ある、雨の日のことだった。
『はっ、はっ、はっ……』
その少女は、ただ一心不乱に走っていた。
両手に傘を持ち、片方は畳んだままで、もう片方は広げていながらも、走る勢いに圧されて逆向きになっている。
しかし少女は気にすることなく、降り注ぐ雨を一身に受けながらも走り続けた。
――バシャッ!!
『っ…………ううっ!』
転び、泥にまみれ、打ちつけた足に血が
当て所なく、やみくもに首を振っては、次の場所へと駆けていく。まるで、行方の分からない誰かを探しているかのように。
『はっ、はっ、はっ……』
その相手は、未だに見つからない。とうとう人気のない空き地にまで足を運んでしまう。すると、誰かが空き地の中で傘を差して立っているのを見つけた。誰かは分からないが、そこにいるならば他に誰かがいるか分かるかも知れない。
『あ…………っ』
声を掛けようとし、気付いてしまった。
傘を差して立っている金髪の男性らしき人の足下に、探している人物がいたことに。
『…………』
『…………』
二人は何かを話しているが、少女は両手を降ろし、それぞれに握っていた傘を、地面に落としてしまった。雨が上がり、男も傘を畳んでいる。
……傘を届けられなかった。
男が咥える煙草から漏れ出る紫煙を目にしながら、少女は膝から崩れ落ち、地面の上に俯せに倒れ込んだ。
『…………っ!?』
届けることができなかった。傷つけることしかできなかった。
息を殺した
――……雨は、苦手だ
――雨が降っていると、何も気づけなくなるから
――早く…………止んで欲しいと思ってしまう
「……ん、あさく、……。起きて…………」
「…………ん?」
「朝倉さん起きて下さいっ! 大変なんですよっ!!」
自らで用意したスバルのサンバーバン(白)の中で、和美は腰掛けていた座席から身を起こした。仮眠を取っていたのだが、予想以上に眠りこけてしまったらしい。軋む身体をほぐそうかと手を伸ばす前に、相棒の守護霊(背後霊?)であるさよが眼前に躍り出てきた。
「え、なに? どうしたのさよちゃ「関東魔法協会が襲われたんですよっ!! 犯人は逃亡中です!! 早く追いかけないとっ!?」――うっそ!?」
寝ぼけていた頭が覚醒し、和美は慌てて鞄の中から無線機を引っ張り出した。ストラップのようにぶら下げていたミニ手帳を開いてページをめくり、そこに記載されている周波数に合わせて耳を傾ける。
「……朝倉さん、前から思っていたんですけど、これって犯罪じゃあ――」
「さよちゃんシッ!」
無線機から聞こえてくる操作状況を確認し、助手席のダッシュボードから麻帆良学園の地図を広げながら特定の地点へ向けて指を這わせていく。やがて結論に至った和美は、さよを運転席に座らせてハンドルを握らせた。
「犯人の逃走ルートが分かった。先回りしよう」
「はいっ!!」
エンジンを掛けた小夜は、ギアをドライブに叩き込むやアクセルペダルを思い切り踏み込んだ。
関東魔法協会の管制室は混乱を極めていた。
「敵はっ!?」
「三名、おそらくは全員が転移者です!!」
「内二人は足止めに、現在高畑先生が応戦中!!」
「あと一人は車で逃げましたっ! 車種はスズキのアルトで色は黒、強奪された
ゾフィスとの一件より、対転移者への備えは十全に行ったつもりでいたが、やはり情報のアドバンテージが大きいのか、今回のような失態に繋がってしまった。
幸い、足止めしてくる転移者二名はタカミチが対処しているが、全体の戦力を考えると楽観視できない。現在も帰宅したナギ達『
「まさか対スカリエッティ用に準備していた学園結界の調整中を狙ってくるとは……」
「転移魔法が使用できないので、追跡も困難を極めているとのことです」
通信管制についていたナツメグの報告に、ガンドルフィーニは腕を組んで低く唸った。
現在、麻帆良学園に在籍している魔法使い達が追跡しているが、おそらくは追いつけないだろう。転移魔法と併用さえできれば追いつけただろうが、肉体強化や飛行魔法のみでは、車と同等の速度が限界だ。
それに追いつけたとしても、戦闘に特化した能力を持つ転移者であった場合、対抗できる人材が不足しているのだ。
転移者、ジェイル・スカリエッティには転移能力がある。
同じく転移者である喫茶店『Imagine Breaker』の面々から聞いた情報を元に、特定の人物や特殊な魔法詠唱をした者のみだけが結界内で転移させられないかと調整を繰り返していた。しかし相手がまさか、こんなタイミングで襲撃を掛けてくるとは思いもしなかったのだ。
「ネギ先生を厄介払いした時点で、警戒を強めておくべきだったか「ガンドルフィーニ先生っ!?」――どうしたっ!?」
報告はなく、指差されたモニターディスプレイに視線を送るガンドルフィーニ。
そこではとあるビルの一角から、自らの魔法である
「お姉様から報告がありました! 高畑先生を足止めしている転移者達は人質を取られて脅されていたんです!! 今から連絡を取って、戦闘を止めるよう訴えかけます!!」
「急いでくれっ!! 後の一人を早く捕まえないと――」
大変なことになる。
そう繋げようとした時、管制室に新たな警報が鳴り響いた。
「今度は何だっ!?」
「
ガンドルフィーニの問いかけに、ナツメグや周囲の者達も状況を把握しようと、近くにある監視カメラを操作したり、魔力の特性から人物を特定しようと躍起になっている。
