魔法学校卒業式後。
「……ネギ…………」
(逃亡先の確保はできた。装備も万全。呪いに関してはエヴァさん曰く『力任せに掛けられた』らしいから、隙のある部分を破壊すれば瓦解自体は可能だと思う。後は――)
「聞けーっ!?」
後ろから繰り出されたアーニャの飛び蹴りを軽く半身になってかわし、ネギは意識を思考から目の前の幼馴染に向けた。
「……何ですか、ミス・ココロウァ」
「だからアーニャって呼びなさいって言ってるでしょ!!」
立ち上がって尚も激高するアーニャを一瞥し、ネギはすぐに背を向けた。
「だから待ちな――かっ!?」
背を向けられても構うことなくネギの肩を掴もうとするアーニャであったが、逆に首を掴まれて、近くの壁に叩きつけられてしまう。
「……しつこいですよ、ミス・ココロウァ。毒殺と呪殺、どちらが好みですか?」
「ネ、ネギ……」
息苦しくなるも、アーニャはネギから視線を離さないでいる。いやむしろ、離すのを恐れているように感じられた。
「とっとと失せろよ馬鹿女、売り飛ばすぞ」
ガンッ!
アーニャの頭を壁に叩きつけてから手を離し、ネギはこの場を後にした。首を押さえて空気を取り込もうとしている時、誰かが駆け寄ってくるのが分かった。
「アーニャ!!」
「ネ、カネさ、ん……」
ネカネは慌てて近寄ると、アーニャの背中をさすって顔色を窺った。
「大丈夫!? 怪我は!?」
「だい、じょうぶ、です」
息も絶え絶えに顔を上げると、ネカネの手に持っている物が目に付いた。
「ネカネさん、それは……」
「本当はネギに渡すつもりだったんだけど……もう行っちゃったみたいね」
ネカネの手には、かつてサウザンドマスターが使っていたという杖が握られていた。けれどもその杖は半ば辺りに罅があり、一度折れたものの、後に接着して再び杖としての機能を持たせたように思われた。
魔法学校の地下室に、ネギは居た。手には魔法薬の入った瓶が握られ、その瞳は目の前の石像に向けられている。
「……スタンさん」
嘗ての恩人に一礼して、ネギは手の瓶を石像に叩きつけた。
降り注いだ液体は石化の呪いを中和し、徐々に人間味を帯びさせていく。いや、本来の姿に戻っていった。
「がはぁっ!? ……こ、これは一体!?」
「お久しぶりです。スタンさん」
目の前にいた、命を賭して守った少年を見るや、スタンはしゃがみこんでネギの視線に自分の目を合わせた。
「ネギ、なのか?」
「はい、スタンさん。あの時はありがとうございました」
間に合って良かった、とネギは安堵の息を漏らした。
これから行うことを思うと、今後恩を返すことが難しく、いやほぼ不可能となる。だからこそ、恩を返せたことを、ネギは嬉しく思っていた。
「スタンさん、僕はもう行かなければなりません。解呪用の魔法薬の生成法はこの羊皮紙に全て書いてますので、後は任せてもいいでしょうか?」
「ネギ、お前さんは一体……?」
ネギは羊皮紙をスタンに渡すと、そのまま振り返ってこの場を後にした。
「僕はもう、“魔法使い”として生きるつもりはありません。……お元気で」
……寂しげな言葉を残して。
「……ん?」
「起きたのか、ネギ」
後部座席で横になっていたネギは、目を開けて現状の把握に努めた。
エヴァンジェリンの呪いを全て解き、魔力隠蔽のための封印を施した後に疲れがどっと来て、眠りこけてしまっていたようだった。
「すみませんエヴァさん。眠ってたみたいで……」
「別にかまわんさ。それよりいつまでそうしているつもりだ?」
「へっ? あ、あわわっ!?」
漸く自分がエヴァンジェリンの膝で眠りこけていたことに気づき、慌てて体を起こすネギ。当の吸血鬼はからかうように笑っていたが、
「ネギが倒れ込んだ途端、顔真っ赤にしてアワアワしてたのは誰だよ?」
「運転中でなければ、記録に残したかったですね」
「貴様らぁ!!」
