(なんでや……)
小太郎は宙を舞っていた。
しかしそれは自らがその場を飛び上がったわけではない。
「…………ふぅ」
緑のジャンパーコートを羽織る男の蹴りを、まともに受けたからだ。
「……っち!?」
強引に体勢を変え、地に着けた手を起点に再び跳躍。今度は自らが蹴りを放とうとするも、相手は身を引くだけで回避してしまう。服にすら掠らせないおまけ付きで、だ。
(なんで……っ!?)
次いで迫り来る腕を払い、肩を当てようとするが簡単に防がれてしまう。しかも身体を払われ、無防備に背中を見せてしまった。しかし相手は、小太郎の隙を見て攻撃することなく、一歩下がってしまう。
「まだやるか?」
小太郎の答えは決まっていた。
「……当たり前やぁ!!」
身体を反転させて再び構えると、小太郎は『無慈悲なる街の亡霊』へと挑んでいく。
事の起こりは、ネギが小太郎を誘ってタカミチのラーメン屋台に来た頃まで
「……あ、新田先生。御無沙汰しています」
「ああ、ネギ先生。お久しぶりです」
教師時代にお世話になった学園広域生活指導員の新田に挨拶するネギ。そして、後ろにいる男性に気付いた。
「えっと、確かスモーキーさん、でしたよね」
「ああ、そうだ……」
ネギ自身は初めて会うが、一度千雨を介してテレビ電話で話したことがあった。夏の一件で転移者の存在を知り、他にもいたからと会話の機会を設けて貰ったのだ。
「そう言えば、お二人はどうして一緒に暮らされているんですか?」
「スモーキーが転移した時に、偶々帰宅途中の私が見つけましてね」
四人は並んでタカミチの屋台へと足を運んだ。既に視界に入っていたので、軽く手を上げて挨拶しながら、それぞれ席についていく。
「色々ありましたが、今は彼の妹のララ共々私の養子に入りました」
「ということは……」
「ええ、その直前のいざこざで魔法のことを知りましたよ」
ハハハ……とその時を思い出したのか、タカミチの口から乾いた笑いが漏れ出てくる。
真ん中に座るネギと新田が話す中、小太郎は頬杖をつき、スモーキーはメニューを眺めて注文をどうするか悩んでいた。
「思うところは多々ありますが、結局は『あの映画』のような出来事を回避すべきだと考えていますよ」
「ハハハ……そう、です、よね…………」
今度はネギが、言葉を枯らせてしまった。
魔法を知られることよりも、『あの映画』を見られてしまうことの方が、何故か恥ずかしいと感じてしまったからだ。他者に中二病時代の黒歴史を語るのに近いかもしれない。
「まあ、魔法の件に関しては、高畑先生や長谷川ともゆっくり話していきますよ。実際、認識阻害関連のカウンセリングとかに協力できないかと考えていましてね」
「それは助かります。事情を知るカウンセラーの方が少ないので、今も対応に追われているんですよ」
かつて千雨の提案した、懐疑的な人間に対しての精神的保護は、まだ完璧に実行されているわけではなかった。マニュアルができていないというのもあるが、根本的に対応できる人材がほとんどいないからである。
かなりデリケートな内容になる為、上から目線で諭すことも、下手に出て説得することもできない。近い立場に身を置き、根気よく相手の心を
「とはいえ、先にカウンセラーの資格を取らなくてはいけませんがね「義父さん」――ああ、スモーキーありがとう」
注文が決まったのか、スモーキーからメニューを受け取った新田は自分の食事をどうするか考え始めた。その時ふと、ネギは反対側に座る小太郎が静かなのに気付いた。
「小太郎君?」
「……俺、あの映画ちょい役やってんよな」
どうやら
「しかも『2』には呼ばれんかったし……」
「ま、まあ、魔法世界の話だから……」
ネギがそうとりなそうとするも、小太郎は未だにぶすくれていた。
「まあ、しゃあないわ……こっちは馬鹿で元孤児やねんから、人に気持ち何ざ分かるかいな」