そしてモニターディスプレイの一つに映り込んだのは、ここにいる面々もよく知る者達だった。
「ネギ先生に長谷川さんっ!?」
「今迄反応がなかったのに、一体どこからっ!?」
千雨はバッテリー切れとなった、携帯端末大に小型化したAMFを投げ捨てると、
「ネギ先生、風の魔法で隣の道路へ!!」
「『
ネギの魔法で強引に路線を移ると、ネギはヘルメットを脱ぎ捨てて手を掲げた。
「『
千雨の後ろに乗っていたネギは自らの杖を呼び寄せて
そして杖の飛行速度を維持したまま、ネギは詠唱を終えた『
「『
ネギの放った『
「AMF仕込んでやがるな……ガジェット・ドローンか」
「どうしますか、千雨さん?」
「直接
加速性が高いのはネギの方だった。
「『
千雨を置いて加速したネギの杖が、関東魔法協会に盗みを働いた賊の乗る車へと近づいていく。このまま飛び移れるかと思った矢先、後部ドアが開いて何かが飛び出してきた。
それは牛のような白い角を頭に持つ筋骨隆々の男性のような姿をしていた。見た目は人間だがボンネットの上に飛び移った際、一乗りでへこませている。重量が人間以上である証拠だ。
「我が名はスサノオ以下省略」
「以下省略されたらぁっ!?」
「ネギ先生っ!?」
ネギ・スプリングフィールド、脱落。
飛び出してきたスサノオとかいう人間かどうか分からない物体に抱きしめられたネギは、杖ごと地面に押さえつけられてしまう。千雨がバックミラー越しに見た限りでは上半身を起こして反撃していたので、特に問題はないだろうと追跡に意識を戻した。
スサノオが出てきた後部ドアから見えるガジェット・ドローンを恨めしげに見つつ、手持ちに何かないかと自らの記憶を漁り出す。
「くっそ銃とか持ってきてないのに……せめてバイクから降りられれば」
『そんなことしている間に逃げられちゃうよね』
『相手がガス欠になってくれれば大丈夫だよ』
『ちうたま、そのことで相談が……』
「ん?」
後からネギが追いかけてくることを祈りつつ、振り切られない様に
『…………先にこっちがガス欠です』
「なっ!?」
慌ててメーターに視線を向けると、ガソリン残量が『
「こんな時に……はっ!?」
その時、今朝の一幕が脳裏をよぎった。
『……あれ、ガソリンがもうほとんどない』
『ちうたま、急がないと間に合わない!』
『って、もうこんな時間か。仕方ない……帰りにスタンドに寄っていくか』
「すっかり忘れてたっ!?」
『ちうたまうっかりっ!』
『ちうたまもう無理っ!?』
このままでは追跡するのは不可能だ。速度は保ったままだが、その分ガソリンの消費も早い。
どうしたものかと千雨が迷っている時だった。隣の道路から新たな車両が割り込んできたのは。
「なんだ……?」
新手の敵かと思い、千雨が割り込んできた白のサンバーバンに視線を向けると、後部座席のスライドドアが開き、そこから見知った人物が顔を出してきた。
「千雨ちゃん元気ー!?」
「朝倉っ!?」
どうしてここが分かったのかは、今は考えている余裕がない。
「丁度良かった乗せろっ!? こっちはガス欠で「そこは『よろしくお願いします』ってちゃんとお願いしないと……」――言ってる場合かっ!?」
試作品の自動運転装置を起動させ、操作を任せたしらたきとだいこに停車させるよう指示を出す。そして千雨は『
「いてて……千雨ちゃん、危ないから無理矢理乗り込まないでよ」
「緊急事態にふざけているお前が「いや、人としての常識」――……その件は後程、前向きに善処して反省することを検討いたします」
「政治家っぽく誤魔化さない。後言い慣れてないからか、日本語微妙におかしいよ」
和美と言い合った千雨は冷静になると、車内に視線を巡らせた。
「何人も私の前を走ることは許さな~い!!」
「……相坂、ハンドル持つと性格変わるのか?」
「腕前は本物だよ。間違って追い抜かないか見張らないとだけど」
急がなければ犯人に逃げられてしまう。
もうすぐ麻帆良学園都市の外へと出る。そうなってしまえば転移されてしまい、追跡はさらに困難となるだろう。
そうなる前に確保したいところだが、このままでは間に合わない。
「ところでネギ君は?」
「スサノオとかいうデカブツにとっ捕まってた。大丈夫だろうが時間的に期待しない方がいい」
「となると……あ、千雨ちゃん。銃持ってきたよ」
そう言い、和美はバンの最後部に置いていた鞄を引っ張り出した。それは千雨が預かりセンターに預けていた銃器だった。
「助かった。預かり証明預けといて正解だったな」
「受付時間までに解散されるか分からなかったからって、ね。まさかこんなところでご都合主義が起こるとは思わなかったけど」
「本当にな」
コンデンターの残弾を確認してみるが、銃弾の補充が困難な為、手持ちは通常弾頭しかない。
「焼夷徹甲弾でもあればよかったんだがな……」
「
「接近しないと急所に直撃が難しいし、なにより在庫切れ」
とはいえ、手持ちでどうにかするしかない。
「千雨ちゃん。さっき魔法使っていたけど、AMF貫通できるレベルの攻撃はできないの?」
「
「狙いか……ちょっと待って」
先程広げていた地図を引っ張り出した和美は、ある一点を指差して千雨に見せた。
「ねえ……ここは?」
「……いけるっ!?」
サンルーフがないのでイングラムM10を発砲して無理矢理ボンネットに穴をあける千雨。その間に和美はさよに指示を出す。
「さよちゃん!! 次のカーブを抜けた
「はいっ!!」