魔法先生ネギま 雨と葱   作:朝来終夜

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第09話 イギリス人は必ず通る道、らしい By『響 ~小説家になる方法~』

 無事三が日も経過し、帰省した生徒達が戻ったことで活気が増してきた麻帆良学園都市。

 しかし、年明け営業中の喫茶店『Imagine Breaker』の店内は特に活気づくことはなく、いつも通り千雨達による麻雀が行われていた。

「だから勝手に恒例にするなよっ!!」

「もう諦めたら、兄さん……」

 モップの柄に顎を載せながら、サロン姿のキノがカウンター内にて叫んでいる上条に声を掛けた。

 正月明けということもあり、また旅行という名の旅に出るまでは店員として働いていた。本人にとっては資金源の確保というより、実家に帰ってきたので家事を手伝っている感覚に近いのだろうが。

「長谷川……お前の知り合い、けっこうやるな」

「元々天才だからな。麻雀歴は浅くても、風斬よりかはいい腕しているんじゃないか?」

「彼女と比べちゃ駄目だよ、あれはもうスキル『(かぞ)役萬(やくまん)()姉妹(しすたぁず)』じゃん」

 年末年始、エヴァンジェリンが転移者と暴れていた事件があった。その転移者は『平沢唯』と名乗り、『アラクニド』という漫画の主人公、『藤井アリス』の力を能力(チート)として持っていると推測されている。

 その当人は隙をついて逃げ出したが、結果論とはいえ爆弾テロを阻止した点から、魔法世界(ムンドゥス・マギクス)側と敵対する意思はないと千雨達は考えていた。

 こなた曰く『『けいおん!』世界だって言っていたなら、多分ギター弾きながら普通の人生を送っていると思うよ』らしいので、現状は放置で問題ないと千雨達は判断していた。

 念の為、土御門に依頼して居場所を探させてはいるが、別段急ぎではないので、結果が出るのは当分先だろう。

 そう結論付けた千雨とこなたは、暇になったので丁度店に来ていた聡美を誘い、自宅で寝正月をしていた麦野を呼び出して麻雀を始めたのだった。それが冒頭。

「そういや、その風斬は今帰省中だったか?」

「ああ、灰原と同じく今日戻ってくるとか言ってたぞ……それポン」

「じゃあ、そのうち顔出すかもね~」

「その人達とも卓を囲んでみたいですね~……あ、ロンです」

 ちっくしょう! と麦野が牌を崩すのを合図に、皆は一度清算を始めた。

 麦野が持ち点0(ハコ)になったからだ。

「お前、字一色(ツーイーソー)とか大技狙い過ぎだろ」

「余計なお世話だ。私はいつだって大物喰い(ジャイアント・キリング)なんだよ」

「だから安い役相手に負けちゃうんだよ。勝った時はあっさり逆転しているけど」

 こなたも偶に混ざっているので、全員の実力や結果の傾向は把握していた。

 状況に応じて対応を決める千雨や相手の行動に対してカウンターを決めてくる灰原は真っ当な手合いだが、麦野は大技狙いで特に相手の配牌を気にしている様子はない。風斬に至っては本人の意思に関わらず、何故か天和や地和等を次々と繰り出してくるので、事前に積み込まないと勝てないのである。

 ちなみにこなたは、普通にすり替えやぶっこ抜きで自分に有利な役を作るだけだが、地味に強いです。というよりも、積み込み含めて大概の技術を極めていたりするが、風斬以外の全員が似たような技量なので特に目立たないのだ。

「しかし、年明けだってのに……私達も大概暇だな」

「特にやることもないなら、そんなもんだろ。……というか長谷川」

 清算を終えて財布を戻しながら、麦野は千雨の方を向いた。

「夏に拉致ったあの男とは、どうなったんだよ」

「あ~……」

 夏に拉致ったあの男、すなわちネギのことだが、現在彼は麻帆良学園を拠点にして各所の挨拶回りに励んでいた。年明けということもあるが、ついでにこちらでの仕事を片付けて、春にまた魔法世界(ムンドゥス・マギクス)で働けるように。