前を向いたままエヴァンジェリンの痴態をばらす二人。現在彼らを乗せたワゴン車は高速道路を降り、適当な駐車場を探そうと辺りを巡っていた。
「清水寺近辺を観光してから市街地を進んで宝塚へと向かいます。宜しいですね?」
「宝塚に向かうのは少し待って下さい。念のために偽造免許や幻術の魔法具も用意してから、夜に紛れて進みましょう」
分かりました、と告げると茶々丸はハンドルを切って有料駐車場に入り、車を停車させた。
「だったら夜までに計画の一部を前倒ししとかねえか?」
「そうですね。今襲われたら車を放棄する可能性もありますし、必要最低限を残して移しましょう」
千雨の提案に従い、一同は観光前に現時点で不要な分を分散させて、神戸の本命とは別の家に時間を空けて配達するように手配した。残りは車に残して、その足で彼らは清水寺へと向かった。
「がっ!?」
魔法学校校長室。校長室に入ってきたスタンは、驚く校長をそのまま殴りつけた。
「一体あの坊主に何をした!? “魔法使い”として生きるつもりがないなどとほざかせるとはどういうことだ!?」
「ちょ、ちょっと落ち着いてくれ! そもそも石化の呪いはどうした!?」
宥めようと手を持ち上げると同時に、丁度校長室を訪れていたネカネとアーニャがスタンを見て、驚いて慌てて駆け寄っていく。
「スタンさんっ!?」
「ウソ、スタンおじいちゃん!?」
ネカネとアーニャを見て少し落ち着いたのか、スタンは近くの椅子に疲れたように腰かけた。
「一体何があったというのだ? 少し前にネギの奴が儂の呪いを解いた後、この羊皮紙を渡してすぐにいなくなりおった。“魔法使い”として生きるつもりがないと言い残してな」
「ネギ、が……」
スタンが持っていた羊皮紙を掲げると、それを見てネカネは力が抜けたようにその場に頽れた。アーニャは手を強く握り、顔を俯かせてしまう。校長は二人の間に立ち、スタンを見つめて答えた。
「儂等のせいなのじゃよ。あの子の可能性を奪ってしまった儂等の……」
校長の話を聞き、スタンは思わず頭を抱え込んでしまった。ネカネの持っていたサウザントマスター、ナギの杖を見つめながら。
翌日、日本からの連絡を聞いて、この場に居た者達は自らの不甲斐なさを呪った。
「ところで、お前はさっき、どんな夢を見ていたのだ」
「夢、ですか?」
適当な料亭にて昼食を口にしている時に、ふとエヴァンジェリンが思い出したかのように箸をネギに向けた。
「マスター。行儀が悪いですよ」
「うるさいっ!!」
全員スーツや制服を着替え、それぞれの私服でいるが店に居る人間は誰一人としてネギ達に意識を向けていない。エヴァンジェリンが施した認識阻害の賜物である。
「お前、微かに魘されてたんだぞ。気づいてなかったのか?」
「別に魘される程のものじゃないんですけど……」
食べ終えたネギは箸を置いて、夢の話を始めた。
「日本に発つ前の夢を見ていたんですよ。……最後のけじめをつけた時の夢を」
「けじめ?」
不思議がる面々にネギは語った。村を襲った悲劇、サウザンドマスターが駆け付けるまでの間、幼かったネギを守った者のことを。
「正直間に合って良かったですよ。遅れてしまえばもう二度と、助ける機会は廻ってこなかったんですからね」
「そうか……」
エヴァンジェリンの相槌を最後に、この話を強引に終わらせた面々は手荷物を持って立ち上がった。
「そんじゃ、軽く観光しに行くか」
「そうだな。……ほら、ネギ」
エヴァンジェリンは立ち上がるや、ネギに向けて手を伸ばした。けれどもその手は攻撃のために掌を向けたものではなく、相手の手を掴むために指を伸ばしている。
「もうお前を邪魔する者はいないし、つけるべきけじめももうない。魔法使いの道を捨て、共に歩もうではないか」
