏を殺せ、祖に逢えば祖を殺せ、何事にも囚われず、縛られず、ただあるがままに己を生きること……」
「……物騒な言葉ですね」
「だろう? 私も初めて聞いた時、そう思った」
千雨が笑っているのを感じた。どこか懐かし気に、唇を歪めているのが見える。
「……私が『嘘吐き』呼ばわりされた時に、どこぞの似非坊主に聞かされた言葉だ」
「えっ……」
ネギの視線に構わず、千雨は言葉を紡ぎ続ける。
「明らかに異常な光景を目の当たりにしても、周囲は『当たり前』の様に感じていた。だからだろうな、私を『異物』と捉えた周囲は、私を拒絶した」
「…………」
ネギは静かに上半身を起こしながら、千雨の話に耳を傾け続けた。
「一人で泣きながら、どうしていいか分からずに雨の中を歩いて、歩いて、歩いて……最後に辿り着いたのが、人の目がない空き地だった」
言葉は
「その真ん中で涙を流しきってから、地面の上で寝転がっていると、その男が現れた。僧服に身を包んだ金髪の男で、肩に巻物の様なものを掛けていた」
千雨は右手を降ろすと、あるものをネギの傍に投げ捨てた。いつも千雨が吸っている煙草のソフトパックだった。
「そいつが吸っていた煙草の銘柄をなんとなく覚えていてな。転移者と初めて戦う決意をした時、煙草を吸おうかと思った途端、この銘柄を選んでいた」
「そう、ですか……」
なんとなくだが、ネギには千雨の昔話が、初恋の話の様に聞こえていた。もしかしたら、明日菜の時とは違い単なる憧れかもしれないが、恋焦がれた相手から漏れ出た別の男の話に、ネギの胸が締め付けられる感じがして、微かに気持ちを歪めた。
「……でもな、ネギ先生」
勢いよく上半身を起こした千雨は、そのままネギの方を向いて笑いかける。
「私はその『無一物』って言葉を勘違いしていた」
「かん、ちがい……?」
いきなり何の話か、とネギは首を傾げるが、千雨は構わず話し始めた。
「私は最初、その言葉を『周囲を拒絶して、自分の力で生きていく』意味だと思っていた。だから引き籠って、自分だけの世界を作って、自分だけの王国で一人ぼっちの玉座に座って叫んでいた。井の中の蛙だってのによ」
一度呼吸し、間を空けてから千雨はネギに言った。
「だから……『自分だけの世界』から連れ出してくれたネギ先生には、すっげぇ感謝している」
一瞬、言葉の意味が分からずに、ネギは目を
「確かにこの世界は
「いや、あの、えっと……」
思い当たる節がありすぎて、否定できずにしどろもどろしているネギに笑いかけながら、千雨は言う。
「……でも連れ出してくれたおかげで、私は無一物の本当の意味を知った」
未だに一定の波音が鳴る。
「関係なかったんだよ。周囲の思惑がどうだろうと、どんな時でも『自分らしく生きること』。それこそが私にとっての、本当の意味での無一物だったんだって」
月が昇らず、代わり映えのしない星空が海岸を照らす。
「私は私でいいんだって、気付かせてくれたのは……」
千雨の頭が、静かにネギの胸の上に置かれた。
「……立派な魔法使いでも、頭脳明晰な天才でもない。『ネギ』っていう強引で小生意気なクソガキだよ」
「千雨さん……」
だから、と呟きながら顔を上げ、千雨はネギに放った。
「ありがとうネギ先生。私を狭い檻から、何度も連れ出してくれて」
感謝の言葉を。最高の笑顔を。素直な気持ちを。
「……何泣いてんだよ、いい
「いや、だって……」
ネギの目から零れる涙を拭いながら、千雨は立ち上がった。
「ほら、もう寝ようぜ。昼前にはここを出ないと、送別会に間に合わなくなっちまう」
「はい……」
掠れた泣き声の返事を背に、千雨は立ち上がって先に海岸を後にした。
時間にして、夜明け前。
ネギは静かに目を覚まし、身を起こしていた。
「…………」
日頃の習慣である鍛錬の為に起きたネギは、隣のビーチチェアの上でタオルケットを掛けて寝ている千雨の方を見た。
「……千雨さん」
相手はすっかりと夢の中だ。それでも、ネギは独り言のように千雨に話しかけていた。
「僕は……やっぱりまだ、子供なんだと思います」
その独白を聞く者もいなければ、止める者もいなかった。
「僕は人を好きになれれば、それでいいと思っていました。付き合って、一緒の時間を過ごせれば、それでいいと考えていたんです。でも、それだけじゃ駄目なんだと、今回の件で知りました。……思い知りました」
夜明け直後の柔らかい太陽光を見つめながら、ネギは言葉を続ける。
「例え人を好きになっても、ただ傍にいるだけじゃ駄目なんだと知りました。傍にいることに甘えてちゃいけないんだと知りました」
ネギの手が千雨の方に伸びるが、宙に浮いたまま下がることはなかった。
「傍に居続けることの難しさを知りました……でも」
伸ばした手を、力強く握り込む。その痛みを、忘れない為に。
「それでも、僕は……千雨さんが好きです」
ビーチチェアに腰掛け、顔を伏せて握り込んだ拳を見つめながら、ネギは呟いた。
「これからも千雨さんが戦うのかは分かりませんし、どのような選択をしても、きっと止められないでしょう。……だから、もっと強くなります」
もう二度と、『守れない』可能性を生み出さない為に。
「千雨さんにもっと、頼って貰えるように」
もう二度と、『守られる』対象として見られない為に。
「例えどんなことが起ころうとも、千雨さんと共に……生きていきたいから。……だから決めました」
音を立てずに立ち上がり、ネギは海岸の方へと歩きだした。
「強くなって……必ず口説いて見せます。覚悟してて下さい、千雨さん」
一度だけ立ち止まり、振り返ってから一人、宣言した。
「こう見えても僕は……一途でしつこいですから」
誰にも聞かれない筈の宣戦布告をして、今度こそネギはこの場を後にした。
しかし、その宣言を聞いた者が、実は一人だけ居る。
(……しつこいのは知ってるよ、バーカ)
疲労が覚めていた為に眠りが浅かった。だからネギが動く気配を察知し、千雨の意識は既に覚醒していたのだ。
薄く目を開けただけで、千雨はじっと動かずにいる。
(とっくに甘えちまってるよ……答えを選んでくれたことに)
千雨にもう、悩みはなかった。
ナギから告げられた選択について悩んでいたが、ネギの気持ちを盗み聞いた為に、迷う必要がなくなった。
(強くなろう、お互いに……)
ネギが海岸で鍛錬を開始した物音を聞き、千雨はタオルケットを頭から被り、再度眠りにつこうとする。
(……まあ、簡単に口説かれてやんねえけどな)
素直じゃない気持ちを内心で呟きながら。