「……特になし『つまら(ん・ない)』――……人を娯楽か何かだと勘違いしていないか、おい」

 こなたと麦野に返され、ついでに後ろで聞いていた上条やキノにも同じことを言われ、千雨は思わず額に手を当てて(うめ)きだす。

「どいつもこいつも……というか、向こうも仕事があるから、態々私と会う必要もないだろう」

 相手の気持ち全無視な発言だが、実際、千雨がネギに会う理由はないのだ。

 もしかしたらネギから誘われるかも知れないが、新年を迎えたばかりの彼がそこまで気を回せるとは思えない。とはいえ、千雨からネギに会いに行く等、理由もなくできる間柄ではまだないのだ。

 しかも二人が仕事で関わる機会は、当分の間ない。

「とにかく、きっかけも何もなく会いに行っても仕方ないだろう。……まあ、今は年明けで向こうも忙しいだろうし、もう少し落ち着いてから――」

 そう言いつつ、皆で牌を積み直している時だった。

 

 

 

 ――バンッ!!

 

 

 

「上条さんの店の扉ーっ!?」

 いきなり蹴り開けられた入り口を潜り、明日菜に続いて二度目の被害を受けた扉を踏みつけながら、赤みがかった茶髪の女は異常に胸が大きい黒髪眼鏡の女を小脇に抱えて入ってきた。

「……って灰原と風斬?」

 千雨が振り返ってみると口にした通り、灰原が小脇に風斬を抱えたまま、店に入ってきたのだ。そのまま雀卓と化したテーブルに近づくと、そこにいる全員に向けて宣言した。

「……バンド、復活させるわよ」

「は?」

 事情が見えないので、千雨はとりあえず話を続けさせた。

 ――ドン!

『ああっ、積み込んでたのにっ!?』

 テーブルに拳を落として積み込んでいた連中(聡美含めて)を牽制(けんせい)してから。

「あれは昨日のことだったわ……」

「……どうでもいいが、風斬は降ろしてやれよ」

 風斬が解放されてから、話は昨日に(さかのぼ)っていく。

 

 

 

 

 

 年末年始、灰原哀は養父である阿笠博士(ひろし)博士(はかせ)の住む米花町へと帰ってきていた。そして年明け、喫茶ポアロで昔馴染みと会っている時に、事件は起きた。

「哀ちゃんすご~い!!」

「まあ、これくらいわね……」

 灰原の向かいに座る彼女の昔馴染み、吉田歩美はパチパチと拍手していた。

 大学での話をしていた時に、昔悪友達とバンドをしていたことを話した途端、彼女から『聴きたい!!』と言われたので、灰原は店にあったギター(店員の私物)を弾き、聴かせてみせたのだ。

「元太君や光彦君も来れたら良かったのに……コナン君もお正月なのに帰ってこないし」

「あの推理オタクはほっといていいわよ。どうせ工藤新一(師匠)と一緒に事件、事件、事件って頭の中そればっかりじゃない」

 若干苛立たしげにテーブルを叩く灰原。もしこれが大学の悪友達との飲み会であれば、千雨から貰い煙草をして吸っていた程に。

「でもなんで、バンド辞めたの?」

「辞めた、っていうか就活前に全員で『飽きた』って言い出したから、流れで解散になったのよ」

 その話は本当だ。

 麦野も風斬も就職活動をする予定があり、周囲は詳しく知らなかったが、千雨もただでさえISSDA関連の仕事で元々忙しかったのに、転移者の騒ぎに巻き込まれたのだ。暇だったのは大学院に進学予定の灰原位だろう。

「え~聴きたかったなぁ……」

「そう言われても、他の人達がやってくれるかなんて……」

 あの面子が、バンドをやりたいと言っても聞いてくれるとは限らない。というか、むしろ『面倒臭い』と言いかねない連中なのだ。流石の灰原も、最早叶わぬ願いだと割り切っている。

「哀ちゃん……駄目?」

「ええと、そう言われても……」

 昔から、灰原は彼女のお願いに弱かった。

 別に断ってもいいのだが、当時バンドをしていた時は麻帆良学園都市内でしか宣伝していない。小規模(の割には物珍しさも相まって人気があった)なライブしか(おこな)っていないのだ。

 だから学園都市外にいる昔馴染み達に伝えることはなかったのだが、正直な所、灰原自身も(人間性はさておいて)バンドの出来は一流とは行かずとも、プロとして十分通用すると自負している。