事情を詳しく聞いていたわけではないが、ネギはスモーキーの境遇について多少は聞いていた。もしかしたら思うところがあるかもしれない、そう考えて小太郎を止めようと手を伸ばす。
「やから分かるわけないやろ……『愛を知らぬ者が本当の強さを手にすることは永遠にないだろう』ってなんやねん」
流石にこれ以上は何を言うか分からない。伸ばした手を口から肩に方向変換させ、小太郎を連れ出そうとするネギ。
「……違うな」
「あん?」
しかし、ネギの手よりもスモーキーが放った言葉の方が早かった。
間にネギと新田がいたので、スモーキーは一度立ち上がってから小太郎の前に移動し、座ったままでいるのを見下ろした。
「本当は気づいているんだろう? 『単に接し方が分からないだけ』だって」
「……んやと?」
小太郎も立ち上がり、スモーキーと対峙した。
思わずネギが止めに入ろうとするが、その身体は一本の腕によって立ち上がることを拒まれた。
「……新田先生?」
「ここはスモーキーに任せてみましょう」
肩を引かれ、ネギは席に戻った。
その間も、小太郎はスモーキーを鋭く睨み付けている。しかし相手は意に介さず、なおも言葉を続けてくる。
「接し方が分からないことを誤魔化す為に、お前はわざと拗ねているだけだ。だからお前は強くなれないんだ……」
「ゆうてくれるな、兄ちゃん……」
一触即発、しかしスモーキーは後ろを向き、ひらけた場所まで歩き出した。
立ち止まると、振り返って小太郎に向けて指を振る。
「さっきお前が言っていた言葉、俺が実践してみせてやる。こい」
「上等や!!」
小太郎はスモーキーの挑発に乗り、駆け出して行く。
その様子を、ネギ達は屋台から眺めていた。
「……とりあえずネギ君。喧嘩の範疇から出そうになったら止めに入るから、その時は小太郎君の方をお願いしてもいい?」
「分かった。まかせてタカミチ」
一旦調理器具を置いて、タカミチは屋台の裏から出てきた。
新田の横に立ち、同じく立ち上がったネギと共に、彼らの行く末を見守っている。
「しかし……どっちが勝つかな?」
「喧嘩の範疇ならスモーキーさん、かな」
タカミチが何気なく放った言葉だが、ネギはそれに答えた。
「というより……小太郎君が負けるんじゃないかと」
「何故そう思われたのかな、ネギ先生」
顔を向けて聞いてくる新田に対して、ネギは何処か気恥ずかし気に言葉を返した。
「今の小太郎君……少し前の僕と似ているから、ですかね」
そして喧嘩が始まる。
が、それは一方的なものだった。
時間を冒頭へと戻す。
「がっ!?」
「頑丈だな……」
攻撃を捌かれ、返す身体で回し蹴りを受けた小太郎は地面を転がる。スモーキーから距離を置くも、向こうは自分から攻める気はないらしく、ただ静かに見返していた。
「……だがそれだけだ。単調過ぎて、簡単に捌ける」
「んやとぉ!!」
小太郎から突き出される腕を掴み、引き寄せて地面に叩きつける。慌てて転がり、後退する様子を眺めるだけで、スモーキーはそこでもまだ追撃を加えようとしない。
「生来の身体能力だけで戦ってきたのか。多少の技術はあるが、結局は力任せに頼り過ぎている」
「ぅるせぇわっ!!」
瞬動術。
足に気を集中、爆発させて行う移動術。
小太郎は瞬動術を用いてスモーキーの懐に入り、掌底を飛ばす。
「……ふっ!」
しかしスモーキーは手を払うと相手の勢いに合わせて身体を回転させ、
「ぐっ!?」
回し蹴りで爪先を小太郎の脇腹に突き刺す。まだスニーカーだからいいものの、もし頑強なブーツとかならば、その威力だけで致命傷を与えられた。
「おまけに感情に流されやすい。だから強くても脅威にならない……いや、」
飛び上がり、数歩下がる小太郎を眺めていたスモーキーは、ある結論に辿り着く。
「冷静になれなくて、弱くなっているのか」
「だからなんやっ!?」