エヴァンジェリンを挟むように立っている千雨や茶々丸も、間に挟んだ彼女につられて笑っている。それだけでネギは前へと進めた。
「……ハイっ!!」
エヴァンジェリンと手を繋いだネギを先頭に、彼らは料亭を後にした。
「すみませんお義父さん。今まで連絡が取れなくて」
『構わんぞい。大方、タレこみで浮足立った連中を取り押さえるのに時間がかかっとったのじゃろう?』
「ええ、でもどうしてそれを?」
詠春は学園長から受話器越しに事の顛末を聞き、どうしたらいいのかが分からずに苦虫を噛み潰した。
「……それは本当ですか?」
『実際に関西呪術協会を利用したのじゃ、なら行かない道理は無かろうて。少なくとも日本列島の西側じゃと儂は睨んどる』
「でしょうね。その上で外人であるネギ君とエヴァンジェリンがいることを考えると、他の異邦人が多く住む地域に逃げたのかもしれません」
いくつかの候補を絞り、その上で協会同士の連携を取ろうとする近衛義親子。今後の捜索を打ち合わせると、詠春は受話器を置いて通話を切った。
「一体何があったと言うんだ?」
詠春はかつての友、ナギ・スプリングフィールドのことを思った。
「こんな時にあの馬鹿がいないなんて……」
今後どうするべきかを考えつつも、詠春は関西呪術協会総本山に人を集め、会合を開く準備に取り掛かった。今は一刻も早く、タレこみにより生じた誤解を解かねばならない。
「それにしてもネギ君。いくら時間稼ぎとはいえ……このかに魔法をばらして関東に嫁がせる等というデマを流さなくてもいいだろう!!」
いや、あながち間違いではない。実際原作では学園長がネギにこのかとのお見合いを進めていたし、魔法がばれても結構飄々としていたのだから。
「ブワァックション!! ……噂かのぅ」
鼻を擦りつつ、学園長は再度受話器を取り、魔法教師数名に連絡を入れた。これから英春と打ち合わせた地域に派遣するためである。ほとんどは西の方で調査することになっていたが、一ヶ所だけこちらの人員を派遣する申請を通したのだ。
「うむ、うむ、そう……神多羅木君と刀子君を派遣しておいてくれ。場所は――兵庫県と大阪府の境目、大体尼崎から北一帯じゃ」
では、頼んだぞ。と学園長は受話器を置いた。
「……千雨さん」
「どうした?」
清水寺の上。そこからの景色にはしゃぐネギとエヴァンジェリンを眺めていた千雨に、茶々丸が声をかけた。
「事前に学園長室に仕掛けた盗聴器からの情報だと、もう関西呪術協会にばら撒いた
「結構時間が経ってるとはいえ、思ったより早いな」
「けれども東からの派遣は未だ掛かりそうです。むしろ注意すべきは西かと」
千雨は顎に手を当て、現時点での情報を吟味しだした。同時に茶々丸も、盗聴器で得た情報を逐一報告してくる。
「範囲内にはぎりぎり宝塚が入るな」
「はい、解釈によっては捜索範囲に入れることも可能です。いかがしますか?」
「夜のうちに行くのは変更しない。下手な接触を控えるために、西の人間は宝塚には来ないだろう。むしろ明日、東の人間が来るまでに家に向かって、隠匿もしくは迎撃の準備をした方がいい」
ネギ達を呼んできてくれ、と茶々丸に頼んでから、千雨は腰に隠してあるSIGP230に手を触れた。
「できれば西の連中とも、やり合うことにならなければいいんだがな」
軽く溜息を吐いていると、丁度茶々丸がネギ達を連れて戻って来ていた。未だに手が繋いだままなのを見て、千雨の口は図らずも綻んでしまう。
「おい、千雨! 写真を撮ろう! ここに来た証を残すのだ!!」
「……お前は満喫しすぎだぁ!!」
そして現実離れした発言に、思わずチョップが出てしまったとしても、彼女を責める者はいなかった。
次回予告
予想よりも早すぎる敵の襲来。迎撃の態勢が取れない彼らは逃走を図る。けれども残されたネギは、魔法教師相手にどう立ち向かうのか? そして始まる
「拘束制御術式第参号――解放」