 機会があれば聴かせてあげたいという気持ちもあったのだ。

「メンバーが頷いてくれるか「皆も誘っていくから。もちろんコナン君も!」――やりましょう」

 江戸川コナン。元高校生探偵にして、義理の兄に当たる工藤新一に師事を受けている『二代目大バカ推理之助(仲間内での呼び名)』。ついでに言えばFBI就職希望者の眼鏡。

 そして……灰原を『相棒』と呼ぶ男。

 要するに、察しのいい読者なら言うまでもないが……そういうことである。

「あの音痴なガキに私の演奏を聴かせてやるのもいい嫌がらせになるわね。フ、フフフ……フフフフフ…………」

「哀ちゃん、怖い……」

 不敵に笑い出す灰原に若干引く吉田歩美。しかし彼女は昔話の怯えを気にすることなく、ケースにしまったギターを店員に返していた。

「私がボーカルじゃないのは残念だけど……まあ、曲によっては交代すればいいわね。元々ギターの練習メインにしていたからやらなかっただけだし」

「でも哀ちゃん。お願いしておいてなんだけど……大丈夫なの?」

「ああ、それは大丈夫よ」

 ついでに伝票も渡して精算して貰いながら、灰原は立ち上がってコートに袖を通した。

「メンバーの内二人はどうにかなるから……実質あと一人ね」

 過去話終了。

 

 

 

 

 

「……で、灰原さんにお願いされたから、私はバンドに賛成なんだけど。皆は?」

 近くの席から椅子を持ってきて腰掛けた風斬は、そう言い終えて注文した紅茶を口に含んでいた。公務員志望の彼女は既に試験を終えて、内定を取得しているから時間はあるのだろう。そもそも人がいいので、特に忙しくなければ断るようなことはしない。

 残るは二人なのだが、灰原曰くその内の片方がどうにかなるとは、一体?

「おい、それってまさか……」

「そうよ、麦野さん……」

 もう一つ持ち寄せていた椅子から立ち上がり、アイスコーヒーの入ったグラスを置いた灰原は、麦野に宣言した。

「協力してくれたら……賭けや麻雀で溜めてた私へのツケ、全部チャラにするわ!」

「乗った!!」

 再び叩かれるテーブル。そして崩れてゆく麻雀牌。

「ああっ!? また!!」

「どんだけ溜めてたんだよ……」

 一番厄介そうな麦野をあっさり陥落させる材料を持ち合わせていたのだ。つまり、実質千雨だけ説得させれば、灰原の望みはあっさりと叶ってしまう。

 ついでに言えば……

「……で、長谷川さんは?」

「いや、断る理由は……あったかな?」

 ……本来ならば、千雨がこの話を断る理由はない。別に嫌というわけではないのだ。忙しくなければ大丈夫なのだが……忙しければ断らざるを得ないのだ。

「……期間は?」

「二月半ばに本番の予定。全員卒業に必要な条件は片付けているから、問題ないでしょう?」

「まあ、それ位なら……なんとかなるかな?」

 一度予定の確認をしてくる、と席を立って扉がなくなった出入り口(上条が泣きながら片付けていた)から店外へと出て行く千雨。その背中を眺めながら、こなたは牌で積木遊びをしながら灰原達に問いかけた。

「というか皆、バンドやってたんだ?」

「そういえば、あなた達が麻帆良学園都市(この街)に来る前だったわね。解散したのは」

「その時には全員飽きてたから、話をぶり返す奴はいなかったしな……」

 麦野も指でテーブルを叩きながら、少し楽しげに答えてきた。よほどツケがチャラになったのが嬉しいのだろう。金額を聞いてみたい気もするが、ちょっと怖くて聞けないこなたであった。

「でも意外ね……長谷川さん、気が乗らなかったら断るかと思ったのに」

「丁度いいと思ったんじゃないかな……」

 こなたの言う通り、丁度いいと千雨は考えていた。

 

 

 

 ネギと会う口実には、丁度いいと。

 

 

 

 

 

「……私もクルトさん、誘っていこうかな?」

 微妙に進展している聡美の発言は、誰にも聞かれることはなかった、という余談でした。


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