小太郎は脇腹の痛みに怯むことなく、スモーキーに組み付こうとする。しかしその手は空を切るだけだった。
「誰の言葉だったか……戦場で二番目に死にやすいのは『殺すかどうか迷う奴』らしいが「だからなんやねん!?」――……俺は殺すかどうか以外でも、迷う奴は死にやすいと思っている」
背中を踏みつけられるのを転がって回避するが、立ち上がる気力がないのか、小太郎は地に伏せたままスモーキーを見上げていた。
「一瞬の躊躇や判断でも危険が及ぶ。ならば少しでも、迷う要素をなくすのは当然の行動だ」
「人を殺す覚悟を決めろ、ってか」
「少し違う……殺すか否かを先に決め、覚悟することだ」
二人の話は続く。スモーキーは見下ろし、小太郎は見上げたまま。
「『愛を知らぬ者が本当の強さを手にすることは永遠にないだろう』、この言葉の意味を教えてやる。俺の解釈だがな」
距離を詰めず、ただ言葉を投げるような会話が繰り広げられた。
「『誰かの為に戦う』。余程の自己愛者でもない限り、人が強くなる方法はそれしかないからだ」
「……は?」
意味が分からない。小太郎は思ったが、スモーキーは言葉を止めなかった。
「自分一人なら簡単に諦めてしまう。あっさり見限ってしまう。『どうせ困るのは自分だけだから』と、壁を越えるのを止めてしまう。だから強くなれないんだ」
「……なれるわ」
ここに来てようやく、小太郎は立ち上がった。
「周りに頼る者はいない。全部が敵、生き残る為に強くならなあかん。孤児やった俺には……強くなるしかなかったんやぁ!!」
その気合はすごいのだろうが、ネギ達は思わず腰を浮かせてしまう。
狗族獣化。
小太郎が狗族の血を呼び覚まし、自らを獣化させたのだ。
「……だが、今は違うだろう」
しかし、スモーキーは変わらず、立ち上がって獣化した小太郎を静かに見つめていた。
「『一人で強くなった』、そこで思考を止めるから、お前は強くなれないんだ」
「まだ言うかぁ!!」
突き出される狗拳。
だが、それは今までと同じく――
「自覚しろ……お前にももう、守りたいものがあるんだろ?」
――空を切った。
「が、あ……」
見事なカウンターだった。
小太郎の突撃に合わせて、スモーキーは相手の顔面目掛けて本気の蹴りを放った。その一撃で昏倒し、拳を外してしまったのだ。
「……俺は自覚している」
獣化が半端に解け、膝から崩れ落ちる小太郎に背を向け、スモーキーはタカミチの屋台へと戻っていく。
「俺は何があっても家族を守る。そして……」
喧嘩は終わった。獣化に身構えていた周囲も、そう判断し始めていた。しかしスモーキーは気にせず、義父の元へと歩いて行く。
「もう
小太郎に駆け寄るネギの耳にも、擦れ違ったスモーキーの声が聞こえてきた。
「だから……誰よりも高く飛ぶんだ」
「……小太郎君、大丈夫?」
「ああ……悪い、ネギ。見んといてくれるか?」
しかしネギは気にせず、小太郎に治癒魔法を掛けて治療を施していた。
「別に気にしなくていいよ……僕にも似たようなことあったし」
「そうか……」
無事な腕を動かし、小太郎は自らの顔を隠す。
「……なあ、千雨姉ちゃん襲われた言われた時、どんな気持ちやった「取りあえず『
(……まあ、そうやろうな)
小太郎は内心そう考えてから、治療が終わった身体を起こし、そのまま地面の上に腰掛けた。
「要は、『誰かを守りたい』って気持ちの方が強い、って話なんやろな……」
「どっちかと言うと、『誰かを守り続けていく』、『諦めて見捨てたりしたくない』、『自分が動かなければ何も守れない』って気持ちが、自分を強くさせ続けようとするんじゃないかな?」
「悪いが俺はお前と違って、そんな頭良うないねん。まあ、でも……」
小太郎は空を眺めて独り言ちた。
「……俺は守りたいんやろうな。夏美姉ちゃんのことを」
これは、少年が愛を自覚する